月の輪通信 日々の想い
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朝、剣道。 道場まで車で送ろうとしていたら、久々に稽古に参加するオニイが 「今日は、後半の稽古にも残りたいから、僕は自転車で行くわ。」 と言う。後半の稽古に参加できるのは中学生以上。子ども稽古だけで帰るゲンと迎えの時間がずれるのを気遣ってのことだろう。 剣道着の上に上着を引っ掛け、ごつい手袋をはめてワシワシとペダルをこいで坂を下っていく姿は颯爽としていてなかなかイカしてる。 大きくなったなぁと感慨にふけっていたら、助手席のゲンが「なんか、お兄ちゃん、かっこいいやんな。」とつぶやいた。 ひょろひょろ痩せっぽちでオタクなオニイだけれど、小学生のゲンにとっては高校生になろうとしている4つ年上の兄がちょっと大人に見えるのだろう。 この間は車で、オニイが通うことになるかもしれない高校の前を初めて通って、「オニイはこんな遠くまで自転車で通うことになるのか」と驚いていた。 「お兄ちゃんってすごいなぁ。」と思う気持ちが、素直に賞賛の言葉になってこぼれでるゲンもなかなかいい。 よい弟だ。
途中、オニイを追い越していくときに、車を路側に止めて重い防具袋や嵩張る竹刀袋を車につんで運んでやろうかと聞いたら、要らないと言う。 「これ持ってないと、剣道着で自転車乗っててもカッコつかないし・・・」 と言うことだそうだ。 確かに手ぶらで剣道着姿ってのは間が抜けている。重い荷物もオニイなりのええカッコしぃの一部なのだろう。
高校生になっても、オニイはまだ剣道の道場には通うつもりらしい。 もうながいこと愛用している防具や防具袋も小さくなってそろそろ買い替え時だ。竹刀袋ももう一つ長いサイズの竹刀を使うようになったら、新調しなければならない。 「高校生になっても剣道を続けられるようなら、新しい物を購入しよう」と言っていただけに、避けられない出費か。 それでも、考えてみれば小さい頃、ちびっ子のヘナチョコ剣士だったオニイが、良くぞここまで稽古に通い続けた。 偉い偉い。
剣道から帰ってくるとアプコが、ピンクの自転車で家の前の道をびゅんびゅん走り回っていた。こまなし自転車に乗れるようになったのがうれしくてたまらないのだ。 アプコの自転車は、従姉妹からお下がりのキティちゃんの幼児用自転車。ハンドルは錆びているし、この間転んでペダルは半欠けになってしまったが、アプコはそんなことはいっこうにお構いなし。自分でこぐ自転車のスピードに自分で酔っているのだ。 ぐいぐいペダルを踏むことで、どんな遠くへでもいけそうな、どんな速い自動車にの追いつけそうな、そんな晴れやかな気持ちになる。 子どもにとっては自転車って、そういうものだったのだということを急に思い出した。
小5の男の子が先生に叱られて自殺したのだという。 TVで少年の叔母という人が学校の対応について抗議していた。 ことの詳細は多分当事者でなければわからない。推測であれこれ論評するのはイヤなのだけれど。
パソコンしながら、ニュースを小耳にはさんでいたオニイが 「小5で『死にたい』なんて、ほんとに思うのかな。馬鹿だな。」 というような意味のことを言った。 そばで聞いてた父さんと私が即座に反応して、 「小学生にだって死にたいと思っちゃうことってあると思う。『馬鹿だな』とは思えない。」 と同時に反論した。オニイ、両親の反応にちょっとびっくり。
大人が考えるような「死にたくなって当然」という状況に陥っていたかどうかは別として、小学生にだって「もう死んじゃいたい」と思う気持ちや「死んでやる!」と怒る気持ちになることはきっとある。 父さんは、小学生の頃、コンプレックスやら何やらで毎日のように「死にたい」と思っていた時期があるという。 私だって、友達との些細なトラブルや失敗で「死んでしまいたい」と思ったことがある。悲劇のヒロインの心境で、原稿用紙に遺書めいたものを書いてみたが、習ってない漢字に振り仮名をつけている自分に馬鹿馬鹿しくなって死ぬのはやめた。 去年、怒りのあまり雨傘を引きちぎった時のゲンだって、ちょっと方向を間違えば「死んで、あいつらに思い知らせてやる!」と思っていたかもしれない。今、考えると改めて空恐ろしくなる。 そういえばオニイだって、友達にいじめを受けたり、自分で自分の気持ちがコントロールできなくなったりして暗い顔をしていた時期だってあったじゃないか。 あんなつらい時期にも、オニイは本当に「死にたい」なんて思わなかったんだろうか。だとしたらこの子は強い。少なくとも「死にたがるヤツは馬鹿だ。」と思えるだけの太い心棒がこの子にはあるのかもしれない。 「プライドが高くて傷つきやすい子」と思っていたオニイの意外な図太さには、父母のほうがちょっと面食らった。
「死にたい気持ち」になることと、実際に自殺を決行することとは明らかに違う。その境目にあるものは何なんだろう。 「死ぬのは痛いぞ、苦しいぞ」という恐怖。 「生きていたらもしかしたらいいことがあるかも」という希望。 「父さん、母さんは悲しむかな。」という家族への想い。 「自分を殺しちゃダメ。自殺は罪悪」という倫理観。 小学校5年生の男の子に欠けていたのは、何だったのだろう。 オニイやゲンや父さんや私を自殺の危機から遠ざけていたのは、一体なんだったのだろう。 たった10年かそこらで衝動的に自分自身を殺してしまった少年は、きっと今頃後悔してこちらへ戻って来たいと泣いている事だろう。 痛ましい。
晴れているかと思ったら、急に小雨が降ったり、雪が降ったりへんな天気。 アユコと二人で満艦飾の洗濯物を一日中出したり入れたり。 ぶうぶう。
夕飯はアユコのリクエストで久々に豚挽肉のレタス包み。 とてもきれいなレタスが格安だったので、たっぷりと洗ってボールごと食卓へ運ぶ。瑞々しい生野菜がおいしい季節になってきた。 台所でそそくさと夕飯の支度をしていたら、オニイがやってきて、 「あ、それそれ。何だっけ。レタスで巻いて食べるやつだよね。 荷造りするときに入れる詰め物みたいなヤツ・・・」 と聞く。 「詰め物にするのはインシュレーション。揚げて食べるヤツはビーフン」と答えると、 「あ、そうそう。思い出した。ビーフンだ。」 と納得していってしまう。
しばらくしたら、今度はゲンがそばによってきて、 「あ、それそれ。何だっけ。レタスで巻いて食べるやつだよね。 荷造りするときに入れる詰め物みたいなヤツ・・・」 とオニイとまったくおんなじ口調で聞く。 「詰め物にするのはインシュレーション。揚げて食べるヤツはビーフン」と答えると、やっぱりオニイとおんなじように 「あ、そうそう。思い出した。ビーフンだ。」 と納得していってしまった。
まるで間抜けなコントのように、同じ口調、同じタイミングなのが可笑しくて、台所の隅っこで一人でクックと笑う。 兄弟ってやっぱり、なんでもないところが似るんだね。 なんだか、ほっこりうれしい。
夕方、さっきまでご機嫌にあやとりをしていたアプコがべそを掻いて、そばへ寄ってきた。 「あのね、ゲン兄ちゃんにね、この前、ぶんぶんゴマ教えてもらったからね、お返しにあたしのあやとり、見せてあげるって言ったのにね・・・」 アプコが不満そうに唇を震わせて訴えてくる。 「『あやとりするより先に片付けしてきたほうがいい』って言って怒ったの」 「はぁ、それは残念ねぇ。ゲンにいちゃん、なにかほかの事で忙しかったんじゃないの?」 「ううん、違う。ゲームしてただけ・・・」
アプコはこの間から学校で教わった新しいあやとりが、上手に出来るようになったばかり。誰かに見てもらいたくて仕方がない。 「ほら、6段梯子も出来るようになったよ、見せてあげる!」 オニイ、オネエから父さん母さん、果てはおじいちゃんおばあちゃんまで、手当たり次第に新しい技を披露しては「すごいね、ありがとう」と褒めてもらって気をよくしている。 もっとも見るほうは、いつもいつもアプコのあやとりにお付き合いしている余裕があるわけではない。今のゲンのように、「ちょっと後でね。」とはぐらかしてしまいたくなるときもある。「せっかく見せてあげようと思ったのに・・・」とアプコが不機嫌になるのはそんな時。
まだまだ、周囲からは小さい子扱いされているアプコ。 「〜してあげる」は、アプコお得意のお姫様ワードの一つだ 自分で描いた絵を見てもらいたいとき、気まぐれのお手伝いの成果を披露したいとき、「ほら、お母さんにみせてあげる!」「タオル、干してあげたよ!」と得意げに言うその言葉が、時には独りよがりで偉そうに聞こえたりすることがある。それがまた他の兄弟たちの癇に障って、今日のように邪険に扱われることも多い。 もっとも、アプコ自身にはまだ、恩着せがましい気持ちはまるでないらしくて、「『見せてあげる』はなくて『見て頂戴』でしょ?」と正しても、ちっともピンと来ないらしい。
お兄ちゃんお姉ちゃんに守られ、おじいちゃんおばあちゃんに可愛がってもらい、父さん母さんには他の兄弟よりちょっとだけ甘やかされて育っていくアプコにとっては、自分の一挙手一投足がもてはやされ、手を叩いて喜んでもらって当たり前。 一見わがままそうに聞こえるアプコのお姫様ワードも、実はアプコが周囲の人から愛されていて、アプコ自身もまたそのことをちゃんと理解していることの裏返し。
「あのね、アプコ、ゲン兄ちゃんに『見せてあげる』じゃなくて『見て頂戴』ってお願いしてごらん」 不満そうな顔つきのゲンに目配せを送りながら、アプコに諭す。 不承不承小さい妹のあやとりにお付き合いしてくれているゲン兄ちゃんの優しさを、アプコがちゃんと理解できるようになるのはいつなんだろう。 末っ子姫の子育ては本当に難しい。 目下の母の悩み。
オニイ、入試の日。 朝から気合を入れて弁当を作り、JRの駅まで車で送る。 ちょうど小学生たちの登校時間と重なっていたので、父さんが送ろうかと言ってくれたのだが、どうやらオニイは私に送って貰いたいらしく、言い出しかねて躊躇している様子。察して、私が車を出すことにする。途中の車中で何か母に話したいことでもあるのかとちょっと緊張する。
実は、オニイ、まだ京都の美術系の私立高校に未練があるのだ。今日の入試の公立に合格したら、私立に進学する望みが消える。 「私立へ本当に行きたいのなら、当日欠席するか、受験番号を書かずに答案を提出するしかないらしいよ」なんて、どこからか拾ってきた要らぬ知恵をつい最近まで口にしたりしていた。 ずっと美術系の高校を目指してきたオニイ、今日受ける公立は普通科で特別美術が勉強できるわけでもない。経済的理由や通学時間、学業の成績などを考慮すれば親としては公立普通科へ進んでくれるのがありがたいとは思っているけれど、オニイ自身の気持ちはどうなんだろう。 もしかして、直前になって「やっぱり今日の試験を棄権したい」とか言い出すのではないかという一抹の不安が最後まで消えなかった。
車中、「鉛筆削った?受験票、持った?上靴は?」とお決まりの持ち物チェック。「判ってる」と仏頂面で口数の少ないオニイ。 緊張しているのか、何か言いたいことがあるのか、ピリピリした思いで助手席のオニイの様子を伺う。 「じゃ、行って来る。かあさん、ありがとう。」 駅前のロータリーで、オニイはそれだけ言うと、車のドアをバタンと閉めて駅に向かって走っていった。 大丈夫。少なくとも試験に欠席するつもりはなさそうだ。 もちろんまだ、わざと手を抜いた回答をするとか、受験番号を書かずに提出するとか、そういう可能性もないことはないけど、多分、公立の普通科に進むことをちゃんと決断したのではないかと思う。 ま、それも今日の試験の結果次第だけれど。
うちへ帰って、父さんや子どもたちの出て行った茶の間にぺたんと座り込み、TVをつけた。 ワイドショーのキャスターの声が意味もなく両耳の間を通過していく。 突然、猛烈な眠気が襲ってきて、そのまま居眠りをしてしまった。 朝、こんな時間の2度寝はずいぶん久しぶり。 おそらくはオニイを送り出すまでの微妙な緊張が解けて、ほっとしてしまったのだろうと思う。 時間にして十分あまり。 目覚めてすっきりした頭でようやく気がついた。オニイが車の中で私にいいたかったのは、車を降りる間際に残して行った「かあさん、ありがとう」の一言だったのではないだろうか。 「送ってくれてありがとう」にかこつけて、オニイが投げてくれたねぎらいの言葉。その言葉の暖かさに遅れて気づく間抜けな母。
気がつけば外は春の雨。 この一雨でまた少し暖かくなっていくのだろう。 我が家の春も、また一歩近くなった。
朝、ゲンを剣道に送る。 普段は小学校の体育館を借りて稽古しているけれど今日は市の武道館での合同稽古。市内のほかの道場の子や先生たちが大勢集まっている。 比較的早い時間に人数のそろったK道場の子達が、正方形の4隅から対角線状に2人づつ面打ちを始めた。多分そこの道場ではいつも稽古前の準備運動代わりにこの方法を採用しているのだろう。まだ防具もつけていないような小さい子も、自分の身支度を終えると物怖じすることなく自分のポジションに入り込むことが出来ているようだ。 ところがわがA道場のメンバーにとっては、それはこれまでおそらくみたことがない練習方法。どのポイントにどのタイミングで入っていけばいいのかわからなくて右往左往している。小さい子達はいつもよりさらにモタモタと胴や垂れをつけなおしたりして、様子見に終始しているようだった。 外で見ている母たちは、子どもたちの躊躇がもどかしくて仕方がない。 「早く竹刀持って立ち上がりなさい」 「どこでもいいから、早く紛れ込んじゃえばいいのに」 と、口々に言うが子どもらにはその声は聞こえない。 やがてA道場で一番年長だったゲンがそれとな〜くK道場の練習の波にもぐりこみ、それに続いて下級生たちがパラパラと面打ちの列に紛れ込んだ。
こういうときに、さりげなく紛れ込む間合いをはかったり、流れに遅れないように回りを観察しながら行動したり、こういうことって今の子どもたちにはとっても大事な勉強。 「周りの空気を読む」ってヤツかな。 世の中に出て行けば「さぁ、どうぞ、ここからお入りください」と親切に手招きして迎えてくれる所ばかりではない。 ちょうどスキーのリフトや観覧車に乗るときのように、自分でタイミングを計ってその場の流れを乱さぬように要領よく渡っていかなければならない場面がいっぱいあるのだ。
「今日の稽古はさすがにきつかったわ。」 稽古を終えたゲンの剣道着からは久々につんと汗の匂いがした。今日は本物の春みたいに暖かい日だったからね。
昨日の夜、テレビでアニメ「耳をすませば」を放映していた。 アユコがジブリアニメが大好きなのでこれまでにも何度か見たことはあるけれど、用事をしながら断片的に見る。 懐かしいカントリーロードのメロディーに、はるか昔、自分が中学生だった頃のことをあれこれ思いだす。 あの頃私も、本家ジョンデンバーのカントリーロードの歌声が大好きで、習い始めたばかりの英語の発音をおぼつかないカタカナ英語に直して鼻歌代わりによく歌っていた。 あのLPレコードはまだ、実家のどこかに眠っているのだろうか。
図書館への近道の急な階段を全速力で駆け下りていく。 物語の創作に熱中する深夜、机の下から夜食のパンらしきものを取り出してぼそぼそと食べながら原稿用紙をめくる。 退屈な授業の合間に、自作の原稿を熱心に書き綴っていて、教師に不意つかれる。 図書館の貸し出しカードに書かれた顔も知らぬ異性の名前に、あれこれ空想をめぐらせてほのかにときめく。 ああ、こういうことがあったあった、私にも。 そのときにはきっとなんとも思わずに過ごしていた些細なことが、大人になった今、こんなに懐かしくきらきらと輝いて見えるのはなぜなんだろう。 胸がきゅんとなるような、鼻の奥がぐっと熱くなるような切ない気持ちになるのはなぜなんだろう。
少年少女時代の真っ只中を生きているオニイやアユコには、きっとまだこういう大人のノスタルジックな感慨を理解することは出来ないだろう。 大人になってしまった私たちが、今の彼らにとって大事だと思えるもの、キラキラ輝いて見えるものの美しさを本当に共感してやることが出来ないように。 そういう意味ではこのアニメは、今少年少女の時代をリアルタイムで生きている子どもたちのためではなくて、かつて少年少女だった大人たちのための童話なのかもしれない。
物語の執筆に熱中するあまり成績が下がって母や姉から叱責を受ける主人公。 「勉強より大事なものっていったい何よ」と問い詰められてうなだれる主人公に父親は「ま、なんだか一生懸命やっているみたいだし、気の済むまでやってごらん」という。 娘が何にそれほど熱中しているのか根掘り葉掘り聞かない。 娘が受験より大事と思っているものの大事さが、大人になってしまった自分の価値観では同じ目線で共感してやることが出来ないことを父親はきっと知っていたのだろう。 子どもを信頼すると言うことは、子どもの行動を一から十まで把握して同じ目線で共感してやるばかりではない。大人には絶対踏み込むことの出来ない子どもたち自身の心の王国の平安を、離れた場所から静かに見守る勇気もまた親としての度量と言うものなのだろう。
「お母さんもアユコくらいのとき、このアニメの子みたいに長い長い物語を書いていたよ」 とアユコに初めて教えた。 「うそ?!どんな話?もう書いたもの残ってないの?」 とアユコが飛びつく。 あの頃書いていた物語のノートは、結婚の荷造りの合間に全部燃やしてしまった。 あの時から私はこちら側の人間になったのだろう。
所用で大学のあった街へ出かけた。 久しぶりの都会の街。 のどかな田舎暮らしのおばさんには、駅の雑踏も繁華街の賑わいも久しぶり。ごちゃごちゃといろんなにおいの混じったよどんだ空気もどこにも土の見えない汚れた硬い地面も懐かしい。 学生時代にはこの街はまさにきらきらと輝いていて、私はその中を我が縄張りとばかりに得意げに飛び回っていたのだったなぁ。 昼間の環状線は比較的空いていて空席はたくさんあると言うのに、遠足に行くはしゃいだ子どものように電車のドアに寄りかかって立ち、車窓を流れていく雑然とした都会の町並みを眺めてすごした。
あの頃、若い私が「これがなければ生きていけない」と思っていたもの。 新刊の文庫本が発売日に店頭に並ぶ大きな本屋。 一杯のコーヒーで何時間でも気兼ねなくおしゃべりの出来る喫茶店。 知的に刺激しあえる気の合う友人たち 誰にも邪魔されずに瞑想したり物書きしたりするだけの孤立した時間と場所。 贅沢過ぎない程度に自分の欲しい服、自分の好きな本を買える程度の収入。 一生続ける価値のあるやりがいのある職業。 お互いの意志を尊重しあえる好ましい伴侶。 それからそれから・・・
田舎の専業主婦のおばさんである今の私。 あのころ、私が欲しいと思っていたもの、なくてはならないとかたく思い込んでいたものの多くは、今の私の手の中にはない。 なくても平気で生きている。 平気どころか、結構今の自分に満足して生きている。 あの頃の私なら、電車のドアによっかかって、久しぶりの街の風景をキョロキョロとおのぼりさんのように眺めているおばさんをどんな風にみていただろう。 日々の生活だけに埋没した、可哀想なくたびれたおばさん。 そうね、外見はね。 でもそれだけじゃないんだな。 喉から手が出そうなくらいに欲しいもの、これがなくちゃ生きていけないと思うものは減ったけど、決して手放したくないもの、いつまでも大事に手の中に暖めておきたいと思うものはたくさんある。 懐かしい街があのころのようにキラキラと輝いて見えないのは、若さや自由や未来を失ったからではない。 多分、今の私は自由な学生だった頃の私より、ずっとたくさんのものを持っているのだろう。 そんな気がする。
夜中、東京での一週間の個展を終えて父さんが帰ってきた。会場の片づけを済ませ、作品をワゴン車に積み込んで、義兄と交替で運転しながら7時間のドライブ。お疲れさん。 たった一週間の不在だったのに、朝起きて居間のいつもの場所に父さんの姿を見つけて微妙に照れくさそうな子供たち。 おばかだなぁ。
オニイの後期入試。 今朝、公立後期の受験希望調査の結果が新聞に発表になっていた。 オニイが受験を勧められたAB二つの学校。校風も学力レベルも通学距離もよく似た学校だけれど、B校は微妙に定員割れ。 「ねぇねぇ、定員割れだったら全員合格ってこと?」と微妙に心が揺れる。 A校にほぼ志望を固めつつあったオニイ、困った顔をしている。 担任の先生は「出願期間は3日間あるから、出願状況を見て最終日に願書を出すといいよ」と言われたそうだ。 「A高校だったら電車通学もできるよね。」 「でも、自転車通学だったらB高校のほうが近いよね。」 迷うオニイに、いじわるな母は面白がって立て続けに茶々を入れる。 「いったい母さんはどっちへ行って欲しいの?」と言いたげなオニイ。 今日は学校帰りに自転車でB校へ下見に行ってくるという。 迷え、迷え。 どっちの学校を受けよう? そういう前向きの悩みはたっぷり味わうといい。過ぎてしまった失敗をいつまでも悔やんでいるよりずっといい。 「絶対この学校!」と自分で決断できるまで、母はもっともっと横から茶々を入れてあげる。
オニイの帰宅後、再び担任の先生から電話。 新聞の発表では定員割れになっていたB校。その後志願者がどっと流れ込んだらしい。「今のところA校のほうが有利らしい。」とのこと。 なんだか、株価情報に踊らされて右往左往する新米投資家のようで笑ってしまう。 高校入試は子どもにとってはもしかしたら一生の問題。よそ事の顔をして笑っている場合ではないのだけれど、それでもやっぱり「たかが高校」じゃないか。他の志願者があっちに流れた、こっちにぎりぎりまで情報に翻弄されてうろたえるのも浅ましい。 オニイ自身ももしかしたら同じ想いを抱いたのだろう。 「母さん、僕はやっぱりA校を受ける。倍率が少々変わっても、もういいや。初日に願書、出してくる。いいかな?」 ときっぱりと言う。
後でオニイに何故A校を選んだか聞いてみた。 「B校は街中で空気が悪い。A校は回りも田舎で空気がいい。 僕、空気の悪いのは苦手なんや。」 それでいい。 時にはそういう直感で選んでもいいんだよ。 大事なことは君自身が自分で選んだと言うこと。 もう一回頑張って来い。 不合格でも、道はある。 父さん母さんは、通帳片手に私学の学費の算段でもしながら応援する。
朝一番に起きてきたゲンが、「おはよう」と笑いながら擦り寄ってきて、私の左の腕をおずおずと掴んだ。 「何?なんか用?」 と訊くと 「なんでもないよ。」 とへらへら笑ってまたぎゅっと私の腕を掴む。
変なの・・・。 なによなによとしつこく訊いたら、 「あのな、昨夜怖い夢見てん。ちょっと言いにくいんやけど・・・。」 と口ごもる。 「わかった。お母さんが居なくなる夢、見たんでしょ。」 「うん、そう。お母さんのお葬式の夢。」 「あらら、死んじゃったか。」 「うん、運動場で火葬してた。怖かった。」
5年生にもなって、まだまだ怖がりのゲン。 怖い夢から覚めて、朝の母の顔を見て、ぎゅっとその腕を掴んで存在を確認してみたくなる。そんな気持ちの揺らぎをそのまま行動に移してしまうゲンの幼さ。 一週間の父さんの不在が、何かしら不安な気持ちを掻き立てたのだろうか。 オニイの受験結果とその後のオニイと私のオロオロやイライラが、怖い夢を誘ったのだろうか。 私は4児の母。 どの子にも等しく4倍の愛で・・・と思うけれど、時には一人のことでいっぱいいっぱいになって、他の子たちに知らず知らずのうちに不安な思いをさせてしまうことがある。 ここ数日の不安定な気分の名残を悔いる。
「で、さ。お母さんは天国へ行ったと思う?地獄へ行ったと思う?」 「多分、天国と思うけど。」 「あ、そう。よかった、地獄じゃなくて。」 「うん、よかった。」 「それにね、お葬式の夢を見るといいことがあるっていうよ。ゲン、今日はなにかいいことあるかもしれないね。」 「ホント?ほんとにそうだったらいいのになぁ」 調べてみると葬儀の夢は、自分の中の古いものが終わって新しいものが生まれてくる再生を意味するのだそうだ。
このごろ急に背が伸び、ちょっとふっくらしてきたゲン。 まだまだ、お子様のやわらかさを残したゲンの頬をぎゅっと摘んでくしゃくしゃにする。 体をよじって逃げていくゲンの笑顔が今日の私の活力になる。 いいお天気の春の一日。
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