ぴんよろ日記
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2010年05月19日(水) 23世紀には

 赤ん坊を産むときには、自分が産まれた土地のほうに顔を向けるといい。
 
 らしい。

 「合理的現代人」ならとっさに湧き出てくるであろう「なぜ?」「どうして?」「どんなふうにいいの?」はさておいて、このことは「土地と人」を考えるときに、時々立ち返ってみるべきことだという気がする。そして丁寧に検証していけば、ひょっとしたらとても細やかで正確な数式で表されるようなことかもしれない。23世紀ごろに証明されるような。

 夜中、ものすごい雨と雷。そして2度ほど、お腹の張り。しかし起きてみたら、相変わらず。昨日よりは少々きついかな、という感じではあるが。

 明日のことはもちろん、夕飯のことを聞かれても「産まれてなければ…」としか言いようがない日々。ある意味、自由。そして本来的かも、と思う。「運命は100%決まっているけれど、同時に100%自由」と言われることが、すこーしだけ実感される。

 外は深い霧。

 前住んでいたところよりも、圧倒的に木々の気配が近い。窓からも、すぐ前の水源地の桜の木が見える。青々とした葉っぱ。その一枚一枚についた水滴。こういうものをいつも目や耳に入れ、肌で感じることが、本当はとても必要なことなんだ…と、わかる。目の前にあって初めて。そうじゃないところから移ってきて、あらためて。でも、人間の良くないところは、そうじゃなくても、頭で納得させてしまえるところ。身体を、一時的には頭で制御できてしまうところ。そっちのほうが偉かったり、カッコいいと思ってしまうところ。


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