月の輪通信 日々の想い
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2007年04月07日(土) 入学式

ゲン、中学入学式。
早朝ギリギリに、お下がり制服のズボンの裾あげも仕上がった。
お隣のお兄ちゃんから頂いたお下がり。オニイの時にはダブダブででか過ぎだったのに大柄なゲンにはウエストぴったりで、裾はかなり長め。悲しいかな。
バタバタしていると珍しくゲンが早くに起きてきて、
「なんだかドキドキするわ」とそそくさと制服に着替え始めた。
ズボンのベルトの通し方がわからなかったり、セーターの下に着たポロシャツの裾をズボンの中に入れるのかどうか迷ったり。初々しい右往左往。
でも、君。出かけるまでにはまだ2時間もあるよ。

学校まで徒歩では30分。「15分くらい余裕を見てでるといいよ」のアユコのアドバイスで、「うんうん、あと30分したら出るよ」と余裕で2階へ上がるゲン。
バタバタと朝の片づけをして、アユコにお昼ご飯の段取りを伝えて、ふと思い立って実家の母に電話して、「うん、そうなのよ。今日はゲンの入学式。もうとうに出かけて行ったよ。天気もまあまあだしね・・・。」とおしゃべりをして。
「さぁ、そろそろ、私も支度を・・・」と思ったら、階段のところに出かけたはずのゲンの通学カバンが置いてある。
え、まさか、カバン忘れた?あ!靴もある!
「わぁ〜!しまった!ぼ〜っとしてた!」
と2階から怒涛の如く転がり降りてくるゲン。
え?え?初日から遅刻ギリギリですか?
あんなに早くから準備できていたのに?
しょうがないから駅まで車で送って、「ここから走れ!」と置いてきた。
甘甘なおかあさん。

ゲンが行く公立中学には、近隣の3つの小学校から生徒が集まってくる。ゲンの母校からも3クラス分が進学するのだが、最近は私立に進学する子も増えた。この春ゲンの仲良しさんたちの多くが私立へ行った。
「なんたって生徒数が倍になるんだもの。きっとまた気の合う友達が出来るよ」と言いながら、私自身は密かに気にかかっていた。
中学になると男の子は部活つながりで友達を作ることも多いが、ゲンは剣道を続けるので運動系のクラブに入るつもりはないらしい。唯一候補に上がっている美術部は今のところ女子部員ばかりだ。
ゲンはここでもちゃんと友達を作れるだろうか。

入学式を終えて1年生の教室へ。
担任はオニイの時に見覚えのある英語の女の先生。
真新しい制服のまだ幼い顔つきの子どもたちがワイワイがやがやと新しい教科書を数えている。
次から次へ配布物が配られて、連絡事項が伝えられている。
新学期のなじみの風景。
ゲンはと見ると、出席番号順に割り当てられた一番後ろの席で、隣の小柄な男の子とひそひそ話をしたり、笑ったりしている。
「ねぇねぇ、あの子、うちの小学校の子だったっけ?」
と隣にいた同じ小学校区のおかあさんに訊く。
「いや、見かけた顔じゃないし、他の小学校の子じゃない?」
「でも、なんだかとっても仲良しさんみたいなんですけど?」
なにやらとても楽しそうで、見ているとひそひそ話に気を取られて一つ二つ先生の指示を聞き逃した模様。
おいおい、大丈夫か。

心配するこたぁ、なかった。
あとで聞くと、隣の男の子とはやはり初対面で、だけどなんだかかなり気の合いそうな子なんだとか。
人懐っこく、何事にも「第3の道を切り開く男」のゲンのことだ。
新しい環境に入っても、そこそこ居心地のいい場所を自分で見つけてしっかり根を下ろす。友達もきっとたくさん出来るだろう。
親がいちいち心配して、手を引っぱってやるお年頃でもなくなってきたらしい。
「おかあさん、なんかワクワクしてきたわ。」
これから始まる中学校生活に、胸を膨らませるゲン。
入学おめでとう。



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2007年04月06日(金) 育児放棄

父さんのいない一週間。
子どもたちと囲む夕食。どうしてもお子様中心のメニューが続く。
あまり目新しいものもないので、父さんがいないのをよいことに先日友達から教えられたジャンクフードっぽいメニューを試すことにした。

材料は、にんじんと某激辛系スナック菓子。
にんじんをこまかい千切りにしてスナック菓子をトッピングし、マヨネーズでガーッとかき混ぜて食べる。
それだけ。
びっくりするような取り合わせだけれど、スナック菓子のピリカラとカリカリした食感が楽しくて、ついつい生のにんじんをたくさん食べてしまう面白メニューなのだという。

買ってきたスナック菓子は、いつもの場所においておくとたちまち誰かに食べられてしまいそうなので、用心のため冷蔵庫の野菜室に隠しておいた。
でも、あっという間に、目ざとく見つけたのはゲン。
「あ、こんなところにスナック菓子、みっけ!食べてもいい?」
というものだから、
「駄目!それは晩御飯にたべるから」
と答えたら、
「ひぇーっ!おかあさん、ついに育児放棄?!
晩御飯がスナック菓子やなんて!!」
と悲鳴を上げる。
・・・・・出来るものならやってみたいわ。
育児放棄。




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2007年04月05日(木) 「エコじゃない」

お風呂に入る前、アプコが発泡スチロールの食品トレーを持ち出して工作を始める。
底の平らな部分を四角く切り取って油性ペンで絵を書き、それを細かく切って即席のジグソーパズルの完成。これをお風呂に持って入って、タイルの壁に張り付けパズルを完成させる。アプコがもっと小さいとき、ゲンが教えたお気に入りのお風呂遊び。
一人でお風呂に入るようになってからもアプコは時々思い出したようにパズルを作る。で、ひとしきり遊んでからはパズルを引き上げて洗面台の蛇口のそばに置いていく。アプコにとってはパズルのピース、アプコ以外のものにとってはただのゴミにしか見えない発泡スチロールのかけらがいつまでも洗面台周りに残されることになる。

それがあまり続くとこちらも嫌気が差すので、
「次々新しいのを作るのもいいけど、使わなくなったパズルはさっさと棄ててね。」
とたびたび小言を言う。
子どもの制作意欲をそぐのは気が引けるので、「しょうもないモンばっかり作るな」ともいえない。
しょうがないから、「そうやって切っちゃたらリサイクルに出せないじゃない。もったいないよ」と脅す。(これ嘘。多分切り刻んだトレーも回収に出していいはず。)
「え?出せないの?」とアプコが後ずさる。
「そうよ、そうよ。もったいないわ。そんなのエコじゃない。」
と、状況を察したアユコが目配せしながら畳み掛ける。

「エコじゃない」
これって、今流の脅し言葉。
昔だったら、「もったいないの神様に叱られる。」とか「無駄にしたらバチがあたる」とかって、叱られた。
学校で幼い頃から「リサイクル、リユース、リデュース」とか「再生資源」だとか習ってくる子どもたちにとっては、もったいないの神様に叱られることより、周りの人から「エコじゃない」となじられることのほうが耐え難いことらしい。

ま、いいけどね。どっちでも。
物は大事にいたしましょう。
で、使ったものはさっさと片付けてね。




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2007年04月04日(水) ヨモギ団子

朝、起きたらやけに寒くてびっくりした。
窓の外にはきれいな春の青空。
と思ったら、急に真っ暗になって雨が降り出したり、冷たい風が突風のように吹きすぎたり、そしてまた暖かな日差しが戻ってきたり。

父さんの上京で工房の仕事はほぼ休業状態。
我が家にもようやく春休みらしいのんびりした時間を楽しむ余裕ができた。
今日は午後から、アプコと近所のKちゃんをつれて近くの植物園まで出かけるつもりだったのだけれど、あまりの天候に急遽中止。家の中で遊んでもらうことにした。
それでも、にわか雨と交互にやってくる申し分ない暖かな晴天に、子どもたちが「植物園行けばよかったなぁ」と焦れるので、近所の空き地で目立ち始めたヨモギの若葉を摘んでこさせて、急ごしらえのヨモギ団子作り。

「ヨモギの葉っぱは裏が白いの。」
アプコはヨモギの見分け方を学校の生活科の授業で教えていただいたらしい。近所の草むらにはヨモギとよく似た形の葉っぱの植物が何種類か生えているようで、二人で額を寄せ合って摘んだ葉っぱをより分けている。
それでも時々判別のつかないものもあるようで、「おかあさ〜ん、これどっち?」と訊いてくるので、「ちぎって、クンクン匂ってみ?ヨモギのにおいしてるかな?」といちいち答える。
「あ、そうか」と、今度は二人で鼻を寄せ合って葉っぱをクンクンしている様子がかわいい。

子どもの頃、実家ではヨモギ団子やお彼岸のおはぎを作るのは同居していた祖母の仕事だった。
大きなざるで摘んできたヨモギを水にさらして、他の雑草や汚い葉っぱを選り分ける。
ヨモギ摘みと言うと、私たち子どもは手っ取り早く、大きく育ったヨモギを茎ごとブンと引きちぎって集めて回ったものだけれど、祖母ははいつも、新茶の若芽を摘むように、先のほうの若くて柔らかい葉先ばかりを器用に長さをそろえて摘んでいた。
あのころ、祖母はいったいいくつだったんだろう。
今頭に思い浮かぶヨモギを摘む祖母の手は、晩年のシワだらけで節の立った老人の手なのだけれど、よく考えてみればあの頃確か祖母は50代後半か60歳ちょっと。まだまだそんな高齢者ではなかったはず。
母とともに家事をこなし、お針仕事や庭の作業も達者に楽しんでいた祖母。
たまに思い出したように、お団子の粉を捏ねたりわらび餅のお鍋をガーッとかき混ぜたりしてくれた。あれは季節の変わり目の楽しい気分を孫たちと分かち合うおばあちゃん流のレクレーションだったのだろうか。
出来たお菓子はたいてい小さな金色のお皿に載せて、お仏壇に供えてチ〜ンとリンを鳴らすのが習慣だった。

アプコとKちゃんが拵えたヨモギ団子はぜんぶで15個。大小さまざまなジャガイモのような不定形。
「おばあちゃんたちにあげてきて。」と、まず小皿に3個。
そして「Kちゃんちは何人家族だったっけ?」と家族の分だけお土産用にパックに詰める。
あとはみんなで一つずつ。余ったのはジャンケン争奪かな?
春の香りのヨモギ団子。
それでもまだ、幼い日の祖母の手がどんなだったか、よく思い出せなくて、物思いながらお茶を入れた。




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2007年03月27日(火) 2000円晩御飯再び

一日の工房仕事を終えて、あたふたと自宅へ帰る。
ああ、晩御飯何にしよ?
今日も買い物に行けなかった。冷凍庫になんか、ささっと作れるものはないかな。
そんなことを考えながら、居間の戸を開けたら、子どもたちが仲良くコタツでゴロゴロしてる。テーブルの上には、子どもたちが適当に見繕って食べたおやつやスナックの残骸。お昼の洗い物もまだ流し台に残っていたりする。
「おかあさん、おかえり〜」
「今日は晩御飯、なに〜?」
ゴロゴロ寝そべったまま、屈託のない笑顔で訊く子どもらに、カチ〜ンと来た。
「一日ゴロゴロしてたヤツが、グダグダ言うな!さっさと起きて片付けろ!洗濯物は取り込んだの?お風呂洗いは?
お昼の片付け、頼んでいかなかったっけ?
春休みだからって、勉強もしないで一日ゴロゴロしてるばかりで、それでいいの!」
落雷、一発。

子どもらが一日、ただグダグダと怠惰な時間を過ごしていたのではないこともよく知っている。
朝、洗濯機3杯分の洗濯物を干してくれるのはアユコだし、お風呂洗いやお布団干しの仕事はアプコやゲンがいつもどおりやってくれてる。部活で毎日出かけていくオニイも、時間が空けば工房の仕事を手伝ったり、弟妹たちの日常をしっかりサポートしてくれている。
春休みというのに、お出かけの一つもせず「忙しい、忙しい。」と工房にこもる父母に文句を言うわけでもなく、疲れて帰った父さんに仮眠用の枕をさっと用意してくれる。
私が一日たっぷり工房仕事に専念できるのも、春休みで家に居る子どもたちがあれこれ家事の一部を分担してくれているおかげだ。
判ってはいるのだけれど、そこそこ何でもできるようになってきた「家庭内労働力」をぐうたら遊ばせておくのも癪に障る。
と、言うことで、「2000円晩御飯」の提案。

子どもたちが小学生の頃、よくやった休日の遊び方。
子どもたちに2000円渡して、その範囲内で家族6人分の夕食を作ってもらう。もちろんメニューを決めるのも買い物に行くのも子どもたち。2000円以内ならお惣菜を買うのもデザートを買うのもOK。 大人は一切手を貸さない、口も出さない。
今は上の子達は大きくなったので、一人一回、一食全部を一人で作ること。
・・・・これで母は3日間、夕食作りから開放され、子どもたちには絶好の「暇つぶし」ネタを提供するという一石二鳥。

「オムライスが食べたいな。」
と、いち早く、自分が食べたいものを選んだのはアユコ。
大量のチキンライスを一度に作るのは予想以上に難題だったようで、少々薄味。けれども、薄焼き卵でチキンライスをふんわり包む手順はなかなか上手になっていて、アプコに助手を頼んでつぎつぎに手早く仕上げていく。
見た目も上出来。
材料もほとんど冷蔵庫にあるもので調達したので、費用も格安で済んだ。

「僕、シチュー!」
と最初に得意メニューをキープしたのはゲン。
買い物にも自分で行って、
「こっちのほうが安かったから」と、お買い得見切り品3玉100円のキャベツをぶら下げて帰ってきた。
大振りに切った野菜がゴロゴロ入ったクリームシチューはなかなかの出来。
ご飯の炊き方もしっかり覚えたらしい。

「何を作るかは内緒」と
最後までメニューを明かさなかったオニイ。
結局選んだのは、我が家では最近ほとんど作ったことのない「皿うどん」
子どもたちが小さい頃には、何となく子どもに不評なメニューだったのに、「それほど嫌いなわけじゃないんだけどな。」とのこと。
「キクラゲと鶉卵は必須条件。ヤングコーンが見つからなかったのは残念」とこだわりのお買い物。
野菜たっぷりの皿うどん。
上等上等。

手近に居るアプコをしっかり助手につけて要領よく仕事を進めるアユコ。
お買い得見切り品を目ざとく物色してくるゲン。
調理中に誰かが口出しすると、たちまちご機嫌が悪くなる傾向にあるらしいオニイ。
それぞれの癖や傾向がうかがわれて、なかなかに面白い晩御飯作りだった。




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2007年03月26日(月) 降臨

朝。
早々に家事を切り上げて工房へ。
昨日、あと一息のところで中断していた個展の案内状の発送準備。さっさと仕上げて集荷に来てもらわなければ。
父さんはまだまだ出品作品の制作に追われているし、前売りの作品の発送の準備も進んでいる。
皆があわただしく走り回る月曜の朝。

2階の居間で、義父と義母の話す声がして、そのあと私は義兄に呼ばれた。
ひいばあちゃんの体調が悪いらしい。いつも通院の送り迎えをしている義兄は、今とても手が放せる状態ではないので、代りに近所の医院まで送っていってくれないかとのこと。
「よし来た、合点」と急いで車を取りに自宅へ戻り、玄関先に車を止めて、その間3分。
さあ、ひいばあちゃんを連れてきて・・・と思って中に入ると、体調が悪いはずのひいばあちゃんがゆっくりゆっくり階段をおりてこられる。

「おばあちゃん、これから仕事に降りはるつもりらしい。
とりあえず病院行きはもういいわ」
ひいばあちゃんのあとを追うように降りてくる義父と義母。
あらら、せっかく車もってきたのに、キャンセルですか。
ひいばあちゃん、なにやら「兄ちゃんから頼まれた仕事をせんならんから・・・」言い張っておられるらしい。
近頃は、仕事場へ降りてこられることもぱったりとなくなって、昼間は寝たり起きたり、ぼんやりしておられることの多くなったひいばあちゃん。
何ヶ月ぶりかで土仕事をしようかと言い出されるくらいだから、多分体調もさほど悪くないだろうということで、病院行きはとりあえず中止。

さて、急にひいばあちゃんが仕事をなさるとなると、これまた大変。
ひいばあちゃんが長年指定席としていた作業場は、最近では見習いパート職人である私が間借りして使わせてもらっている。
ひいばあちゃんがいつ降りて来られてもいいように、ひいばあちゃんの仕事用の前掛けや専用の道具類はできるだけもとの場所に置いたままにしてはいるが、仕事が立て込んでくると、ついついそれを脇に寄せて作業スペースに借りることも多くなる。とくにここ数日は、数物のお皿の仕上げ仕事が立て込んでいて、新しい釉薬の容器や塗りかけのお皿があちこちに山積みになっている。
大慌てで仕事場に先回りして作業台をあけ、新しい粘土を用意してひいばあちゃんを迎える。それでもひいばあちゃんが腰掛けたときには作業台の脇に片付け切れなかった釉薬の容器がいくつか残っていて、
「なんやら、ようけ置いてあるな。」と軽くお小言。
はいはい、今片付けますとおおわらわ。

ああびっくりした。
普段うとうとと居眠っておられる事の増えたひいばあちゃんの、突然の仕事場降臨。
てきぱきと身の回りの道具類を整えて、がっちりと土塊を掴む手は力強い。何ヶ月も仕事場から離れていたというのに、つい昨日の続きの仕事に取り組むようにすんなりと土をひねり始める。作業が始まるともう、周りの人間に気を取られることもなく、ただただ作ることに没頭していかれる。
いったい、何がひいばあちゃんを仕事場へ呼び戻したのか。
どんな神様が、眠れるひいばあちゃんを揺り起こしたのか。
あっけに取られる思いで、ひいばあちゃんの写真を撮った。

近頃ではひいばあちゃんの耳はほとんど聞こえていない。
朝と夜の区別があやふやになって、大昔のことをつい昨日のことのように話されたり、今さっきあったことを忘れていらっしゃったりする。
しょっちゅう顔をあわせる人のことも、誰だかわからなくなっていることも多い。
今年で100歳。
年相応に、順調に、老いを極めていっておられるということなのだろう。

つい最近、私も「どこぞの女の人が来たはるよ」と言われた。
そばに居た義兄が私を気遣って、「ひいばあちゃんは、こないだうちの子の顔もよく判らなくなってたみたいだよ。」と言いつくろってくださった。けれども、私は義兄が思いやってくれるほど、ひいばあちゃんの言葉に傷ついたわけではない。
ひいばあちゃんの小さな頭の中にたくさん積み上げられた記憶の引き出しのうち、だんだん錆び付いて開けなくなった引き出しが増えてくる。多分、私のことを記憶してくださっている引き出しも、きぃきぃ軋んで次第に開かなくなっていくのだろう。けれども、引き出しの中身は決して消えてなくなってしまうわけではなくて、ひいばあちゃんの頭の奥の奥で私との記憶は眠りにつこうとしているのではないかと思う。
それならばせめて、泡のように消えていく今日のひいばあちゃんの記憶に残る「私」は、「なんだかニコニコしてて、気のよさそうな仕事場のおばちゃん」「来てくれるとなんとなく心地よいどこぞの女の人」でありたいと心から思う。
この家に嫁いできて17年。
厳格な先代夫人、生涯職人を貫く偉大な師匠として、ひいばあちゃんから学ばせていただいたものは、とてつもなく大きい。
そのことに報いるために私ができることは、ただ黙々と土に向かうひいばあちゃんの姿をこの目と耳と心で自分の記憶の中にしっかりと書き留めておくこと。
そんな気がしている。





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2007年03月23日(金) 磨く

春休み、前半戦は男の子組。
早々に修了式を終えて部活もお休みのオニイと、卒業式が済んで「小学生でもなく中学生でもない」宙ぶらりんなお休みを楽しむゲン。
いつもより少し寝坊して、いつもどおり登校していくアユコやアプコをパジャマで見送る。
のたりのたりと、春。

力持ちの男の子二人。遊ばせておくのももったいないと、あれこれ仕事を見つけては二人に割振る。
案内状の葉書印刷のプリンター番。
工房の土作りの力仕事。
陶芸教室の準備や片付け。
荷物運び。
そこそこ役に立つ手伝い手になって来た息子たち。

昨日からゲンが取り組んでいるのは、アプコの自転車の整備。
以前から乗っていた幼児用の自転車がすっかり小さくなって、裏の物置においてあったアユコのお下がりの自転車を引っ張り出してきた。
くもの巣がはってハンドルは錆び錆び、タイヤはぺちゃんこで、パステルカラーの前籠もなんだかちょっと煤けてる。
大丈夫かなぁ、乗れるかなぁ。新しい自転車を買わなくちゃ駄目かしらんと迷っていたら、ゲンが整備を引き受けてくれた。

くもの巣や埃をぬぐい、あちこちに油を差し、ペダルやブレーキの状態を確認する。チューブくらいは入れ替えかと見積もっていたが、タイヤに空気を入れてみたら、意外とパンクもしていないらしい。特別遠出もせず、家の周りで乗る分には、十分用が足りそうだ。
今朝は早くから、父さんにサンドペーパーを貰ってきて、ハンドルやスタンドの錆び落としをはじめた。真っ赤に赤錆びたハンドルが、薄皮をはぐように本来のシルバーの素肌をさらしていくのが面白くて、ついつい時間がたつのも忘れて作業にのめりこむ。
唇を尖らせて、ためつすがめつしながら作業に熱中するさまは、すでに立派な頑固な職人気質。最初はそばで一緒に手伝っていたアプコも、あっという間に邪魔にされて、どこかへ消えてしまった。

「どう?すっごくきれいになったやろ?」
赤錆で汚れた手をぬぐいながら、得意満面のゲンが一日の仕事の成果を皆に披露した。
ハンドルも荷台の金具もびっくりするくらいきれいになって、新品のようとは言わないまでも、ずいぶん見られるようになった。
さっそくアプコがやってきて「わぁ、ありがとう」と無邪気に喜んで乗ってみる。
その辺をぐるりと一周して、リンリンと鳴らしてみて、また降りて・・・。
「ちょっとスタンドが硬いみたい」
と言い残して、ふらりと遊びに行ってしまう。
末っ子姫の気ままさ全開。

「・・・一日、自転車磨いてやったのに、感想はそれだけかい」
ぶうぶう言いながらもスタンドのあちこちに機械油をさしてみるゲン。
いいおにいちゃんになったなぁ。




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2007年03月18日(日) 卒業

ゲン、卒業式。
朝、窓を見たら雪。
この冬初めてじゃないかしら。
ついこの間までトレーナー一枚で出かけられる程のぽかぽか陽気だったというのに、何この寒さは?
在校生が工夫を凝らして飾りつけた体育館はしんしんと冷えて、卒業式らしい張り詰めた空気が懐かしい。
卒業式日和の寒さだった。

身に添わぬ卒業式のおめかし服で身を包んで、ゲンも卒業生の列に並ぶ。
やせっぽちのオチビさんで小学校を卒業したオニイに比べて、体格だけは大柄に成長したゲン。着慣れない紺のセーターに子ども仕様のインスタントネクタイを締めただけでずいぶん大人びて見える気がする。
名前を呼ばれ、壇上に上がった卒業生は一言ずつ中学校生活に向けての抱負や将来の夢を語ってから卒業証書を受け取る。
「中学に入ったら、勉強と部活を頑張ります。」
「大きくなったらパティシエになって美味しいお菓子をみんなにたべさせたいです。」
決められた卒業式の演出とは言うものの、幼い子どもたちがまっすぐに自分の将来の夢を語り、大きな声で決意を表明する姿はすがすがしく美しい。
たとえ何年か後には、照れ笑いやほろ苦さとともに思い出すことになる夢や決意であっても。
ちなみに、ゲンの言葉は、
「僕は大きくなったら陶芸家になりたいです。」
思わず、隣の席の父さんと顔を見合わせ、「あらら、言っちゃった」と肩をすくめた。
嬉しくもあり、ちょっと気恥ずかしくもあり。
父と母。

大らかに育んでくださる先生方に恵まれ、広大な学級園や裏山など野生児ゲンの感性を満たす自然環境に恵まれ、支えたり支えられたり気持ちを通い合わせることのできる友人たちに恵まれ、ゲンにとっては本当にいい小学校だった。
卒業おめでとう。




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2007年03月16日(金) ナイフ

工房では、お皿の釉薬掛け下塗り。
自宅に帰れば、箸置きの型抜き、成形。
ここのところ、私の「パートのおばちゃん」業もほぼフルタイム。
てきめんに手の荒れが進んだ。
土の仕事を終えて、荒れた手にたっぷりとハンドクリームを塗ってから、
「ああ、晩御飯・・・」
とそのたび、舌打ち。
塗ったばかりのクリームを洗い落として夕餉の支度。
そんな毎日。

手の平を広げたほどの丸い菓子皿に透明の釉薬を塗る。
最近になってようやく任されるようになった釉薬仕事。私が一度塗りをしたものを、乾燥後父さんが同じ釉薬で仕上げ塗りをする。
透明の釉薬を使うのは、少々塗りむらが出てもそのあとの仕上げ塗りである程度修正が可能なため。新米パート職人の私には、扱いの難しい色釉や仕上げ塗りの仕事はまだまだ任せてもらえない。

元はひいばあちゃんの仕事場であった、キコキコ音のするオンボロいすに腰掛けて、素焼きの皿にたっぷり釉薬を含んだ刷毛を落とす。皿に乗った釉薬が乾いてしまう前に素早く刷毛を動かして、刷毛目が残らぬように均等に塗り広げる。
刷毛を動かすタイミングと、釉薬とCMCの調整具合が難しくて、なかなか思うように上達しない。
「いったい、何年ぐらいやったら、一人前に釉薬掛けの仕事が任せてもらえるようになるのかしら?」と、父さんに訊いたら、
「毎日その仕事ばかりやっても、3年くらい」と厳しいお答え。
家事の合間に、釉薬掛けも型抜きも荷造り仕事も雑多に請け負う雑用パートの私には果たして何年かかることか。
最初に比べていくらか上手になったかと密かに喜んでいた鼻柱を、ポキンと折られて、ちょっとガックリ。
修行の道は厳しいのだ。

今年100歳になるひいばあちゃんは、ほんの数年前までこの場所で釉薬掛けや作品の下地作りの仕事を現役でバリバリこなしておられた。最近では、耳も遠くなり、足腰も衰えて、時には昼と夜との区別がつかなくなって、仕事場に下りてこられることは滅多にない。それでも少し前までは、突然ふらりと仕事場を覗きに来られて、急に思い出したように土をひねるといわれることがあった。
そのために、ひいばあちゃんの釉薬掛け用の前掛けは今もひいばあちゃんの仕事場に置かれたまま。カンナやたたき棒などの入った道具箱も埃や土くずにまみれて、最後にひいばあちゃんが使われたときのままに置いてある。
間借り人の私は、いつも遠慮しながらひいばあちゃんの道具を少し脇へ寄せて、釉薬掛けのためのスペースをあける。そして仕事が終わると、「お邪魔いたしました」と脇へ寄せた道具箱を元の場所に戻す。
まだまだここは、ひいばあちゃんの仕事場なのだとそのたび思う。

箸置きの型抜き仕事に使う削り用のナイフが欲しいと思っていた。
薄い鋼の板を砥いで尖らせただけの陶芸用のナイフ。
父さんの仕事場にもたくさんあるのだけれど、ひょいと借りようとすると「あ、それは駄目」といわれたりする。何度も砥ぎを重ねて自分の手に合うように慣れ親しんだ手元の道具。傍目にはどれも同じに見えるのだけれど、使用する本人にとっては微妙な使い勝手というものがあるのだろう。
型抜き仕事をたくさん請け負うようになって、私もそろそろ自分の手に合う自分の道具が欲しいと思うようになった。

埃だらけのひいばあちゃんの道具箱の中身に初めて触れた。
土のついたままのカンナやヘラの合間に、先が丸くなるほど使い込まれた肥後守刀や板状のナイフも何本も見つかった。
板状のナイフのもち手部分には、ガーゼの布が巻きつけられビニールテープで補強されている。使い勝手がいいように、ひいばあちゃんが自分で工夫してつけられたものなのだろう。ひいばあちゃんの手の形に持ち手が汚れたナイフは、いい具合に磨耗して使い心地がとてもよさそう。
長年使い込んだ道具の親しさが、手に優しい。

「このナイフ、もらってもいいかなぁ。」と父さんに訊く。
もう何年も触れられていないひいばあちゃんの仕事道具。
そろそろ、ぺーぺー職人の私が譲り受けてもいい頃かもしれない。
「ナイフ一本くらいなら・・」とのお許しを受けて、ひいばあちゃんのナイフを自分の道具箱に移した。
「ナイフ、借りてくね」と声を掛けても、その言葉が聞こえているんだかいないんだか、ひいばあちゃんはにこにこ笑って頷いておられる。
「そろそろ、いいよ」の笑顔なのか、「早く一人前になりな」の頷きなのか。
ありがたく押し頂いて、大先輩の道具を譲り受けた。



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2007年03月08日(木) バイト君

冬に逆戻りの寒さ。
アプコが熱を出した。といっても38度を超えたり超えなかったり。
ゴロゴロしてはいるが、意外と元気そうで食欲もあるのでインフルエンザではないと勝手に判断。学校へは「風邪」と連絡しておいた。
小学校ではすでに学級閉鎖が3クラス。

昼間、スーパーで夕飯の買い物。
ワゴンに積まれていた3割引シールのついた青菜を籠に入れる。
他にも牛乳やらお肉やら、数点選んでレジに並んだ。
比較的短い列に並んだが、前に進むのが他より遅い。
なんでかなと覗いたら、レジ係は多分アルバイトの新人さん。それも、見るからに学生アルバイトらしい、若いかわいいおにいちゃんだ。

私の番が来て、バイト君はマニュアルどおりのご挨拶を恥ずかしそうにつぶやきながらバーコードのある商品をレジに通し始めた。手際はよくないが、初心者の真面目さで品物の扱いは丁寧だ。むしろ丁寧すぎるくらい。
で、最後に3割引シールのついた菜っ葉を手にしたところでバイト君の手がぴたりと止まった。
周りを見回し、他の先輩店員の助けを求めるようなそぶりをしたが、それもやめて、手打ちのほうのボードをあちこち眺めている。
3割引の処理の仕方がわからないのかなと思っていると、バイト君、ちょっと節目がちにこちらに菜っ葉を差し出して、
「すみません、これ、なんですか」

「あ、それは小松菜。」
生鮮品の野菜はバーコードのついていないものが多く、レジ係りの人が手打ちのボードのほうで商品名を探して打ち込む事になっているらしい。
バイト君、その菜っ葉の名前がわからなかったのだ。
「す、すみません。」
急いで小松菜の名前を探すバイト君。
すぐ後ろに並んでいたおばちゃんが、
「にいちゃん、勉強せなあかんなぁ。」と茶々を入れて笑う。
恐縮してレジに向かうバイト君の猫背が妙に可愛らしくて、
「ま、きっとうちの息子も、知らないと思うよ。」
と、笑いをこらえてフォロー。
なんだかとても楽しい気持ちになった。

確かになぁ。
毎日口にしている野菜だけれど、自分でお料理しない若者たちに小松菜とほうれん草の区別はつかないわねぇ。
あとでオニイやゲンにも訊いてみよ。




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