■ isnt ■ 28ゆうじょうものがたり

 ナポリタンは美味い。ケチャップが美味い。炒めた玉ねぎとピーマンとウインナーにケチャップと胡椒少々、それと半熟の目玉焼き。柳生はおもむろに口を開いた。
「辛くはありませんか」
 仁王は何を言われたのかわからず、しばらく食べるのも忘れて柳生の顔を見た。ほんの一瞬前まで頭の中は目玉焼きのことで一杯だったのだが、辛くないか? 生きることがであろうか。しばらく、しばらく考えて、ようやく思い当たったのが、昨日から三日間の部活謹慎のことだった。
「まだ二日じゃし」
「仁王くん、口を拭いたまえ」
「あ」
 破れた黄身は唇からはみ出し、ぽたりと皿に戻った。下唇を噛むようにこぼれた中身を口に仕舞うと柳生はハンカチを差し出した。仁王は下唇を噛んだまま上目遣いのままはにかんで笑った。
 舌の先で拭った後も、唇の表面はつやつやとして居心地が悪かった。キスした時にうつされるチェリー味のグロスのようだ。「いいよ」とハンカチを押し返して、まだべとつく唇に、指を二本押し当ててみた。人差し指と中指はキスの相手の唇のように二つに割れ、舌を入れてほしそうだったので、少し舐めたが気恥ずかしくなって、人差し指を噛んだ。
「もう、遠慮するのは止めにしませんか。これからは何でも率直に語り合い、お互いを理解するよう努めましょう」
「いいよ。汚れる」
 柳生は強引な手付きで、仁王の口を指ごと拭った。仁王は決まり悪そうに目を伏せて少し俯いた。
「けど、すまんかったのぉ。巻き添えさして」
「構いませんよ。パートナーですから」
 くすぐったさに睫毛を持ち上げると、柳生の手はまだすぐそこにあった。黄身のようにどろりとした半熟の媚びを、たっぷりと視線に含ませてまばたくと、結んだ後ろ髪をつんと引かれた。頭の芯がくらりと感じた。
「クラスは8組ですよね」
 んん、と甘ったれた返事をしながらフォークで突き指した玉ねぎを口に運んだ。噛むたび柳生と繋がったところがじくじく痺れて膝が疼いた。
 この蝶々の髪留めをやっぱり覚えているだろうか。縁に小さな水玉のハンカチを見ながら、ほらこいつにはこっちの方が似合っているじゃろうと、蝶々の彼女を少し思いだしてみた。


(fin)

--------------------
柳生くんの彼女(当時)の買い物につきあって彼への贈り物のハンカチを選んであげた仁王くんの話。やましいことは別にない。

2007年02月01日(木)

閉じる