ぴんよろ日記
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| 2012年03月09日(金) |
タオルふんわり、はぎれ後悔。 |
午前中、諫早で打ち合わせ。せっかく来たので、アーケードの蕎麦屋さんで天せいろ。蕎麦好きのヒコにも、生蕎麦のおみやげを買う。そしてもう、せっかく来たので、雑貨屋さんにも寄る。手ざわりのいいタオルや、ミサキンの夏のワンピースに良さそうな布など、じっくり見たり買ったり。時間にして、ほんの2〜30分だったけど、こういう時間がものすごく久しぶりだったので、なんだか泣きそうになってしまった。いつもは最初から決めていたものだけを、最速をモットーにパパッと買うだけ。だから「考えてもなかったけど、目の前に現れると、必要だったことを思い出すもの」は抜け落ちる。タオルがくたびれてることを、買い物リストを作る時には思い出せないけれど、お風呂上がりにはいつもちょっと寂しい気持ちになって、でも、くたびれたタオルで拭いてしまえば、また忘れる。だけどやっぱり、毎日少しずつ、寂しさはたまっていく。ふんわりお気に入りのタオルで拭ければ、お風呂上がりのあわただしさも(小さい子どもと入るのは、とてもあわただしいのです)、ちょっと楽しくなるのかもしれないのに。 忙しい!と思うと、まっさきに削られるけれど、こういう時間は本当に必要なんだな…。
その雑貨屋さんに、はぎれを縫い合わせた布が、のれんやカーテンのように使ってあって、いいなぁ、と思った。ちょっと前に、意を決して、いまはやりの大片付けをしたとき、なんか必要以上に「捨てることがいいことなんだ」という気持ちになってしまい、「たしかにもう着ることはないかもしれないけど、好きな柄のところをはぎれにしたら、いつか使いそうなのにな。そりゃ、いまここで『いつ使うんですか!ときめかないものは捨てなさい!』と言われたら、渋々捨てるほうに入れるけど、そんなに割り切れないものだってあるんじゃないかしら」というような服を、鬼の心でかなり捨ててしまった。そしてときどき、思い出したように後悔しているのだが、今日もまた、忘れられない何枚かを思い出しつつ、しっかり後悔した。捨てることは必要かもしれないけれど、これもまた、過ぎたるはなんとやら、だと思う。ちなみに、いまミサキンの通園バックに使っているのは、そんな勢いが過ぎて、一度は捨てたけれど、スピーディに強い後悔が襲ってきて、ゴミステーションから救出してきたもの。毎日見るたびに、捨てなくてよかったと思っている。
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