KAMMYの日記

2002年09月25日(水) ロッテ・優勝阻止できずの歴史

 そういや、千葉の携帯版HPを見ていたら、トップページに「ロッテ・胴上げ阻止の歴史」というのがあって笑った。9/19の日記に書いた話がそのまま載っている(88年、95年、そして00年)。

 で、「千葉が目の前で胴上げを決められたことがあったか」と調べていたら(というか、MVPのHPのBBSでMABさんが書いていたので知ったのだが)、1993年にマリンで、やはり西武に優勝を決められている。

 以下、1993年10月14日(火)、河北新報より抜粋。

 西武が苦しみながらも4連覇を達成−。プロ野球パ・リーグは13日、優勝へのマジックナンバー1で足踏みしていた西武が千葉マリンスタジアムでロッテと対戦、3−2で勝ち、4年連続10度目の優勝を決めた。セ・リーグは、勝てば2連覇の決まるヤクルトが2位中日に4−6でサヨナラ負けし、連勝は11でストップ、両リーグ同日優勝はならなかった。西武は1979年の球団発足以来、15年間にパ最多タイの10度目のリーグ制覇。前身の西鉄時代を含めると15度目となった。森監督は就任8年で7度目のリーグ優勝を達成し、初の4連覇。今季の西武は開幕から好調に走り、前半を45勝23敗1分けの首位で折り返した。日本ハムの追い上げで8月24日に2位に転落したが、翌25日に首位を奪回。3人の救援投手と石毛、辻の両ベテランの活躍などで9月11日にマジック21を点灯させ、最後はマジック1からもたつきながらも、4試合を残してゴールインした。4年連続全球団からの勝ち越しは史上初。

 この日で、日本ハムの2位も決まり、パ・リーグの全順位が確定した。セ・リーグは優勝決定を持ち越したヤクルトに14日は試合がなく、中日が広島戦(ナゴヤ)に敗れると、2年連続3度目の優勝が決まる。

 定詰の力のない打球は清原が、がっちりと受け止めた。笑みを浮かべた主砲は潮崎を制し一塁ベースを踏む。午後9時26分。西武ナインが待ち望んでいた瞬間が訪れた。

 石毛は右こぶしを千葉の夜空に突き上げて、歓喜の輪の中に消えた。森監督はいつものように、コーチ陣に後押しされながら、マウンド付近へ。一度、二度、そして四度。たくましい男たちによって宙に舞ったのは、今年も常勝軍団を巧みに操った名将だった。「苦しみ抜いただけに、今までにない喜びです」。実感のこもった言葉で心情を語った。

 1回に2点を先制。しかし2回に追い付かれる。森監督は藤本をあきらめて、なお続いた二死1、2塁のピンチで、早くも鹿取をリリーフに送った。4回に勝ち越し点を奪うと、あとは逃げ切り態勢。6回からは今季初救援の工藤、最後は潮崎とつないで栄光のゴールに飛び込んだ。

 潮崎を送り出す時、指揮官は「後ろには杉山もいるから安心して投げればいい」と励ました。鹿取、潮崎に、フィナーレには登場しなかったが、ルーキー杉山を加えた球界に例を見ない3枚ストッパーが西武を支えた。前半の45勝中、3人は14勝17セーブ。後半戦は29勝26敗2分けと苦しんだだけに、前半戦、3人によってもたらされた貯金が最後にものをいった。
 清原、秋山に代表される打線は最後まで低調。指揮官を悩ませ続け、マジックを1にしてから、5試合も足踏みする原因となった。

 そんな中でも石毛は違う。両ひざにパンク寸前の古傷を抱えながらも、後ろ姿で、時には激しい言葉を吐きながらくじけそうになる選手を引っ張った。

「立ち止まったら駄目なんだ」がチームリーダーの常とう句。石毛はことしも立ち止まることなく走り抜いた。

 優勝インタビューから解放された森監督は真っ先に、石毛の元に歩み寄り「ハチ」とだけ言って右手を差し出した。ぐっと力をこめた石毛。この瞬間何もかもが通じあった2人にこれ以上の言葉はいらなかった。

パ・リーグ/第28節13日
<4回に勝ち越す>
 ロッテ−西武25回戦(西武17勝8敗、6時1分、千葉、3万3000)

西武  200100000=3
ロッテ 020000000=2
▽勝 鹿取41試合5勝4敗16S 
▽S 潮崎52試合6勝3敗8S 
▽敗 伊良部31試合8勝7敗1S
▽二塁打 石毛2、ホール、定詰、鈴木健2▽犠打 平野、田辺
▽犠飛 愛甲▽盗塁 ホール(19)▽失策 伊良部
▽試合時間 3時間25分
 【評】西武が6試合ぶりに勝ち、リーグ4連覇を決めた。2−2の4回、鈴木健が左中間二塁打、田辺の投前バントは伊良部の一塁悪送球を誘い無死一、三塁。一死後、笘篠の緩い三ゴロの間に勝ち越し点を奪った。

 西武は石毛の二塁打などで2点を先制したが、ロッテの反撃に苦しんだ。2回に今季二度目の先発藤本が同点とされた後の二死1、2塁は鹿取が救援し切り抜けた。その鹿取は5回無死一、二塁を、3番手の工藤は登板直後の6回無死一、三塁のピンチをしのいだ。8回二死一塁からは潮崎を投入、1点差で逃げ切った。

<ロッテ・八木沢監督> 一番の戦力差はバッテリー。左の杉山の加入が大きい。デストラーデが抜けたが、今年の西武は大きな波がなかった。

<今までにない喜びだ/西武・森監督の話>
 喜びというよりほっとした。苦しんで戦ったペナントなので今までにない喜びがある。選手もほっとしただろう。今年は石毛、辻が引っ張ってくれた。投手の踏ん張りで最後まで来られた。長らくお待たせしました。ご心配をお掛けしました。

◎苦しみ抜いた王者西武/薄れた勝利への執念/ベテラン勢が窮地救う

 「こんなときはじたばたしたらあかん」。森監督がこうつぶやいたのは8月24日、オリックス16回戦(神戸)の試合前だった。

 チームは日本ハムとの東京ドーム対決で3連敗し、最悪のムード。緊急事態に先発は登板間隔を中5日に縮めた郭が有力だった。しかし、森監督は「4日前から決めていた」という藤本を予定通りマウンドに送った。

 結果はサヨナラ負けし、2位に転落したが、続く2試合はローテーション通り、郭、石井丈が完投勝ち。ズルズル行きそうな局面で先をにらんだ森さい配は当たった。西武にとって最大の危機だった。

 「藤本に代えて中5日で郭という手もあったが、そんなことをしてたら、長いペナントレースは乗り切れんぞ」。土俵際に追い込まれても、決して慌てない。これが森監督の真骨頂である。

 周囲は勝って当たり前という。しかし、今年は例年以上に厳しい戦いだった。

 3年連続本塁打王のデストラーデが抜け、秋山、清原には一層の飛躍が求められた。しかし秋山はこれまでの殻を破ることはできなかった。清原はタイトル争いにさえ加われない。キャンプで見せたはつらつとした動きの清原を見て「今年はやってくれそうだ」と言った指揮官の期待もシーズンが進むにつれてしぼんでいった。鈴木健を筆頭にした若手も伸び悩み、定位置定着までいかない。今年も石毛らベテランに頼る打線だった。

 チャンスと見れば大技、小技を駆使して得点し、相手の反撃意欲を喪失させた波状攻撃が今年はあまり見られなかった。「試合では追い付くのが精いっぱい。これが現状だよ」。森監督はシーズン中、何度となくこの言葉を口にした。

 投手陣にもほころびが見える。昨年のMVP、石井丈は安定感を欠き、9月は勝ち星なしに終わるなど、負けが多い。郭も勝ったり負けたり。先発組で安定していた工藤、そして鹿取、潮崎に新人杉山を加えた3枚ストッパーの働きが大きく浮かび上がってくる。

 選手から燃えるような勝利への執念が伝わってこない。なぜなのか。「勝つことへの慣れから来る慢心や、薄れていく優勝への感激なのか」。自問自答する毎日。答えが出ない難題に“常勝監督”が「最近は眠りが浅いよ」とこぼしたのは9月も下旬に入った時だった。
 それでも、他球団を大きく上回る戦力、レベルの高い野球、勝負どころでの集中力などで今年も勝った。“年俸1億円軍団”の面目は保った。ただ、マジックナンバーが1になってからのもたつきぶりは今年の西武を象徴していた。
「チームにとっても自分にとっても越えなければならない壁」という初の4連覇は、まさにいばらの道を乗り越えた結果だった。


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