月の輪通信 日々の想い
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今日は七夕。 私たちの住む町は「七夕ゆかりの地」が自慢の町。古くからの地名や遺跡にも「星田」「天の川」「織物神社」など星や七夕にちなんだものがたくさん残っている。 地域や学校など七夕にちなんだイベントがあちこちで行われる。いろんなところで短冊が配られ、子どもたちはたくさん願い事を書いて、あちこちの笹飾りにつけさせてもらう。 去年からは小学校のすぐ近くで、市の主催の大きな七夕イベントが開催されるようになった。模擬店が出て、近くの天の川沿いに手作りの竹の灯篭がずらりと並んで点灯される。
アプコはずっと前からこの日を楽しみにしてきた。 学校では、七夕集会が行われて各学年が日頃練習してきた合唱や合奏を披露する。 夜はお祭りに行って、模擬店のかき氷が食べられる。 折り紙や金モールを惜しげもなくもらって、七夕飾りや短冊をこしらえるのも楽しくてたまらない。 アプコにとって七夕は、なくてはならない夏の一大イベント。 「早く七夕にならないかなぁ。」と指折り数えてその日を待つ。
一方、母にとっては今年の七夕は大忙しの殺人的スケジュールの一日だった。 朝から小学校の七夕集会参観。 午後からはオニイの学校の保護者懇談会。 夜はゲンの剣道送迎。 これにゴミ出しだの生協の荷受けだの、些細だけれど抜けられない雑事もあれこれ目白押し。 おまけに夜のお祭りに行かせるためには、行き帰りの送迎も必要だ。 頼みの父さんは個展中で協力は望めない。 お祭りも剣道も行かせてやりたいし、七夕集会も懇談会も出席しておきたい。 どうする、どうする。
昨日一日、この日の時間のやりくりに四苦八苦していた。 一日のスケジュールを紙に書き出して、誰かに代わってもらえるところは代わりの人を手配して、練りに練ったこの日の行動スケジュール。 分刻みの綿密な予定表を手に考えた。 「いっそ、ゲンが『剣道休んでお祭りに行きたい』と言い出してくれたらなぁ」 「いっそ大雨が降って、七夕祭りが明日に順延になったら助かるのになぁ。」 天気予報によると7日午後からの降水確率は50パーセント。 これもまた微妙なところ。
ふと見るとさっきまで折り紙で七夕飾りを作っていたアプコが、ティッシュペーパーを丸めてなにやら熱心に拵えていた。 「それなぁに」ときくと、「てるてる坊主。明日お天気になりますようにって。」という。 「お母さんは雨が降ったほうがいいかもなぁ。お祭りが8日になったら、みんなでゆっくり見にいけるもん」 といじわるをいったら、アプコ、急に生真面目な顔になって、こんな答えが返ってきた。 「だって、織姫と彦星は一年に一回しか会えないんでしょ? 雨が降ったら会えなくなっちゃうからかわいそう。」
そうでした、そうでした。 七夕は織姫と彦星の遠距離恋愛がたった一日かなえられる大切な日。 お祭りも七夕集会も、本来はそのおまけだったね。 忙しい忙しいにかまけて、肝心のことを忘れてました。 アプコにとっての七夕は、きらきらの笹飾りや模擬店のかき氷の楽しみだけじゃなかったんだね。 そうでした、そうでした。 母、猛烈に反省。
今日、アプコは夕方までKちゃん母にお祭りに連れて行ってもらって、夜はアユねえといっしょに模擬店でヨーヨーつりや金魚すくいをした。 夜道のお迎えは、オニイが買って出てくれた。 ゲンにいちゃんと一緒にお風呂に入って、あて物でもらった水鉄砲で遊んでもらった。 母が忙しく走り回っていても、アプコはオニイオネエに守られて七夕のお祭りを存分に楽しんでくることができる。 楽しいはずだね、アプコの七夕祭り。
心配したお天気もてるてる坊主の効果てきめん。 笹飾りも濡れずにすんだ。 空の天の川では、年に一度のランデヴーが果たされただろうか。
父さん。個展初日。 先日の5人展からあまり日があいていないので、さすがに少々グロッキー気味。 頑張れ父さん。もう一頑張り。 しっかりテンション挙げていこうぜ。
午後、アプコを迎えに行く途中、工房の前で私の目の前を何かの虫がぶ〜んと飛んで道端の木に止まった。よく見ると小型のクワガタムシの雄だった。ゲンが喜ぶだろうなと思ったけど急いでたのでそのまま通り過ごした。 途中ゲンにあって、「クワガタいたよー」と言うと、ゲンは家まで走って帰って探しに行ったらしい。 アプコを迎えて帰ってくると、ゲンがオニイの自転車に乗ってやってきて「どの木ー?どこにいたのぉ?」と訊く。一緒に見に行ったけどもうクワガタはいなかった。
3人で家に帰るとオニイがプンプン怒っていた。どうやらゲンはオニイの自転車を勝手に拝借してきていたようだ。 オニイの自転車は今日ちょうどブレーキワイヤが切れていて、修理に行こうと思って外に出たら自転車がなくてビックリしたらしい。 「クワガタが気になってとっても急いでいたから」と言い訳していたけれど、珍しくオニイはとても腹を立てていて、ゲンをきつく叱った。 ゲンはクワガタを取り逃がしたのと思いがけずオニイにきつく叱られたのとで悔しくて、プンプンしていた。
オニイが自転車やへ行っている間に、ゲンに何故オニイがあれほど怒っていたのか、あれこれ話をする。 玄関先に止めた自分の自転車が消えていたらビックリするし、たまたま今日はブレーキワイヤが切れていた。知らずに乗ったゲンが怪我でもしたらと心配もしただろう。 いろいろ話して、ゲンもようやくオニイの激しい怒りを納得して、オニイが帰ったら改めて謝ると言った。
帰ってきたオニイはすっかり怒りも醒めていて、ゲンのごめんなさいを聞くと「ん、じゃ、この話はもう終わり」と話を切り上げた。 あとからゲンがやってきて、「お兄ちゃんって、ぐずぐず尾を引かないでさっと話題が変えられるところがすごいよな。さすが高校生、大人じゃんって感じ。」と感心して言う。
そうそう、それがオニイのいいところ。 偏屈そうに見えて、あれで結構弟妹たちには優しいんだよ。 でもね、怒られた訳を理解できたら「ちゃんと謝ろう」といえるゲン、アンタもえらい。 お兄ちゃんのことを「大人じゃん」って素直に思えることもね。 ああ、ほんとに賢い兄弟。 母さんはうれしいよ。
朝、大雨だったので、「今日は長靴はいたら?」と勧めた。 「今日はきっと一日中雨よ。」と渋るゲンにも長靴を履かせた。 アユコも自転車をやめて歩いて登校していった。 オニイも自転車の前カゴのカバンをしっかりナイロン袋で武装していった。 ・・・と思ったら、このお天気。 からっと晴れたり、曇ったり。 しょぼしょぼ降ったり、また晴れたり。 わずかな晴れ間でも洗濯は干したいところだけれど、がっぽがっぽと長靴を鳴らして出かけていったゲンに申し訳ないので、今日は部屋干し。
父さんの個展。 昨日、搬入完了。明日、初日。 ぽっかり空いた今日は久々の休日? 「今日はなにして遊ぶのぉ?」と訊いたら 「ちょっと出かけてくるかも。調べたいこともあるし、大きい本屋へも行きたいし。」というお答え。 あ、そうと聞き流していたら、お昼過ぎ、ほんとに父さんはふらっと出かけていった。いつもなら「駅まで車で送って」とか言うのに、今日は黙って一人で徒歩で。 なんか変だなぁと思ってた。
夕方、帰ってきた父さんを車でお迎え。 「実はね、映画観てきた。ダヴィンチコード・・・。」 前からぜひ見たかったんだとか、明日から個展が始まるとまた時間が取れないからとか、ビデオ化されるまで待てないんだとか、父さんの言い訳が続く。 いいじゃん、映画くらい。休みの日に一人で観にいったからってそんなにあれこれ弁解しなくたって。
決まった休日というものがない職業。 皆が眠っている時間にもこつこつ夜なべ仕事が続いたり、世間が忙しく働いている平日の昼間にぽっかりと窯待ちの休みができたり。 やってる仕事の内容も、見ようによっちゃぁ、日がな一日好きなことを気楽にやってるようにいわれちゃうこともある。 ホントは働きアリみたいに歯を食いしばって仕事をしていることもあるのにね。 だからたまの休みに映画を楽しむくらいくらい、誰にも気兼ねせずに堂々といけばいいのに。
家族とか、窯とか、仕事とか、地域や社会のしがらみとか。 今の父さんには、自由な気晴らしを縛るものがたくさんあるんだろうなぁ。 「好きにしていいよ」 「たまには遊んでこなくちゃ、いいものが作れないよ。」といいながら、父さんの両肩にずっしりしがみついているに違いない私や子どもたち。 多分、私たち家族が父さんにとって一番重い首枷だろう。 すまないねぇ。 夫を自由に泳がせて、悠然と家庭を守る内助の功にはまだまだ程遠い。 妻にはちょっと苦い。 夫の内緒のお出かけ。
いい天気。 朝から干し物に忙しい。 子どもたちの靴、傘、バスマット、アプコのおねしょ布団。 貴重な洗濯日和だというので、人数分のバスタオルも全部洗った。 まだ洗濯機がガラガラ回っている。
「ああ、そうそう、今日はゴミの日!」 家中のゴミを集めて回収場所に出して、それから工房とおばあちゃんちのゴミを出しに出る。 回収場所と工房の間をあわただしく走り回っていたら、お隣のMさんが 「おはようございます。あれもせんならん、これもせんならんで忙しいことですねぇ。」 と笑っている。 「日が照っている間にあれもこれも干したいもんだから、ついつい走り回ってしまうんで・・・。」と私も笑って言い訳をする。 よほどせかせか忙しそうに見えたんだなぁ。
ジーンズもシャツも靴下も干した。 ベランダは満艦飾。 えいやっと居間の敷きマットも洗った。 グラウンドに翻る応援旗のように、大きなマットが風にはためいている。
「若いっていいわねぇ。ちゃっちゃと思うように動き回れて・・・。年をとってくるとやらなければいけないことはいっぱいあるのに、もたもたしてちっとも片付かないわ。」 そんなに悲観するようなお年でもないのに、Mさんはゴミ袋をさげてタッタカ走る私をみてまぶしそうにそういわれた。 「ちゃっちゃと」なんてとんでもない。 モタモタ、トロトロで片付かないからせかせか走り回っているだけなのだけれど、年配のMさんからみると「若いっていいわねぇ。」と見えるのだろう。 忙しい忙しいといいながらも、これといって病気をするでもなく、あわただしく家事にに走り回れることの幸いを改めて思う。
今日は父さんの次の個展の搬入日。 昼からは、焼きあがった作品に出品リストの番号を貼り、梱包材で包んで荷造りをする大仕事が待っている。 ちゃっちゃと家事を済ませて工房へ出動しなくては。
ベランダの応援旗はたった30分でもうほとんど乾いてしまった。 大きく風を含んでこいのぼりのようにふわりと泳いだ。 「今日も元気。」 お日様、ありがとう。
父さん、新しい個展の締め切り間際。 滑り込みの本焼きの窯の合間に、額屋へ出かけたりDMを配りに出たり。 いつものことだけれど、最後の最後まで粘る、粘る。 この間の5人展からまだそれほど日も経っていないのに、新しい作品に次から次へと手を出して、 「時間が足りない!新しいアイデアがどんどん沸いてくるのに、それを形にする時間が足りないんや!」と釉薬や埃でくたくたになった髪をくしゃくしゃ掻き揚げながらこぼしている。 父さんの場合、アイデアの神様はいつも締め切り前ぎりぎりの数日前に突然降りてくるらしい。 出品リストができ始め、額装の手配や荷造りの準備であわただしくなる頃になってようやく、「もっと作りたい!」「もう一回、試したい!」が怒涛のように沸き起こるらしく、七転八倒しながら搬入日を迎える。
「アイデアって言うのは、なんか違うこと考えてるときとかに、いきなりボワッと浮かんでくるものやからな。」 とわかった風なことをいって父さんを慰めるのはゲン。 確かにゲン自身の発想の面白さは、なんでもないところから突然沸いて出たかのような意外性の賜物。「いきなりボワッと」は彼自身の実感なのだろう。
「とりあえず間に合わなかったアイデアは次の個展のときのために置いておいたら?」 子どもの駄々っ子を諭すように、理屈のとおった提案で父さんの嘆きに応えるのはアユコ。何事にもきっちり事前に計画を立てて、決して無理をしない変わりに大きな失敗もしない。かっちり几帳面なアユコには父さんの気まぐれな芸術家魂は理解できない。
「ねぇねぇ、おとうさん。あたしね、こういうの作るときれいやなぁと思うの」 父さんの焦りやイライラを介さずに、あっけらかんと自分で考えた新しい作品のアイデアを父さんに提案するアプコ。 オイオイ、場を読め、アプコ。
「まぁ、ありがたいことやね。 『アイデアが枯れて、次の創作意欲も沸いてこない』なんてのより、ずっと贅沢の悩みじゃないの。」 私はいつものように、父さんのくしゃくしゃになった髪を撫で付けて言う。 「あーだこーだといいながら、結局父さんは最後の最後でちゃんと間に合わせることができる人なんだから。 大丈夫、大丈夫。 たくさん働いて、偉い、偉い」
もう十分に走りきって、これ以上頑張りようもないのに、あと一歩、あともうちょっとに手が届かないもどかしさ。 個展のたび、毎度毎度やってくる締め切り前の父さんのジレンマ。 これといって手を貸すこともできず、よしよしと父さんの頭をなでる妻。 進歩のない夫婦だなぁ。
父さん、心斎橋大丸で展示会会期中。 茶釜、蒔絵、木工、組紐などの先生方との5人展。 ジャンルも作暦も違う先生方との合同展は何かと気の張ることも多いようだけれど、会場に来てくださるお客様の中には、思いがけないご縁で繋がっている方がいらしたりして、色々と触発されることも多いようだ。 昨日はアユコとオニイが会場を訪れた。 今日は、朝剣道の送迎を終えてから、私が会場を見に出かけた。 いつもの展示会とは違って、陶芸以外のいろいろな種類の工芸の作品を一度にみせていただいて新鮮な刺激を受けた。
昼食は百貨店を出て、にぎやかな飲食店街で久々の外食。 父さんが前からぜひ一緒に行きたかったという老舗のうどん屋さんを目指す。その店は久中座のとなりの「今井」。かつては亡き藤山寛美さんも贔屓にしていた店だという。 2002年の中座の火事の際に延焼の被害を蒙って、店舗の上階が焼け、秘伝の秘伝の料理分量帳も焼失したと聞く。 実は十年ほど前からこのお店の店内に父さんの作品が飾られていることを人づてに聞いていて、父さん自身も何度かそのお店に「偵察」に出かけたりしていた。大きな一抱えもある山並の花器で、季節の花を模した造花がふんだんに活けてあったという。 中座の火事の一報を聞いたとき、父さんが真っ先に気になったのは、その自作の花器のことだった。いつも店内に飾られていたという。果たして焼けずに持ち出してもらえたのだろうか。 翌年、営業を再開されたと言うことはニュースで聞いたが、再びその店を訪れることなく数年が過ぎた。
陶芸家がいったんお客様の手に渡り、時間の経った作品の行く末を耳にしたり、自分の作品が飾られている現場を訪れたりする機会は意外と少ない。 精魂込めて作り出した作品もひとたびお客様の手に渡ると、木箱に入れたまま大事にお蔵にしまわれているのか、いつも人の目に触れて愛しんでいただける所にかざっていただけているのか、はたまた破損したり持ち主を失ったりして不遇の余生を送っているのか、確かめるすべはない。 まさに大事に育てた愛娘を連絡も取れない遠い異国に嫁にやる親の心境。 それだけに、火事で焼け出されたという悲運な所在を追う事のできた「山並花器」の消息が格別気になっていたのだろう。
お昼時の活気のあるその店内に入ると、 「あった!」 奥行きのある細長い店内の中ほどにの小さな飾り台の真ん中に、父さんの作った花器は確かに飾られていた。 色とりどりの紫陽花の造花をたっぷりと活けられて。 「よかったなぁ、助け出してもらえて。」 「まだ、いい場所に飾っていただけているんやなぁ。」 嫁入り先で不遇の災難にあった愛娘の穏やかな「現在」にほっとする父さん。 頂いたきつねうどんのちょっと甘口のおだしの味が、ひときわ美味しく暖かく感じられた。
「額屋、行くけど、乗ってく?」 と父さんが帰ってきて言う。 展示会に出す陶額用の額縁の注文のために、いつもの額屋さんへ行くのだと言う。最近父さんの展示会では小型の陶額がよく出るようになって、そのたびにこの額屋さんで特注の額縁を注文する。額屋のOさんは父さんの大学の後輩で、締め切り間際の滑り込みの注文にも陶額仕様の無理なカッティングにも丁寧に対応してくださって、ありがたい。 金曜日がそのOさんの出勤日ということで、展示会前の金曜日にはなんとなく「額屋ドライブ」の機会が増えるのだ。
格別買い物があるわけではないけれど、「うんうん、乗ってく!」と家事をいい加減に切り上げて父さんの車に便乗する。 個展前で徹夜続きの父さんの運転の見張り番を口実に、気分転換がてらの小ドライブ。 必ず持って出るのは父さん用の買い置きの缶コーヒー。
父さんが額屋で打ち合わせをする間、私は近くのスーパーに下ろしてもらって買い物。 普段あまり立ち寄ることのないスーパーの棚に並んだ食品は、見慣れた商品でもなんとなくものめずらしく感じたりして、日頃買うことのないスモークサーモンだとか、紫玉ねぎだとか妙な物ばかり脈絡もなく籠に入れているのに気がついて一人で苦笑する。 大盛りキュウリと青ねぎを買い足して、店を出たところでふと目に付いたのは急な雨に備えて売られているカラフルな雨傘。 安売りのペットボトル飲料や缶詰の棚の間にこそっと置かれた傘のなかには、婦人用の傘に混じって子供用の小さいサイズのビニール傘も並んでいる。ちょうどアプコが新しい傘が欲しいと言っていたのを思い出して、白地に赤やピンクのさくらんぼ模様の傘を選んだ。 さっき通ったばかりのレジに支払いに行くと、レジのおばさんが「まぁ、かわいい傘!」とにっこり笑った。 「いいわねぇ、うちは女の子がいないからこういうものを買う楽しみはなかったわ。」 「そうねぇ、男の子はしょっちゅう傘壊してくるけど、買うのは色気もそっけもない傘だものねぇ。」 とこちらも笑って応える。 ほんとにそうだなぁ。 こういうかわいいものを気まぐれに選ぶ楽しみ。 娘あってこその楽しさだったなぁと改めて思う。
アプコが今使っている傘はアユコのお古の赤いタータンチェックの傘。 アユコがとても気に入って大事に使っていた傘は、2代目のアプコに引き継がれてもまだまだきれいでどこも壊れていない。 「アユ姉ちゃんの傘」を大事に使っていたアプコも、そろそろ自分好みの新しい傘が欲しくなって来たらしい。 さくらんぼ模様のパステルカラーの傘はまさにアプコ好みの愛らしさ。きっと喜んで、明日の朝の雨を楽しみに待つことだろう。 そういえば、いつもお下がりのアプコにとっては、この傘は初めて自分用に買い与えられる傘。 気に入ってくれるといいなぁ。
久々に七宝教室。 道中暑くて参る。 都会の街路はなんて暑いのだろう。コンクリート詰めの固い地面も埃っぽい排気ガスだらけの空気も、じりじりと焼けるようで、その人工的な気配すらする異常な熱さに空恐ろしくなる。 まだ梅雨時だというのにここのところの晴天続き。 クールビズとかいうけれど、ネクタイ背広のおじさんたちも結構いて、都会の人は辛抱強いなぁと思う。
七宝のF先生は、86歳になる老婦人。オフィス街の真ん中に一角だけ取り残されたような一軒家で一人暮らし。 「あんまり暑いんで、今日は水茶にしてみましたよ」 と3時に出してくださったのは鶴屋八幡の焼き菓子と氷水で立てたお抹茶。ありあわせのガラスの器に涼やかに氷を浮かべて。 「氷はさっき裏の冷蔵庫まで取りに行ってきたのよ。」 裏の冷蔵庫とは近所のコンビニのこと。こいう当意即妙のもてなしが出来るのはやはり都会の人の特権だなぁ。
5時過ぎ、Kちゃんちで遊ばせてもらっていたアプコを連れて帰宅すると、珍しくアユコとオニイも揃って帰ってきていた。お土産に買ってきたサンドイッチをみなで分けて食べようと思ったらゲンがいない。 居間にランドセルとプールバッグが乱暴に投げ出してあるのでいったんうちへ帰ってきたことは確かだが、オニイもアユコも姿は見ていないという。 どうせその辺で遊んでるんだろうと思って放っておいたら、6時過ぎても一向に帰ってくる気配がない。 門限もかなりすぎているのでどうしたことかと心配になって外へ出る。自転車も置いてあるので遠くに行ったのでもなさそうだ。
「どうせまた、山なんじゃないの」とアユコがいうので、遭難でもしてやしないかと見に行ったら、果たして、滝の手前の浅瀬でかがみこんでいるゲンを発見。 川に入って何かを一心に獲っているらしい。 「こらぁ、ゲン!何時だと思ってるんだよぉ!」 と遠くから呼んだら、ゲン、ビクッっと飛び上がるようにして顔を上げた。 「うわっ、ビックリした!魚獲るのに夢中だったから。 ・・・え、もう6時過ぎたの?明るいからまだ5時前かと思った。」 聞けば、学校に小さななまずを持ってきた子がいて、なまずは肉食だからエサ用の魚がいるといわれて魚とりに来たのだという。小さなめだかのような小魚を短い網で追いかけているうちにこんな時間になってしまった。 「でもちっちゃいちっちゃいナマズなんだ。こんな魚、きっと食べられないよねぇ」といいながら、バケツの中の釣果を嬉しそうに見せてくれる。 屈託のない笑顔に叱るのも忘れてしまう。
よく「日が暮れるのも忘れて遊び興じる」というけれど、今日のゲンはまさにそれ。竜宮城で楽しく遊んだ浦島太郎のように、顔を上げて見ればすっかり門限を過ぎてしまっていて愕然としている。 「行き先も言わないで、いつまでも遊びほうけていたら心配するじゃないの」と一応は叱ってみるものの、時間を忘れて魚とりに熱中するゲンの天真爛漫が愉快で仕方がない。
先週末、「心を入れ替えて勉強するわ。」と自ら宣言したオニイが、その舌の根も乾かぬうちに友達と遊ぶ約束をしてきて、「ちょっと自転車の修理に行ってくる」と嘘をついて遅くまで帰ってこなかった。ついでにつかなくてもいい些細な嘘をいくつか重ねて吐いたものだから、父さんと二人でコンコンと説教をした。今朝になってもまだ、オニイの不機嫌は名残を残していたように思う。。 親の意向を先の先まで慮って、従順に育ってきたオニイにもまた「反抗期」という奴が到来しそうな雰囲気だ。 高校に入って、行動範囲も友達関係も広がって、親の知らない世界を自由に泳ぎ回ることがだんだん楽しくなってくる年齢だ。オニイの行動の全てを把握して、親の管理のもとにおくのは無理な話。 大人半分、子ども半分の高校生は、その引き綱の長さの加減が難しい。
「ゲンはええなぁ。一日遊びほうけて、楽しそうやなぁ。」とオニイがゲンを恨めしげに眺めている。 時間を忘れて川遊びに興じ、「腹減ったー!」と晩御飯を山ほど喰らって、眠くなったら寝る。 野生児ゲンの道楽な一日が、忙しいオニイには極楽にみえるようだ。 アンタだってほんの数年前まで同じ様なことをして能天気に生きていただろうに。 多分オニイにとってうらやましいのは、ゲンの徹底した遊びっぷりではなくて、そんなゲンの門限破りを叱りながらもどこかで面白がって見守っている母の鷹揚なのだろう。 仕方がないよ。 なんと言ってもゲンはまだ小学生だ。
風呂上りのほかほか湯気のあがるアプコを捕まえて爪を切る。 何故だかアプコは爪が伸びるのが特別早い気がする。 ちょっと油断をすると、桜色の薄い爪がにゅっと伸びて「鬼の爪!」になってしまう。 毎月一度の体重測定の日には、保健室の先生が爪のチェックもなさるのだけれど、「アプコちゃん、爪切っておいで。」と指摘されることもしばしば。 ありゃりゃ、ごめんごめんと慌てて爪切りを探すことになる。
ちょっと前まで‥‥、そう、上の3人の子どもたちがまだ幼い頃には、それこそ2日にいっぺんは誰かの爪を切ってやっていたような気がする。 テレビの前にどっかと座り、丸いゴミ箱を抱え込んで、「ちょっとおいで」と手近な子どもを引っ張ってきて、パチンパチンと爪を切る。 つい2,3日前、誰の爪を切ったんだか判らなくなって、「あ、アユコじゃなかった。じゃあ、オニイかな。」と交代したり、片方の手の爪を切ったところで誰かに呼ばれて、もう片方の爪を切り忘れたままになってしまったり、取り合えず毎日のように誰かの爪を切っていたように思う。 あの頃、オニイやアユコの爪もまだ薄く小さくて、赤ちゃん用の小さな爪きりでも十分切れそうな儚さだった。そして、子どもたちの手も小さくて、ぎゅっと握ると私の手の中にすっぽりと納まる暖かい手だった。
いつの間にか、子どもたちは自分で自分の爪を切るようになり、オニイやアユコの手をぎゅっと掴んで爪を切ってやることはなくなった。時々ゲンがアプコに便乗して「ついでに僕のも切って」とにゅっと手を出すこともあるけれど、がっちり大きくなったゲンの手はもう私のちんまりした手の中には納まり切らない。幼児の手の心地よい丸さはなくなり、ごつごつといかつい指は少年らしい楽しみをたくさん知っているたくましい手になった。
母として、始終チェックして短く爪を切ってやらなければならない手はたった一人分になったというのに、なんでアプコの爪はしょっちゅう切り忘れるのだろう。この辺がやはり、末っ子育児のいい加減さの表れだろうか。それとも本当にアプコの爪の伸びるスピードが、他の兄弟たちより格別早いのだろうか。 おまけに、アプコの爪の先はいつ見ても黒い。 寸暇を惜しむように遊び戯れるアプコの爪の先には、なんだか知れない黒い汚れがいくら洗ってもしょっちゅう挟まっていたりする。
「お母さん、なんで、爪の間に黒いの溜まるのかなぁ」 短く切りそろえたばかりの爪の先をしげしげ眺めながら、アプコは小首をかしげて私に訊く。 「さぁねぇ、たっぷり遊んでくるせいかしらんねぇ? それとも、汗を掻く季節になって、アトピーさんをぽりぽり掻くせいかしらんねぇ?」 アプコの問いを笑ってはぐらかしながら、私はアプコの黒い爪がいとおしくてならない。それは毎日泥んこ遊びやおままごとなどの外遊びを楽しみ、工作やお絵かきに熱中する子どもらしい時間をたっぷり味わって日々をすごしていることの証。 こんな風に幼い手をぎゅっと掴んで爪を切ってやることも、いつ見ても黒く汚れた爪先を見ることも、あと数年で終わりになるだろう。 それは我が家の子育てのステージが、また一つ幕を下ろして新しい場面に移ると言うこと。
この間、居間で思いがけず堅い棘を踏んだ。 おそらくは子どもたちのうちの誰かが飛ばした爪切りの爪。 すっかり大人の爪の堅さで、私の足の裏にささやかな痛みをもたらした白い三日月はオニイの足の爪だったのだろうか。 日ごとに青年らしい気難しさを増していくオニイの堅い爪もまた、アプコの薄い爪と同様、いとおしい。
アユコが持ち帰ってきた愉快な話。
学級レクレーションでグループ対抗のリレーとクイズ大会が行われたそうだ。その優勝チームへの賞品として、担任のK先生が「パス券」なるものを提案されたのだと言う。 授業中、先生にあてられても、一回に限り発言を「パス」することが出来る免罪符。 折りしも、今週土曜日は参観日。 参観授業に当たっている社会科の時間に「パス券」が利用できるようにと、学級委員の子どもたちに社会科の先生と直接交渉してくるようにおっしゃったのだと言う。 茶目っ気たっぷりのK先生の提案とそれを大真面目に交渉に赴く学級委員を面白がって、社会科の先生からのOKも出てたらしい。 レク当日、K先生手製の「パス券」が本当に発行されたという。 優勝チームに渡された「パス券」には、トレードマークであるドラえもんのイラスト入り。 参観日の社会科の授業でこのパス券が本当に効力を発するのかどうか、子ども達以上に母は楽しみにしている。
アユコの担任のK先生は楽しい人だ。 時々、こんな風に思いがけない提案をして、生意気盛りの中学生たちを驚かす。その発想は、ユニークで、どちらかと言うと教師というよりやんちゃ坊主のいたずら感覚。その愉快さがまた子ども達の興味を引くらしい。 そのユニークな発想や生徒たちの心を掴む掌握術が、教師としての優れた指導能力からくるものなのか、それとも天然のいたずら心からくるものなのかはまだ判らない。K先生のとっぴな言動をいちいち面白がって報告してくれるアユコにも、そこのところの判断がつきかねているらしい。 つまるところ、K先生自身の持つユーモアや愉快なお人柄がそのまま日々の指導に生かされているということなのだろう。 ああ、愉快、愉快。
いやだなぁと思ってることや、ちょっと面倒だなと躊躇してしまうこと。 日常生活の中のたわいもないストレスをにっこり笑って拒絶できる免罪符。 そういうものが本当にあったらいいなぁと思ってしまう今日この頃。 どなたか私にも「パス券」、ください。
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