断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2014年11月25日(火) じんるいぶんのいち

ふと浮かびました
安藤ソラが自分を《11分の1》として考えたように、
わたしたちの考え方が《人類分の1》だったら―
人類として自分を理解したら…

 世界は変わるとおもう

だって 人類として恥じない生き方って何??
うわ、これ… 《人類》でかすぎるなw

考えた瞬間に《個人》が一気に遠い彼方へ!!
人類として世界に向かい合ったらどうなるの??
人類の代表です、人類の代表なんです。
下手なこと一切できなくなる。
自分本位の生き方が如何に傲慢なものかが “わかる”

 なんてこった

もうポイ捨てとか絶対できんッッ
原発だって考えないわけにはいかないぞ!!
核廃棄物 浄化のコロは 人類絶滅済。
って、問題を未来に先送りどころか人類いないしッッ
とにかく。まるで自分だけで終わりません。
世界がやってること、おそろしく戒められませんか?

 人類思考、そうとう使える(爆)

じゃあ人類というチームプレイで何ができるの??
そもそも、わたしたちは国家の一員ですよね…
人類ってなったらかるく地球レベルだw
貧富の差で争いが起こるのはたしか。
これを回避するには、みんなが隠遁生かt…
いやいやいや、それ不可能。
やっぱりなんとかしなきゃいけない。
みんなが生き生きと生活できる社会の構築。
生まれてから死ぬまで、安心して暮らせる世界。
これは人類永遠のテーマでしょう。
ところが未だに問題山積。
国家間紛争、宗教戦争、テロ組織の拡散。
世界は、人の意識は、一体どうすればまとま…

 ああ そうだ、進◎の巨人ですよ!!
 人類の《敵》が目に見えて現れればッッ

さあそういうわけで人類最大の敵は人類です。
世界に巨人なんていやしません。
巨人に押し付けちゃいけない。
自然災害が起きても争いはなくならないんです。
“そのとき” は手を取り合えるのに、なんで??
いろんな情報を見ても時間が経つと問題だらけ。
みんなが手を取り合って《生活》はできないのか。
現代社会では 人はまず自立しなくちゃ、
自信をもって他者と接することができないのでは?
支援を受けているだけでは堂々と生きられないのかも
堂々と生きるって何だ―

自然災害にしても当事者同士なら気持ち共有できても
ほかの人間に思いやりはあっても共有はできない。
これは病気やケガでも同じです。
わたしが「やっと歩けるようになった」とかと同じw
実のところ、誰もわかってくれやしません
だってみんな歩くのあたりまえだもの。
失わないとわからないものだもの。
かといってこれを振りかざすわけにはいかない。
いくら想像力で補ってもリアルには適わない。
可哀想。可哀想ってどんな気持ちですか?
上から見下ろす感じ??
同情からの行為なら、当事者はどうおもうのか…
あぁやっぱり詰みました

国連が世界最大の議決機関になりうるんでしょうか
世界の行く末はどうなるんでしょうか

やっぱり世界を考えたら詰みます。
わたしたち一人一人に焦点を当てるのが現実的です。
一人一人がしあわせになれば、
すなわち世界はしあわせです!!
そう考えれば考えるほど《こころ》の問題じゃないか
生きている社会が変わっていくように、
わたしたちのこころだって進化すべきです

 グダグダ不平不満を言ってる場合じゃあない

自分の身の丈で相手との関係をよくしようと努力する
世界は動かせなくても、自分の手の届く範囲だけは、
つまらないことで相手を否定せず、
わけのわからないことをふっかけられても、
◎人類のひとりとして出来る限りやってみようッッ◎


 < 過去  INDEX  未来 >


Taisuke [HOMEPAGE]