| 2003年06月15日(日) |
お食事会。義経への覚悟。 |
12時間くらい寝てしまった…。 寝過ぎ。 たまには休もう!(いつもたまにじゃん)
今日はお食事会でした。 お食事会と言うか…合コンっていうのだろうか…? なんか名前に捕らわれて イメージだけが先に広がっちゃうのがいやだから。 あんまりそういうのは断定しないようにしてます。 自分の中で。
久々に先輩にお会いできて嬉しかったですvv 世の中にはいろんな人がいるなぁ…。 そんでもって私はやっぱり変わっているらしい。 「夢を追ってる」 問題なのはその「夢」って単語。 妄想とか幻想とか空想とか、そんな意味で言われてるとき。 悪いんですがめちゃくちゃ腹が立ちます。 私には痛いほど現実なので。 私、義経に恋してるわけじゃないのよ? 恋煩いとかじゃないのよ? 「静御前は憎いの?ライバルなの?」 あり得ないこときかないで下さい。 ばかにするにも程がある。 だいたい静がいなかったら遮那王生きてないよ。 静だけじゃなく、弁慶とか三郎とか、 遮那王の傍にいた人たちみんな、遮那王を支えてたんだよ。 むしろどっちかっていうと (義経と静だったら)静の方尊敬してるよ(ごめん、義経) 静はすごい女だよ。 政子も巴も。 てゆーか根本的に 女の方が心が強いっていうのが私の中にはあるんだけど。 これはまた別の話なので今は略。 いわゆるドリームとかじゃないんですよ? 漫画とか読み過ぎちゃって三次元に帰って来れない人みたいな 扱いはもう本気で失礼。 命めいいっぱい三次元ですよ。 現実ですよ。 空想だったらこんなに苦しむかっつーの! わ〜義経可愛いvv終わり!これでいーじゃないか!! 趣味でいいじゃないか。 娯楽で終わるじゃないか。 そうじゃないからこんなに本気で葛藤してんだ。 もうね、マジそのレベルの気持ちなんだと思われるのは 侮辱だね。 本気で失礼。 義経に対する気持ちを軽んじられるのが 私自身が持つすべてのものの中で 一番私を侮辱する。 (友達家族等身内侮辱されるのも同じくらいキレますが) たぶんね、私が女で義経が男だから変な誤解をされるんだなと思った。 あのね。 私を男に置き換えて考えてみて。 一緒に仕事しててめちゃくちゃ尊敬できる人っているでしょ? 「こいつが会社創るんなら身を惜しまず力を貸す」 くらいめちゃ憧れる人いるでしょ? 男が男に惚れるってあるでしょ? それです、それ。 私はその人に出会ってしまったの。 (もう死んでるけどね) 同志なの。 君主なの。 恋愛とはまた別!! でね、仕事命で家庭顧みない男の人いるでしょ? 私、それです、それそれ!! 心持ち的にはたぶんそれ!! とか思った。 家庭も大切だけど、ごめん。自分の力を試させて。 この人とどこまでやれるかのか。 どこまで行けるのか。 (こういう人は結婚しちゃいけないとも思う) それは恋愛の幸せとは違うの。 まさに同志なんだよ。 一緒に戦うの!! 背中合わせなの。 私がなりたいのは (もしもなれるのなら) 静や河越太郎重頼女じゃなくて 弁慶や三郎や継信や忠信なの。 ビジネスと違うのは 儲けることや、経済の発展とかが最終目的じゃないってこと。 これだって思えるものを創り出せたら 生み出せたら本望なの。 そしたら死ねるかもしれない。 満足できるかもしれない。 でも欲張りだからやっぱり自分の創ったもので 何かを感じて欲しい。 その何かっていうのが 人のせつなさ、尊さ、美しさ、醜さみたいなもの。 人ってものに。 愛しさを感じてもらえたらこんなに嬉しいことはない。 たぶん私の最終目的は 義経を通じて人の愛しさを伝えることだ。 カウンセラーとかちょっと目指そうかなって思った時期もあったし。 自分が弱いから 特に負けそうな人の ちょっとでも勇気になれたらって思う。 ね。 義経ってうってつけでしょ? 私の根底がもともと判官贔屓だから義経に惹かれたのか。 義経が好きだから判官贔屓的考え方になったのか。 どっちがどっちってわけじゃなく。 もうどっちでもいい。 ただ私にとっての義経は本当に本気で真剣に大切な存在。 私の義経に対する気持ちを甘い少女漫画のようなものだなんて 思わないで欲しい。 真面目に痛いほど現実だ。 17年の大河だってね。 「うわ〜良かったねv」 「義経流行になっちゃう〜v」 とかじゃないんだよ、マジ(それも多少はありますが) 死活問題なんだよ。 同時に本出して売るべきか!?くらいの覚悟なんだよ。 どうすりゃ負けないんだってマジ思ってんだよ。 大河やられて本がずらって店頭に並んで たくさん、 それはもうありとあらゆる義経表現が生まれるだろうよ。 それでも私が義経を表現する意味は!? 残ってるのか? 残ってなかったら絞り出すしかない。 誰とも重ならない、かぶらない。 私だけにしか表現できない義経。 生み出すしかない。 そういう覚悟なんだよ。 マジ怖いよ。 ぶっちゃけ泣きそうなんだよ。 みんな義経やんないでよって思うんだよ。 …でも今思った。 私が表現したいのって歴史上の「義経」そのものじゃなく 「義経」を象徴とする人間というものの儚さ、せつなさ、 みたいなものだから。 ちょっと他の「歴史に基づいた義経」とは違ってくるのかも。 おお!? もしやこれが私の描く義経で私の武器か!? おお!? 発見かも(ってこんなオープンなところで生涯のネタバレ)
わかってくれる人にだけ伝わればいい。 わかってもらえればいい。 諦めてるわけじゃない。 だってここにこんなに書いてるし。 本当は知って欲しい。 でもどんなに真剣に話してもきっと平行線な人がいるのを 私は知ってる。 でもその人を納得させる一番の方法も私は知ってる。 ごちゃごちゃ説明するんじゃなくて やってみせりゃいいんだ。 こんな偉そうなこと言って、潰れたらその程度だよ。 笑われる覚悟も出来てる。 私はその程度の人間かもしれない。 でもその程度って言われることよりも 義経を失って生きることの方が怖い。 義経に向かわずに生きていくことの方が怖い。 一緒に夢を叶えようって言ってる人がいる。 冗談なんかじゃないその覚悟を聞いてくれる人がいる。 力を貸してくれる人がいる。 だから私は今やってられるんだよ。 自分一人の力で今があるなんてこれっぽっちも思ってない。 みんなのおかげ。 みんながいなきゃできなかった。 生半可なことするためにくすぶってたわけじゃない。 マジで本気だから歩き出せなかった。 でもきっかけをもらった。 (それはやっぱりメンターの先生だった) もう負けない。 何を言われても。 気が違ってるって思われても。 仕方がない。 やるしかない。 これしかないことに気づいたから。 やっぱりできなかったじゃん。 口だけじゃん。 その程度じゃん。 言われることよりも。 夢が叶わないことよりも。 貫かずに逃げ出す自分の方がよっぽど怖い。 玉砕上等。
「まずは修論なの。それでサイトなの」
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