芝居と古道具

仕事が休みということもあって
昨日今日とゆっくりと休めている。
しかし、積極的に動くようになるにはまだ時間がかかりそう。

下北沢でお買い物をしてきた。
大学の後輩と芝居を観たついでだ。
芝居自体はよくできたコメディドラマで
まったくもって私の好みの作品ではなかった。

大多数の観客には大受けしているのだから
きっと大成功な芝居なのだろうが、
とりたてて生産性のない娯楽だなあと思った。
別にそれはそれでよいのだ。
好みの問題なのだから。

考えすぎて頭がぱんぱんになるような舞台が観たい。

ポストドラマはどこにあるんだ?

***

さて、下北沢と言えば、古道具屋である。
私の中ではもはやそういう位置づけである。
いくつかのお店を見て回って箱を買ってきた。
これを私は薬箱にするのだ。
知らぬマーガリンのけっこう大きい缶で1200円。
他のお店で見たリッツの缶は3600円。
これはブランド力の差か。
満足な買い物ができたと思っている。

あと、ずっと前から欲しかった踏み台を買った。
これは新品。
でも、とてもお買い得だったので大満足。
良き日良き日。
2009年05月17日(日)


心身の不調を「五月病」とみなすことによって
意味不明の状況から逃れることが可能となり
ひとまずは一安心といったところか。
意味がわからないことはなによりも恐ろしい。
とりあえず「名づけ」をしておくことで
ある種の不安は取り去ったと考えてよいだろう。

しかしながら、次なる不安がある。
本当は「鬱」なのではないかということである。
「五月病」という一時的なものを名乗ってはいるものの
本当はそうではなくて単なる「鬱」なのではないか。
そうだとすれば、厄介である。
「鬱」などと長いこと付き合いたくはないからだ。

今日はまどろみのなかで20分死ぬことについて考えていた。

不安定すぎる。
そして、死について考えるというのは良くない兆候である。

どうしたものか。
2009年05月16日(土)

五月病のこと

あと一押しでけっこうやばいと思う。
だって、確実に情緒不安定になってきてるもの。
週5日ある仕事をどう乗り越えたらいいんだろうか。

五月病のことが書いてあるサイトには

あせらない、考え過ぎない、悲観しない、
自分を褒めてあげる、完璧主義をやめる、

などいろいろと書いてあるが、
性格の根本的な部分ってのは簡単に変えられないわけで
結局はどうにもなんないんじゃないだろうかと思ってしまう。

完璧主義の人間はできうる限り完璧にやらないと
いいかげんな自分を責めてしまうわけで
それはそれでかなりのストレスになる。

解決策は、新人が慣れるまで待つとかしかなくって
仕事を辞めるという選択肢以外には積極的解決はない気がする。

そろそろ耐えられないよ。
2009年05月09日(土)

われに五月を

寺山修司の映像とポスターの展示に行ってきた。
すごかったー。
横尾忠則のポスターについては彼の展覧会で
見たことがあったんだけどね、映像。
映像は初めてだったんだ。

自分らしいもの、というのを昔から避けてきていて
たぶん自分が好きそうなものにはあえて近づいてこなかった。
やっぱりと思うのも思われるのも嫌だったから。
でもね、そういう裏返しの気持ちが結局は良くない結果を
生み出してしまったのではないかと今は思っている。
あえてあえてと逆方向に行ったばかりに
自分自身がひねくれてよくわからなくなってしまったから。
何かを好きな自分を認めてこられなかったこと。
それがとても自分にとってかわいそうなことだったと気がついた。

寺山修司のことは好き。
今見てもそのすごさは伝わってくる。
あの想像力に惚れ惚れとする。

あーもっと素直に生きていきたい。

そういえばね、私、五月病みたい。
ずっと下降気味なのはさすがに気がついていたけど
そんなのは普段からだから気にしてなかったの。
でも、時期的にも内容的にも五月病だ。
原因は明らかに過労。
今月は死にたくなる前に早く帰る。
そう決めた!
2009年05月08日(金)

落ち目

ものすごい落ちやすい。
夢見ていた大好きな仕事をしているのに
仕事が多すぎるとか人間関係なんかとかで
ぐったりしてしまう自分の弱さに嫌になるわ。
しかしながらも、同年代が皆無ということが
こんなにもつらいことだとは知らなかった。
生きることに環境がいかに大切なものか、思い知らされた。
まいったなー。
2009年05月07日(木)

そらいろのねこ / コギト