虎の絵

東京藝術大学大学美術館へ。
場所は上野である。
「金刀比羅宮 書院の美」展を見に行ったのだ。
丸山応挙の遊虎図が非常に好み。
哀しい時には図録を眺めよう。
2007年08月30日(木)

八月の終わりに

古文の分析ほぼ終了。
まとめに入る。
明日は高僧伝に目を通す。
念には念を。
実は大切な部分がスカスカだった。
うーん…。
仮説を交えながらも報告という形にして終わらせよう!
そのための論理も考えて。。
そんなこんなでレジュメは完成間近。

次は教育問題。
時事ネタなので文献は少ない。
合致するものはないかもしれない。
テーマを絞る必要がある。
今のところは「学力」と「管理」かな。

葛西くんは中途半端に放置。
寝かしておいしくなるといいけれど。

上記以外に課題は二つ。
論文12000文字(テーマ自由)と評論について。
いずれも後期の課題である。
早め早めが大切なのと、どちらも時間がかかる。

夏休みは残り一ヶ月。
2007年08月26日(日)

真っ当

真っ当に生きたいと思っていた。

小さな頃から大人は私を「変わっている」と言い、
私もまた自分が少しずれているとわかっていた。
思うにそれは誤差の範囲内だったのだ。
人が過剰に受け取らずにいれば
私はそんなに気にせず生きただろう。

現実はちがう。

女の子が好きなのは、
赤やピンク、フリルのついたブラウスにスカート。
そんなもの大嫌いだった。
なぜか当たり前とされる物事があり、
少しでも外れると波風がたつ。

普通にならなくちゃ。
それは強迫観念となってやってくる。
でも、幼い私は不器用に素直に自分の感情を出した。
身をもって知る。
集合の中にいても気持ち悪い。
過剰な感情が人を傷付ける。
 …自分は生きるに値しない。
同時に思い知らされる。
 …人を信じれば裏切られる。

大人になれば真っ当になれると思っていた。

頑丈な殻を作った。
傷付かないように、傷付けないように。
外ではそれなりに生きやすくなった。
内はぐちゃぐちゃだった。
自分がわからなかった。
人と外れないこと、それが大切だった。
沈黙すれば、全ては問題なく流れる。

結局、真っ当にはなれなかった。

なんとなく真っ当なふりをしてみたけれど
何一つ自分に真っ当ではなかった。
このことに気がついた時には
私は別に変わり者でもなんでもなく
ただのコミュニケーション不全の人間だった。

それが今の私だ。
2007年08月25日(土)


『蛇にピアス』読了。
スプリットタン(蛇の舌)の話と聞き
勝手にエログロな物語と思っていたのだが
予想とは違ってそうでもなかった。
人体改造(ピアスや刺青)、性交渉、殺人。
出来事は確かに重い。
しかし、語りのスタンスはきわめて軽く、
主人公は何事からも一歩遠くにいて
風にただ吹かれるようにして過ごす。
彼女は纏う。
ギャルである自分。
蛇の舌を持つ自分。
麒麟と龍の刺青を施された自分。
何かになろうとして何者にもなれないまま物語は終わる。
語りと語られることがバランスを欠いていて
「これが現代だ」と言われればそうかもしれないが
作者の力不足に思えて仕方がない。
2007年08月24日(金)

にゃくにゃくなんにょ

過去の私が暇であろう今日の私のために
予定を入れてくれていた。
というわけで、おでかけの日。
せっかくの都心。
たまには張り切るわけでまず早起き。
早くから出かける必要はないので午前は課題。

渋谷東急文化村「ルドンの黒」展へ。
今週末で終わりなので慌てて行ってきた。
ゆっくり見るなら平日じゃないとね。
昔、雪舟を最終日に見に行ってひどいめにあったのだ。
黒で構成される世界で人々はなぜか静か。
色彩には何かしらの力があるのだろう。
現実と虚構が入り混じるルドンの絵を見ていると
美しい詩を読んだような心地よい気持ちがした。

今日はとても品揃えの良い古書店をみつけた。

本当の予定は夜から。
新木場でライブ。
オープニングアクトはよくわからん人。
関東以外の会場ならシェフだったのにな。
メインは3バンド。
そのうち2つ好きなので、満足な面子であった。
広い空間で酒を飲んで音楽聴いてっていうのが
ふやふやーっとしていて楽しいんだ。
2007年08月23日(木)

そらいろのねこ / コギト