徒 然 草
自堕落日々の暴露記です。
更新があればタイトルに載せますのでご参照ください。

2002年02月20日(水) 座右の銘。

昨夜から今夜にかけてオンオフ共にちょっと考えることがありました。
私は直情径行の激短気人間なので、時間を置いてから日記に記そうかと思ったのですが、嬉しいこともありましたので敢えて今日のうちに書きます。


考えたことについてはしつこくなるのが嫌なので結論だけ。
後日、自分が振り返るときの参考までに。

オン「『謝罪』は自己満足と自己完結の一端でもある」
オフ「加齢の弊害にはO・ヘンリー『賢者の贈り物』を」
総合結論「孔子『恕』」

…意味不明ですみません(汗)。



嬉しかったこと。後半私信となります(をい)。

敬愛する方から本日メルをいただいた。
詳細は記せないけど、とても励まされた気がしました。
図らずともダウナーになっていた自分を言祝いで貰えたのがとても嬉しかったのです。
本当にありがとうございます(感涙)。
寧ろこちらが僅かながらでも励みになりたいと思っていたのに。
改めてその人間性+αに心酔しました。
私で何かお役に立てることがございましたらお教えくださいませ。
この感謝の気持ちを少しでもお伝えしたく思います。



ここで登場するのが、本日のタイトル「座右の銘」。
私の座右の銘は高校二年の時に決定した「捨てる神あれば拾う神あり」です。
今日いただいたメルで改めてそれを感じました。
「禍福は糾える縄の如し」「人生万事塞翁が馬」とほぼ同意ですが、やはり自分には最初の言葉が一番近しいと思います。
最後にはイイコトがある時もあるのです。
それに感謝し、忘れずに大切にしてきたいと思います。
たとえ忘れても思い出せるような自分になりたいです。

余談ですが、「座右の曲」と言うか自分の理想の人生を象徴する曲はラヴェルの『ボレロ』。
この曲を「人の一生のようだ」と言うと、必ず「そんなこと言う人は初めてだ」と返されます。
前衛詩人は辛いなぁ…(苦笑)。

いつもの自分を取り戻せたところで、どっとはらい。


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