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ぴんよろ日記 DiaryINDEX|past|will
直接間接に、人が死んだり病気したりということが続いたからか、なんとなく、久しぶりにどんとを聴く。こないだ本を整理した時も、どんと追悼特集の雑誌が出てきて読みふけったりした。どんとを聴きはじめたのは、飼っていた猫が死んでしまった10年近く前。それから3年くらい集中して聴いて、イベントなどにも行ったものだったが、そのときすでにどんとは死んでいた。イベントは、ラブ&ピース&スピリチュアルな感じにも飽いてきたし、さらにはよくどんとの歌を歌ってた兄ちゃんから、(どんとファンになる前から着てた私の原色系の服を見て)「いかにもどんとファンだね」と言われたのにも(そのどんとを真似してチンタラ飯食ってんのは誰なんだよ!)と嫌気がさしたりして、行くのをやめた。そのうち、どんとの歌も、すっかり自分の血肉化してしまった気がしたので、いつもいつもは聴かなくなった。そして最近、どんとのことを思い出してみたら、いつの間にか自分が、どんとが死んだ年を2つも超えていることに気が付いて驚いた。最後のほうはおじいさんみたいな風貌になっていたのに、私よりも若かったのだ。人の年は、ある面では、あってないようなものだ。でもやはり、一瞬でも肉体を持って「生きて」いたということの大切さは計り知れない。それがないことには、その人の魂を目撃したり耳にしたりということは、それこそ特殊にスピリチュアルな能力がなければ、まずできないのだから。…にしても、やはり(常人の感覚において)若くして亡くなったり、自ら命を絶つということは、つらいことだ。私が通った幼稚園の先生がどこかの山小屋で自殺してしまったことは、子ども心にも大きな衝撃で、今でも年に何回か頭をよぎる。ヒコが保育園に通いだしてからはなおさらだ。
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