最近聞かないなぁ・・・リア充
中高年と呼ばれる今はもちろん、若かりし頃も特に縁がなかった言葉です 私・・・
あくまで「世の中定義」のリア充には縁がなかったと言うことです
私の「リア充」なら十分でしたが
世の中の定義で行くと 恋人がいる とか 友人と会社や学校の休みに予定がある とか ヒッキーじゃないとか(ヒッキーも耳にしないな)
そう言うんだったと思います
↑これだと私リア充じゃなかった
でも、私的に充足してたんでいいと思います
ヒッキーでも手作りのものを作ったり掃除がいつもよりはかどれば リア充
恋人って私の価値順位として、友人の延長線上でできればいいな程度です
学校の友達と時々は遊びに行きたかったけど、部活に熱心で 部活の同期=友人 が多かったんで別にいいか!でリア充だったし
今だと友人に会える=生存確認(健康確認) なので 年に何度か会えればいい
と、なれば基本おひとり様で自分のやりたい事が出来たら リア充です
そもそも親関係で自由になる時間が徐々に無くなってる今は リア充じゃないのかって言ったら
これぞ リアル 充分
やがね
人にとって何が重きかでリア充の意味がだいぶ変わりますよって 事を思ってるのですが
友達に重きを置く人にとって年齢ごとに友人を減らすって 結構耐え難い事なのかなぁと・・・
70代、80代になれば年賀での一年に一度のやり取りも むつかしくなるし
そもそも定年後に友人がいないと寂しいって風潮ですが
そうなん?
って疑問を持ちます
そもそも友人が多くないと変な目で見る人の中に
「自分も本当はこんなに予定立てたくないし、時には週末引きこもり してたい」
って思ったり、疲れてたりしないのかな?
年取れば精神的に弱くなるし 体はもっと踏ん張りがきかなくなる
本当に友人と会ってこそ私の活力!
的なことを思える人はそれがリア充であり
正直、たまの休みくらい友達に会うより休んでいたいのよねぇ
と、思う人はそれがリア充なんだと思うのですよ
私は最初から自分が楽しい=リア充なので 出かけるなら一人が吉 だし 恋人は流動Ok、私みたいなものを気に入ってくれるならOK だし
基本自分のストレスになることをしないのがリア充です
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