月の輪通信 日々の想い
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朝、生協の荷受のときにお隣のIさんが 「あら、側溝の落ち葉、掃除してくれはったんやねぇ。」 と言われた。 我が家とお隣の家の前を流れる雨水の排水溝。冬になると山の落ち葉がグレーチングの隙間からいっぱい落ち込んで、たまってしまう。年末頃には溝いっぱいに落ち葉が詰まった状態になってしまって、先週、ゲンに手伝ってもらって大掃除をしたばかり。そのときついでにお隣のガレージの前の部分まで続きでお掃除しておいたのだった。 「いやぁ、わるいわぁ。うちも早く掃除しなきゃと気になってたのに、どうもすみません。」 とえらく恐縮しておられるので 「いいえ、そうじといっても子どもたちにやらせたから、大雑把なもんよ。」 と笑ってごまかす。
午後、玄関のチャイムが鳴って、お隣のIさんが 「お子さんたちに、お掃除のお礼に・・・」とスナック菓子の紙包みを持ってきてくださった。 「あらまぁ、かえってすみません。うちの子達は『労働力』だから、気を使っていただかなくてよかったのに・・・。」といいながら、遠慮なくいただくことにする。 「そういえば、おにいちゃん、今日もそこで飛行機、飛ばしてはるね。なんか木に引っかかったとかって苦心したはるけど・・・」 「はぁ、またやってますか・・・」
最近再び訪れたゲンの飛行機飛ばしブーム。 昨日もゴム動力のペーパープレーンをおとなりの庭木に引っ掛けて、父さんが脚立持参で出動したばかり 「お手数かけてすみません」と神妙な顔つきをしていたのに、また今日も懲りずに飛ばしていたのだろう。 Iさんと一緒に見に行くと、ヒマラヤスギの裸木にスチロール製の小型のプロペラ飛行機が梢の又に引っかかっていて、ゲンは頭上を見上げて思案顔。は長い竹の棒に別の木切れをロープで継ぎ足したり、近くにあったブロックの上に上ったりして悪戦苦闘していたようだけれど、あと十数センチ足りないらしい。 傍から見ているだけで、じれったく思われたか、 「ちょっと貸してみて」 とIさんがゲンからつぎはぎ棒を受け取って、木の上の飛行機を突付いて下さった。 「もうちょっと・・・ああっ、引っかかった・・・よっと!・・・ほら・・・」 頭上の飛行機を見上げながら、Iさんが思いがけないはしゃいだ声を上げる。 おかげでゲンの飛行機は、2度3度細い小枝に引っかかりながらも、無事に樹上を離れ、ハラホラとゲンの足元に舞い降りてくる。
「やったー!ありがと!」と飛行機を拾い上げて嬉しそうなゲン。 おまけに先ほどいただいたスナック菓子を見せるとますますにっこり。 ちょっと遅れていただいた落ち葉掻きのご褒美。 もしかしたら、お菓子よりも愛機救助してもらったことのほうが嬉しいご褒美だったのかもしれない。 Iさん、ありがとう。
昼間TVをつけていたら、最近あちこちの事業に手広く腕を広げ、羽振のよかった若いIT会社の社長が記者会見に出ていた。 彼の会社に家宅捜索が入ったのだという。 野球チームや放送局を買収しようとしたり、突然選挙に出たり、いろいろと破天荒な振る舞いで巷を賑わわせ、近頃ではTVのバラエティ番組にもしょっちゅう顔を出していたマスコミの寵児が、今日はやけに神妙な顔で会見に応じていた。はしゃぎすぎた子どもがこっぴどく叱られてシュンとなっているようなしおたれた様子だった。 これまでお金の力に任せてぐいぐいと強引に経済界を泳ぎ渡っていく彼の姿に嫌悪を感じることも多かったのだけれど、こうなってみると今回の事件をきっかけに怖いもの知らずの意気盛んな青年実業家が一人、このまま姿を消してしまったらつまらないなぁと惜しむ気持ちになったりもする。
それから、もう一件話題になったのは、耐震強度偽装のマンションを売買した不動産会社の社長の証人尋問。 ついこの間まで怒鳴ったり怒り狂ったり、泣いたり猫まで声でしゃべったりしていた社長が、肝心な証人喚問の席で「証言は差し控えさせていただきます」とほとんどまともな受け答えなく、のらりくらりと切り抜けたという。 連日、販売したマンションの住人からも突き上げを喰い、マスコミに追われ、日本中からの非難の矢面に立たされながら、唇を固く結んで証人席に着くその人の顔は、申し訳ないけれど「善人顔」ではないよなぁとのんきに眺める。
「ITの社長といい、耐震偽装の社長といい、あれだけの世間の非難を受けながら、公の場に胸を張って現れることのできる心臓というのも考えようによっちゃあ、たいしたもんよねぇ。普通だったら取り乱したり死にたくなったりするんじゃないかしらん。 ああいう鉄面皮の強さは、父さんや私も含めて我が家の家系には絶対無い血筋だね。」 「ま、しいて言えばそのくらいの度胸やはったりがないと、若くして会社を興したり巨額の資産を運用したりすることも出来ないということだろうね。」 とコタツでみかんを食べながら父さんと笑う。 「じゃぁ、我が家には一攫千金とか飛躍的な事業の拡大とか、そういうものには縁がなさそうだねぇ。」 うんうん、たしかにそのとおり。 我が家の子どもたちは皆、したたかなする鋭さはないけれど、人なつっこいのどかな善人の顔をしている。 ささやかだけれどそれもよし。
夕方、鍋物の準備をしようと台所に立った。 ちょうどそばにいたオニイに、 「ちょうどいいや、オニイ、土鍋、取って。」と声をかけた。 我が家の土鍋は流し台の上の戸棚にしまってあるが、私は踏み台がないと重い土鍋をおろすことが出来ない。最近では私より身長が高くなったオニイがいつも「ホイヨ」と手を伸ばしてとってくれる。 「ああ、助かった。息子を産んでおいてよかったよ。」とおだてたら、 「僕が役に立つのは、土鍋を取るときだけ?」とオニイが笑う。 「今の所はそのくらいかなぁ。 でもね、オニイ。もしも将来何かつらいことがあって『死にたい』なんて思うことがあったら、『僕が死んだら、母さんが土鍋を下ろすときに不便になるなぁ』と思って思いとどまってね。」 「はいはい、わかったわかった。」 それは、縁起でもない趣味の悪い冗談だけれど、もしかしたら人が生きるということはそんな些細な絆の積み重ね。 どんな些細な事だって、「誰かのために」と思えることが自分の命を支える力となるはず。
自分の欲を満たすこと、他人を踏み台にしてもよじ登ること、形振りかまわず自分の目標を達成すること。いろいろな形の「自分のため」を人生の目的とする人たちもいる。 けれども、本当にその命をつなぎとめるものは、自分の財産や地位や欲ではなく、「誰かのために」と思える生き方を選べる子どもたちであってほしいなぁと思ったりする。 巨万の富や権力とは縁のなさそうな望みだけれど。
朝、男の子たちは剣道の稽古。 アプコとアユコは父さんと一緒に、工房中の注連飾りを集めて近所の神社の「とんど」へ持っていく。 そのあと、同じ神社の会館でアユコとゲンは笛の初稽古。 剣道の稽古を終えたゲンは車の中で剣道着を着替えて、そのまま笛の稽古に合流。 大忙しの朝。
午後は工房の初釜。 教室の生徒さんたちが10人余り、自作のお茶道具を持ち寄って工房のお茶室でお茶会をなさる。 家族総出でお茶室周りの落ち葉掻きをしてお茶室の設えを整え、点心席のテーブルを配置して、お湯呑や酒器の準備をする。 庭掃除ではゲンが、お茶室の半頭にはアユコが、点心席の配膳と福引のお手伝いにはアプコが大活躍で手伝ってくれた。 ことにアプコは前日おじいちゃんに買ってもらったピンクのおニューのエプロンが嬉しくて、緊張した面持ちでお盆を運ぶ。
思えばアユコも、ちょうど今のアプコと同じくらいの年齢の頃に、工房でのお茶会や手づくね教室のお客様の配膳やお茶出しの手伝いをやらせてもらうようになった。今のアプコよりずっと人見知りが激しくて、人前では緊張のあまり泣きべそをかいていたアユコが、今では胸を張って手馴れた様子でてきぱきと走り回り、お接待の重要戦力となった。。 幼い時にはただ大人の邪魔をしないように家でおとなしくお留守番をしていることが一番の「お手伝い」だった子どもたちが、大きくなってようやく役に立つ手伝い手に成長してきた。ありがたい。
「そろそろ、アプコも仕込んでいかなくっちゃね。」 と、今日はアユコが熱心にアプコの指導役に回った。 「お盆はしっかり両手で持って、無理して一度にたくさん運ばないこと。」 「お客様のお箸は、お手拭と並べて右側においてね。松花堂のお膳はご飯が手前に来るようにおくこと」 「大きい急須を持つときには、重いから左手を添えてね。」 昔、私が教えたことを、一つ一つ懇切丁寧に説明するアユコ。危なっかしいところはさりげなく補助しながら、アプコを表に立たせて見守るお姉さん振りが頼もしい。 アユコの期待に応えようと張り切って働くアプコの素直さも嬉しくて、女の子兄弟って言うのもいいものだなと思う。
「よく働いてくれました。」 お客様を送り出したあと、叔父ちゃんやおばあちゃんにお褒めの言葉をいただいて、ご褒美にとお膳の余分とお客様のお持たせの大粒のイチゴをいただいてきた。 そうそう。 昔、アユコもお客様のお接待の手伝いをして、ご褒美にと季節外れの宝石のような大粒イチゴをいただいたことがあったっけ。つややかな果実の輝きが、お手伝いを無事に務めて誇らしげなアユコへの勲章のようで、ほのぼのと嬉しかったのを思い出す。 今日のアプコの胸にも、いちごの勲章が輝いているのだろうか。
朝、7時には子どもたちを起こす。 階段の下から大きな声で「おーい!7時だよ!起きろー!」と叫ぶ。 続いて上から順番に子どもらの名前を呼ぶ。 寝ぼけ半分の頼りない返事やお布団の中からのくぐもった声の返事が返ってくる。 寒くなると、朝の子どもたちの目覚めは格段に悪くなる。暖かいお布団のぬくもりを去りがたくて、いつまでも寝床を離れられないでいる。
いつまでも子どもたちがおきてくる気配がないと 「おーい!ちゃんと起きてるー?お母さんの一番かわいい子どもは、一番に顔、見せて!」 と呼ぶ。 ごそごそと誰かが這い出てくる気配がして、大概はゲンかアプコが階段の上の踊り場に顔を出す。 アプコはピョコンと跳ねるように。 ゲンはぬーっと照れくさそうに。 さすがにオニイとアユコは、そんな母のくすぐりに乗ってくれる年齢は卒業してしまったらしい。
我が家で一番寝起きが悪いのはアユコだろうか。 朝起きて即ハイテンションに動き出すことのできるゲンなどと比べると、アユコは着替えを済ませて台所へ降りてくる時間になってもなんとなく寝ぼけ眼でご機嫌が悪い。 母や弟妹に何度もしつこく起こされるのに朝の支度がなかなか片付かない自分に苛立って、いつも遅れて食卓につく。家族の些細な言動が癇に障って、イライラしたり怒ったり。 朝のアユコは扱いにくい。 目覚めてもなかなか体のエンジンがかかり難い「スロースターター」は父さん譲り。
朝からそんな鬱陶しい顔しないでよ。 目覚まし時計、ずいぶん朝早くから鳴りっぱなしだったよ。 朝が苦手はわかるけど、だからってそのイライラをアプコやゲンに投げないで。 いやだなぁと思いつつ、今日も朝からお説教。 唇をへの字に曲げてうなづくアユコ。 本当は自分でもよくわかってるんだ。 朝の忙しい時間にまとわり付くアプコや得意げに早起きを自慢するゲンのことが癪に障るのは、自分自身のお寝坊が許せないから。
「行ってきます。」 ふくれた顔のまま、玄関を出たアユコを追って外へ出る。 通学の自転車を引っ張り出しながら、ふっと顔を上げたアユコの頬にポロリと涙。 「馬鹿だなぁ。中学生にもなって、朝寝坊で泣く事ないのに。」 セーターの袖口でアユコの頬をぬぐって、 「ほら、目覚まし。」とアユコの口にチョコレートをひとかけら。
行きがけのささやかな甘いチョコの一片で、膨れっ面が見る間に泣き笑いに変わるアユコの幼さ。
小学校に所用があって、子どもたちの下校時間を見計らって出かけた。 今日は新学期2日目。地区集会のあと、それぞれの登校班ごとにまとまって、ならんで帰る。早めに用事を済ませて、集団下校の子どもたちと一緒に帰ってきた。
ゲンは一応、登校班の班長さん。同じく5年の副班長とともに4人の下級生の登校を見守る。今年は小さい一年生が3人もいて、そのやんちゃに付き合ったり足の遅い女の子たちをなだめすかしたりなかなか大変そうだ。 おまけに行程のほとんどは家から集合場所までアプコと二人きりの道中。 朝寝坊で叱られて半泣きのアプコを連れていつもの坂道を下っていると、下から上がってくるウォーキングのおばさんたちに「妹を泣かせた悪い兄」のように見られるので困ると毎朝こぼしている。 こんな小さな登校班でも、班員の上に立って小さな子たちの安全に責任を持つということは大変なことだ。ことに登下校時の安全が叫ばれる昨今、ゲンもゲンなりに妹たちの安全には気にかけてくれているようだ。 ゲンもやっぱり「おにいちゃん」なのだなぁ。
子どもたちの群れに混じってわっと校門を出ると、まるで羊の群れを導く羊飼いの気分。はしゃいだ子どもたちの声がわいわいと響いて、本当に賑やかだ。遠足の列に紛れ込んだような愉快さを味わいながら一緒に歩く。 後ろのほうで女の子が 「先生!班長が速すぎ!」 と、先に行ってしまった男の子を指差して引率の男の先生に訴えた。友達と追いかけっこをして登校班の列を離れてしまった男の子が、ずっと先のほうで手を振っている。 「おーい!○○!戻って来い」 と先生が子どもたちの間を分け入って、班長の男の子を追いかけた。ふざけて逃げようとする男の子のぼうしをわっしと押さえ込んでつかまえる。男の子はますます楽しくなって、先生の手から抜け出そうと体をよじらせる。 それはどこから見ても先生と男の子の楽しいふざけあいっこで、ほほえましい思いで眺めていたのだけれど・・・・。 「うわぁ、先生、児童虐待だ!助けてぇ!虐待やぁ!」 男の子が笑いながら悲鳴を上げた。 「何が虐待じゃぁ!」 と先生はすかさずかわして楽しげにプロレスごっこを続けた。
それは確かにやんちゃな男の子と先生の楽しいスキンシップの瞬間である事には間違いない。男の子は先生に促されて登校班の列に戻り、先生は前のほうの別の子どもと話しながら歩いていかれる。一斉下校の楽しい賑わいの中で、どこにでもある風景だ。 それなのにほんの一瞬、ひやりと冷たい気分が流れた。 「虐待」という冷たい言葉。それが楽しいふざけっこの最中に、冗談の一つとして子どもの口からポロリと吐かれることの冷たさ。 学校の外でのことでもあるし、周囲の人の外聞も悪い。先生もあんななんでもない場面で「虐待」なんて言葉を投げられるのはたまらんだろうなぁ。男の子の方でも、そういう先生の戸惑う気持ちをちゃんと知った上で大きな声でことさらに「虐待」という言葉を繰り返したのだろう。 一斉下校の楽しい賑わいの中で「虐待」という言葉の寒さが胸を指すのは何故なんだろう。子どもたちの生活の中に「虐待」とか「不審者」とか「緊急避難」とか、殺伐とした言葉が当たり前に転がっている今日の寒さ。 ただの遊び、ただの冗談といえばそれまでだけれど、子どもたちが遊びの中の言葉としてそんな冷たい言葉をもてあそばれていることの矛盾を思う。
「お帰り。気ィつけて帰りや」 分かれ道に差し掛かり、子どもたちを迎える交通指導員のおばさんの声。 毎日、子どもたちの下校を見守ってくださるおばさんたちの暖かい言葉。 ほっとする思いで頭をさげる。 暖かい言葉を捜そうと思う。 子どもたちの周りには、こういう暖かい言葉が満たされているほうがいい。
明日から地元の百貨店での展示会がはじまる。 年末からお正月休みも返上で焼き上げた作品の搬入準備。 荷造りの合間に展示室のたなのそばを通りかかると、静かに冷え切った空気の中でピキピキとささやくような音がする。 窯から出たばかりの作品が外気に冷やされて、その表面に細かい貫入の入る音だ。いわば焼き物の産声とも言えるようなささやかな音に心躍る思いで耳を澄ます。 今日窯から出たのは、お抹茶茶わんや小さな香合。そのまま梱包して明日の展示会に出品する作品だ。手の中に収めるとまだわずかに窯の火の温みを残して、ほのぼのと暖かい。
仕事場では父さんがまだ、明日の朝滑り込みで持ち込む予定の作品の窯詰めをしている。開場時間には間に合わないけれど、手持ちで持ち込んで途中から展示するつもりなのだ。本当に最後の最後まで引っ張るなぁ。 けれども、「あと一点・・・」「もう一点・・・」という粘り強い繰り返しが、父さんの仕事の原動力。 綱渡りのような夜なべ仕事の連続も展覧会前のイライラ、ピリピリもすべて作品の中に注がれて色彩と形に姿を変える。 今年も毎月のように各地での展示会の予定が組まれた。そのたびに父さんの修羅場のような夜なべ仕事が続く。 願わくば、健やかに充実した制作の日々が送れますように。 祈る気持ちで貫入の音を聴く。
里帰りから戻って、我が家で食べる今年最初の朝ごはん。 朝寝を楽しむお寝坊の子どもたちを放置して、相変わらずの夜なべ仕事から戻った父さんのために朝食を準備する。 炊き立ての白いご飯にお豆腐の味噌汁。お漬物。 正月明けの空っぽの冷蔵庫になぜか豊富に残った卵を気前よく使って、父さんの好きな出し巻き卵を焼く。
父さんの好みはだし汁大目の薄味の出し巻き卵。 銅の玉子焼き器を熱し薄く油を引いて卵を流しいれ、焦げ目の出ない程度にじっくりと焼いて巻き上げていく。普段何の気なしに焼いている玉子焼きも少し気合を入れて丁寧に調理すると、ふんわりと柔らかくじわりとだし汁の染み出すやさしい一品になる。 暖かいうちに厚めに切って朝食の膳に載せる。
「お、旅館の朝ごはんやな。」 思わずほころぶ父さんの笑顔。 一目みて、玉子焼きに込められた心持を感じ取ってくれたらしい。そのことをちゃんと言葉にして伝えてくれる夫をありがたいと思う。 年末からこっち「お急ぎご飯」やおせち料理など、間に合わせのお料理や誰かに調理してもらったご馳走の食事が続いて、それはそれでおいしく楽しくいただいたのだけれど、こうしてゆっくりと誰かのためにいつもどおりのお惣菜を調理する楽しみも捨てがたい。 当たり前の家事を、時には立ち止まってしっかり心を込めて味わう気持ちを大事にする一年にしたい。 そんなことを改めて心に記する、今日の朝ごはん。
「元旦には窯に火は入れない」 永らく守られていた定めを破って、今年、父さんは元日の朝から窯を焼いた。 年明けに持ち越された干支のお茶碗と6日からの地元の百貨店の展示会への出品作品。例年通りの年末仕事に年頭早々の展示会が重なって、毎日のように徹夜仕事が続いてもまだまだ山積みされた仕事は終わらない。 釉薬のしみだらけの仕事着姿でアルコール抜きの御節を祝う。 これが今年の我が家のお正月。
父さんと受験生のオニイを残して、下の3人の子どもたちと電車で加古川へ里帰り。 東京と大阪の弟たち家族もそろって、普段静かな実家に子どもたちのにぎやかな声が満ちた。アプコは久しぶりに会う小さい従妹達相手に得意のお姉さんぶりっ子。かわいいおしゃべりの始まったYちゃんがパタパタ駆け回って愛嬌を振りまく。幼稚園児のAちゃんの歯切れのいい東京言葉があっという間に感染して、変な標準語をしゃべっているアプコが可笑しい。
実家のお正月料理も最近ではずいぶん簡略化した。 今年はお重箱も出ていなくて、大皿に母のお煮しめを盛り合わせての簡易版。恒例のお餅つきもお休みで、それぞれが持ち寄ったお土産が食卓に上った。 そんな中でも母は棒鱈だけは、今年も忘れず用意しておいてくれた。年末から何度もぬるま湯を入れ替えて漬けておいたと言う乾鱈を、甘辛く煮る。しっかりした歯ごたえを残したままホロホロと崩れるように煮た母の棒だらは子どもの頃から私の大好物。下準備に手間のかかるこの料理を母は毎年「お姉ちゃんのために」と格別に用意してくれているらしい。 父母の下を離れて嫁いで16年。いっぱしの母の顔をして年齢を重ねた私が、年に一度、誰かの娘に戻ることの出来る嬉しい一皿。ジワジワと惜しむように噛み締める。 有難いこと。
例年通り、年内最終日までもつれ込んだ年賀状書き。 工房の仕事上の年賀状は、事務所のPCと我が家のPCをフル回転で刷り上げる。プリンターへのはがきの補給やインクの補充などPC番は数年前から子どもたちの仕事になった。 大掃除やPC番の合間に私や子どもたちは自分の分の年賀状を手書きで仕上げる。今年は一年生になったアプコも近所の友達や学校の先生にかわいい犬のイラストの賀状を何枚か書き上げてご満悦。 「これ、今からKちゃんちへ持って行ってポストに入れて来てもいい?」 駄目駄目。今日はまだ大晦日。 いくらご近所だからって、まだ配達しちゃ駄目じゃん。
「できた!これでどう?」 ゲンの年賀状には、小さな2匹の動物のイラスト。 その下に「サルは去るのみ・・・」の文字。 ああ、考えたね。 サルから犬へのバトンタッチか。イラストもかわいいし、上出来じゃん。 皆に褒められて、上機嫌で宛名を書くゲン。 子どもたちの年賀状もぎりぎり年内に仕上がったようだ。
「・・・・でもなぁ、」 父さんがあとからこっそりささやいた。 「やっぱり投函する前に言っておいてやったほうがいいよね。・・・戌年の前はサルじゃなくて、酉年なんだけど。」 あああ! そうでした! ゲンの即妙の駄洒落に気をとられて気がつかなかったけど、今年は酉年だったっけ! 「ねぇねぇ、オニイ。」と聞いてみたら、実はオニイもゲンの勘違いに気がついたけれど、あんまりゲンが仕上がりに満足そうなものだから言い出しかねていたらしい。 う〜ん、駄洒落の思いつきはよかったんだけどねぇ。 「言ったらきっと、ゲン、へこむよね。」
結局、投函寸前になって父さんがゲンに伝えた。 「あのな、ポストに入れる前に教えておいたほうがいいと思うんだ、年賀状のことだけどね。ゲン、十二支を始めから順番に行ってみ。」 きょとんとした顔のゲン、ね、うし、とら、う、・・・と唱えていって途中で「ああーっ!」と自分の勘違いに気がついた。 快心の出来と大得意だっただけに、ショックでしばし言葉を失う。 「もっと早く教えてくれたらよかったのに・・・」と半べそ状態だ。 「そんなに落ち込むことないよ。デザインは面白いし、全然駄目ってわけじゃないじゃないから・・・。」 皆が傍からいろいろフォローしたけれど、ゲンのショックは大きかったようだ。
それではと、父さんと一緒に考えておいた苦肉の策をゲンに授ける。 「じゃあね、『サルは去るのみ』のあとにね、『とりあえず』っていれてみ。なんとか誤魔化せるんじゃない?」 ゲンはしばらく考えてから、年賀状に筆ペンで「とりあえず」の文字を書き加え、「とり」のうえに傍点を付け加えた。 よしよし、ご機嫌が直ってなによりなにより。
それにしても一年の終わりを思いがけない失敗で笑わせてくれるゲンの愉快さ。 「とりあえず」は、凹んでも気持ちを切り替えるのが得意なゲンのいつもの口癖だ。 「サルは去るのみ」の駄洒落年賀状は「とりあえず」の5文字を加えてよりゲンらしいエピソードに満ちた楽しい年賀状になった。 「とりあえず」で暮れていく一年も、それもまたよし、ということか。
工房の仕事も大詰め。干支の仕事がようやく一段楽して、雑用係の私にはぽっかりと手待ちの一日が出来た。クリスマス気分のまま、家の中でぐうたらしているアユコとゲンを動員して、工房周りの落ち葉掻きにせいを出す。 山の木々も八割がた落葉を終えた。見上げると裸になった木々の枝振りがくっきりと空に浮かんで、冬の空の青さが明るく見通せるようになった。まだまだ、名残の落葉は続くけれど、大掛かりな落ち葉掻きのピークはこれで終わりになるだろう。
先日の焼き芋大会のときに壊れてしまったと思っていたブロワーが、今日もう一度試してみたらあっさりと使えたので助かった。多分配線のどこかが接触が悪くなっていたのだろう。 木々の根元や庭石の間の落ち葉を掃除するためにはブロワーは必須アイテム。とりあえず使えるようになって助かる。ガーガーと音がうるさくて無粋だけれど、これがないと冬の落ち葉掻きはたちまち麻痺して困ってしまう。 「しょっちゅう空回りしてガーガーうるさいけど、いないと家事が立ち行かない。誰かさんみたいだねぇ。」 誰かさんって誰のことよ! え!誰のことよ!
アユコとゲンはジャンケンで落ち葉を運ぶ順番を交代したり、運動会のゲームのように落ち葉を捨てに行く速さを競い合ったりして、いつの間にか落ち葉掻きの仕事を楽しい遊びにしてしまっている。 ほんの数年前までは、褒めたりおだてたり、時には息抜きの遊びを仕掛けたりしてやっとの思いで子どもたちを作業につなぎとめていたというのに、今では子どもたちだけに任せておいてもそこそこ纏まった作業を楽しみながらやっておいてくれるようになった。 成長しているんだなぁと思う。
結婚したばかりの頃、毎日工房の仕事を手伝っていてよく思ったこと。 窯元の仕事というのは作品の制作ばかりでなく、営業や販売、荷造り荷送、教室の運営と多岐にわたる。それに加えて、お客様の接待、お茶だし、庭掃除など周辺の些末な用事も山ほどある。これらの仕事を家族だけで支えるには、人手はいくらあっても多すぎるということはない。 「作品を作る子、商売をする子、荷造りをする子、お客様の接待をする子・・・。工房の仕事を我が家の子どもたちに割り振るには、8人くらい子どもを産まなくっちゃね。」 荷造り場で義母と一緒に作品の包装をしながら、よくそんな冗談を言ったものだった。 実際には現在我が家には4人の子どもたち。 オニイは最近、父の仕事を継ぐことを将来の目標として思い描き始めているらしい。アユコは学校で茶道や華道を習い、お茶だしやお接待の助手を立派に務められるようになって来た。ゲンやアプコも何かと工房へ入り浸り、おじいちゃんおばあちゃんたちの手伝いをしたりできるようになって来た。 このまま、いつまでも子どもたちを手元にとどめておくことができるとは思っていないけれど、取り合えず今は子どもたちが工房の一員としての何らかの役割をそれぞれに自覚して果たせるまでに成長して来たということだろう。
午前中いっぱいかかって三人で運び出した落ち葉が大きな山になった。 山から降り注いだ膨大な量の落ち葉も、こうして積んでおけばそのうち雨風に打たれて、柔らかな腐葉土となって土に返る。 毎年毎年、繰り返す落ち葉掻きの作業。 その中で子どもたちの成長を確認できるということのありがたさ。
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