ぴんよろ日記
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わからないものとか、聴いたことのない音楽とか、見たことのないもの。 そういうものにどういう態度を取るかっていうのが、勝負だろう。 「ありえなーい」 「信じられません」 「こういうの、わかんないんだよね。だいたいさ…(微妙にズレた自説展開)」 これ、すべて負け。
「理解に苦しむ」ことは、世の中にたくさんある。 理解することがすべてじゃないことも、たくさんある。 でも、自分のアタマや感性の回路の乏しさを正当化するための 「わかんなーい」 は、やっぱり、勝ち負けで言うと負けだ。
でも「こんなものをわからない俺の方が偉い」って態度を取る人って、 あんがいたくさん、というか、そっちの方が多い気もする。 「俺がわからないんだからダメに決まってるじゃないか」って。 そして、わかった気になれるレベルのものでまわりを固めて、 世界を見晴らしている気になっている。
世界なんて、とにかくわかんないものばっかり。 一生わかんないことばっかり。 でも、いくらそれを「ないこと」にしたいと思ったところで、 それらは確実にあり続けるのであった。
ただ…「わかったと思ったら大間違い」という落とし穴もある。 油断大敵である。
じゃぁいったい何が「勝ち」なんだ!というと、たぶんそれは、 「やったもん勝ち」 だろう。 人殺しとかかっぱらいとか、そういうのは違うけど、 あることを、だれかが、その人の体を通じて生みだしたものについては、 その人以外のほかのだれもが、それについては「負け」なのだ。 その人がやっちゃった時点と地点では。 だからいくら「私ならこうする」「俺だってあれくらいできる」 と言ったところで、それについては、だれも勝てない。 だってもう、やっちゃってるんだもの。 言うだけの人はゼロだけど、その人はもう、目に見せてる。耳に届けてる。
だからとにかく自分の場所で、なにかを生み出すしかないのだ。
そしてそれぞれが生みだしたものを、見あい、聴きあい、わかんなくなりあって、 また新しいものを生みあいながら、やっていけばいい。
わかりあうことを超えて、もっと大きな意味で、わかんなくなりあうこと。
◇◆◇
朝。マロンロールのしっぽ。あったかい豆乳。
打ち合わせ。
iPodの修理の取り次ぎはやってないかな、と思って、 システムプラザなき今、唯一アップルコーナーがあるベスト電器へ。 前のぞいたときは、そこの専任スタッフみたいな人がいた気がしたんだが、 今日は明らかにアップルの匂いがしないおじさんがいて、 私が迷わずアップルコーナーへ進んでいくと、 「やばっ、マックのこと、俺に質問なんてしないでね、たのむっ」オーラが、 彼からドバーッと放出されたのがわかった。 わかったが、非情な私は「iPodの修理は取り次ぎされてますか?」と質問。 しかしおじさんも負けじ(?)と、 「いや、もう、それはこちらへ電話してくださいっ」 と、アップルのサポートセンターの電話番号が書かれた紙を、速攻取りに行った。 「うちを通すとですね、1ヵ月くらいかかるんでっ」と念押しされる。 もちろん直接やりとりするのが早いとはわかってたんだけど、 送ったりするのが面倒だなー、お店で預けたり受け取ったりできればなー、 と、ためしに言ってみただけだからいいんだが。 その後、スピーカーなど見ていたら、 言い訳のように「どんな調子なんですか」なんて訊いてきたのがお茶目だった。
いやー、専任スタッフがいないアップルコーナーと、 わかんないのにマックのことを訊かれる電気屋さんのせつなさよ。
昼は紅灯記でスーパイコ。 広州で買ってきたという、本場の月餅をひとくち、おまけにいただく。 日本には絶対ないような味だった。
夜はなぜかまた、石橋屋でイカ刺し、甘鯛フライなどつつく。 そしてなぜかなぜかカラオケに行き、なぜか歌わず、 なぜか屋台のラーメンを食べて帰り、なぜか遅くまで話し込む。
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