月の輪通信 日々の想い
目次|過去|未来
新緑のまぶしい季節。 工房の周りの山の木々が、一日一日わっと盛り上がるような勢いで緑の量を増す。冬の間、すっきりと空を見通せた頭上もすっかり若葉に覆われて、緑のトンネルの様相。まるでミシミシと背伸びする木々の成長の音が聞こえるようだ。
・・・いや、違う。 この音は、木々が成長する音ではない。 青々と伸びだした柔らかな新緑の若葉を狙って、何千何万の虫たちがうごめきあう音。 そう。青虫、毛虫、尺取虫のシーズンになったということ。 今年もやってきた。虫のシーズン。
ちょっと外出すると、洋服の肩に尺取虫。 外に止めてある車のフロントにも青虫毛虫。 遠足で近くを訪れる小学生の群れが、頭上の木からぶら下がる尺取虫にきゃあきゃあと悲鳴をあげる。 緑のトンネルは、即ち青虫毛虫のトンネルでもあるということ。 ああ、憂鬱なシーズン。
ジョギングのおじさんが、毛虫除けにと枯れ枝をワイパーのように振りながら走ってくる。 散歩のおばさんたちは、雨も降っていないのに、傘をさして歩いてくる。 子どもたちは、互いの肩に着いた尺取虫を指先でピンとはじいて飛ばしあう。 青虫毛虫は山の木々ばかりではなく、庭の花木や家庭菜園の野菜、プランターに植えた草花にももれなくやってくる。丹精した庭木や、芽吹いたばかりの花芽をやられて頭にきた植物愛好家たちは、地面に落ちた虫たちを憎憎しげに踏みつける。 それでも虫は減らない。 ああ、憂鬱。
そんな青虫騒ぎとは関係なく、工房仕事、限りなく続く。 お茶会関係の数物の仕事が山積み。 父さんは、一日のほとんどを工房で過ごす。 ちょっと帰ってきて、食事をしたらまた仕事。 「疲れた」とごろりと横になり、少し仮眠を取ったかと思ったら、また仕事。 夜中、むくむくと起き出して来たら、また仕事。 学校から帰ったアプコの甘えん坊に少し付き合っているかと思えば、また仕事。 いったいこの人は、いつになったらゆっくりちゃんとした休養が取れるのだろう。
父さん、今日は久々に外出。電車の駅まで車で送る。 降りしなに、ふと見ると父さんのジャケットの袖に、青々した小さな芋虫。 「ほら、ついてるよ。車の外で払ってね」と言ったら、車を降りた父さんは改札口とは反対のほうに向かって歩き出す。 そして、わざわざ傍らの植え込みのところまで行って、袖の芋虫をピッと飛ばした。 「ここで落としたら、すぐに車につぶされちゃうからね。」 と笑って手を振る父さん。そのまま走って改札口へ入っていった。
優しいなあ、この人は。 連日の仕事続きでくたびれて、おまけに数日来の風邪で自分自身がグロッキー状態だと言うのに、なんでこの人はあんな小さな青虫の命を愛しむのだろう。 時々こんな風に見せる、ピントはずれなまでの度を越した、この人の優しさ。時折、子どもたちが小さな虫や植物に見せる気まぐれな優しさにも似ている。 自分自身がとてもとてもしんどいときにも、そんな子どものような優しさが思わずふっとこぼれでてしまう。 それがこの人の、いとおしいところ。
BBS
| 2007年05月06日(日) |
竹垣プロジェクト(その2) |
「お茶室の竹垣を架け替えよう」プロジェクト、いよいよ始動。
実践編 1、竹材の値札剥がし。 買ってきた竹材には一本ずつバーコードシールが張ってあって、それを手分けして擦り落とす。これ、意外と面倒で時間を喰った。
2、防腐剤の塗布 資材に水性の木材保護材を塗る。これは主にアユコとわたしの仕事。
3.竹材の裁断 100本近くの竹材を寸法に合わせて裁断。2本ののこぎりで分業してやったら、結果、出来上がった竹の長さがまちまちで少々焦る。 横軸用の長い竹材は、途中で継ぎ足して使うが、その継ぎ目部分の処理に悩んでしばし作業を中断。
4.傷んだ古い竹垣の撤去。
5.支柱の打ち込み 以前から使っていた木杭の支柱それほど傷んでいなかったので、ほとんどはそのまま再利用。数本だけ取替え。
6.横軸の取り付け 支柱に横軸となる長い竹材を釘で打ちつけ。竹材は直接釘を打つと割れやすいので電動ドリルであらかじめ穴を開けてから釘を打ち込む。
7.縦軸を結びつける間隔をメジャーで測ってしるし付け。
8.縦軸の取り付け。 オニイとゲンが打ち付けた横軸に、縦軸となる竹材を棕櫚縄で結びつける。 アユコと私の作業。
作業は「総監督」であるゲンの指示で進められた。 「お前に『やれ』といわれた仕事だけやるようにするから、ちゃんと指示を出してくれ」と、オニイの一言で作業が始まった。 ゲンは自分でやる鋸やド電動ドリルの作業の傍ら、次に行う作業の段取りや他の「職人」たちの作業配分を考えなければならないので、そっちのほうが大変だった様子。 「次はどうするの?」「ここんとこ、どうしよう?」とあれこれ訊かれて、「ちょっと待って!、今考えてるねん」と、パニクること数回。 そこであえて口を出さず、ゲンの采配を待っているオニイとアユコはさすがにオニイオネエの貫禄か。
作業途中で気がついた最大の失敗。 竹垣の縦軸の竹材は本来、節ぎりぎりのところで裁断して利用するものらしい。(でないと竹の空洞部分に雨水などが溜まって、竹材が傷みやすい。) そのことを考えずに、必要な長さ分だけの竹材を購入したので、節目に合わせて裁断するゆとりが持てず、結果、節目の不ぞろいなまま制作に踏み切った。 見た目、不恰好だが、まぁこれもゲンの初棟梁の采配の結果と言うことで・・・。
連休4日目は雨。 男の子たちは朝から一日、剣道の試合と言うことで、作業は一時中断。 残りは放課後や次の休日にと言うことで、現在プロジェクト続行中。
| 2007年05月05日(土) |
竹垣プロジェクト(その1) |
連休はどこへも行かない。 ゲンは毎日朝剣道。 父さんは連日工房篭もり。今月末のお茶会に向けて食器や記念品つくりでおおわらわ。 合間を縫って、近所のショッピングセンターやホームセンターをぶらぶらしたり、近所の山に登ったり。 まことにお金のかからない、「働け、働け」のゴールデンウィーク。
この連休のメインイベントは、工房のお茶室の竹垣架け替えプロジェクト。 数年前専門家に架け替えてもらった竹垣が傷んで古くなったので、今回は我が家の子どもたちを中心に架け替えてみようと言う試み。 最近、ペンキ塗りや小さな木工仕事で力をつけつつあるゲンを、このプロジェクトの総監督に任命。 半月くらい前から、すこしづつ準備に取り組んできた。
準備編 1、今ある竹垣の大まかな寸法を測量。作図。古くなった竹垣の一部を壊して、支柱の杭の状態や棕櫚縄の結日方などを確認。 (さあ、大変。もう後戻りはできなくなったぞ)
2、ホームセンターで資材の下見。竹材・杭の規格や値段を調べる。 (メモ取れ、メモを!下見に来るのに、筆記用具くらいもってこい!)
3、棕櫚縄の結び方を研究。加古川のおじいちゃんに電話して、資料を送ってもらった。
4、全体の作業に必要な資材の量を割り出し、下見してきた価格をもとに見積もり表を作る。 (ここ、一番ゲンの苦手な作業。 金額は、桁数をそろえて書け!)
4、見積書を出資者であるおじちゃん(義兄)に提出。許可を得る。 (「大将、これはお買い得でっせ」と安さをアピール)
5、父さんとともに再びホームセンターへ。必要な資材を注文。商品到着は一週間後。 (3メートルあまりの長尺物はどうやって運ぶ? 配達料800円をどう削ろうか)
6、竹材の到着を待つ間に、棕櫚縄の結び方の研究。 (これ、意外と難問。 結局、最初にマスターした母とアユコに結ぶのはお任せ。)
7、注文した竹材が届いたとの連絡。 おじちゃんの大きいワゴン車で長尺物も無事積載。 そのほかに防腐処理剤、支柱用の杭、栞戸、棕櫚縄などを購入。 (帰宅後、あ、釘、忘れた!支柱が足りない! ヲイヲイ。 その都度、母、走る。)
思いつきや勢いで「やっちゃえ!」と作業を始めてしまうのが得意なゲンにとっては、この準備過程が意外としんどかったらしい。何度も何度も現場に足を運んで、ああでもないこうでもないと、頭を抱えていた。 メモの取り方、かんたんな企画書や見積書の作り方など、当然知っていそうで経験したことのなかった事柄が色々見つかった。 ことに面白かったのは見積書の数字の書き方。桁数の多い数字の間に打つカンマの位置が「3桁ごと」と言うことをゲンは知らなかった。学校では習わなかったっけ?
準備編はここまで。 以下、次号。
BBS
「夏も近づく八十八夜、 野にも山にも若葉が茂る♪」 おばあちゃんと一緒に、玄関先をお掃除しながら歌っているらしい。 調子っぱずれのアプコの声に、か細いおばあちゃんのソプラノが混じる。 近頃義母は、アプコの一緒の時くらいしか、歌う声を聞かない。
近頃アプコはすっかりおばあちゃん子だ。 しょっちゅうおばあちゃんの台所にもぐりこんでは、怪しげなお菓子をこしらえたり、おうどんを作ったり。気がつけばおばあちゃんの周りにまとわりついて、本人はお手伝いをしているつもり。 おばあちゃんのほうも、アプコがいるとあれこれ気が紛れるらしいのだが、ご本人は子守りをして下さっているつもり。 ひいばあちゃんの介護とおじいちゃんの入院でお疲れめの義母と、連休なのにどこへもお出かけの予定のないアプコのささやかな利害の一致。 「摘めよ摘め摘め、摘まねばならぬ 摘まにゃ日本の茶にならぬ」 そうそう。 働け働け。 やきもの屋の窯にゴールデンウィークはない。 今日もフル稼働。
父さんから面白い話を聞いた。 アプコが工房に通りすがりのお客様を招きいれ、一人でお抹茶を振舞ったのだと言う。 数日前、アプコが近くの川へ遊びに行ったときの事。 ハイキング客らしいご夫婦が遊んでいるアプコに声をかけた。 「昔、このあたりに売店があって、アイスクリームを買ったのだけれど、もう売店はやっていないのかしら。」 ハイキングコースの入り口の売店はずいぶん昔に閉めてしまったし、近所においてあった飲み物の自動販売機も今は稼動していない。 アプコがそう答えると、ご夫婦はたいそうがっかりした様子だったのだと言う。
「だからね、『お抹茶でよかったら、うちで飲みませんか』といって、連れて行ってあげたの。」 「で、お茶はおばあちゃんが入れてくれたの?」 「ううん、あたしが自分でお抹茶、立てた。」 「お菓子は?」 「ちょうど和菓子が二つあったから、それをだした。」 「アプコ一人で?」 「うん、自分で。ちょっとおばあちゃんに手伝ってもらったけど」 ・・・・はぁ。
この季節には確かにハイキング途中のお客様が、工房の見学に立ち寄られることも多い。中にはじっくり話し込んでいかれる方もあって、そんな時、義母はありあわせのお菓子を見繕って、お抹茶を振舞うこともある。 いつもおばあちゃんのそばにいて、工房にはじめて立ち寄ったお客様にお茶を振舞う姿を間近に見ているアプコにとっては、売店の当てが外れて残念そうなご夫婦をお茶に誘うのはごくごく自然なことだったのだろう。 「だって、アイスクリームのお店がなくて、とてもがっかりしてたみたいだから」 「それがどうしたの?」とでも言いたげな、アプコの大人びた口ぶりに、「知らない人とむやみにおしゃべりしてはいけません」と、紋切り型のお説教をするわけにもいかなくて、「そりゃぁよかったね」というお話になった。
ご夫婦は、アプコの立てたお抹茶を召し上がって、工房内の作品をあれこれご覧になって、お茶会や展示会の案内状をお持ち帰りになったそうだ。 言わば、アプコのおもてなしは、はじめての「宣伝・営業活動」でもあったというわけで。意外とアプコには、こういうお人をもてなすお仕事が向いているのかも。 それにしても、子どもがいきなり連れてきた通りすがりのお客様に、慌てもせず鷹揚にいつもどおりのお茶を用意してくださった義母の大らかさにも感謝。 おかげでアプコはとてもとても嬉しい体験が出来た。
そしてご夫婦にも。 「昔ここにアイスクリームの売店があってね」とこの場所を訪れたご夫婦が、この次ここへいらっしゃたときには、「昔、この辺のやきもの屋さんで小さい女の子にお抹茶を振舞ってもらってね。」と、思い出話をして下さったら、ちょっと楽しい。 嬉しい出会いに感謝、感謝。
BBS
中学の家庭訪問。 3時にゲン、4時にアユコの先生。 小学校の先生は「お話は玄関先で」なのだけれど、中学校の先生はうちの中までお入りになってお話するのが通例。 よって、ふだん散らかり放題の和室を朝からバタバタと集中掃除。 破れが目立ってきていた障子は昨日アユコがきれいに張り替えてくれた。パソコン周りやTV周辺を片付け、いつもより念入りに掃除機をかけ、他の部屋に通じる襖をピタリと閉める。 よしよし、準備完了。 押入れ、襖は決して開けるな。
ゲンが中学生になって約一ヶ月。 自転車通学もそろそろ板についてきた。 あれこれ悩んだ末、部活動は美術部に決めた。 新しい友達もそこそこ出来た。 どういう成り行きからか、クラスの代議委員に就任した。 すごく面白い先生、すごく怖い先生、すごく頼りになりそうな先生たちにも出会った。 夢中になって読める長編の冒険小説にもめぐり合えた。 毎日毎日、新しいこと。 毎日毎日、新しい人。 毎日毎日、新しい驚き。 目覚めるたび、まぶしい一日がそこにある。
「かあさん、なんかなぁ、これって結構『華々しい日々』って感じやなぁ。」 朝のあわただしい時間、目玉焼きを焼く母のそばにやってきて、こそっとささやいていくゲンの楽しさ。 めまぐるしく駆け巡る、驚きと笑いにみちた日々が、ゲンの幼いボキャブラリーの中に、「華々しい」という単語を付け加えるのだろう。
そんなことを、ゲンの担任のM先生に話した。 「いいですねぇ、『華々しい』ですか。 そういうことが言えるゲンくん、とってもいいですねぇ。」 と、ニコニコ笑いながら頷いておられる先生。 「ほんとにね。13,14の少年時代ならではの言葉でしょ? 親のほうはもう、この年齢になったら、そろそろ『華』はお終いですもんね。」 とこちらも笑う。 和やかで楽しい家庭訪問となった。
近頃のゲン、フル稼働。 剣道の大人稽古の厳しさにも慣れてきた。 ペンキ塗りや鯉のぼりの支柱立てなど、工房での作業にもあれこれ活躍してくれた。この連休には、工房のお茶室の竹垣の架け替え作業を予定している。 そしてここ数日、「素直で大らか、いつもニコニコ」のゲンにも、そろそろ反抗期の兆し。 キラキラ輝く華々しい日々が、どこまでも続きますように。
BBS
朝から工房であわただしく仕事。 数物のお皿の釉薬掛け。新しい釉薬の調合。 来月末の窯元でのお茶会とそれに続く地元百貨店での襲名展に向けての作品作りに、父さんは相変わらず追われている。 パート職人の私も、最近新しい作業を一つ二つ覚えた。 いずれも昔はひいばあちゃんが一人でコツコツ行っていた下職(したじょく)仕事。少しでも早く要領よく仕上げられるようになりたいと思う。
午後の作業からふと顔を上げると、はやアプコの下校時間。 パタパタとエプロンをはずして、迎えに出る。 1,2年生の時には、毎日決められた下校時間に合わせて学校の近くまで迎えに行くようにしていたが、3年生になってそろそろ一人で登下校を・・・と言うことで、最近は途中の道で行き会うように少し遅めに迎えに出るようになった。 新緑の坂道を下っていくと、ずっと先のほうからピョンピョン跳ねるように上がってくるアプコの姿が見える。 朝着ていった上着を腰に縛り、Tシャツの袖をひじまで捲って、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、気ままに歩いてくるアプコ。 遠くから私の姿を見つけると、「おっ!」と立ち止まって、タッタカタッタカ駆け寄ってくる。足音は、まだまだパタパタと子どもっぽくて、その幼さがいとおしい。
「おかあさん!」 すぐそばまで駆け寄ってきたアプコが、突然校帽の中のものを私に向けてぱっと宙に放った。 ハラハラと舞う花吹雪。 駅前で満開の八重の桜を拾ってきたのだろう。校帽をお碗のように空にむけて受けたまま歩いていたのは、拾った花びらがいっぱい入っていたから。 私に散々振りかけても、まだ校帽の中には砂混じりの花びらがたくさん入っていて、アプコは楽しげにそれを道路や水路にパラパラと撒き散らしながらゆっくりと歩き始めた。
「今日はね、音楽の授業もあったしね。」 「えっとね、今度の遠足はまた、うちのお山に登るんだってよ。」 「給食のカレーうどん、すっごく美味しくってね、お代わりしようと思って大急ぎでパン食べたんだけど、ちょっと遅くってあたしの前の人で終わりになっちゃった。残念!」
アプコの毎日は、一日一日驚きと喜びに満ちている。 学校での楽しい時間を終えて、「セルフ花吹雪」を一人でたのしみながら帰って来るアプコ。 そういえば先日は、音楽の教科書をパタパタ振りながら、大きな声で「春の小川」を独唱しながら帰ってきた。 「お母さんのお迎え」を卒業して、ひとりでたどる家路にも、楽しい遊びがそこここに見つかるのだろう。
パラパラと風に踊って、アプコの手を離れていく淡いピンクの花吹雪。 それは母の手元からいつの間にか飛び立っていく、幼いアプコの気まぐれにも似て。
BBS
久しぶりの休日。うららかな好天気。 朝から、「そうだ!こいのぼりを出さなくちゃ!」と言うことになって、父さんとゲンが工房の庭で作業を始めた。
金属のパイプを地面に打ち込み、よいこらしょと支柱を立てる。 オニイが生まれたとき、「鎧兜はいらないから、とにかく大きなこいのぼりが欲しい」と実家の父母に買ってもらったこいのぼり。 ずいぶん色あせて、昔はキラキラと輝いていた矢車の飾りもすっかり赤錆色になってしまったけれど、今年も上げる。
はじめてこいのぼりをあげたとき、ハンマーを振り上げて支柱の杭を打ち込んだのは義兄と父さんだった。支柱を立てるときには、そのときにはまだ腰も曲がっていなかった義父も加わってえいやっと持ち上げた。 真新しいベビーカーにオニイを乗せてキラキラ輝く矢車を見上げる私は、ヒラヒラのエプロンをつけた初々しい新米ママだった。 真鯉のお腹に輝かしく染めこまれた家紋を指差して、「立派な鯉が上がった」と、ひいばあちゃんが手を叩いて喜んでくださった。
今日、ハンマーを振るう父さんや義兄の労働を気遣って、ゲンが始めてハンマーを握った。 アプコが父さんたちの間をちょろちょろ走り回って、工具を手渡したり小さなねじを集めたりして、忙しく立ち働いている。 支柱を持ち上げる役には、ゲンとすっかりくたびれたおかあちゃんになった私が加わって、セーノで持ち上げる。 義母がひいばあちゃんの手を引いて、作業の見える2回の窓に導いた。ほとんど耳が聞こえなくなったひいばあちゃんに、身振り手振りでこいのぼりを指差す。
庭の樹木が大きくなって、せっかくこいのぼりを上げても鯉がゆうゆうと泳げる空は小さくなった。吹流しや鯉の尻尾が木の枝に引っかかったり、支えに張ったロープに絡まったりして、下ろすのに苦労することも多くなった。 子どもたちも大きくなって、「もう今年で終わりかな」といいつつ、末っ子アプコがもうちょっと大きくなるまでは・・・と頑張ってこいのぼりを上げる。 子供たちのためというよりも、年老いた義父母やひいばあちゃんが「やぁ、今年もこいのぼりがあがったよ。」と喜ぶ顔を見るために。
いつも、毎日のこいのぼりの上げ下ろしを手伝ってくださっていた義父は、数日前、家の中で転倒して骨折、入院。 要手術の事態となった。 82歳の高齢のため、術後の回復や歩行機能の維持に心配が残る。 子どもたちは大きくなり、年寄りの老いは進む。 若い樹木のみずみずしい成長と、年を経て色褪せていく鯉のぼりの対比に、しばし物思う春の空である。
BBS
襲名展が終わって、ゆるゆるとお仕事態勢に戻りつつある父さん。 珍しくロクロ仕事に入ったようだ。 制作しているのは、注文のあった数茶碗。 同じ形の抹茶茶碗を次々にひねり出す。 普段は手びねりで作ることが多いので、父さんの仕事場で水引きロクロが稼動していることは珍しい。 おばあちゃんちへ遊びに行っていたアプコが、工房にもぐりこんで興味しんしんで父さんの仕事振りを眺めていたらしい。
台所で夕食の支度をしながら、アプコのおしゃべりを聴く。 「あのね、お父さん、今日はいつもと違うお仕事してた。 こないだ、オニイちゃんがやってたアレよ。ぐるぐる回しながら、作るやつ。」 「ああ、ロクロ、してたのね。アプコ、見てたの?」 「うん」 ヌルヌルつやつやの土の塊から、あっという間に器の形が立ち上がる。父さんのロクロ仕事は、子どもでなくもついつい見入ってしまう不思議で楽しいパフォーマンス。アプコが息を呑み、父さんの手元を見つめる様子が思い浮かぶ。 「あのね、今日のお父さん、ちょっとかっこイかったよ。 お父さんすごいね。」 そっかそっか。 仕事をしている父さんは、そんなにかっこよかったか。 アプコ、父さんに「かっこイかった」っていってあげな。 きっと父さん、嬉しくてバリバリお茶碗、つくっちゃうぞ。
今朝、父さんは小さく切りそろえた新聞紙に墨で何枚も絵を描いていた。 数物のお皿に描く松の文様。 あれこれデザインを変えて、何枚も何枚も描き散らす。 描き損じた新聞紙が何枚も仕事場の机の上に積み上げてある。 お昼過ぎ、工房にもぐりこんだアプコが、それを見て父さんに一言。 「納得のいく絵は描けたの?」
・・・・「納得のいく」?! エライ言葉を使えるようになったんだなぁ。
遊びの合間にちょろちょろ工房に出入りして、働く父さんの背中を見るともなしに見聞きして育つアプコ。 何度も何度もやり直し、よりよい作品を目指す父さんの厳しい仕事振りをを、幼いなりに何となく理解できるようになってきたのだろう。 うれしいね、父さん。
BBS
昨日、始業式。 今年は子どもたち4人ともクラス替えの年。 新しい友達、新しい先生に一喜一憂、賑やかなこと。
アプコは、3年生。 ピッカピカの新任のM先生が担任になった。 1,2年の担任だったベテランの先生も大好きだったけれど、優しいお姉さん先生のフレッシュさがくすぐったいほど嬉しいらしい。 初日から自己紹介代わりに楽しいゲームをして楽しかったと嬉しそうに帰ってきた。
「おかあさん、おかあさん、今日はね、とってもラッキーな日だよ。 体育の授業はドッジボールだしね、初めてT先生の音楽があるよ。」 3年生からは、音楽の授業が担任の先生ではなく専科のT先生の授業になる。楽しく元気と定評の授業だ。アプコはずっと前からT先生の授業をとてもとても楽しみにしていたのだ。 「あのね、きっとクローバーのおかげだね」とアプコが笑う。
2,3日前、アプコは自治会費の集金に来た近所のおばさんから四葉のクローバーの押し花を貰った。 なんでも、園芸種のクローバーらしくて、ふつうのより高い確率で四葉が出るのだそうだ。おばさんはその一つ一つを丁寧に押し花にして小さなカードに貼り、集金の領収書に添えて配ってくださったのだ。我が家では「女の子だけね。」と私とアユコとアプコの3人分。アプコはもらった押し花を大事に筆箱に入れた。 それで、給食に好物のゼリーが出たことも時間割が好きな授業ばかりだったことも、みんなみんな四葉のクローバーのおかげと言うことになっているらしい。 これはまた、霊験あらたかなお守りだこと。
「クローバーをM先生に見せたらね、『いいなぁ、きっと幸せのクローバーだね』って言ってくれたよ。 だからね、あたしのクローバー、先生にあげたの。 私は、今日、ラッキーなことがいっぱいあったからね。 明日はM先生にいっぱいラッキーがあるかな?」
アプコはM先生のこと、好きなんだね。 きっとM先生にもラッキーがいっぱいやってくるよ。 よかったよかった。 お母さんの分のクローバーはアプコにあげる。 きっとアプコが持っているほうが、クローバーの効き目はあるようだから。
BBS
朝、ゲンを道場へ車で送る。 春の暖かい日差しに誘われて車の窓を開けると、柔らかな風とともにどこからか桜の花びらが舞い込んできた。 助手席の剣道着姿のゲン、もう上着は要らないという。 足元は素足にゴム草履。 ほんの1,2週間前まで、足の親指をすり合わせて寒そうにしていたゲンの薄着も、今日はやせ我慢に聞こえない。 数日前に散髪したクリクリのスポーツ刈りが、青々してちょっとかわいい。
先月末、卒業式を終えてから、ゲンは剣道の大人稽古に参加するようになった。 小中学生向けの子ども稽古のあとに行われる大人対象の1時間の稽古。 一応中学生以上が参加できる事になっているが、実際には錚々たる上段者が居並ぶきつい稽古だ。 子ども稽古の中では体格も大きく、がっしりと年下の子どもたちの打ち込みを受けてやっていたゲンも、大人の先生方の中に入ると巨大な猛獣の群れに紛れ込んだ羊の様相。 あちらこちらで、突き返され、打ち畳まれ、弄ばれて、転がされる。 あれよあれよと言う間に足元がフラフラと危なくなってくる。
この春、同じ道場から中学生になったのは3人。 そのうちゲンがいつもライバル視していたSくんは、一年間の受験勉強休みを経て、私立中学への進学が決まった。Sくんの進む中学には剣道部があって、入学祝に新しい防具一式を新調してもらって道場へもどってきた。 一方、ゲンの進む地元の公立中学には剣道部がない。剣道を続けるなら、学校では他のクラブに入って、今までの道場で週2回の大人稽古に参加するより仕方がない。 そのことでゲンにはちょっと悔しい思いもあったらしい。 だから、少しでも早く大人稽古に入れていただきたくて、ちらちらと先輩や先生方の顔色を伺いながらの入門だった。
大人稽古に来られている先生方や先輩剣士たちの中には、色々と新参者にはわかりにくい決まりことがあるらしくて、その経験や段位によって居並ぶ位置や、かかり稽古を受けていただいていいレベル、ご挨拶の順番など、その場の空気で対応していかなければならない暗黙のルールとなっているらしい。 稽古が終わり面を取り、一斉に礼を済ませると、剣士たちはさっと分かれてその日稽古をつけていただいた先輩剣士たちに順繰りに挨拶に行き、講評を伺って、頭を下げる。その順番も、もちろん経験や段位の高い者からペーペーまで、何となく決まっているらしくて、一番末席のゲンはキョロキョロ周りを見渡して、自分が割り込んでいい場所を素早く判断してご挨拶に行かなければならない。最初のうちはすぐ上の若い先輩剣士Mさんがいっしょに引っ張りまわしてくれた。 そのあと、道場のモップ掛けや片付け。これもゲンとMさんの仕事。 一番高段者の先生がお帰りになるときは、Mさんがモップを放り出して先生のかばん持ちに駆けつけ、先生が靴を履かれたところで防具袋と竹刀袋を恭しく差し出す。ゲンもその後ろにくっついていって、ピョコリと頭を下げる。
いい勉強をさせてもらっているなぁと思う。 剣道の技術や技はもちろんのこと、長幼の決まりごとや礼儀作法、周囲の状況をよく見て自分の身の置き場を判断するバランス感覚。 学校と言う「みんな一緒。」「みんな平等」の中では磨くことの出来ない微妙な社会規範の一端を、今ゲンは学ばせていただいているのだろう。
「ありがとうございましたぁ!」 明かりを消した道場に向かって、ゲンは頭を下げる。 その言葉づかいはずいぶん大人びてきたけれど、まだ声変わりしない子どもの声だ。 ここ一年あたりで、大人の声になるのだろうか。 くりくり頭の少年剣士には、まだもう少し子どもの声のままで居て欲しいきもするのだけれど。
BBS
|