ぴんよろ日記
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取るに足らないはずの、いろいろな些細なことを、 すべて予兆や伏線だと思って、ものごとの編み目の中に入れていくと、 たいていのことが、やっぱりそうなのでおもしろい。 だから何が起こっても、なるほど、と思う。
昨日、テレビで橋田信介さんの講演のようすが映っていて、 戦場で生きるか死ぬかの時間を過ごしたあとに、 「青い空や、白い雲、木々の緑、黄色いタンポポ…」 などが目にしみるという話をしていた。 「青い空」「白い雲」というところにぐーっと来た。 それは私にとって、ちょっと特別な言葉だから。 私の掲示板のサブタイトルでもあるそれは、 種あかしをすれば、 私が小学一年生の時の国語の教科書のいちばんはじめに書いてあった言葉だ。
あおいそら しろいくも みんななかよし
横着なことに、小学校に入る前からすでに新聞なんかも読めていたし、 本もいっぱい読んでいたし、小学1年の時に「小学1年生」が幼すぎてつまらず、 「小学3年生」からスタートしたりしていたので、 その言葉を「習う」って意識はまったくなかった。 「あ」の書き順とかが書いてあったりしたけど。 でも、木の机に教科書を広げ、その言葉たちを眺めながら、 とてもいい気分だった。 先生が説明していることは、もう自分には必要のないことだったので、 ずーっと、あおいそら と しろいくも の世界にただよっていた。 そして「みんななかよし、ってのは、ちとウソくせーな」 と思ったりしてしまったところが、三つ子の魂百までであった。
あおいそら と しろいくも をいつでもきちんと見上げて、 そこに気持ちをただよわすことのできる心を持っていたい。 さらに、心じたいに、あおいそら と しろいくも をいつも持っていたい。 あの、木の机の上に広がっていた、ことばの風景が、 いまも心の軸のひとつになっていることに驚く。
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