ムッキーの初老日記
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2003年08月02日(土) 黄門フェステバル


昨日から明日(3日)まで、水戸では黄門まつりが開催されている。
初日の昨日は「花火大会」があり、うちの窓からも見えるので
夕飯を食べながら数個だけ堪能した。

初老になると、わざわざ出掛けようとか、最初から最後まで見物しようとか
もうあまり思わなくなるものだ。
自宅の窓から食事の合間に、5,6個見られればもうごちそう様である。


そんな風に、地元の祭りにあまり関心が無い私だが
実は昔、黄門まつりの「市民カーニバル」に参加したことがある。

各企業や団体が参加して、踊りを競うものだが
私の勤めていた会社は、このカーニバルで
毎年のように優秀な成績を収めていたのだ。

常勝軍団のメンツをかけて、毎年の新入社員全員と
選りすぐりの精鋭たち、合計100人近くをカーニバルに送り込むのだ!

その年、新入社員だった私も、もちろん絶対参加だ。

毎日会社の屋上に集合させられ、炎天下の中
来る日も来る日も「黄門ばやし」や「ごきげん水戸さん」などという
地元では有名な(?)ダンスナンバーの猛特訓だ!

この歌、今でこそちょっと今風にアレンジしてあるようだが
当時は「橋幸夫」がボーカルを務めていたのだ。
それでなくとも疲れている所に、幸夫の声が益々疲れを増幅させた。


そして当日、衣装を見てびっくり仰天。
社名入りのハッピに白短パンに豆絞り!
公衆の面前にこの足をさらせと・・・!?
Σ( ̄□ ̄;)あわわわ

今でもそうだが、私は当時人前に足をさらすのが
どうしようもなく恥ずかしくてしょうがなかった。
いつもパンツか、はいても膝までのスカートだったのに
その私に、太ももをさらせと!?

背の低い人の衣装は、浴衣に笠だ。
まだこっちのほうがマシだ。
だが私の身長は163�僉�当時としては大きい部類で
どうあがいても白短パン組だった。


その後、私がどっちの衣装を着たかは言うまい。


大観衆が見守る水戸のメインストリートを
ハッピと浴衣の私たちが、踊りながら歩く・・・。
草履が指にくい込み、大汗が額を流れ落ち
あまりの暑さに目の前がかすむ。

「がんばれ!もう少しだ!」
私たちの脇を、上司が大団扇を扇ぎながら応援して歩く。

がんばるともよ。
ここで負けたら、あの練習の日々がすべて無駄になってしまう。
常勝軍団の意地に賭け、絶対最後まで踊り抜いて見せようじゃないか!

私たちは一糸乱れぬ見事な踊りを懸命に踊り抜き
その年も見事、優勝を勝ち取った。


多分、あの一夜で「黄門まつり」に対する情熱を
全部燃やし尽くしてしまったのだろう。
その後、見物に行くことすら、今はない。





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◆◇オッサン君と賢者の石◇◆

08/02 嵐、遂にラップから撤退か!

08/01 南こうせつは、すぐ全員で歌いたがる。

07/31 同い年と知った途端なれなれしくなるヤツがいる。

07/30 大麻波25!

07/29 毎日眠い。夏の疲れか・・・あっ1年中だった。

07/28 「とくダネ!」で一回も話題にのぼらないテーマ。それはヅラ。

07/27 あっ、今また内山理名がにらんだよ。

07/26 『友達母娘選手権』の母親には、毎回無理が見える。

07/25 引き継ぎ人生、栗田貫一。


ムッキー