Diary
INDEXoldnew


悲劇のそら   2005年10月25日(火)




たそがれるそらの背中。
放鳥中にしばらく相手をしてもらえないと、こうやって背中を向けてスネます。まるでがっくりと肩を落としているように見えます。
かといってそらの相手ばかりしていると、今度はかららが怒ってオモチャをブンブン投げ飛ばすし。(−−;

でもやはり、病気で飛べない、目の見えないそらの相手をしている時間の方が、どうしても長くなりますね。かららは怒るときもあるけれど、しばらくジッと私とそらの様子を見つめて、黙ってその場を離れて行くことも多いのです。我が家に来たときから先住のそらがいて、私たちはなんでもそらを優先してきましたから、かららは一人遊びをすること、我慢することを知っています。ああ、いま我慢しているな・・・と感じると、少し切なくなります。

お迎え当初一人っ子を満喫したそらは、放って置かれることに我慢できません。自分が一番でないといやなのです。
見えないし飛べないから、こちらもあまりそれを実感することはありませんが、もしそらが普通の健康な子だったら、暴れて飛び掛って噛み付いて大変だったのじゃないかと思うこともあります。(^^;


私が家を出ようとする時、そらは両足をしっかり踏ん張って、「ぴえーっ!」と声を限りに叫びます。だーに言わせると、「まるでこの世の終わりのような」声で、
「だめーっ!行っちゃだめーーっ!」
と叫んでいるのだそうです。たぶんその通りなのだろう、と私も思います。
反してかららの方は、意外と平気。騒ぐそらを横目に、
「なに騒いでんの。ママはまた帰って来るでしょ」
とでも言うように、のんびりとエサを食べていたりします。
私が帰ってきた時に、「帰ってきた!ママ帰ってきた!」と大騒ぎするのは、そらと一緒なんですけれどね。

そんな2羽を見ていて思うのは、これは生い立ちの違いに所以するんじゃないかということ。
そらはいつも、ママがいなくなるんじゃないかと不安に思っている。
かららは、ママがいなくなるなんてことあるわけない、と思っている。


かららは物心ついた時にはうちに迎えられていて、その後ずっと私と一緒に過ごしているわけです。かららにとっては、私やだーと一緒にいるのは当たり前のこと。私たちがいなくなるなどと言うことは、思いもつかないのでしょう。
対して生後3ヶ月半までをショップで過ごしたそらは、その間に、生まれたときから一緒にいた兄弟たちとの別れを経験しています。そらは兄弟3羽一緒にショップに迎えられ、同じケージの中で3羽で過ごし、そして最後に売れ残っていた子でした。
もしかしたら、お世話してくれていた人間が、ある日突然いなくなった、なんてこともあったのかもしれません。自分の周囲にいる鳥や人間がたびたび入れ替わるという環境にいたので、ママ(私)もいつかいなくなるかも知れないと思っているんじゃないか、と。


・・・ま、想像です。
こうやってそらは悲劇の主人公にしたてあげられ、ますますパパとママに大事にされます。それはそらにとっても好都合なはずなので、それもまたよろしかろう・・・と思ったり。



「大事にちろよ・・・」


SORAKARA |HomeUnder