ぴんよろ日記
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2010年11月27日(土) さるやまさるやま

 福岡・糸島で開催された、甲野先生のサバイバル鍛冶の会へ一家総出で参加。甲野先生とお会いする機会って、いつもそうなのだけど、言葉にできない情報のかたまりのようなものがドッカーン!と心身を直撃して、感想がうまく書けない。「言葉にできないものがこんなにも多い」という事実に殴られて、脳震盪を起こしているような状態なのである。一番最初に参加した講習会の後なんて、3日くらい口もうまくきけなかった。そしてしばらくすると、自分の中から言葉が出てくる「出てきかた」が変わっていることに気付くのだが、これもまた、なにがどう変わったということを言うことができない。できないけれど、とにかく変わっているとしか言いようがない。
 今回はいつもの武術的なものと違うのだが、(武術的素養のまったくない)私にとっては、むしろ開かれている感があったし、古い時代の職能の中でひときわ魅力と魔力を持っているように見える「鍛冶」が、どういう感触をしているのか体感してみたかった。果たして「鍛冶」は、そして「火」は…いや、簡単に書いてしまうのは止そう。鉄のように、もう少し火の中にくべていよう。
 会場は個人所有の山(!)だったのだけど、ヒコは一時も休むことなく走り回っていた。夜の懇親会の時、甲野先生から「ずっと走り回ってましたね。」とニコニコ話しかけていただいた。嬉しいと同時に「いつも『場』全体を捉えておられるのだな…」と、静かな戦慄がわき起こる。ほかにも「自分の背丈ほどのところから飛び降りるなんて、最近の子どもではなかなかないですよ。頼もしい」など、「ヒコ母」冥利に尽きるお話がいろいろあったが、最高だったのは「かつて…(たしか中井亀治郎)という達人は、10歳のころには山に入って猿の群れを相手に遊んでいたそうですよ」というエピソード紹介。ヒコを見てそれが思い出されたというのは、この上ないプレゼントをもらった気持ちだった。ヒコと日々を過ごすのは大変だけど、いい意味で「大変な人」と過ごさせてもらってるということを、これで時々思い出せる…はず。ヒコのエネルギー砲に倒れそうになったら、「つるかめつるかめ」ならぬ「さるやまさるやま」だ。


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