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妄想暴走オタク日記
▼21:11
一日明けまして、今日は朝から��スポ記事を買いに行きました。 今年は24時間TVに負けて(笑)他誌は全くスルーだった中��スポだけが5年目の夏の終わり。の、写真はカーテンコールで他面がみんな客席に手を振る中(横ちょは微妙にしてないけど)一人だけ客席に向かって深々と頭を下げているたっちょん、というのが今夏を象徴しているようで、奇数人数のちょうど真ん中、どセンターに立つ「主役」をやり遂げたたっちょんらしくていいな、と思ったり。
頭を下げるたっちょんと言えば、これは今日、新聞を見る前に昨日まさにそう感じたんですが、楽公演の芝居最後、船上のコンサートの始まりに、メンバーはジャンプとかしながら(笑)とっととスタンバイに入ったんですが、そんな中、シュンジだけが最後まで壇上に残って、深々と頭を下げたんですね。それは島の住人に向かってだったんですが、たぶんシュンジでありタッチョンであったその人は、関ジュであり客席であり松竹座に向かって頭を下げたんだろうなぁ、と思えば、その日最後の「終わりのない旅」を歌いながら涙ぐんで、一人やばかったタッチョンが気になって、遂には一筋流れた涙まで見届けてしまったわたしとしては、色んな意味で今年、タッチョンなりに大役をやり遂げた達成感というか、終わった感というか、そういう分かりやすいタッチョンの「ほっ」とした空気を感じましたです。それにしたって泣き虫なタッチョンは、本当にめそめそしちゃってたんですけどね(笑)!それってたぶん、「泣きたい」と思って泣いたんじゃなくて、自然泣けてきたという感じで、下世話な言い方をすればすごく「楽っぽかった」気がします。
��スポが「完走」と表現をした、今年一気に増えた全58公演をプリンに例えて笑わせたのは横ちょでしたが、正にその千秋楽、和やかな雰囲気にはなっても年々、しんみりした気分にはもう、ならなくなっているのだなぁと改めて思いました。担もタレも良くも悪くも慣れてしまったんだろうと思うんだけど、楽の特別感がないのもたぶん半分は意識しての事なんだろうね、とか昨日はそんなマジ語りもしてみたり。
実は昨日最後に見た芝居、横ちょ演じるコウムラが本当にキャラが変わってしまっていて、それはもぅ軽薄というよりただのジャイアンになっていて(笑…い事じゃない)何だろコウムラが「クズ」と呼んだメンバー以上に、誰よりもコウムラがクズっぽかった…それは強烈な自己矛盾なのかなぁ、と思ってみたりもしたんですが、それってかなり穿って見てるよね…とそんな自分(達)にうんざりしてみたり(笑)
そんな風に変わって見えたコウムラと共に、トクマの芝居も変わってきていて。 今まではその、変わっていく様がそうか、そう来たかー!と感心することはあれど首を捻る事はなかったのに、今年はあれ?と思う事もあって。トクマで言えば、終盤の全員を詰るシーン。初めはソウスケからコレキヨ、ケン、シュンジ、と一人一人ゆっくり詰め寄っていたのに終盤はソウスケからケンまでを一気に言い募ってからゆっくりシュンジに絡んでいたような気がしました。それはそれで緩急をつけたんだろうけども、勝手なイメージとして、トクマは一人一人を見分けたりしない気がしていたので、シュンジに対して意識過剰な印象が、ちょっとイメージと違ったのかな。何て言うか、「人」ではなくもっと抽象的なものに対して攻撃をしていたイメージだったんですが、それだと「シュンジ」をひどく意識しすぎている、でもそれは翻って、家族を失くした「トクマ」が自己投影として、シュンジにトランスしていたと思えば、それはそれで納得も出来る気はします。そして更に穿つなら、そうする事で主役である「シュンジ」がより引き立つとは思うんです。
そこで、コウムラ。 そうやってトクマがシュンジに焦点を当ててメッセージを明確にした事で、そのトクマに絡むコウムラが今までのように重たい芝居をしたら、重い同士で主役を食ってしまいかねない、だからコウムラがあえて軽くなる事で、バランスを図ったのかしら、と更に穿ってみたりね…(笑)…いや我々、ビール片手に萌えより先にマジ語りとかして、非常にいただけなかったんですけど、そう思えば最終的に行き着いた横雛の芝居には納得がいくかなと、それで折り合いをつけたというか。そうでもしないと自分の中で消化出来ないとかって、非常に不器用だと自分でも思うんですけどね。もちろん横ちょがそんな事を考えて芝居したとは思わなくて(笑)何ていうか、無意識的にそうしたかも知れない、とは思うじゃないですか。もちろん雛ちゃんがそんな事を言ったとも全然思わないので、それはもう、あうんの呼吸というか、「なんとなく」そうなっただけ的な…でも、「なんとなく」で出来そうな横雛だとは思ってます(笑)
今年、雛さんは自分から「やりたい」と言ったらしい二重人格という役を、本当に楽しんで演じたんだろうなぁと思うんですが、ガラリと印象を変える結果になったのも、「こういうのはどうやろ、次はこうしてみよう」と次からビジョンが沸いたんじゃないかなぁと想像します。だから一幕最後を取ってみても、放心してみたり、慄いてみたり、微笑んでみたり。それぞれに実は意味はなかったのかも知れないけど(笑)、我々オタクはその一つ一つをいちいち手に取って、深く考えてしまうんですよね。だから今年ほど演技ひとつに振り回された事はないです(笑)
でも、そういう雛さんの遊び心は見ていて楽しかったし、萌えも派生して本当に興味深かった。脚本のクソ(失礼)具合以上には充分、楽しませて貰ったと思います。結局5年目の夏も、「楽しかったなぁ〜」と振り返る、もう、毎年感想は決まっている感じ(笑)。弱いですねー。
今年のメッセージは何だったのかな、毎年何故か昴の台詞が象徴的だと思うんですが、今年もやはり、それは一幕のリンタロウの独白で。劇中、殆ど喋る事がなかったリンタロウが逆に畳み掛けるように叫ぶその言葉が、1時間という短い世界を端的に象徴していたんだろうとは思います。
”俺たちは誰や、何者なんや 俺たちが消えてしまったからって、探そうとするやつが、気にかけて、心配してくれるやつがいるのか お前たちはあの星を頼りに旅を続ける事が出来るのか、書物を捨てられるのか、お前らは全力か お前たちは死後の世界を信じてるのか、毎日を何の為に生きてんねや 誰かを信じる事が出来るのか、必死で闘う事が出来るのか、お前は誰や、何者や、俺は誰なんや
お前たちは、裏切られたら、裏切り返す事が出来るのか、愛しい人を失ったら…涙を流すのか 何もかも捨てて、愛する人を、親や兄弟を捨ててお前たちは、戻る事のない旅に出る事が出来るのか”
一部台詞はウロですが。 結局、エイトの夏芝居は詰まるところ、毎年「生きる」をテーマにしているんだよなぁ。 エイト自身が一般的以上には一生懸命生きている(と少なくともわたしは思う)から、そういうテーマが似合うと思うし、出来る事ならこれからも、そんな舞台を見せて欲しいと思う。色んな意味で来年を意識する今年でしたが(わたしとしては本気で来年はないかも知れないと思って…いたんですが、横ちょが来年を匂わす発言をしたのは、好意的に取っていいのか、単なる気まぐれか笑)…どうなんでしょうね。時期的に、ここ最近そういうマジ語りをする事も多かったんですが、さすがにポジティブなエイト担も、そろそろ不安になり始めている気がします。待つってエネルギーの要る作業だから、そろそろ嘘でも安心したいかも、とか思っている時点で体力が落ちてきているのかしら。でもわたし、本当に、あの子がいないなら全国には行く意味がないと思えてしまうんです。(もちろん、個人的な考えなので、不快になられたらごめんなさい)
最後こんな話になる筈ではなかった…とりあえず、そんな夏総、括?(疑問か)
臨場感溢れる間に夏お疲れ様でした、拍手お返事。
8/28 ◎12時/ユカさま ●初めまして!の拍手をありがとうございます。わたしは23日の2部を見たんですが、1部が初出だった?のならいい公演に入れたんだな、と嬉しくなります。わたしは今回主に野鳥の会だったんですが(笑)至近距離で肉眼で見る印象は、また違ったものなんでしょうね〜。鳥肌が立つ、というのも分かりますよ!実際、双眼鏡越しのわたしもぞわーっとしましたもん(マジで!)。千秋楽、わたしはセンターといっても後ろの方にいましたので痛げな様子はバレずに済んだんじゃないかと踏んでるんですが…(笑)。本当に、今年ほど入るたびに新しい発見をして、楽しめる舞台はなかったな〜と思います。ユカさんはたくさん御覧になったんですね。それだけの様々なトクマ萌えを、また聞かせて頂きたいですvv ◎19時/ナナさんへ ●何故か松竹でよくナナさんに発見されてしまう利美ですこんばんは(笑)!わたしも周りは見ているつもりなのに、全然気付かずに失礼致しました(汗)。てかあのトクマちゃんは美人でしたよね!ですよね!あ〜よかった!わたし相当痛いのかと思ってドッキドキしたんですが、安心しました(笑)。いや本当に、あれは後光が射していたと思いますよ…!いや大真面目に。そんなトクマちゃんは一体誰に恋していたんでしょうかね(笑)←綺麗=恋の単純図式
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