ぴんよろ日記
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| 2005年05月05日(木) |
たとえばショウガ焼きのタレ |
昨日の夕ごはんは、友だちがひとり来て、麻婆豆腐とあっさり冷やし中華など。 ダンナはたいして食べない鶏とレンコンとごぼうの煮物(2日目)を、 その人がぱくぱく食べてくれてうれしかった。 やっぱり料理は食べて、食べられてナンボだ。 麻婆豆腐の肉みそ部分を中華麺とからめてみたら、 まさにジャージャー麺になって、あまりのおいしさに夢中になって食べた。
食べたあと、グッと眠たくなって、コロンと横になったら、朝だった。
今日はこれからホットケーキを作ってみる。 昨日のだんごはおいしかった。いいきな粉を買って正解。
食べ物の安いのと高いのって、目くじら立てるほどは違わない。 食べ残したり、冷蔵庫の中で忘れられて、いつか捨てられるのなら、 量は少なくても、いいものを買って大切に食べた方がよほどいい。
高い家をギリギリで買って、食費を節約するのもイヤだ。 こないだ郊外の業務用食材屋を覗いたら、 周辺のニュータウン(そのあたりには次々とできている)の 住民らしき家族連れがたくさんいて、添加物てんこ盛りの冷凍食品とか食材とか、 インスタントものを大量に買っていた。 いくら「健康住宅」に住んでても、そんなもん食べてたらおんなじこと、 いや、もっとひどいことなんだって、どうしてわかんないんだろう?
食べるものをちゃんとする道は、いくらでもある。 お金だってそんなにかかるものじゃない。 でも値段だけが安い怪しい食べ物をたくさん買うために、 手抜きが美徳みたいに言われるのは、こわいなぁと思う。 「ショウガ焼きのタレ」なんて商品を見ると、ボーっとしてしまう。 ショウガと醤油と酒、お好みで砂糖があればできるのに…。 でもこんなことを言うと「料理ができる人はいいわよ!私は忙しいのよ!」 っていうようなことを主張する人がいて(このへんはたとえ話でもあります)、 もう、それはそれで、そういう世界なんだろうけど、 私はこっそり、それは違うと言い続けよう。
◇◆◇
お昼は「拓どん」で、ごまみその入った肉うどん。 必要以上の「手打ち感」「こだわり」「男のロマン」が匂ううどんが嫌いだが、 ここのはギリギリセーフで、素直に好きだ。 私がおいしいと思ううどんの、世間的には最高レベルのものだろう。 うどんはチープでやさしいほどいい。 難しい顔した脱サラオッサンが人生をかけて打つ、 エッジが立ったゴリゴリのこだわりうどんと、 ふた昔前の高速のサービスエリアにあったような自販機のうどんなら、 迷うことなく自販機うどんを選ぶ。
自販機うどんを食べるシチュエーションが好き、とも言える。
どんな食べものも、シチュエーションが味を大きく左右するが、 うどんを、それもチープなうどんを食べる時って、 それしか選択肢がなかったりするような、独特のかなしさがあって、 でも、決して悪いかなしさではないような気がするのだ。
小さいころ、ひとりで泳ぎに行って、 プラスチックの食券と引き替えたプールのうどん。
風邪ひいたお昼に、近所のうどん屋さんから出前してもらったうどん。
もっと小さいころ、ケガをして入院してたとき、 数少ない楽しみのひとつだった、それこそ自動販売機のうどん。
バイクで乗った高速のSA。唐辛子をめいっぱいかけたけど、 それでも辛いと思えないくらい寒かった日のうどん。
心と身体が弱っていたとき、おなじような境遇にあった人と食べたうどん。
仕事と仕事の合間の時間が短くて、とりあえずかきこむしかないうどん。
普段はあるべき要素(時間とか元気とか)が欠けている状況の中で、 あたたかさや、ひとまずの栄養を与えてくれるものといえば、うどんだ。
だからそこに、必要以上の個性やうんちくや威張りん坊がやってくると、 消化不良になってしまう。
…というようなことを、前にも書いたような気がしてきた。 本を読むための椅子を探してまわったので、疲れたのかもしれない。 そう、疲れていたので、夜はインドカレーにした。ターメリックライスも炊いて。
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