ぴんよろ日記
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昨日から、ちょっと深めのブルーな淵に沈められてしまい、 胃が痛くて、心臓がチクチクして、息が苦しい。
というようなことを、まわりの人には言わないが、 ここに書いて地球の裏側からでも読めるってのは、どういうことなんだろう。 まわりの人も、本人に聞くことなく、読もうと思えばいつでも読めるというのは。
具体的なできごとではなく、それによって引き起こされた心の作用… つまり、水に投げ込まれた石のことではなく、広がる波紋。 を、よく見て書き残そうと思っている。 こんな心の揺れ方、波立ち方もある、というようなこと。 それは私に投げられた「石」が実際にどんなものであるかを通り抜ける。
とてもここには書けないような具体的な問題やできごとにかき混ぜられ、 その上で浮かんできた上澄みのようなもの。 それはとても個人的なものだけど、 おなじようなことにかき混ぜられた人が読めば、 具体的なことを書いていなくても、 なにかピタリと、消毒薬や絆創膏になれるかもしれない。
まぁしかし、私に起きている具体的なことを知っている人や、 「石」を投げた人や、投げるところを見た人が読んだら、 「うわー」「なにもそこまで」と思う可能性も特大。 でも、理解してもらえないかもしれないけれど、 それとこれとは私の中ではぜんぜん別物だ。 起きたことそのものを書くことと、 それによって心に起こったことを書くことは。 そして「うわー」「なにもそこまで」は、たぶん、 「書く」ということそのものに向けられると思う。 どんな形にせよ、それについて書くということが「うわー」なのだ。 しかし私は書いてしまう。自分の基準にもとづいて、ギリギリな感じで。
ただ、書いてスッキリするかというと…あんまりしない。 暗いことが明るくなるという感じでは、しない。 指差し確認のようなもの。 その上で、また違う力を出して進んで行かなくてはならない。
◇◆◇
それにしても、 ここから先はさすがにないだろう と思っていたようなことにも、 先はあったりするものだ。 そこまで行かなくてはわからないけれど、 思いがけないことが広がっていたりする。 それこそ、なにもそこまで、と言いたい。
弱音マン参上。いささかつらい。テクノデリックが染みる。
◇◆◇
久しぶりに親戚のお姉さんのピアノを聴きに行った弱音マン。 とっても好きな曲があったので、忘れないうちにCDを買いにいったら、 ちいさなお店だったのに、なぜかYMOのDVDが並んでいた。 かなり動揺し、いま大好きな曲がどっさり入ってるのを買ってしまった…。
でもいまはピアノを聴いている。
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