食物日記
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2008年03月14日(金) 晴れのち曇り 夜 少し雨

9時起床。レーズン入りシリアルとミルク、ハーブティー、オレンジジュース。スタジオに行き、機材の準備して、FDRをタクシーで下って、NY Stock Exchangeの真向かいにあるフィリップ・スタルクのビル。入り口のでかいシャンデリアと、ロビーの金ぴかルームでこけおどし。ウェインはここの上階の1BRを買ったそうだ。火曜日に引っ越したばかりで、リビングはテーブルと椅子だけ。がらんとしていて、日当たりがよい。フォト・スタジオのようだ。メークのあさみさん、スウェーデン人モデルのSunniva到着。ティルダ・スウィントンに激似の子持ちモデル、ブランクは8年ほどあったようだが、とてもみずみずしく、知的な雰囲気。撮影終了後、スタジオ帰る前に、近所のaerosolesで白いウェッジサンダルを購入。戻ってフィルムをメッセンジャーに出し、hale and heartyからtomato basil rice soupを買ってきて食べる。これはケチャップのようでいまいち。ポートレートのリタッチをしてアップロード。メール連絡その他。10時頃終えて、帰宅、晩飯。麻婆豆腐、白米、しいたけと豆腐のみそ汁。youtubeでリサーチ。

宮沢章夫の富士日記2.1からクリップ。


さて、きのう書いた「<こと>や<もの>が、<小説>になるための跳躍力」についてさらに考えていたのである。以前、ドキュメンタリー作家の土本典昭さんについて僕は次のように書いたことがある。テレビディレクターとして水俣を撮ったのち、土本さんはその五年後、水俣の運動に深くコミットし長編のドキュメンタリー映画を作った。そのことについて僕はこう書いた。

 そこに至るまでの、あの五年間に意味があった。五年後に水俣の土地からあらためてはじめることに価値があった。作家とはおそらく、そうして変化するとき、自分でも想像していなかったほどのジャンプができる者のことだ。

 意識的になにかしようとしたってたかがしれている。土本さんのジャンプがそうであったように、なにかがそれをうながすから、ジャンプはふとやってくるだろう。もちろん、土本さんには、『ドキュメンタリー 路上』を作った映像作家としてのすぐれた表現力があり、それを背景にしているから、そのジャンプがより高い場所へと表現を導いたと想像する。技術だな。手垢のついた表現、保守化した方法や、あざとさ、小賢しい手つきはやりたくないものの、ただ、説得する力があればそれもまた、ときとしてすぐれた技術になる。うまくなくちゃいけないのだな。徹底的にうまくなることだ。


宇壽山貴久子 |MAILHomePage