| 2006年01月28日(土) |
時熟。男気。萌え死に妄想。 |
えーっと世の中の流れが速すぎて ついていけないと日々日記に書き散らしている私ですが。 間違っているわけでもなさそうです。 いろいろなものやことが速く手に入れば もっと速く速くと人の欲望は限りない。 壮子が確かそんなようなことを言っています。 ゆっくりと吟味し、自分で味わって 実感して手に入れたものはいつまでも忘れないが 簡単に手に入ったものは身に付かずすぐに忘れる。 時間をじっくり味わって成熟させるから「時熟」なんだって。 もうもう妙に納得ですよ。 速すぎるんだよ、展開が! (今「てんかい」を変換して「天界」となったのは天使景九の影響) 世の中は本当に速くて速くて 毎日いろいろな方面から情報が入ってきて アップアップで飽和状態で入ったものから忘れていって みんなどうしてついていけるのかと マジで泣きそうになったりもするんですがみんな同じだったんですね。 自分が遅すぎるというわけでもなかったのかと ちょっと安堵しました。 みんな日々に追い立てられながら必死に生きているんですね。 でも情報が速いのはすばらしいことだし でもじっくり考える時間が必要なのも確かです。 情報を取捨選択して生きなければいけないのかな。 必要なものだけを選んで生きるなんて難しいことですね。 昔よりもずっと贅沢なんだろうなって思います。 いろいろな意味で。 昔よりも選択する機会が増えた。 未熟な状態での選択の連続は恐怖と緊張でストレスですよね。 このあらゆる情報の散乱する時代に 目に見えない重圧に押し潰されてしまうのではないかと不安です。 だから精神病(鬱とか引き籠もりとか)を 煩う人間が増えているのでしょうね。 弱肉強食とは言いますが、弱い者だけが消えていく社会ではなく 強い者だけしか生き残れない世界になってきているなと。 中堅(普通レベル)の人間が生き残るのに難しい時代だなというか。 まぁようするにいろいろ飽和状態ですよ。 心も体もじりじり限界に近づいていて、 全体的にハングリーに鍛えられて育てられてないので もうちょっとそろそろいろんな方面で 限界というかヤバイなと思います。 ホントに怖いよ、10年後、20年後がね。 何か考えないと日本人の半分が何らかの精神病を抱える社会になるのでは? なーんて思ったりして。 言い過ぎですかねそうですか。 でも何かそういう不安感がひしひしと募ります。 自分だけがおかしい、遅いのかと思っていたけれど みんながそうらしいと気がついて違った意味で恐怖を感じた今日という日。
男気。 すごく男気に満ちていると言われます。 外見とまったくかけ離れた心持ちをしていると言われます(笑) そのギャップが面白いとかも言われるんだけどね。 初対面ではこんなに暗黒で毒舌だとは誰も思うまいよ。 私たぶん喧嘩強いからなぁ(そこか) 口喧嘩弱いけどな(頭弱いからな) それもそのはず、私は男の中で育ったんでした。 そして山の中で犬と育ったんでした(そりゃ大袈裟だ) 私、大きくなったら犬になると 結構本気で考えてるような危険な小学生でした。 (しかもコリー犬限定、なんだそれ) 男兄弟がいないとジャンプ読んだりゲームしたりはしないよね。 自分の原点を考えたとき、「車田節」なんだなぁと しみじみ思って己の男気に納得しました。 熱いよ、車田節。 でも生きるとはこういうことだ的な人生観的なものを 車田節からもう骨の髄まで叩き込まれた気がします、自ら。 私、小中学校って車田作品にとっぷり浸かって育ったんでした。 心映えだけね。 学校とかでは普通に女の子でしたけど。 自転車乗り回して外駆け回ったトムボーイとかでは決してない。 ちゃんと少女漫画も読んでたけど 戦闘物(生き死にあり)の作品にしかはまりませんでした。 生きるとは戦うことと見つけたり。 まさに友情、努力、勝利的な典型的当時のジャンプっ子でした。 恋愛漫画とか「生ぬるい!」と思って駄目なんですよ。 そこにまったく興味がない。 生きる意味を見いだせない。 だから学園物とか好きじゃないんだろうなー。 命を懸けられる程の存在を探したい。 己が何を成せるかってことを常に考えていたいというか。 生と死の狭間に生まれる愛情に惹かれるというか。 だから刺激を求める人種(知盛とか?)の気持ちもちょっとわかります。 私は人の肌を切る感触を確かめてみたくて 自らの指をよく切れるはさみで切ったことがある子供だったから。 うっわ、アブねぇなー…この日記がぎりぎりだな(爆笑) 自分的には普通だったんだけど、 人に話すと驚かれるので書いてみた。 単に興味なんだよなー。 でも決して他人で試したりはしないよ。 やってみたいなら誰も傷つけない方法で。 人を傷つけるのと迷惑をかけるのは本当に昔からいやだった。 結局自分の体で試したんですが、決して後ろ向きなものではなかった。 むしろ純粋な興味関心で、前向きだったかなと。 ガラスに手突っ込んで手首から血が流れたときには 「あと1cmずれていたら死んでいた」とか言われたり。 自分の手から流れる血をみて、自分を実験台にして これはいけないな、これはオオゴトだなってことを 学んでいった気がします。 そんな子供だったので今もまぁ三つ子の魂百まで的な 危うさで生きているわけです。 私は常に前向きなんだけどなぁ。 善悪とか正しいか正しくないかとか倫理観ではなくて 興味があるかないか、楽しいか楽しくないかで生きているところが 危ない部分なのかもしれません。 だから知盛のような人間の気持ちもホントにちょっとわかるんだよね。 全力で戦ってみたい。 強い人間と戦って自分の力を試したい。 限界を知りたい。 それを知れるなら、その戦いの中で死んでもかまわない。 むしろ本望。 うわぁ好戦的。 でもなかなかみんな良い人だしスポーツだったりで 全力で戦うことってないですよね、あんまり。 あー戦いたい戦いたい。 自分より弱い人間には興味がない。(対戦者として) なんかそういう部分も含めて生まれる時代を間違えたかなって思います。 全力で何かをしたことがあまりない。 いや、でも逆にいつも全力だよねとも言われます。 うーん…この矛盾。 でも、もしかしたら みんな感じたことはあるけど言わないだけなのかな。 言ったらヤバイもんねぇ。 あはは。 まぁいいや。 何かちょっと自分の原点というか 子供時代を思い返してみた。 胸のうちにあるやばさを脈絡なく吐き出してみた。 人に言えないようなヤバイ部分ってみんな持ってるんだよねきっと。 だから弁慶や知盛に惹かれるんじゃないのかな。 だからこそ私は九郎義経に惹かれるけどね。 あんな風にはどう転んだって生きられない。 あんなに眩しい存在はない。 彼に触れたら皆が彼を求める。 ああ義経ああ義経私の太陽。
歴史好き、三国志好きの友人が 劉備の魅力がわからないって常に言っているんだけど 私はわかる気がします。 言葉に出来る魅力なら誰も惹かれはしない。 私は三国志ではお約束のように劉備派なわけですが(笑) 劉備は義経と同種だなって思います。 彼を目の前にして彼と接し、言葉を交わした者にしかわからない 感動がそこにある。 この方だと思わせる何かがそこにはある。 それは何なんだろうと思います。 それを書きたいなと思います。 それが書けたら私の義経が完成する。 理屈じゃない。 言葉じゃない。 そう思います。 ああ、結局義経語りになっているね。 大好きだからね、しょうがないね。 今日は何だ、熱い記念日か。 熱いな。熱い。 熱さの原点とか考えてみたりして。 いつも熱いがたまにはいいんじゃないか。
ところで悶え死にラインナップ。 渡辺麻実or金月龍之介の脚本 三谷幸喜の演出 KOKIAの歌声 小室哲哉の宇宙系和風楽曲(音の原点的) 西岡和哉のアンダー系アクション風楽曲(主題歌で) 一之瀬綾子さんの絵(キャラデザイン) これらの豪華スタッフ陣で源平(義経)アニメーションが 製作されたら私は間違いなく死ぬと思う。 監督は幾原監督がいいなぁ。 役者が難しい…。 頼朝は子安さんがいいなぁ。あと義仲に関俊彦さん。 芝居のうまい声優さん…三石さん、保志さん、石田さん。 継信:石田さん、忠信:保志さんでどうよ? 静は堀江由衣ちゃん。 三石さんの政子!!政子!いいかも!! 義経と弁慶がいないよ。 いない、マジでいない……………。 三郎義盛は三木さんイメージ。 すげぇなぁ豪華過ぎて泣ける。 思い描くのはタダですからね。 実写だったらどうしよう難しいな確実に役者がいないな。 頼朝は児島功一さんで(そればっかり) 中井さんもすごくいいけど大河のイメージありすぎだもんなー。 …とか言ってないで小説書けって話だ。 うわぁもうこんな時間。
「明日はアンドレ芝居に行ってきます!!!わーいvv」
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