るろうにっき


2006年09月12日(火) 行き詰まりは進展の一歩である。

ある作家がそう言ったそうです。
今まさに色々行き詰まってる最中です。

図らずも人生について考える機会に遭遇してしまいました。
今現在色々難しいこと考えてます。

人生において、何を大事にして生きていくべきか?
何を思って生きていくべきか?
明日死ぬとしたら今までのことを後悔しないだろうか?

色々なことを考えて、人生において大事なのは時間ってもんです。
そして健康が最重要です。これはもう別カテゴリーにしたいくらい尊大。
時間はお金とは違って戻ってくるものではない。そしてそれぞれが唯一無二のものである。
故に一瞬一瞬をもっと大事にしていかんとなぁと。
今はちょっと時間を無駄に使っている時が多いような気がする。
だからもう少し大事に時間を考えたい。
ただ、逆の意味になるかもしれんけど、もう少しゆっくり生きることをしたい。
今はセカセカ急ぎすぎてる気がする。
いつも時間がない強迫観念にとらわれて、ゆったり過ごす心の余裕がない風に思える。

大学入る前はゆったり過ごそうと考えてた。
もっと言えば、昔から自分自身の理想像としてはゆっくりと大らかに過ごし、
何事にも広い目で見るということ。
今もそれを目指してはいるけど、自分の理想とはどんどんかけ離れているようにも感じる。
東日本旅行で色々感じたことが現在に生きていない。
行った後は本当に有意義で、人生に大きな影響を与えることは間違いないって思ってたけど、
時間が経つとその時の感覚が薄れて社会の流れに流されている。
そんな意味でも時間を大切にしたいと思う。

人生の中には「あの時あぁしていれば」なんて感じで「もしも」を考える時がある。
それも時の形を大切にして、後々後悔しないような行動、選択をとらなければならない。
小学生の時までは何も考えずとも人生に影響はほとんどないからいいけど、
中学の時とか高校でもいくつもあった。
まぁ小さいことを含めれば小学生以前にも色々ある。
それをいちいち修正していけばまた考えも人生も変わってるんやろなぁなんて思ったりも。

時間を大切にしていったりゆったり過ごしたりするためには大きな心が必要。
それも常々磨いていこうと思ってはいるものの、なかなか上手くは行かない。
大きな心とはゆとりのある心であり、何物にもとらわれない心。
それが色々なものに縛られたり見えないものへの焦りだとか色々あって自由が利かない。
まぁ自分に対する思いやりを持って過ごしていけば
他人に対しても思いやりを持って接することが出来るし、
それがまた自分に帰ってきて心に余裕が生まれるきっかけにもなる。

「なぜ生きるのか?」という哲学に対しては、
「幸せになる努力をするために生きる」という解釈で考えはつけている。
ただ幸せになるだけじゃなくその努力をすることが生きること。
あとは子孫を残すことってのが生物共通の生きる目的でもあるな。
男も女も共通の幸せの形の一つとして子供は必須。
で、その後の「どう生きるのか?」ってのが今回のテーマみたいな感じで、
とにかく元気で健康に幸せに生きればそれでいいんじゃないかなとやっぱり終わりは簡単に。
元気で幸せに子供の一人や二人作ってのんびり過ごす。
これが理想なんだが、さてどうなるか分かったもんじゃない。
色々生まれ変わっていかんとダメみたいなのよ。今現在の状況ではね。
どうすればいいか暗中模索中。
長い間染み付いてきたものを振り払うには大きなキッカケか長年の努力が必要。

色々人生って難しい。どう転ぶか分かったもんじゃない。でも生きるしかないのが人生。


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