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bridge WINTER2009 - 2009年01月31日(土) 渋谷陽一氏が今まで私が抱き続けて来た疑問を 全て解き明かして下さった! 98年春アルバム「PUNCH DRUNKARD」発売時インタヴューで 初めて感じた吉井和哉の孤独と苦悩の翳というものが 一体何だったのか、その時はまだほんの僅かにしか 感じ取れていなかったものが実は、どれ程までに大きかったのかという事が 今更ながらに実感出来た。 『何故、吉井和哉は、海外でレコーディングしたがるのか』 『何故、アメリカ人と対等にバンドで遣りたいのか』 やはりあの97年の第一回フジロックだったのだね。 『THE YELLOW MONKEYというバンド名が象徴とするように 日本人であり、イミテ―ションとしてのロックをやっているのだという 潜在的な意識がフジロックで、吉井和哉のロックが否定されて仕舞った。 根拠を失って仕舞った。』 その衝撃の凄まじさは、どれ程のものだったろう。 そこから始まった吉井和哉の孤独な闘いの苛酷さを思うと 本当に胸が苦しく為る思いがする。 《偶然と才能で鳴っている》『吉井和哉のロック』を 《必然と自分自身の努力で鳴らすという方向に大転回を》 『ロックの神様に命じられた』! 正に青天の霹靂だったろうと思うし、当時の吉井和哉にとっては、 生きる根拠さえ失くしかねない恐怖だったろうと思う。 長かったですよねえ。 やっとこの『本来立つべきステージに』到達したのですねえ! 渋谷さんのこの言葉を目にして、涙して仕舞った(^_^;) 『吉井和哉がアメリカに行くのは、自分がロックをやっている根拠を 確認し、そして認めさせる為』なのね。 渋谷さんも仰っているけれど、本当に吉井和哉という人は、 『常に揺れ動いている』んだね。 『「ロックなんて歌謡曲さ」っていうのと、 「でも、でも俺のロックは本物だぜ!」っていうのの間で』 そして 『「誰よりも自分は本物だ」という自信と、 「でも違うんじゃないかという恐怖心」の両方に振れて行く』 天秤座だものね。振れてなんぼだもの。 触れ続けることでバランスを取る定めだもの。 山下達郎さんにデモテープを聴いて貰った時に、 『これ、アメリカ行ってレコーディングしなくていいよ。 このまま出せ!』って言われたという箇所が面白かった。 渋谷さんも仰ってるけれど、 『確認しに行ってるんだ。ジョシュに背中を叩いて貰いに行ってる』のだね。 まだもうちょっとそれが必要なのだろね。 また「脳梗塞か?」が始まったらマズイもの。 でもきっとそのうちジョシュに背中を叩いて貰わなくても 大丈夫に為る日が来ると思う♪ その日を楽しみにしてる。 『フジロックに限らずいろんな人への言葉は悪いけど 復讐はあるのかもしれない。ま、そんな歌詞ばっかりだから、次のアルバムは。』 という箇所に注目した。 復讐というよりは、決着を着けたかったのかなあと感じた。 『ブルースとサイケデリックの融合』とか、 ツアータイトルが『世界』から『宇宙一周旅行』へとスケールアップ しているのだとか、物凄く煽り過ぎ過ぎだ! 早く聴かせて欲しい☆
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