福良雀の日記

2022年07月08日(金) リア充

最近聞かないなぁ・・・リア充


中高年と呼ばれる今はもちろん、若かりし頃も特に縁がなかった言葉です
私・・・


あくまで「世の中定義」のリア充には縁がなかったと言うことです


私の「リア充」なら十分でしたが


世の中の定義で行くと
恋人がいる
とか
友人と会社や学校の休みに予定がある
とか
ヒッキーじゃないとか(ヒッキーも耳にしないな)


そう言うんだったと思います


↑これだと私リア充じゃなかった

でも、私的に充足してたんでいいと思います

ヒッキーでも手作りのものを作ったり掃除がいつもよりはかどれば
リア充

恋人って私の価値順位として、友人の延長線上でできればいいな程度です

学校の友達と時々は遊びに行きたかったけど、部活に熱心で
部活の同期=友人 が多かったんで別にいいか!でリア充だったし


今だと友人に会える=生存確認(健康確認) なので
年に何度か会えればいい


と、なれば基本おひとり様で自分のやりたい事が出来たら
リア充です


そもそも親関係で自由になる時間が徐々に無くなってる今は
リア充じゃないのかって言ったら

これぞ リアル 充分 

やがね


人にとって何が重きかでリア充の意味がだいぶ変わりますよって
事を思ってるのですが

友達に重きを置く人にとって年齢ごとに友人を減らすって
結構耐え難い事なのかなぁと・・・


70代、80代になれば年賀での一年に一度のやり取りも
むつかしくなるし

そもそも定年後に友人がいないと寂しいって風潮ですが

そうなん?

って疑問を持ちます


そもそも友人が多くないと変な目で見る人の中に


「自分も本当はこんなに予定立てたくないし、時には週末引きこもり
してたい」

って思ったり、疲れてたりしないのかな?

年取れば精神的に弱くなるし
体はもっと踏ん張りがきかなくなる


本当に友人と会ってこそ私の活力!

的なことを思える人はそれがリア充であり

正直、たまの休みくらい友達に会うより休んでいたいのよねぇ

と、思う人はそれがリア充なんだと思うのですよ


私は最初から自分が楽しい=リア充なので
出かけるなら一人が吉  だし
恋人は流動Ok、私みたいなものを気に入ってくれるならOK だし

基本自分のストレスになることをしないのがリア充です


 < 過去  INDEX  未来 >


福良雀