ぴんよろ日記
DiaryINDEXpastwill


2005年02月25日(金) いきなり見ると驚くが、

昨日の昼はモスチキンを食べ、
夜は実家でもらいものの少々あやしい北京ダッグを食べた。
鶏な日。
昼は親戚のお姉ちゃんのとこに行って食べたのだが、
娘ちゃんのおもちゃに爆笑。
任意の言葉を入力すると、その言葉をキティちゃんが再生してくれるというもの。
最初は「おおきいもぎ」とか「みどりねーちゃん」だったのだが、
あるとき「らーめんぎょーざ」と入れてしまい、
キティちゃんは延々と「らーめんぎょーざらーめんぎょーざらーめんぎょーざ…」
と言わされていた。アンニュイ(!)な昼下がり。
でも「25年前にあったら、YMOは使っていたのでは」というような感じだった。
もっといろんな言葉を入力してみればよかったなぁ。

しょぎょーむじょー、とか。

ということで、人が動く季節だ。
私はそういう世界に住んでいないが、
ダンナのまわりがけっこう動く様子。
その人たちはだいたい私もよく知る人なので、興味深い。
見た目ではおなじところにいる人も、本質的にはいつだって違うところにいる。
それぞれの道を歩く中で、たまたま近づいただけだ。
日常の体は近くにいても、心は遠くを見ていたりする。
「そんなことを考えていたの?」と驚いたりするけど、
ほんとうは驚くことではなくて、見えてなかっただけだ。
人が聞いて「えーっ!」っとびっくりするようなことって、
その人にとっては、ひたひたと分かっていたり、考えていたりしたことだから。
密かな行動や考えを自分や当事者の中で降り積もらせた果てに、
白日の下にさらすことを決意できたときや、
考えや行動がどうしようもなくあふれたときに、人には見える。
(当事者の中だけで過ぎてゆくものごともあるが)
その時はもう、かなりのところまで来ているので、
いきなり見るとびっくりしてしまうのだ。
色恋沙汰なんかが、その典型。

本人のことは本人にも分からない部分がたくさんあるけれど、
やはり本人のことだけに、いちばん先に気づいたり考えたりしてみるものだ。
事が大きければ大きいほど、本人の中にとどめる時間は長い。
その大きさと時間に比例して、他人は驚く、という仕掛け。

さて、今日は結婚記念日だ。まさに金曜日だった。
もう5年か…。
いろんなこと(そういえば絵に描いたような色恋沙汰だったなぁ)があったし、
これまたいろんなことが起こりつつある。
ひとつとしておなじ時はない。



トンビ |MAILHomePage