3800文字。
もう一息である。
ただ、4000文字には収まらない自信がある。
書くのにひぃひぃ言っておいて
まとめられないというのは最低だな、自分。
教育は調べれば調べるほど奥が深い。

教育が終われば古典に戻る。
そして、すぐに葛西君くんだ。
ん、どこかで聞いたことあるって?
実は、

課題は全て中途半端なのである。

古典は以前に作ったレジュメの見直しと
口頭発表用の原稿作り。
たぶん、すぐに終わる。
これはこれで自信がある。

葛西くんは自分の意見をまとめなければならない。
問題はこいつ。
まとめるものがない!
つまりはノープランってこと。
発表なので一週間で片をつける必要があるのだが
どうなることか不安でいっぱいだ。

文章をすらすら書ける頭をください。
サンタクロースにお願い!!

って、気が早いか。
2007年09月13日(木)

おかいぶつ

久しぶりにボランティアに行ってきた。
嫌だ嫌だ(やめてやる)と思っていたが
本を目の前にすればそんな気持ちは吹っ飛び
どうしたらここが良くなるんだろうと
考えている自分がいた。
自分の好きを紹介するのではなくて
誰かの好奇心を刺激したい。
そのための知識が私はあまりにも少ない。
ここにきて偏食趣味が仇となるとは思わなかった。

今書いているレポートは教育について。
かなりの時事問題を取り扱っているのだが、
まさか教育改革を進める張本人が…辞めるとは。
これからどうなるのだろう。
振り回されぬうちに書き上げてしまいたい。
他の問題も火を噴いた。
昨晩書いた部分を翌朝訂正とはね。
不正というのは根深い。

携帯電話のメール読み上げの機能を使って遊ぶ。
携帯の「お買い物」を「おかいぶつ」と読む頭の悪さ。

ところで、
ミクシイにも似たようなことを書いたのだが、
住宅街を歩いていて感じたことがある。
マンションというのは不思議な場所である。
ぬぺっとした大きな建物の中に
小さな部屋がたくさんあって、人が住んでいる。
人は人で個々人が様々な考えを持つ。
集合の集合の集合…これすなわち、無間地獄。
ハイブリッドな集合体が幾重にも重なるのが世界か。
2007年09月12日(水)

白玉

夜に白玉粉をこねてお団子を作る。
蕎麦打ちを思い出してこねていたら
「蕎麦じゃないんだから!」と母に言われる。
よくわかっている。
最初大きめに丸めて鍋に放っていたら
「そんなの食べられないでしょ!」と母に言われる。
ごもっともである。
確かに小さめの方がかわいいし食べやすい。
それにしても、腹にもたれる。

レポートは大方終了。
全体はざらざらと書いたので
あとは加筆して結論を書くといったところ。
たぶん、そこがむずかしい。
印刷してみて思ったのは意外と少ないこと。
章立てしすぎたのかもしれない。
構成も考え直してみよう。


ところで、それは私がやらなければいけないの。
2007年09月11日(火)

レポートとパズル

今日も一日をつぶしてレポートを書いている。
とても贅沢な時間の使い方なのだが、
少しずつ鬱々とした気持ちになってきた。
好きなことが強制になってしまうと
面白みを感じることができなくなってしまうのかな。
だとしたら、悲しいね。

小さい頃、パズルが好きだった。
何もない所に枠を作って
隙間に合うものをはめこんでいくと
少しずつきれいな絵ができあがる。
積み重ねが性に合っていたのだろう。
パズルは誰かが完成を用意してくれている。
答えが、完成形が、もうある。

今の私には答えがない。
到達点は自分次第で近くにも遠くにもなる。
どうせなら目に見えないくらい遠くまで。
2007年09月10日(月)

レポートのおはなし

執筆中。
とすれば響きは良いのだが、
そんなに素敵なことはできていない。
レポートを書いている。

8000文字と思っていた課題が
実は4000文字だったので論文の扱いから
一気にレポートに格下げになった。
私の中での話。

論文とレポートで何が違うかと聞かれると
知ったことではないがなんとなく
レポートは報告の要素が強く、
論文は報告を基に自分の意見を論じるもの、
といったところであろうか。
もちろん、レポートにも自分の意見は必要だ。

漫然と考えているのと言葉にするのには
大きな大きな差がある。
考えというのはとてもバラバラで不統一なもので、
それらを全部つかまえて自分のものにして初めて
言葉を語ることができる。

すごくむずかしい。

だから、すでにあるものに頼りたくなる。
何事も初めては難しい。
自分の選んだこの道はただ引用するだけでは意味が無い。
私が何を思うのかを明らかにしなければいけない。

というわけでレポートを書いている。
4000文字に収まるかが不安なところである。
2007年09月09日(日)

そらいろのねこ / コギト