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2004年03月08日(月) ハンガリーの混浴風呂(ハンガリー篇)

風が強い一日。庭のテーブルと椅子が風で倒れていた。こんな寒い日はホットチョコレートかホットワインで体を温めたい。
2年前のこの時期、ハンガリーも寒かった。チューリッヒから夜行列車「ウイーンナワルツ号」に乗ってウイーン西駅に着いたのが朝の8時だった。そこからオリエント急行に乗り換えブタペストに着いたのがちょうどお昼。マチャーシュ教会の裏手にあるレストランで凍えたからだをホットワインで暖めた。ブタペストの街は本当に美しい。ドナウ河を挟んでブタ(砦)とペストに分かれている。ペスト側からブタの王宮の丘を望む風景は生涯忘れられない感動的な美しさだ。13世紀からあるゲレールト温泉所はまるで王宮のように豪華絢爛。温泉は水着で入る。

ドナウの女王と言われるハンガリーの美しい都“ブタペスト”には184の源泉と38の浴場を持つ温泉地がある。その中でも巨大な石造りの温泉プールが有るゲレールト温泉とマルギット島の中にあるテルマール温泉は有名。 「ゲレールト温泉」は番台のようなところで入場料を払って入口を入っていくと、この荘厳なつくりの温泉プールに圧倒される。この他施設内には5つのプールと36の浴槽がある他、インハレーション(霧状の温泉水の吸引療法)、ハイドロマッサージ、スチームバス、飲泉等の様々な設備がある。収容人数は600人。隣には高級ホテル「ゲレールト・ホテル」があるが運営は別にされている。 また、ドナウ川の中の島であるマルギット島のテルマール温泉は6haの敷地の中にレジャー用に海を模写して造られた波浪温泉プールがある。どちらかというと治療・療養に主が置かれた施設が多いヨーッロパの温泉地の中で、ここはスポーツ・レジャー感覚で温泉を楽しめる施設がある。療養を望む方には5星ノテルマルホテルがあり最新設備を備えた温泉療法が受けられる。

入浴料は600円。中に入って水着に着替えているとものすごい金髪の美女と小錦のようなおばさんが向こうからやってきてどんどん裸になっていく。全く隠さない。隠さないどころか全裸のまま私に話しかけてくる。きゃー、私はどうすればよいの?目はどこへやれば?小錦のおばさんはやっとこさっとこその巨体を水着に押し込み、金髪の美女はグラマラスな肢体をもっったいなくもかしこくも、同じく何の変哲もない水着に包み込んでしまった。私、やまとナデシコも恥ずかしがってては江戸っ子が泣くと思い、ご披露しつつ無事水着に着替えた。(私だって金髪に負けませんことよー(*^_^*))オット、小錦には完敗ですよ、勿論。温泉浴場はまるで映画にでてくるような豪華絢爛。プール状になっているもの、ローマ風呂のようなもの、様々。混浴で大変面白く、なんと2時間も入ってしまい出てきたときはどこもかもふやけてしまって指の指紋はくしゃくしゃ。鼻歌歌いながらペスト側にある中央市場で買い物。トカイのワインが超安価。各種のワインを試飲しているうちにすっかり酔っぱらってフラフラ。キャビアとワインをお土産に友達の家に着いた頃にはもう寒さなんか吹っ飛んでいた。ドアを開けて立っている友達をみてびっくり!わー。ちょっと逢わないうちにすっかり彼女も小錦になっていた。
この時期になると思い出すブタペストの美女達。


2004年03月07日(日) イタリア式結婚(イタリア篇)



花の都フローレンスは街全体がさながら美術館のよう。

栄華を極めた15〜16世紀、かのメディチ家に愛され磨きぬかれたその美しさは今に至ってもまだ色あせず魅了されるばかりである。

フィレンツエは夕暮れがよく似合う。アルノ川が茜色に染まり空と川の境目をなくしてしまう頃、教会の鐘が夕べのミサを告げ茜色の空に鳴り渡る。

イタリア人の友人マリアテレジアから結婚式の招待状がイギリスの我が家に届いた。
友人と車でドーバー海峡トンネルを渡ってヨーロッパ一周しながらイタリアへの旅に出立する事となった。ヨーロッパには友人が各国に散らばっているのでそこここに泊めて貰うことにした。

いよいよマリアテレジアの家に到着すると小さな家が贈り物の花で埋まってむせかえるようだった。
結婚式は古い教会で厳かに行われた。純白のウエデイングドレスに長いヴェールを身につけた花嫁は美の結晶のようだった。花婿は長身で黒髪、自信にみなぎるようなダビデの像の様な人だった。
驚いたことに全員平服だった。私と友人二人だけ、すごい正装で居心地が悪かった。
披露宴会場は丘の上のお城だった。新郎新婦の車の後に続いて全員街の中をクラクションをけたたましく鳴らしながらお城まで行くのには驚いた。

お城は何世紀も昔の古城だった。ご馳走はビュッフェスタイルだった。ものすごいご馳走で各種とりどりにお皿に盛った私を見て隣のイタリア人が目を丸くした。彼等のお皿にはほとんど盛っていない。えー?なんで?と思ったらそれから永遠に明け方までご馳走が次から次へとでてきたのであった。
最初から山ほど取ったらメイン料理がお腹に入らないわけだ。宴もたけなわとなって花嫁、花婿のダンスが始まりそれに続いて全員ダンスである。私も素敵なイタリア男性と踊って目はハート。明日は早く立ってイタリア一周の旅なので、花嫁花婿にお礼のキスをして城をあとにした。月が古城を照らしロマンテイックなイタリアの夜は過ぎていった。
イタリアはもう何回も来た所なのにいつ来てもどこもかしこも素晴らしい。フィレンツエのヴェッキオ橋のたもとでみた夕暮れ。生涯忘れない。
そこからまたピサの斜塔へと旅は続いた。コモ湖、サンジミニアーノ、ミラノ、アッシジとイタリアを周り、帰りはアルプスを越え、氷河の青緑を見ながらフランスへ戻り、またドーバー海峡を渡り帰途についた。



2004年03月06日(土) 銃殺か?(スロバキア)




空気が乾燥し、久しぶりに顔をパックすることにした。
パックするたびに銃殺されそうになった、あの夜の出来事を思い出す。
それは夜行寝台列車でスロバキアからチェコとの国境を抜けようとしていたときの事である。
スロバキアを通過するにはパスポートの他にビザが必要だった。翌日私は大事な人とチェコで会わなければならないことがあって乾燥した寝台列車の中でよせばいいのに顔をパックしたのだった。まだ乾かないパックにいらいらしているうちに、いつのまにかうとうと寝込んでしまった。すると突然、列車が「ガタン」と音を立てて止まり、ドアを激しく叩くものが
いた。鍵をがちゃがちゃと壊さんばかりにして、騒いでいる。激しくドアを叩き続けるので恐る恐る開けると、そこには機関銃を構え、迷彩服を着た兵士と黒服の男が立っていた。「きゃーっ」と叫ぶと迷彩服の機関銃男が私に銃口を向けた。
そのときの私の顔はパックのまま。真っ白な仮面をかぶった不気味な化け物顔だった。
黒服の男が機関銃男を制して下手な英語で叫んだ。「パスポートとビザを見せろ!税関だ」
どうやら列車はチェコとスロバキアの国境で止まったようだった。。黒服の男がパスポートに判を押すと、機関銃男が口を開いた。「タバコ、持っているか?」と。
私は震えながら「持っていません」というと列車の網棚の上をじろっと睨んで、二人はようやく出ていった。
「ひゃー、怖かった」共産圏ってこんなすごいところなんだと驚きながら洗面所の鏡を覗くとそこには世にも恐ろしいものがいた。
白塗りのパックが半分剥げ、残りの半分は、目と口だけ出た奇怪な顔があった。
怖かったのは私じゃなくてきっと私をみたあの機関銃男と黒服男だったことだろう。


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