■ローテーション■ だめんずうぉーかーず


 男前を腫らした跡部くんがうちに来た時、俺は馬鹿正直にものすごく笑ってしまった。跡部はムスーとして黙っていた。笑うだけ笑って、どうしようかなと考えて、夕飯の支度をしている母さんに「友達が来たからちょっと公園行ってくる」と言って家を出た。

「もういいの?」

 夜になるとカップルが寄り集まってくる家の近くの公園は、薄暗くて閑散としていた。チカチカする外灯の明かりで跡部の顔の傷を見た。そりゃあの大きいのにやられたら、このくらいは当然だろう。俺は、むしろ、あいつは加減したと思う。やっぱり好きな男の顔が二目と見れないくらいに変わってしまうのは、別れ際であれ苦しいものだ。特にこの綺麗な顔なら。

「ああ」
「そう」

 男らしく答えた跡部の顔を俺はもう一度じっと見た。なんでこいつこんな堂々としてんだろう。今しがた痴情のもつれでブン殴られてきたくせに。恋人がいるのに他の男と寝たくせに。ホモのくせに。なにが「ああ」だよ、唐突に別れ話かまされた相手の身になってみろ。どうせ、「好きな奴ができたからお前とは別れる」とか言ったんだろうなあ。

「なんていったの」
「お前に言えるかよ」
「言ってよ」
「だめだ」

 跡部はえらそうだった。このえらそうなとこと、この綺麗な顔が、きっと忍足侑士は好きだった。俺もそうだ。この人の、それ以外のところを好きになる奴なんかいるんだろうか。

 跡部の腫れた頬は熱かった。俺は忍足の大きい手のひらを思い出した。跡部の首をぐいと引っ張って、切れた口の端を舐めてやった。そしたらそのままキスされた。暗い公園の外灯の明かりの中で、まるでスポットライトを浴びてるみたいだ。この人のこういう恥ずかしいところは嫌いだった。でもそういうこの人にキスされてる俺のことは好きだった。

「ちょっと待ってよ」


 俺は跡部の肩を両手で思いきり押しやる。跡部が舌打ちする。

「俺がきみとつきあうと思ったの?」
「ああ?」
「別れてきましたハイそうですかって、言うと思ったの」
「千石、てめえ」
「俺の前の男とつきあってたきみとだよ」

 少しは考えな。跡部の頭をポンポンとやさしく叩くと、俺はスポットライトの輪から出た。

 今、俺はカッコいい。対して跡部は勘違いの間抜けヤローだ。ぷぷ。この人のファンの女の子たちに見せてやりたい。この人はどうとも思わないんだろうけど。ホモだから。

「待てよ千石」

 跡部が大きな声で俺の名前を呼んだ。どこまでも、どこまでも聞こえそうな声だった。町中の人が今夜俺の名前を知っただろう。

 あーあ。せっかくカッコよかったのに。

 俺は引き返して、スポットライトの中から跡部を引きずり出し、暗闇の中でキスした。途中で跡部が噎せたけど構わず再度、キスした。この人が俺を好きになるのは初めからわかってた。

 跡部は間違いないく忍足が探してたような男だったし、二度と会わないことも俺は選べたけど、そうしなかった。えらそうなとこと、この綺麗な顔。この人のそれ以外のところを好きになる奴なんかいるんだろうか。はっきり言おう。そいつは跡部のことを好きなんじゃない。自分が可愛いだけだ。

「晩ごはんうちで食べてきなよ。親に紹介するから。この男前が新しい彼氏ですって」
「そういうことは事前の約束なしに行ったら失礼だ」
「ばかじゃないの。言うわけないじゃん」

 俺は跡部の手を引っ張ってマンションへ向かって歩き出した。心配しなくてももうちょっと経ったら今度は俺がこいつをぶん殴る番になる。その時が来たら手加減なしでやってやろうと思っているけど、わからない。俺って優しいからね。きっとこの綺麗な顔をこのまま取っておいてあげようと思うだろう。次に待ってる誰かのために。



(了)


結局これ千忍なんじゃないの。
最近ゆりゆりしたものが好きだなあと思ってたけど、もともと千石と忍足をくっつけようとしてた辺りとかはじめからゆりゆりが好きなんじゃないのかなー。

2006年12月09日(土)

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