テレビ番組をたまたま見ました。 たしか、南アフリカ某国の少年サッカークラブ。 そのクラブは貧困層の少年たちで構成されていた。 クラブは学校付属。 文武両道を掲げています。 監督は貧困層の子どもたちをサッカーでなんとか したい、そんな素晴らしい大人勇者でした。
学校の校長が国からの教育資金を持って夜逃げ
腰が、、抜けた― 日本でこんなの絶対ありえない!!! しかし。 マジでほんとうでした… 校長は子どもたちの奨学金までも持って逃げた チームはたいへんな崖っぷちに追いやられました。 しかし何とか。何とかギリギリで運営。。 勇者の情熱はすごかった その監督が練習や試合で必ずかけた言葉があります いつも円陣になってこう叫んでた
「鍛錬!才能に挑め!!」
才能に挑め、これまで聞いたことがなかった 子どものときにこんな言葉を知っていたら… すごい大人になれる気がしました だって、なによりも先ず 他人よりも自分だからです 自分自身に挑むこと。 これって物凄いことですよね?? 考えてみたらすごい。
自分の才能に挑める人が この世にどれくらいいるんでしょうか
こんな幸せなことはないとおもったのです。 他人と競うまえに自分自身とのたたかい。 それがこの台詞の大前提!! 子どものときは 《自分の才能に挑んでいる》なんて 考えてもいないものです! それを最初から《知っている》というのでは、 大変な違いだとおもいました
自分なんて大人になってから知りましたw
まわりの人間に競い勝つことを目的として しまうと確実にこの土台が抜け落ちています。
才能って一体何なのでしょうか… たぶん、、これかな…
才能=やめられないくらい好きなもの
そんな気がします。 なにしろやめられないくらいなので強度が違う。 それに出逢うことがいいことなのかわるいこと なのかはわかりません。 思いの強さはことのほか残酷なのもたしかです。 でも、きっと “いいもの” なんだと信じたい!
◎好きなものがある、って可能性そのもの◎
すくなくともこれがなかったら、 この世は退屈で仕方ない気がします☆ そんな才能を信じられない子どもたちもいます すべてを投げ出したような性格 どうやったら才能を信じられるんでしょうね。。 明るさは、自分にできることが土台なのでしょう。 嫌なこと、うまくいかないこと、全否定されるよう な事件が重なるとわたしたちは簡単に陥ります。 それをわすれさせてくれるのは好きなこと。 時間をわすれてしまうくらいの熱中です! 明るさは素直さに。 素直さは夢に、きっと直結しています。
自分もまだまだ才能に挑まねば☆
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