| 2017年04月17日(月) |
「えいぶるダンス vol.7」 |
先生、そして仲間たちの公演に行きました! 4/15
『コンテンポラリーえいぶるダンス vol.7』
子どもも大人もカラダから 自分の可能性を引き出すえいぶるダンス!
踊ると元の気を取り戻し 元の自分を感じることができる
そして、踊ると新しい自分を発見する
ほとんど類例のない公演です。 障害をかかえている人たちとダンサー。 他にやってる団体は日本ではそうそうありません。 そして、そうそうないからこそ、 困難を乗り越える意志が必要だとおもいます。 現在では、教育、福祉、医療などの分野で芸術の 可能性を広げている仲間たち。 わたしも何度か出演している手前、 その時間の流れを感じずにはいられませんでした。 わたしが参加していた頃とはその《精度》が違い、 どうにも雑然としている感じがあります。 しかしそれも当たり前といえば当たり前です―
まず出演者の数が尋常じゃない
まとまっていないように感じるのも当然かも。 全体像を考えるとやむを得ない気がします、、
そしてそれぞれ 日々の体調やこころ
それを考えたとき、 これはきっと《精度》じゃないと思いました ただただダンスをおどること 人に見せる精度よりも踊り。 人前でおどろうとするその意思。 そして、その意思の先。 おそらくはその舞台だと思ったのです
釘づけになった作品があります
「Smile and ...」 振付 Claire Suenaga 小糸輝美・Claire Suenaga
輝美ちゃん、小さかった頃から見知っていますが、 今でもそのダンスに輝きが見えるのです ダンスを“習って”いる者としては、どうしても その《技術》を備えていってしまいます しかし輝美ちゃんは技術ではなく、 《ここにしか出ない手》を持っているのです どう説明すればいいかわかりませんが、例えば この角度で手を出せば美しく見える―とか 人前でおどる職業としては考えないわけには いかないこと その《見せる》という観念がはじめからない、 そんな手なのです あれはどう見たって、、 輝美ちゃんにしか出せない手です その手に、、輝美ちゃんを感じずにいられません
うつくしくて涙が出た
どうやったらあんな美しい手になるのでしょうか 考えて考えて行き着く場所はいつもここです 《心とカラダが一体》 誰かから見られている、というよりも どう見られたいのか、というよりも 自分でありつづけること その純粋さは、、透きとおるくらいです! ことばにならないしめつけられるような感動が やってきました
人のよわさや生きていくつよさ そんな「人」のすべてがあるダンス
ダンサーは技術を備えてしまう分、下手すると 踊りになっていないかもしれません。 なにしろ人は、、 技術があればそれを示したくなるからです! 《俺ってこんなことができるんだぜ》 ですが、ダンスはカラダ自慢じゃありません。 一体何を踊っているのか 何が伝わるのか 何を受け取ってもらいたいのか そのために... 高めてきた技術を使いたい!! 技術は決して簡単には備わらないのです! そして、身体的な技術があるのなら そうではない技術もあるはずです 見え方の先にあるダンスもありますが、 見えるものじゃないダンスには、、 どうやったら近づけるのでしょうか
輝美ちゃんのダンスはその答え そう感じるのです
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