断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2012年02月24日(金) 「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」

留学していたとき、ワールドトレードセンター屋上にいったことがあります。
それは風がびゅーびゅー吹いている日でした。
なのに柵は腰くらいの高さしかないのでした。
みんな引けた腰で端まで歩いていきます。  もう、決して見られない景色です

 『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』
 あの日 父を失くした少年の、喪失と再生のものがたり

Let's go do something. さぁ一緒に行くぞ  僕はパパをすごく近くに感じてた
僕らがやったのは“調査探検ゲーム” “20世紀に共通する物探し”とか
「聞いてくれ、割れた窓から空気が入る もう大丈夫だ」 「どこ?」
「105階だ」 「すぐ帰ってきて」 「またすぐ電話する」 「そのまま話してて!」
パパが死んだ後 僕は鍵を見つけた
パパは僕に何かを見つけさせたいんだ
これはヒントだ 僕に何を教えたかったの?
 愛してる
誰もが何かを探してるのかも
すぐ見つかるなら… 探す価値はない

実は、主人公のトーマス・ホーンがどうも苦手でした。
その女の子のような顔と容姿、そして役では融通の利かない性格。
わたしに似ている気がしてとても嫌だったのです
しかし監督は『リトル・ダンサー』のスティーブン・ダルドリー。
そういうわけで、この映画は見に行かないわけにはいきませんでした。

 最愛の父を失った悲しみから逃れられない少年オスカーは、
 父が遺した一本の鍵にメッセージが込められていると信じ、
 ニューヨーク中の鍵穴を探す旅に出る

人はどうしようもない状況に陥ったとき、何かに一縷の望みを託します。
そこに意味や理由があると信じる、いや、思い込むのです。
そうでなければ動くことができないからです  その姿は傍から見れば異常です
喪失  決して消えない喪失  愛するひとを奪われたときの
大切な人にはこれだけの引力があることを見せつけられました
この映画の場合は事件に巻き込まれたものです。

 突然奪われる命

わたしは、わたし自身がこれを引き起こした可能性があります  家族に 友だちに
この映画を見ていると、わたしはどうしても母に詫びたい気持ちになるのでした
オスカーがニューヨーク中のブラック氏を訪ねていることがわかったとき。
サンドラ・ブロック演じる母のとった行動が、それを強烈に突き刺しました。

 オスカーの行動を先回りして、すべての人と会っていた
 「息子が来たらどうかやさしく接してやってほしい」

涙がぼたぼた落ちました
わたしには時間があります  戻らないもの、それ以上に

この映画はたいへん難しい題材を扱っています。
きぶんがよくなる映画ではありません。  デリケートでガラスのような映画です
しかし、秀作です。  等身大なのです。
そういう意味で『ヒミズ』とは一線を画しています。
思わせぶりな映像がこの映画にはないからです。
スティーブン・ダルドリーはやはり偉大な監督でした。

これは“再生”の物語じゃありません
喪失と再生は分断できないからです
おきたことはもどせない わすれることもできません
これは、過去と歩き出すための“整理”の映画だと思います 


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Taisuke [HOMEPAGE]