| 2005年01月05日(水) |
大間違い。義経語り。 |
間違えた。 2日の日記。 「景時九郎」って書こうとして 「景時弁慶」って書いてた。 怖。 大間違い。 慌てて直した。 間違うにも程がある。 自分で驚いた。 弁慶が受なわけない。 しかも弁慶が九郎以外に興味持つはずがない。 いやもう弁慶、めっちゃ怖い人だよな。 怖い怖い。 あー怖い怖い。 日が経つにつれどうにもこうにも悔しくてならん。 弁慶の好感度が徐々に下がっていく。 最初は一番好きかもくらい思ってたのになー。 だってだってだってーーー。 ばかものーーーー(>_<)(T_T) 今すぐ立ち往生してみせろ。 その身を犠牲に義経護ってみせろ。 それができないなら「武蔵坊弁慶」の名に詫びろ。 義経を裏切った時点で「弁慶」の名を捨てろ。 お前なんかお前なんかーー。 弁慶じゃない。 弁慶じゃないーーーー。 うわーん(錯乱) でもきっと九郎は言うのよ。 「あいつが源氏を裏切るはずない。 何か考えがあるに違いない。弁慶を責めるな」 ってね。 ちっくしょーーーー!! 義経本人がそんな人だから たとえ自分がどんな悪役になっても恨まれても 義経のために何かしたいと思うのよ。 そうやって愛された人だと思うのよ。 そんな人だから護りたいんだって。
よくよく考えてやっぱりリズヴァーンにも立腹。 でもきっと九郎は言うのよ。 「先生に剣を教えて頂かねば平家を倒すことはできなかった」って。 「たとえどんな目的があろうと先生は先生だ。感謝している」って。 きっと言うのよ。 恨み言なんて言わないのよ。 くそーーーー!!! こんな人、世界中探したっていませんよ。 義経だけですよ!! ややアホっ子だから。 自分がどんな目にあっても痛いと思わないのよ。 いや、それは冗談(言い過ぎ)にしても。 受けた痛みを恨みや妬み、憎しみに変換しない人だったんだろうねぇ。 自分を責めることも、誰かを責めることもあまりなかったのかもね。 義経はただ甘えたがりで 愛情に飢えてて人好きだったんじゃないかとも思うけど。 自分の気持ちにも相手の気持ちにも鈍感だったのかなぁとも思う。 源九郎義経の名の下にこれだけ妄想できれば十分です、私。
「毎日頭が源平期です……ヤバイ……」
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