ぴんよろ日記
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2007年04月08日(日) ベクトル

15分以上の静かな時間を、この2週間ほどは持てなくて、
さすがに精神的にこたえている。日記を途切れさせたのも悔しいが、
まだ、さかのぼって埋めていくだけの心身の体力がない。
しかし、なにが危ういって、言葉が出なくなるのがつらい。
口で話す言葉は、そもそも得意でもないし、当然詰まり気味になるが、
頭の中での言葉に不自由を感じだすと、こりゃ重症だということになる。
不自由というより、定型化というほうが正しいかもしれない。
ある思いや感情を、自分の中で言い表すにあたって、
言葉の選び方が雑になったり、
「鮎解禁!待ちかねた太公望たちが」「ニューアルバムをひっさげて」的な、
よくある言い方で済ませようとしたりする。
そこまでエネルギーが回らないというか。

それにしても「ひっさげて」っていう言い回しって、
カッコつけてる「アーティスト」にも普通に使われるけど、
なんかドサ回りっぽい響きって思うのは私だけだろうか。
くたびれた紙袋にCDをいっぱい詰めて、
一両編成の電車から無人駅に降り立った、というような光景を想像してしまう。
FMの、英語なまりの日本語を話すねーちゃんが何の迷いもなく言うのが、
またそこはかとなく貧乏くさい。


今朝は、兵役を拒否して長崎にやってきたドイツ人のお兄さんの番組を見た。
番組自体もけっこう面白かったが、
そのお兄さんが、日本語で話す時と、
ドイツ語で話す時の顔つきや醸し出す雰囲気の違いに引きつけられた。
言葉というものがいかに人を作っているかを、まざまざと見た気がしたし、
受け手がいてこその言葉なのだな、と強く思わされた。
日本に来る前と来てからの、若い彼にとっての劇的な数カ月について、
たとえ話題そのものは、明るいばかりのことじゃなくても、
自分の言葉を理解してくれる人を前にしつつ、語るよろこびにあふれていた。

そして、(たぶん)欧米的な「言葉の力を信じている」、あの感じ。
どこまでも、どんなものも、ありありと言い表そうとするベクトル。
よく日本人はそれを無粋なものと言ったりするけれど、
それはかなり極まった部分についてのことであって、
大部分のものごとについては、
できるかぎりの言葉を尽くすことが、
ものごとへの、また自分自身への誠意だろうと思う。
それこそ「日本語はとても繊細なのだ」と自慢するのであれば、なおさらだ。


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