ぴんよろ日記
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今年は本当に珍しいお盆だった。こんなに雨が降ったお盆は初めて。母もそう言っていたので、かれこれ60年分くらいは珍しいのだと思う。しかしなんとか雨の合間を縫い、超短縮バージョンながらも、墓参りと精霊流し見物は決行した。ヒコは興奮しすぎてわけがわからなくなり、ミサキンはまったく動じず、人それぞれである。
雨の降りかたが、もはや温帯ではない気がする。あーだこーだ憂うのもいいけど、現実生活レベルでは、もう、そんなもんだと思うしかない。洗濯物対策など。
昨日はうっかり、ネガティブシンキング女王でもあるダンナ母の買い物に同行したら、これまたけっこうなレベルの波動が放出されていて、一夜明けてもダメージが去らない。なので、スピリチュアル関係の本を引っぱりだして読んでみたり…。とにかくまぁ、なんというか、不幸になりたがってる人に勝てる人はいないなぁ、ということなのだが、でも、それをこのままにしておくのも、イヤでも付き合わなくてはならない人だけに、どうなんだか。これまでもずーっと、どうにかして少しでも明るく考えてみてはくれないかな、と、思ってきたし、それとなく提案したこともあるのだけど、そんなことしようものなら、何倍ものパワーで「若い人はそう言うかもしれないけど、いまさら変えられない」というような反撃をされてきたので、最近はもう、とにかく当たらずさわらずを心がけてきた。しかしやっぱり、それじゃ誰のためにもならないような気がする。昨日は「どれだけ自分がまわりの人のために我慢してきたか、それなのになぜ私はこんなに不幸なのか」的なことを念仏のように唱えだしたので、ヘタに口を開いたら、必要以上にきつい言葉が出てきそうだったので、最大限の対応として無視してしまったのだが、ほんと、やっぱり、誰のためにもなってない。 幸せになってもらいたいのだ。ほんとに。でも、彼女は自分の中に幸せを見ようとはしていない。むしろつらいこと、苦しいこと、悲しいことを見つけ出して噛みしめることこそが、生きることなのだと思っているフシがある、っていうか、そう。台風が来るときの心配っぷりときたら、そりゃーもう、「嬉々として」としか言いようがない、生命のほとばしりだ。そして絶対に現状に満足しようとしない。家を建てて初めて呼んだ時の第一声が「おめでとう」でも「いい家ね」でもなく、「『あー、ここはこうしとけばよかった』って思うところはどこね?」だったのには、あらためて驚いたものだ。たしかにそれはもう、長年のあいだに、骨の髄までしみついた彼女の思考パターンだと思う。でも、でも、それでも、ほんの少しでも、いまの自分を幸せだと感じてはもらえないか、とも強く思う。…ということをうまく伝えられて、受け取ってくれたらいいのだけど。
ふぅ。
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