食物日記
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2008年03月03日(月) 晴れ 少し暖かくなる

8時半起床。暗室11時からにしてくれとラファエルから電話。ともこちゃんと久々に電話で話す。チェルシーに引っ越したとのこと。バタートースト、ハーブティー、ラズベリーとヨーグルトとはちみつ。11時、暗室に行くがまだ準備ができていない。近所のカフェでカモミールティーとwhole wheat bagleにピーナツバターとジェリー。戻ってみたら、完璧にマシーンが壊れているので動かない。金曜日に予定変更し、スタジオへ。机周りのいらない雑誌を少しずつ片付け、verizonに電話。苦戦してcentrexの更新だけする。ロングディスタンスのプランはそのまま他の会社を使うことにする。インボイスを2つ作成、メール連絡、明日の撮影の確認を田中さんに電話。7時半過ぎ、とても疲れたので帰宅。ソファでうたた寝してしまう。起きて、何も作る気力が無いので、バウムクーヘンとあたためたミルク。偽日記の今日のエントリーに、思わず膝を打つ。

...男性的というのは、マッチョだとか、男の子っぽいということとは、とても遠いことだ。例えば、男の子っぽいということは、徒党を組みたがり、粗野で、繊細さと他者への配慮を欠き、思い込みが激しく自己中心的で、それでもなお、自分のことを誰かがいつも気にしていてくれるということを前提にして生きることを、自分が「男の子」であることによって「許されている」と無自覚に信じ込んでいられるということだ。この、男の子であることの無自覚なずうずうしさは、それ自体ときに美徳であり、眩しさであり、かわいげであるかのように、多くの人によって愛されている。マッチョであるということは、男の子が「無自覚」であることについて、自覚的に、確信犯的に、そこに居直っているということであろう。
そして、「男性的」であるということは、男の子的な無自覚さ(かわいげ)が決して許されない環境にいる者が強いられる、ある覚醒と理性の場である。だから、むしろ、男性よりは女性の方が、より「男性的」であることが多いとさえ言えるのかもしれない。...


宇壽山貴久子 |MAILHomePage