徒然なる日々。
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日記なんですよここは(笑)。 しかし(極ほんの一部)御好評につきコラム第二段。今度は「(異性における)友達と知人の境界線はどこだ?」だそうです。…っていうかさ〜面白いの?私としてはエンターテイメント性を大事にしたいんですよ。決して万人に認められるエンターティナーっぷりは発揮できないですが、これでもそれなりに日記は人の目に触れるものとして、毎日ではないにせよそれなりのエンターテイメントを提供するつもりも含めて書いてきたのです。で、ここにコラムを書くという行為はどうだろうと微妙に悩みつつ。あ、別にイヤだってんじゃないですよ。イヤだったら書かないから。単にね、昔大嫌いなヤツのHPにコラムのページがあったんですよ。それがまあ…なんとも形容しがたく不愉快だったのでそう思われるのは痛いな〜と。それをも凌駕してテーマに基づいて楽しいこと書ける実力って私にはないじゃん?だから微妙。うう〜ん。楽しい?ねえ楽しいの?
(異性における)友達と知人の境界線はどこだ? はっきり申しまして、考えたことないです。友人て知人の延長だと思っています。私には一応他人を認識するのに出世魚のようなランクがあります。
稚魚→知らない人→他人→知ってる人→知人→ブリ→友人→友達→ハマチ→仲良し→親友→真友→マグロ。
一部判りやすく魚いれてみました。仲良しと親友の間くらいで枝分かれして悪友ってのも入るんですけど、それはまた別。なんか昔花のあ○か組でこの上に心友とかいうのがあった記憶があるけど。私の中にはそんなジャイアニズム丸出しな友ってのはないので、真友まで。 世界はひとつ、知らない人の大きな輪があります。その中に他人という、知らない人の輪より少し小さな輪があって、そのまた中に知ってる人という輪がある…というふうに、自分の周りにある極小さな輪の中にいる人っていうのが私の大事だと思う人たちです。私の大嫌いな陳腐セリフですが、私がこの世で一番大事なものって友達です。それだけありゃいいとか思ってるわけではありませんが、少なくともなかったら生きていけません。 で、ですね。今回の質問に疑問があるんですけど「異性における」っていう注釈付きですよね。私友人知人の中に、男女差ないんですよ。確かに同性の方が自分の近くの小さな輪に入れやすいのは確かですけど、条件さえ当てはまれば男女差なく友達でも親友でもなれるとは思うんですけど。だから、私の中でその注釈は関係ないというか、特に注目すべき点だとは思えないです。なので、ただ単純に友人と知人の違い、というものを私なりの考えで言うのでいいでしょうか。 そうですね、違いは友人になる絶対条件は「立場が対等であること」ですね。相手が先生、上司、生徒、部下の場合、友人関係は成立しないと思います。小さな差異で、お互いの気の持ちようで越えられる程度ならともかく、決定的に対等ではいられない立場の場合、友人にはなりえないと思います。 判りやすく説明するちハマさんとスーさん。釣り○カです。アレは本来ハマさんは会社の社長、スーさんは平社員なわけですから友人関係は成立しません。それがなぜ成立しているかというと、スーさんは釣りをしているときだけはハマさんの師匠になって立場を逆転させている、というかなり無理矢理ですがお互いがお互いの上の立場にたつことで、対等にしてるからです。船の上だけのシーンしかないならハマさんにとってスーさんは釣りの師匠でしか成り得ず、逆に会社での関係しかなければスーさんにとってハマさんは飽くまで会社の社長でしかなかったんです。 かなり特殊な例ですけどね。結構立場が上の人はプライドがあるから目下のものにものを習うことしないのが多いですし。 説明が難しいんですが、私にとって「知人」という言葉には、見知っている人、という意味以上のニュアンスが含まれています。見知っている人、よりは友人に近いんですね。っていうかね。意識してるしてないは個人それぞれだと思うんですけど、結局人って絶対どっか線引きしてるはずなのですよ。気付いてないなら自分の知ってる限りの人の名前を書き出して、それを区分けしてみてごらんなさい。大きな輪になるほど曖昧にはなるものの、小さい輪は結構すぐ悩まないで埋まるはずです。
ちょっと話変りますけど、昔「アナタだったら私、親友っていわれてもいいわ」って言われたことあります。でもそういう人とは親友はおろか友達も私イヤです。いちいち口に出して言わなくてもこの人は私にとって親友だな、と思える人が私にとっての親友です。 昔アナタの親友は何人?そしてその人は本当に自分を親友として認識してくれてる?っていうイヤな企画をテレビで見ました。ある中学生の女の子は自信満々に8人親友がいる、といって相手の内1人しか自分を親友と認識されていないということがありました。なんかね、決して相思相愛ばかりじゃないと思うんですよ。自分は相手を親友だと思っている。けど、相手はそう思ってない。逆に自分はこの人を親友だとは思ってない。けど、どうも相手は自分を親友と認識してるらしい、っていうの。それって当たり前のことですよね。線引きって人によってそのやり方とか距離感違いますから。 だから私にとって「友達」っていうのはこの線引きの仕方の似てる人。ってことです多分。いちいちそんなこと考えて友達にはならいけど、後で考えてみると意外と似てるもんだと思う。似てない人が必要以上に輪の中心へと近づかれたりすると、ストレスを感じて人間関係のトラブルが起こるじゃないですか。逆もまたしかり。自分が近いか?と、思って近づいたけどどうも拒否られてるってときは、相手にとっての線引きの価値が自分と違うと認識されてしまったんだろう。考え方の違いとか、人間性の違いではなく、線引きの仕方、価値の違い。
う〜ん、ウマいこと言うね!(そうでもない)
で、参考になりましたか?面白みカケラもないんですけど。っていうかネム…。また何書いたか明日忘れてそう。今度からお題だすならもうちょっと笑いへ持っていけるネタ下サイ…もー勘弁。(泣)
マサキ

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