月の輪通信 日々の想い
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| 2005年10月26日(水) |
赤いお茶わん その後 |
工房で久しぶりに釉薬掛けを手伝う。 父さんが使うさまざまな色の釉薬を水とCMCというフノリで溶きなおし、汚れた筆や刷毛をまとめて洗う。 秋も深まって、工房の水道の水もずいぶん冷たくなってきた。夏の間、あんなに暑くてたまらなかった乾燥室から漏れる熱が、冬も近くなった今ではほのぼのと暖かくて気持ちがいい。 年末の干支の仕事も本格的になり、制作途中の小さな犬の香合やユーモラスな顔の犬の置物が乾燥室の棚板にずらりと並んでいる様は何度みても楽しい。同じように制作してもどうしても一つ一つの表情やしぐさが微妙に違って見える犬たちがいとおしくてたまらなくなる。
父さんの脇で白絵がけをしていたら、ひいばあちゃんが仕事場へ降りてこられた。この間、アプコが壊したお茶わんの代わりのお茶わんの仕上げにこられたのだろう。 ひいばあちゃんは「おはよう」といったきり、ことさら言葉を交わすでもなくて、いつもの前掛けをつけ、自分の仕事場を整え、濡れタオルで囲っておいた生のお茶わんを裏返しにロクロに載せる。その形をしばらく眺めておいて、おもむろにカンナを握る。 今日の作業は、高台の周りの削りの作業。手回しのロクロを少しづつ回転させながら、半乾きのお茶わんにカンナを掛ける。 静かに黙々とひいばあちゃんの手仕事が始まった。
自分の仕事に戻ってしばらくして振り返ると、ひいばあちゃんはまだ同じお茶わんを削っておられる。カタカタとロクロを廻しながら、2度3度カンナを入れ、しばらく眺めてはまたカンナを入れる。 その手つきは確かなのだけれど、よくよく見ると高台の付け根の部分に暗い陰の部分が見える。 ああっ・・・と思った。 削りが深くなりすぎてお茶わんの胴に穴が開いているのだ。 素人さんでもめったにしないような失敗なのに、ひいばあちゃんはそれでも削りの手を慌てて止めることもなくて、相変わらず同じ所を削っておられる。もしかしたら、穴が開いていること自体ひいばあちゃんには見えておられないのかもしれない。
97歳。 まだまだ現役で釉薬掛けやひねりの仕事をこつこつとこなすひいばあちゃんは我が家の自慢の存在だ。 この間、ひいばあちゃんが見せたきびきびした手びねりの手順は矍鑠としていて、まだまだ元気に仕事をこなしていかれそうに見えた。 けれども熟練の職人の手にも「老い」と言うのは確実に訪れる。 目も耳も指先の感覚も、確実に老いていくのだ。 父さんにそのことを告げたら、父さんはもうずっと前からひいばあちゃんの仕事の手の衰えを感じていたという。 「茶わん一個仕上げるのにも、四苦八苦してはると思うよ」 そうか、年をとると言うのはそういうことなのか・・・。 胸を衝かれて、悲しくなる。
ひいばあちゃんのお茶わんは、そのうちぽっかりと大きな穴が開く。 そうなってようやく失敗に気付いたらしいひいばあちゃんは、やはり慌てず騒がず手元にある新しい土で穴を埋める。そんな風に取り繕っても一度穴をあけてしまった生地は、きれいなお茶わんには仕上がらない。素人の私にもそんな事は分かるのに、ひいばあちゃんは特別困ったようでもなく黙々と穴を埋める。 そしてまた、同じ所をカンナで何度も削り始めるのだ。
「お茶わんくらい、すぐに作り直したるわ」とアプコにおっしゃったひいばあちゃん。確かに若い頃のひいばあちゃんの手に掛かれば、お抹茶茶わんの一つくらい、仕事の片手間にすぐに仕上がったものだろう。けれども、耳も目も手指も足も年令相応に衰えたひいばあちゃんには、ちょっと前には簡単にできたことが、四苦八苦の大仕事になる。 この間アプコが壊してしまった赤いお茶わんは、もしかしたらひいばあちゃんが一人で作ることの出来た最後のお茶わんであったのかもしれない。きっとひいばあちゃん自身はそのことにはちっとも気がついておられないのだけれど・・・。 そう思うと、なんだか泣けてくる気がした。
ひいばあちゃんが何度も穴をあけては埋めなおした苦心のお茶わんを、父さんはひいばあちゃんのいないときにそっと引き取って、分からないように修復して窯に入れた。 途中で壊れることなく、無事に焼きあがってほしいものと祈る。
近所の道路で工事が始まった。 我が家の前はハイキング道の入り口への細い一本道。 途中の道路で工事が始まるとたちまち車両通行止めのお達しが出る。 今回の通行止めは合計5日。工事時間の9時から5時まで全ての車両の通行を止めると言う。かなわんなぁとぶうぶう愚痴る。
若い健脚の持ち主なら「たまにはいい運動だわ」と歩けばよさそうなものだが、しょっちゅう通院する年寄りやたくさんの荷物を下げた買い物帰りはそうとばかりも言っていられない。宅配便やプロパンガスの車、し尿処理やゴミ処理の車など一日たりとも抜かす事のできない車両もある。工房へのお客様の送迎や作品の搬入搬出等、仕事上の車両も日に何度も往復する。 この道を断たれるとたちまちに陸の孤島となってしまう我が家のご近所さんたちはみな工事通行止めというとピリピリと神経を尖らせる。
工事の種類や業者によっては車が通るたびに作業を中止して、工事箇所に厚い鉄板をしいて通行を確保してくれたり、工事の時間を夜間に廻して対応してくれた事もある。工事箇所の近辺に住民用の駐車スペースを確保して、とりあえず工事開始前に車をそこまで移動させておけば昼間車が使えるように配慮するのが普通である。 けれども今回の工事に関しては、「9時から5時まで全面通行止め。」しかも緊急用に用意したと言う駐車スペースは徒歩で20分あまり先にある会館の駐車場。わざわざ徒歩で車を取りに行くような場所ではない。しかも、もっと近くにある私有地の駐車スペースや道路には、工事関係者が乗ってきた車や作業用車両が一日中だらしなく占領しているのだ。「一応代替手段については配慮しておいてやったぞ」というポーズだけが目だって、何となく腑に落ちない。
工事開始の前日にはいつもより大目の買い物を済ませて、習い事の送り迎えや年寄りの通院の算段をつける。工房の従業員の通勤や荷物の出入りの都合もやりくりする。そうして、昼間には車で外出しなくてもすむように十分考えたつもりなのに、いざ通行止めの時間帯になるとなんとなく息苦しくなってきた。 急ぎの買い物があるわけでもないのに、車でしかいけないホームセンターだの本屋だのに行きたくてたまらなくなる。普段はめったに外食する事はないのに、父さんとランチデートに出かけたくなる。めったに行かない遠くのスーパーの特売のチラシがやけに目に付く・・・。 ああ、こういうのって「閉所恐怖症」の一種かもしれないなぁと思う。
実はこのイライラする閉塞感は私だけに限った事ではないらしい。 ご近所の奥さんたちも、「何の用事があるってわけでもないんだけど、車がつかえないとツバサをもがれたようで、イライラして落ち着かない」と口々にこぼしておられた。 夕方、工事の終了時間を待って車を出そうとしたら、義父も車でちょうど買い物に出かけるという。「ちょっと牛乳だけ買ってくるわ。」と声をかけたら、珍しく父さんも一緒に乗ってくると言う。 近所のスーパーに入ったら、お向かいのおじさんが空っぽのかごを持ってぶらぶらしている。「格段買うものもないんだけど。」と、これまた「用もないのにとにかく外出」ということらしい。 ご近所さんたちの多くが、みんなそれぞれに、おんなじ閉塞感、おんなじもやもやした不自由さや不満を抱えて、今日の一日を過ごしていたのだということが分かって、なんだかとても可笑しくなった。
ゲンと話していて、面白かったこと。
クラスである活動をするのに、グループ分けをした。 ゲンとおんなじグループにあまり相性のよくない3人が配置されたのだと言う。ゲン自身は3人のそれぞれの子とは仲が悪いほうじゃないらしいが、その3人はお互いに何となく気が合わないのだそうだ。 「う〜ん、むっちゃ仲、わるいんや。そうやなぁ、なんて言うかなぁ。 そうそう、ジャンケンで言うたらグーとチョキとパーみたいな関係やな。」
お互いに相容れない相性の悪い3人組の事を 「グーとチョキとパーみたいな関係」 なんか可笑しいから、ちょっと流行らせたい、この喩え。
夏の終わり、父さんの大学時代の恩師M先生から一通メールが届いた。 80歳になられて全てから引退する事にして、蔵書の整理をなさると言う。ついては、陶芸関係の本は父さんに、美術関係の本は美術の先生をなさっている父さんの同級生のAさんに譲ってくださるとのこと。 大学の教壇を降りられて数年になるとはいえ、退職後もアフリカでの小学校建設に尽力なさったりして、若々しく活動なさっておられた方なので、「引退」と言う文字があまりに唐突で、父さんと二人、首をかしげて顔を見あわせた。 大切な蔵書をお譲り頂くのはとても名誉な事だけれど、まだまだお元気な先生にいつまでも現役で活躍していただきたいと思う。その先生が早々と身辺整理を始めてられるのは、何となく切ないような、心を急き立てられるような思いがする。長年お仕事に使われてきた蔵書を一度に手放してしまわれては、先生自身もお寂しい思いをなさるのではないだろうか。 いろいろ考えた末、「本当に頂いてよいのでしょうか、まだまだお使いになるのではありませんか?」と言う旨をお返事して、幾日かが過ぎた。 そして、今月になってM先生から再びのメール。 「先日、Aさん一家がきて、美術関係の本は持って帰った。そちらはいつ取りにくる?」 ああ、やはり蔵書を整理されると言うのは本気でいらしたんだなぁと、あわててお宅に頂きにあがる日程をお知らせする。
今日、ようやく父さんはM先生のお宅へ伺う事ができた。 お供したのは、荷物運び要員としてのオニイと近頃父さんにべったりモードの甘えんぼアプコ。M先生と奥様は、子連れの父さんを我が孫が訪れてきたかのように歓迎してくださったそうだ。 「かあさん、M先生のお宅はなんか感動したわ。すごいねん。『紳士の住まい』って感じやなぁ・・・。」 先生から頂いた分厚い本の束を車から降ろしながらオニイが話す。自他共に認める活字の虫のオニイにとっては、近くの図書館ではなかなか見かけることのできない陶芸の専門書の数々に感激している。 「うん、これなんかは、芸大を卒業した頃に自分でも欲しくて、古本屋を探し回った本やなぁ。」と父さんも年季の入った大冊を手に感慨無量。 「陶芸大辞典」「世界陶磁全集」「探訪日本の陶磁」・・・・ 貴重な書物の一冊一冊を繙きながら、長年のM先生の業績の豊かさを知る。
ところで、おまけでついていったアプコは、M先生の奥様から紙袋いっぱいにクリスマス用のオーナメントを頂いてきた。キラキラ光り物が大好きなアプコは、頂いたパールホワイトのモールの飾りをネックレスのように体に巻きつけて、上機嫌でアユコに見せる。 奥様はお花の先生をしていらっしゃるので、お仕事に使われるきれいな飾りのなかからアプコに好きなものを選ばせてくださったものらしいけれど、アプコは夢のようにきれいな物を惜しげなく分けてくださるのがとてもとても嬉しかったらしい。 「ねぇ、どうしてあそこのおうちにはこういうクリスマスのものがたくさんあるのかなぁ?」と訊くアプコの耳にちょっと耳うち。 「あのねぇ、ないしょなんだけね、実はね、M先生ね、クリスマスになるととっても忙しくなるあの人なんだよ。」
実を言うと我が家の子ども達はみんな小さいころ、白いお髭と日本人離れした立派な体躯のM先生のことを、みんな本物のサンタクロースだと信じて育った。わははと豪快に笑われる笑顔も子ども達の頭をワシワシとなでてくださる大きな手も確かに絵本に出てくるあの人そっくりの方なのだ。 アプコは今日、物心ついてから初めてM先生にお会いしたのだけれど、奥様のクリスマスグッズの効果もあって、本当に本物のサンタクロースと信じ込んでしまったらしい。 「絶対絶対、お友だちとかに言っちゃダメだよ。あの人は、サンタクロースの日本支部長なんだよ。」 「赤いお洋服着たら、サンタさんそっくりだと思うでしょ?」 「だからおうちにたくさんのクリスマスの飾りがあるんだねぇ。」 オニイやアユコまで調子に乗ってアプコに「M先生サンタ説」を吹き込む。きらきらの飾りを眺めながら、アプコがしばらく無言で考え込んでいたようだ。
去年辺りから、サンタの存在に半信半疑になりかかっていたアプコにも、今年はしっかりとM先生の顔をしたサンタクロースが存在する事になるだろう。たくさんの貴重な蔵書と共に、父さんは我が家で最後のクリスマスのファンタジーもM先生から頂いてきたようだ。
| 2005年10月22日(土) |
「よろしくおねがいします」 |
オニイは受験生。 よって、保護者である私は公立高校の学校説明会に行く。 降りた事のない駅の行ったことのない高校の体育館。 ネットで学校の所在地を調べ、家からの所要時間を計算する。 私は自分で行ったことのないはじめての場所へ行くのが嫌いだ。遅刻しないようにと早めに出かけると、予定の到着時間より30分も早くついてしまってかっこ悪かったり、なんでもない路地で道を間違えて大汗かいて目的地へ駆け込む羽目になったりする。 幸い、今度行く学校は最寄り駅から一本道だし、迷いようのないほど詳細な地図もHPに掲載されていたから大丈夫と思いつつ、念のため地図をプリントアウトする。 これ一枚あるだけで、もう、目的の場所についてしまったような安心感があるからだ。
朝、私より先に剣道の稽古に出かけるオニイに、 「じゃ、公立高校の説明会、行かせていただきますよ。」と声をかけたら、 「ハイ、いってらっしゃい」といわれた。 おい、こら、まて! 「行ってらっしゃい」ではないだろう! 首根っこを捕まえるかのような勢いに、びびったオニイが慌てて言い直す。 「あ、ごめん!ありがとうございます!」 「それも違う!こういうときの正しいお答えは『よろしくお願いします』でしょう?一体誰のための学校説明会なのよ!」 「ああ、そうでした、そうでした。ごめんなさい。よろしくお願いします。」 さらに慌てて言い直すオニイに、こんこんとお説教。
大体、この説明会の案内の書類自体、ちゃんと持ってこなかったわねぇ。 本当なら、こういうものをもらってきたら、自分の調べてきてほしい学校の名前くらいメモをして、これこれの説明会があるので、お母さん、行ってきてくれませんかと頼みに来るのが筋じゃないの。 会場までの道のりだって、何でアタシが自分で調べて探さなくてはいけないの?君が事前に調べておいて、「ちょっと遠いけどお願いします」と地図を添えて持ってきてもいいんじゃないの? いったい、誰のための高校受験なのよ。 行きたい高校があるんなら、自分で積極的に調べて、自分で入る努力をするものではないの? 親や先生が適当に入れそうなところを選んでくれるわとでも思っているの? そんな事だから、お母さんが説明会に行くと言ってるのに、のうのうと「行ってらっしゃい」なんていうのよ。 馬鹿者! みるみるペシャンコにひしゃげていくオニイ。 ほらみろ、君はまだ屁理屈では母に勝てない。
進路を巡って、本人の希望する学校と現在の学力と我が家の経済的条件と通学に掛かる時間の折り合いがつかない。 「頑張ります」「今度こそは」と事あるごとに気合を入れる近頃のオニイだが、まだまだ、勢いだけが空回りしている感じがして歯がゆい。 堅実派のオニイは、そこそこ努力はするけれど、手の届かない目標に向かってとりあえずがむしゃらに手を伸ばして飛び上がってみるとか、荒唐無稽な目標を豪語して虚勢を張ることをしない。家族や周囲の人の期待しているものとか、自らの現在の実力とか、今の自分の立ち位置を頑固に固持したまま、自らの未来を思い描く。 そんなオニイの未来観に何となく物足りないものを感じたりもする。素直で家族思い、真面目で堅実なオニイに、ときには破天荒な大志や大胆な冒険精神を求めるのは、単なるないものねだりに過ぎないのだろうか。
初めての場所へ出かけていくときには、地図を調べ、時刻表を調べ、十分すぎるほど余分の時間を見越して出かけていく母。 手の届く範囲の目標に甘んじて、決して無理をしないように見えるオニイの慎重さを歯がゆく思いながら、そんな風にオニイを育ててきたのもまた、まぎれもなく私や父さんのこれまでの子育ての結果であるという事実。 なんだか少し凹む。
家の中のあちこちで輪ゴムを拾う。 TVのある居間の座敷机の下で、素足に何か痛いものがあたる。拾い上げてみると白い割り箸の削りカス。 傍らには使いっぱなしで放り出されたカッターナイフ。 犯人はゲンだ。
このところゲンは、割り箸を使ってゴム鉄砲を作るのに熱中している。 最初は、学校のイベントにゴム鉄砲を使った的あてはどうだろうと、試作品を一つ作ってみたのが始まりだった。割り箸3本を組み合わせて輪ゴムで縛り、引き金を引くとぱちんとのばした輪ゴムが飛ぶと言う昔ながらのおもちゃ。単純なつくりだがなかなかよく飛ぶし、結構狙いもつけやすい。 「どうせだったら、もっと大きいのを作ったほうがおもしろいよ。」と私が要らぬ茶々を入れたら、さっそくネットでもっと銃身の長いゴム鉄砲の作り方を見つけてきて、ライフル銃のような大型のゴム鉄砲も作ってしまった。 こちらは輪ゴムを二つ結び合わせて飛ばすので、最初に作った基本形よりはもう少し威力があるらしい。 ためしに紙で的を作り、狙ってみるとこれがまた面白い。 あと一丁・・・もう一丁と新しく改良を加えたゴム鉄砲を次々に拵える。 買い置きの大袋入りの割り箸が2,3日のうちにごっそりと減った。 そして、家中に輪ゴムと割り箸の削りカスの散乱という始末だ。
ゲンには時々、こんな風に突然職人魂に火がつく事がある。 それは紙飛行機作りだったり、ブーメラン作りだったり、グライダー作りだったり・・・。 つい最近は、牛乳キャップで作るブンブンゴマがマイブームだった。給食の牛乳のキャップを2枚張りあわせ、糸を通して両手で廻すと糸が唸ってブンブンと音を立てる。 キャップにとりどりの色を塗っておくと回転にしたがって、微妙に色が混じり合って視覚的にも面白い。ボタンやもっと大きなボール紙をコマ代わりにしたりして、さまざまなバリエーションを考える。 これは学校でもちょっとした流行になって、友だちからいくつも「作ってほしい」と頼まれたのだと言っていた。
「これで的あてをしたら、きっとみんな面白がるよ。低学年と高学年で、ゴム鉄砲の大きさを変えたり、的までの距離を変えたりしたら、小さい子でも楽しめるし・・・。」 と、ご機嫌だったが、ちょっと待て。 「これ、ホントに学校へもっていっても大丈夫かなぁ。」 こんなにかっこいいゴム鉄砲だ。きっと皆がほしがるはずだ。 きっとブンブンゴマのときのように、「僕にも作って。」と言う友だちがいっぱいやってくるだろう。 教室のあちこちでゴム鉄砲の飛ばしあいっこが流行し、もしかしたら授業中に飛ばしたり、人を狙って打ったりする奴が出て来はしないかい?
流行らせ屋のゲンには既に何度かの前科がある。 何年か前、折り紙の紙飛行機を流行らせたときには、教室中に飛ばしっぱなしの飛行機が散乱するようになって、クラスに「折り紙拾い係」が新設された。 別の時には、よりにもよってゲン自身が紙飛行機に友だちへの悪態を書いて飛ばして呼び出しを喰らった。 ゲンが何かを流行らせると、後から何かしら厄介ごとが舞い込んでくる。 大流行の予感を感じさせる魅力たっぷりのゴム鉄砲は、なんだかまたまた不穏な雲行きをも予想させる。 「あんたが何か流行らせると、後からいろいろあるからねぇ・・・」とほのめかすと、ゲン自身も過去の苦い経験を思い出して、考え込んでしまう。 「そうやなぁ、きっと僕に『作って!』って言ってくる奴もいっぱいいるやろうしなぁ・・・。う〜ん、やっぱり学校へ持って行くのはちょっとまずいかぁ・・・」
もしかしたら、つい最近世間を騒がせた改造エアガンという奴も、最初の最初は「もうちょっと性能のいいエアガン、作ってみたいな。」というマニアのちょっとした職人根性から始まったのかもしれないねぇ。 それも自分ひとりで楽しんでおけばよかったものを、「見てみて!こんなすごいの、作ったんだぜ。」と誰かに見せる。 「俺にも、作って!」と頼み込む奴がいる。 空き缶を狙って打つより、小動物を狙って打ったほうが面白いぜと思いつく奴がいる。 「これって、使えそうじゃん。」と犯罪に使おうとする奴がいる。 こうなるともう、「もっとかっこいいエアガン、作りたい。」と熱中していた最初の人の楽しさや嬉しさはどこか遠くのことになってしまう。 そんなふうにして、元来おもちゃのはずのエアガンが危険な凶器に姿を変えていくのかもしれない。
結局、ゲンが登校していった後、居間の机の上には作ったばかりのゴム鉄砲が全部並べておいてあった。 コイツを流行らせるのは、もうちょっと慎重に・・・とゲンなりに考えたのだろう。 うんうん、何度かの失敗を糧にちょっとは何かを学んだな。 それにしても、ゲンのゴム鉄砲、なかなかによくできている。 こんなにすごいの、日の目を見ないのはちょっと惜しいなぁと思う気持ちが母の中にもほんの少しだけある。 ゲンには絶対内緒だけれど・・・。
昼過ぎ、ウォーキングを兼ねてアプコを迎えに行く。 いつも授業が終わると時間通りにそろって帰ってきていた一年生も、2学期になって下校の時間がまちまちになって、近頃は学校近くの曲がり角でアプコの帰りを待つ時間が長くなった。 校門を出て、友達とふざけたりよそんちの飼い犬と遊んだりジャンケンしたりしながら下校してくる子ども達はなんだかとても楽しそうだ。男の子も女の子も入り混じって、突然鬼ごっこが始まったり、大きな声で歌を歌ったり、毎日が遠足のようなにぎやかさだ。 小学校時代って、いいなぁと思う。 なんてことのない毎日だけど、きっと楽しい予感やワクワクがいっぱいあるんだろう。
「おかあさぁ〜ん!」 アプコが大きな声で呼びながら走ってくる。ランドセルがバッコバッコと踊っている。 「あのね、あのね、すごいねんで。」 と、息せき切ってお喋りを始める。 「あのね、Hちゃんがね、今日始めてブランコに乗れてん!あたしがずーっと教えてあげたん。」 Hちゃんはアプコのクラスにいる軽度の自閉症の女の子. アプコは入学当初から何かとHちゃんが気にかかっていて、いつも一緒に遊んだり、Hちゃんの苦手な事を手伝ったりしているらしい。 最近はアプコの会話の中であまりHちゃんの名前を聞かなかったので、別の子と遊んでいるのかなと思っていたけれど、そうでもなかったんだな。
「あのね、Hちゃんは今までブランコは手で押すだけでのれなかったん。 でもね、今日、『ここに座って』って何回も言ったら、座って乗れたんよ。 Hちゃんと一緒にブランコできてたのしかったぁ。」 本当に嬉しそうなアプコ。 ちょっと前までアプコ自身もブランコの立ち乗りができなくて、アユ姉に根気良く教えてもらってようやく立ってぶらんこをこぐ事が出来るようになったばかり。きっとアユコの懇切丁寧な口ぶりを真似て、Hちゃんにブランコの乗り方を熱心に教えていたのだろう。 Hちゃんが怖がらずにブランコに乗れるようになったことを、「たのしかったぁ。」と我が事のように喜ぶ事の出来るアプコは天真爛漫。 いいなぁと思う。
4人兄弟の末っ子アプコの周りには、何かとすぐに手を貸してくれるおにいちゃんおねえちゃんがいつもいる。 登校するときはゲンにいちゃんが「はやくしろよー」と足踏みして待っていてくれるし、お祭りの付き添いは中学生の大きい兄ちゃんが照れくさそうに付き合ってくれる。ひらがなの書き順もその日の洋服のコーディネートもみんなアユ姉に教わった。 みんなに教えてもらったり、手伝ってもらったりする事が当たり前の末っ子姫は、甘えん坊で依存心の強い子どもに育つのではないかと心配した事もあるけれど、必ずしもそうとは限らないのだなぁということが最近になってよく分かる 誰かに優しく教えてもらって何かができたという嬉しさは、今度は自分が誰かに教えてあげたいといういたわりの気持ちになる。 誰かに助けてもらって助かったという嬉しさは、今度は誰かを手伝ってあげようという優しい気持ちになる。 誰かから十分に与えられたやさしさは、決して本人を甘やかしたりわがままに育てたりするだけの物ではないのだなぁ。 「Hちゃんと一緒にブランコに乗れて楽しい。」というアプコの素直な喜び方は、決して「障害のある人には親切に」という妙な義務感や嫌な使命感をちっとも含まない純粋な嬉しい気持ち。 そういう気持ちを素直に何気なく口に出来るアプコの無邪気さがいい。
中学校、創立記念日でお休み。 父さんは旅行中だし、オニイも朝から友だちと出かけるという。 これ幸いとアユコと二人、街へショッピングに出かける。 ついこの間まで、お買い物に行っても「別にほしいものないよ。」「歩くのくたびれたぁ」とあまり乗り気でなかったアユコも、洋服や雑貨など女の子らしい買い物の楽しみを覚えて、尻尾を振ってついてくるようになった。 今日は特別に買わなければならないものの予定もなくて、いつも足手まといのアプコも居ないので、ゆっくりとアユコのペースにあわせて広いショッピングセンターを歩き回る。
近所にはない大きな本屋。 かわいらしい雑貨や食器の並ぶ均一ショップ。 アユコ好みのボーイッシュな服の並ぶウィンドウ。 「あ、これ、可愛い!」 「これ、ちょっといいね。」 と指差して笑うだけで、ことさらおねだりするでもなく嬉々として渡り歩くアユコ。 何かを買ってもらうというよりは、他の兄弟たちと一緒ではなく、母と二人で街を歩く事自体を喜んでくれているのがよくわかる。そのアユコのはしゃぎぶりが、母にとってもほのぼのと嬉しくて、「娘を産んでホントに良かったなぁ。」と心が躍る。
遠慮深いアユコが最初にねだったのは、とりどりのキャンデーやチョコレートの並ぶ駄菓子やさんの福袋とレジの近くにおいてある糸ひき飴。 もうとっくに籤つき飴なんか卒業のはずのアユコが赤いいちご味の飴を引き当てて、ニコニコと笑う。 「ねぇねぇ、今、食べてもいいかなぁ。」 「ええ?口から糸垂らしたまんまで歩くのぉ?」 「いいじゃん、いいじゃん」 大きな飴玉を口に含んで、もごもごしながら歩き始める。
これがアプコと一緒なら、アユコはきっとお姉さんぶって、糸ひき飴をくわえたまんまで街を歩くなんてことはしなかっただろう。 そういえばアユコは私と二人で買い物に出たときには、よく甘いお菓子をねだる。棒つきのキャンデーとか、きれいな色のついたアイスとか、外国製の三角のチョコレートとか。 しっかり者のアユコの中に確かに残る甘えんぼの気持ち。お姉ちゃんでも長女でもない、「たった一人の私」を楽しんでいるのだなぁ。 そういう幼さがまだまだ愛しいアユコである。
父さん、明日から今年2度目の韓国行き。 例によって、出発間際まで荷物の整理と留守中の仕事の段取りに追われる一日。 朝、ぼんやりとTVをつけていたら、小泉首相靖国参拝のニュース速報。 「ありゃぁ、参った」と父さん。 実は今回の旅行は隣市の交流事業の視察旅行。本当なら春に出かけるはずが、例の「竹島問題」で実施が延期になっていたものだ。 一度ケチがつくと、どこまでもつまずきが残るものだなぁと一緒にため息。
今回はさすがに実施延期とはならないようだけれど、なんだか気持ちよく送り出せないなぁとうっとおしくなる。 首相が靖国神社を参拝することの是非、他国の人が首相の慰霊の形にいちいち干渉する事の是非は私にはわからない。 けれども、TVの映像で、かの国の群集が首相の写真や日の丸を燃やして日本への怒りをあらわにする映像を見るにつけ、私たちはこの人たちをここまで怒りをぶつけられるようなどんな過ちを犯したのだろうと暗澹たる気持ちになる。 戦後、60年。日本の人口の多くが「戦争を知らない子ども達」で占められるようになった。 父さんが先日、工芸会の交流展で訪れた韓国の地では現地の人から暖かい歓迎を受け気持ちの良い旅をさせていただいたという。 個人対個人のレベルでは、静かな歩み寄りが進んでいるように思われる二つの国に、外交レベルではいつまでも喉に刺さった痛い骨があり続ける。 このことの矛盾を改めて思う。
ところで、前回の韓国旅行で父さんが買ってきたお土産は、キムチ味のインスタントラーメンや唐辛子入りチョコレート。 「韓国イコール辛い食べ物」という単純な認識しかない私には、過去の贖罪も靖国も語ることはできない。 ただただ、我が夫の旅行が穏やかな実り多い旅となりますように・・・。
アプコが自分でわざわざお茶菓子を用意してきて、おじいちゃんおばあちゃん達にお抹茶を振舞うという。 アプコはお抹茶を立てるのが好き。父さんやおばあちゃん達がお客様にお抹茶をおだしするのを見て、お抹茶の点て方を習った。最近になってようやくお茶筅を細かく動かして美味しいお抹茶を点てる事が出来るようになってきて、時々おじいちゃんやひいばあちゃんに自分で立てたお抹茶を振舞う。 アプコにしてみれば、贅沢なリアルおままごと感覚なのだけれど、ひいばあちゃんがババ馬鹿全開で褒めてくださるので、アプコはお茶の時間が大好きなのだ。
今日もひいばあちゃんたちにお抹茶をお出しして、仕事場の父さんにもお抹茶を運んでアプコは上機嫌だった。 下げてきたお茶わんの洗い物をする私の横で、あれこれお喋りするアプコの声のトーンが高い。ちょうど階下に見えていたお客様にもお煎茶を運んで、「お利巧ね。」と褒められたりして、かなり気持ちが高揚していたのだろう。「何か他にすることない?」というので、洗ったお茶わんを拭いてもらう事にする。 「落とさないように気をつけてね。」とアプコに洗った抹茶茶わんを手渡す。「うん、わかってる。このお茶わんはね、アタシの大事なお茶わんだから、きれいに拭くね。」 と大事に布巾に包むようにしてお茶わんを拭く。
赤い大振りのお茶わんは最近、ひいばあちゃんがアプコのためにわざわざ拵えてくださったもの。最近仕事場に降りてこられる時間がめっきり減ってきたひいばあちゃんの貴重な最新作。底にはアプコの名前も彫りこんである。97歳の熟練の手がひねり出すお茶わんは、本当を言えば我が家では家宝級の一品なのだけれど、ひいばあちゃんはそれをアプコのお茶道ごっこに惜しげもなく拵えて下さる。アプコにもその貴重さはよくわかっていて、「赤いお茶わんは私のお茶わん」と大事に大事に扱っていたはずだった。
「あ!」 と、声と同時に赤いお茶わんがアプコの手から離れた。 布巾で拭き終わったお茶わんを、アプコは私に手渡そうとしたのだろう。たまたま二人のタイミングがあわなくて、赤いお茶わんはアプコの手から離れ、台所の床に転がった。アプコがそれを追うように床に這い、手を伸ばすのがスローモーションのように見えた。 恐る恐る取り上げたお茶わんを見ると大事な呑み口の部分が大きく欠けている。アプコの目にみるみる大粒の涙が溜まり、唇がわなわなと震えた。 「大事なお茶わんなのに・・・どうしよう」 欠けた破片を拾い上げて茶わんにあわせて見るけれど、柔らかい楽のお茶わんは細かく砕けて修復のしようがない。 「どうしようねぇ、困ったねぇ。」 私はわっと泣き出したアプコをぎゅっと抱きしめる事しかできなかった。
割れたお茶わんをそっと袋に入れて、こそこそと仕事場に持って下りて、父さんに見せる。父さんはパテや瞬間接着剤を持ってきて、なんとか修復を試みてはくれたのだけれど、破片が細かくてなかなか難しい。 アプコは、出来ることなら、父さんにうまく修復してもらって、何事もなかったかのように、黙っておきたかったようだけれど、それはまず、無理だろう。 「ねぇ、アプコ。これはもう元には戻らないよ。父さんがどんなに上手に直してくれたとしても、ひいばあちゃんにはお茶わんが欠けた事はすぐにわかっちゃうよ。だから、ひいばあちゃんに『ごめんなさい』と謝って、もう一回作ってくれないか頼んでみようよ」 と何度も言うのだけれど、アプコは出来ることならひいばあちゃんには知らせたくないらしい。 どうしようもないことはわかっているけど、何とか何事もなかったかのように元通りに修復したい。 そんなアプコの気持ちが痛いほどわかって、なんだかこちらまで、切ない気持ちになってしまった。
「よし、ひいばあちゃんのところへ一緒に行こう。」 修復作業を諦めた父さんが立ち上がった。 「アプコ、行くか?」と父さんが訊くと、アプコもこっくり頷いて立ち上がっる。 ひいばあちゃんは、お茶の時間が終わって、寝間へ戻ってちょうど休もうとしておられる所だった。耳の遠いひいばあちゃんに、父さんが大きな声でゆっくりと事情を話す。ひいばあちゃんの寝床の傍らに立ったアプコがまたぽろぽろと泣き出した。 「大事にしてたんだけど、落としちゃったの。・・・お茶わん割れちゃったの。」としゃくりあげるアプコの様子に、ようやく仔細をのみこんだひいばあちゃん、 「そない泣いたらアカン、お茶わんくらい、なんぼでも作ったるがな。泣いたらアカン、泣いたらアカン。」 とアプコを慰めてくださる。 そして「お茶わんくらい、すぐ作ったるがな。」といって、本当に寝間から起き出して、仕事場へ降りて行かれる。 父さんと私も大急ぎで仕事場へ降りて、ひいばあちゃんの仕事場に新しい土とろくろを準備する。
ひいばあちゃんのひねりの仕事を間近で見るのは久しぶりだった。 長い職人としての年輪を刻んだ手が、新しい土塊をひねり、千切り、展ばす。普段、居間で食事をしたりTVを眺めたりしておられるときには見られない、きびきびとした無駄のない手の動き。その手の中から本当に魔法のように作り出されるお茶わんの形。 ひいばあちゃんの傍らに椅子を持ち出して、アプコがその手の技をじっと見つめる。大事なお茶わんを欠いてしまった悲しさも忘れて、身じろぎもせずに見つめるアプコ。 ひいばあちゃんは、普段、仕事中にはほとんど話をしない。耳が遠いので、こちらから話しかけても、返答はない。 そのひいばあちゃんが作業の途中で、「お茶わん、落としてしもたんか。」と訊く。アプコ、こっくり頷く。 しばらくしてまた、「お茶わん、二つ作っとこうか・・・。」と訊く。アプコ、こっくり頷く。 その様子を扉の陰からそっと眺めていて、私は不覚にも涙がこぼれそうになった。
耳の遠いひいばあちゃんと声を出して返事をしないアプコの間に、周りの者を寄せ付けない深い理解と共感があるのは何故だろう。 近頃では仕事場に下りる時間よりも寝間で休息する時間が増えてきたひいばあちゃんを、寝床から引っ張り出し新しいお茶わんをひねらせるエネルギーって、何なんだろう。 そして、移り気でものに執着しないアプコの心をこれほどまでに揺り動かすひいばあちゃんの作品の力ってどこから来るのだろう。 それが、ひいばあちゃんからアプコへの深い愛情であるならば、毀れた赤いお茶わんは、アプコや父さんや私に、もったいないほどの大事な大事な時間を運んでくれた事になる。
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