【あきすとぜねこのお告げ】

きよすみさんはけいごさんを
『あいしてる』と思っている。

けいごさんはきよすみさんを
『こいびと』だと思っている。




あいしてるきらいすき
 ともだちぜっこうねてるこいしてる





「親友になれる可能性100%だって」

 もごもごと布団に潜り込んだのは照れ隠しでも、まして甘えてるのでもなく防御だ。かこかこかこ、ピピピピ、キー操作音をオフしてない千石の携帯は本音と建前を一度に喋る。

「何が」
「俺と彼女」

 タオルケットとシーツの間の温度は熱帯に達した。跡部はぼんやりと、自分の手足に籠もった熱の感触を意識していた。動かない気がする。動かせない気がする。あんなにも忠実に自分の望みをかなえていたそれらが、今はもう自分の下僕(しもべ)ではないようだ。

 体が水に浮いてるようだ。顔だけを水面から出して、跡部は一定速で呼吸した。水の中で膝を抱えている千石はさっきからちっとも上がってこない。息をしてないのだろうか。背中が冷たい。

「なんで」

 千石は水の中で、くるくる宙返りをしながら水面を仰いだ。とても自由そうで、退屈そうだった。

「あきすとぜねこのお告げだよー」
「なんで親友なんだ」
「なんでだろ。別れたからかな、昨日」

 気泡のように、千石の言葉はぷくぷくと浮かんでは弾けた。千石はなにもかもを等しくどうでもいいように話した。それなりに、友達として長くつきあってみたが、そのことに裏はない。千石にはなにもかもが等しくどうでもいいのだ。というよりも、自分がそれにどんな重要度をつけるかだけが最もどうでもいいのだ。

 どうでもよくあしらわれたことなど跡部はこれまでなかった。しかしそんな理由で興味本位に抱くほど軽率ではなかったと思う。だって今更こいつとだ。犠牲を払う覚悟もしてた。

「聞いてねえ」
「言ってないから。聞いてたら怖いよ」
「なんで別れた。理由は」
「きみには関係ない」

 言うと思ったぜ。予定通りの返事は、別に面白くないので黙っていると、布団の中から不安げな声が言った。

「なんちゃって」

 それでもしばらく黙っている。本当はもう布団から出たい千石は、頼りなく苛ついた声で跡部を責めた。

「ないけどさ、いつものことなんだよね。俺って浮気性なのかな」
「てめえが一番よく知ってんじゃねえのか?」
「でも大丈夫。絶対許すよ、俺が謝れば」

 倦んだ手足に力を込めて、跡部は熱帯のシーツに潜った。赤味を帯びたような暗がりの中で千石の顔かたちは、千石にも見えたし知らない奴にも見えた。手探りに千石の携帯を取り上げて適当なボタンを押す。ディスプレイの光は青白く二人を照らした。夜光虫のようだった。

「謝るなよ」
「冗談だろ」

 柄にもなく真面目な顔で千石が言う。その髪に乱暴に指を差し込むと、まるで水の中のように柔らかく絡んだ。

 一度目は勢いで抱いた。多少舞い上がってた。でも二度目は全部知って抱いた。格好つけようが虚勢を張ろうが、千石の体は馬鹿みたいに正直だった。誰に対してもそうじゃないことだって跡部はもう知っている。

「俺とお前は占わねえのか」

 抱きしめると笑えるほどぴったり腕に収まった。ここ以外の場所にしまおうなんて馬鹿みたいだ。馬鹿げてる。

「やめてよ。信じないだろ跡部は、占いなんて」
「お前は信じるんだろ」

 千石は笑って、その後でわざとらしく唸った。もし自分たちが親友にもなれたなら、千石ははじめから素直にすべて口にしたのかもしれない。などと考えるのが全く性に合わない跡部は、唇に触れている痩せた髪の毛を噛んだ。酸っぱいような気がするのは酸素が足りないせいだ。



(終)


彼女じゃなくて、はじめは忍足でした。

2007年01月05日(金)

閉じる