月の輪通信 日々の想い
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朝、お寝坊して起きてきたばかりのアプコが、台所仕事をしている私の脇にぴたっと立つ。 カシャカシャと卵を混ぜたり、おネギを刻んだりしている私のそばにぬーっと立ったまんま、じっとしている。 何にも声をかけずに、しばらく慌しく立ち働いていたら、おもむろにアプコが私の腕をツンツンと突付いて、 「おかあさん、『おはよう』は?」 と言う。 「あ、ごめんごめん、アプコ、おはよう」 「ん、おはよう」 あ、こちらから声を掛けるのを待っていたわけですか。 別に、あなたから「おはよう」といってくれてもいいんですよ。 いつも、「おはよう」と声をかけても三回に一回はニマーッと笑うだけで、「おはよう」の声が出ないアプコ。 それでも毎朝、母からの「おはよう」は要るのですね。 挨拶を交わして用が足りたアプコ、後ろに手を組んで、校長先生のように偉そうにのっしのっしと着替えに上がって行った。
朝食も終わりかけたころ、アプコ、急に立ち上がって父さんの脇に立つ。 「なに?海苔がいるの?それとも、お醤油?」 父さんがあれこれ聞いてくれるのに、アプコはまじまじと父さんの顔を眺めるばかりで答えない。 「なぁに?なにか言う事があるの?」と父さんがアプコのほうに向き直って訊ねたら、アプコ、「これ」と手に持った小さなものを父さんに見せる。 いつも冷蔵庫に張り付いている小さなマグネット。 「これ、お父さんのほっぺたにくっつくかなぁと思って・・・。」 はぁ? ご飯の間じゅう、そんな事考えてたの? アプコって、おかしなこと考えるなぁ。
気のいい父さんは、アプコのマグネットを受け取って、ほっぺたにくっついて取れなくなったお芝居をしてアプコをげらげら笑わせる。 アプコはおでこを父さんの胸にごっつんして、甘えて笑う。 末っ子って得だなぁ、甘えんぼしていいなぁとおにいちゃんおねえちゃんたちは思っているに違いない。
朝、たまたま早起きして来たゲンが、朝の山登りに出かける父さんにあれこれ世話を焼く。 「とうさん、雨上がりだから足元、悪いんじゃない?大丈夫?」 「途中で雨が降ったらどうする?雨ガッパもって行ったほうがいいんじゃない?」 近場の山はオレさまの縄張りとばかり、父さんに色々とアドバイス。気のいい父さんがフンフンと聞いていると、ますますこまごまとウルサイ、ウルサイ。 なんだかんだといってるうちに、結局父さんと一緒に山に登ってくる事になったらしい。二人で出かけていった後を見ると、あんなに人にうるさく言ったくせに、ゲン自身は何の雨支度もしなかった様子。 つくづく、雨には備えない男だなぁ、ゲンは・・・。
遅めの朝食に帰ってきたゲンと父さん。 さて、食卓に着こうとすると「とうさん、手、洗ったほうがいいよ。」とこれまたゲンのおせっかい。 「今日さぁ、父さん、もうちょっとで蛇を踏みそうになったんや。僕が言わなかったら絶対父さんは踏んでたと思うね。父さん、僕がついていって良かったでしょう?」 父さんがフンフンと調子を合わせてくれるのをいいことに、コイツちょっと調子に乗っている。おまけに、こまごまと口うるさいその偉そうな口調が誰かさんにそっくりだぁ(私?)
「なぁ、ゲン。このごろあんたは何かと父さんの世話を焼いてるつもりだろうけど、父さんもう立派な大人なんだから、いちいち偉そうに指摘しなくてよろしい。 父さんは君に調子を合わせてくれているだけで、なんだって君より100倍も上手に出来る人なんだから。」 と私がゲンに言うと、「ホントかなぁ・・・」と疑わしげな表情でへらへら笑っている。 「あったりまえじゃないの。父さんは君の4倍以上も生きてるんだよ。君がおぎゃーおぎゃーと泣く事しかできないときに、父さんは君のオムツを取り替えてくれたんだから・・・。」 と、ここは父さんの年の功を重ねてアピール。長幼の序を重んずるオニイも加わって、ゲンにコンコンとお説教。
二人のお説教に、自らの父を軽んずる無礼を悟って、シュンとなるゲン。 ・・・・というところで、キッチンのほうで、 「あちゃー、コーヒー、こぼした!」と父さんの声。 ああ、もう!父さんったら! 父の威厳というものを壊さないで下さい。
・・・・って、そこが父さんの素敵なところ。
朝から雨がふりそうな怪しげな天気。 楽しみにしていた秋の遠足に出かけるアプコもリュックの中にレインコートをしっかり準備。オニイやオネエも、帰りの雨支度に慌しかったというのに、子ども達が出て行った後で見てみると傘立てにはゲンの傘。 「雨、降るよ。ちゃんと傘、持ってね・・・」と何度もアナウンスしても、子どもが4人もいると誰か一人くらいは必ず漏れる。 かなわんなぁ。
案の定、お昼ごろには通り雨。 ダメ元で外に干していた洗濯物を慌てて取り込んで、ホッと一息。 かわいそうに、アプコたち、降られちゃったなぁ。 アプコの遠足の行き先は、枚方パーク。 菊人形を見て、遊具に二つ乗って、アスレティックで遊ぶのだという。 今頃ならちょうどお弁当を広げている頃か。雨宿りできる所があればいいけど・・・。 このまま降り続くようなら、帰りの時間を見計らって迎えに行ってやろうかなと算段していたら、予定を繰り上げて早めに解散したアプコが一人で帰ってきた。 「雨、大丈夫だった?ぬれなかった?」 と聞く私に、アプコはちょっとハイテンションで一気に喋る。
「あのね、お弁当食べてるときに雨が降ってきたから、大変だった・・・食べてる途中で移動したから、おにぎり一個落としちゃったヨ・・・デモね、よかった、あのおにぎり、ちょっと辛かったよ。アレ、何味?・・・で、おかあさん、おかあさん、今日私、枚パーで初めてのとこ、二つも行ったよ。 一つはね、アスレティックでね、もうひとつはね、・・・あ、お母さんは枚パーのアスレティック、行ったことある?・・・ふうん。でもアタシは行った事ない・・・そんでね、アレがすんごくきれいだった・・・って、あれ、なんていうんだったっけ。お花でね、着物とか人間とか、作るヤツ・・・ああ、そうそう、菊人形ね。お母さん見たことある?・・・すんごいすんごいきれいなんよ。ぜーんぶ、お花で作ってあるネン・・・でも手とか顔とかは、花と違うんやけど・・・。 あれ、どうやって作るんやろ?いっぱいいっぱいお花があったら家でも作れる?いっぱいいっぱい花がいるなぁ。・・・あの花の名前?知らん。・・・あ、そうか、菊か。だから菊人形って言うんやね。・・・お母さん、うちに菊の花ある?」
やっぱりうちでも菊人形を作る気ですか。 枚方の菊人形は、制作する「菊士」の高齢化と後継者不足などのため、今年で90年余りの歴史を閉じるという。 もう少し待ってくれれば、我が家から女菊士が生まれたかもしれないのに、本当に惜しい事だ。 その昔、枚方パークの周辺に一大自然公園作ろうとの壮大な計画があり、菊人形もそれにあわせて誘致されたものなのだそうだ。義父の昔語りに寄れば、うちの窯元が枚方市へ窯を移したのも、実はこの公園計画の一端としての意味合いもあったものらしい。 そういう意味では何となく我が家とも縁の深いものとして、親しく感じていた菊人形の閉幕。何となく寂しいものである。 我が家の一番ちび助が、最後の菊人形にいたく感激して帰ってきたのが、せめてもの慰めかとも思ったりする。
| 2005年10月06日(木) |
華やかさとわびしさと |
久しぶりに歩いてスーパーへ。 昨日は雨で肌寒いくらいの一日だったのに、今日はまた晴れやかな好天気で、暑いくらい。ウォーキングを兼ねて、早足でテッテコ歩くとさすがにまだ汗が出る。まだまだ半そでのTシャツでも正解だなぁ。
このスーパー、最近は古くからのテナントが抜けて空き店舗が増えたり、怪しげな安売りの店が入ったりいして、何となく元気がない。お客さんも子ども連れの若いお母さんよりは、シルバーカーを押した年配の女性の比率がだんだん高くなってきているよう気がする。 今日、久しぶりに店舗に入ると、この前までがらんと空きスペースだった所に、100円ショップが店を広げていた。急ごしらえの簡易な陳列台にいろんな品物をゴチャゴチャと並べて、おじさんが一人、気乗りせぬ顔つきで店番をしている。 品揃えも何となく旧式で、格別欲しいと思うものもなかったのだけれど、見るでもなく封筒の束やら洗濯バサミやらを眺めていたら、二人の老婦人がやってきた。
二人は平台に置かれた段ボール箱に乱雑に並べられている造花に目を留めた。硬いビニル製のけばけばしい色彩の造花の中からあれこれ引っ張り出しては、ああでもない、こうでもないと花束を拵える。 やがて、手持ち無沙汰に座っていた店のおじさんもよっこらしょと乗り出してきて、二人の造花選びに加わった。 「この年になってひとりで住んでいるとねぇ、家のなかに赤い色のモンがなんにもなくてねぇ。すすけた色ばっかりで、気が滅入るんよ。」 というおばあさんに、連れの女性もうんうんと頷く。 「だからって、庭に花を植える元気もないし、たんびたんびに生のお花を買いに来るわけにもいかないからねぇ・・・。」 だから、造花がいるというわけか。 いかにも安っぽい色彩のどこにでもある人工の花。 こんなもの、わざわざ買ってかえって自分ちの居間に年中飾り続けている人なんてあるのだろうかと常々思っていたのだけれど、これにはこれでそれなりのニーズというものがあるのだなぁと変な感心をしてしまった。
「こんなものでどうやろう」 店のおじさんが、極彩色の造花の山の中から二人の老女のために選び出したのは、意外にも淡いピンクのコスモスだった。同じ色のコスモスを3本ばかり束ねて、老女達のほうに掲げて見せる。 「ちょうど季節もいいし、このくらいのあればちょっと豪華に見えるやろ?」 「ああら、ほんと。随分華やかなこと・・・。」 と、二人はうんうんと頷いた。 おじさんは同じコスモスの花束を二つ分、くるりと紙に包んで二人に渡す。 お揃いの花束を買ったおばあさん達はそれぞれに300円ずつ支払った。
「これでちょっとは家の中が明るくなるわ・・・」 と店を出ながら、一人のおばあさんが嬉しそう呟いた。 もう一人のおばあさんは、それにはいはいと相槌を打ちながら、誰にともなくそっと付け加えた。 「でもねぇ、秋のコスモスが冬になっても春になっても家の中で咲いているって言うのは、考えようによっちゃわびしいモンやねぇ。作り物の花って言うのは枯れないから余計わびしいねぇ。」
老いの家に、一点の華やかさをと恋うる気持ち。 永遠に枯れない造花を「侘しい」と厭う気持ち。 孤独に暮らす老女達の複雑な思いに触れた気がして、戸外の陽光をことさらまぶしく感じた午後だった。
一昨日、きんもくせいが咲いた。 新聞を取りに出たら、頭の上に涼やかな香りがあって、「ああ、今年もまた・・・」と嬉しくなった。 いつもきんもくせいは、ある朝突然思いがけなく咲いている。 子ども達の学校行事や工房の展示会が重なる一番忙しい時期に咲くからだろうか。
工房で古い資料を探していた父さんが、「こんなものを見つけたよ」とニコニコしながら見せてくれたもの。 それは、先代さんが作ったと思われる小さな判子。おそらくは陶器のなまの生地に装飾として押す「印花」として使われたものだろう。 印材は何かの道具の持ち手部分を転用したような硬い木材で、それにごくごく細い線で寝そべった犬の図案が掘り込まれている。印面はわずかに直径1,5センチくらい。周りを彫り落として、線の部分だけを残す「朱文」なので、かなり気の張る緻密な手仕事が推察される。 そのくせ、彫られた犬の表情は飄々とユーモラスで愛らしい。
印花と言うのは、例えば、よく土鍋の蓋などに小さな花柄等の印文を縄状に並べて刻んだ装飾を見かけるが、簡単に言うとアレに使う印のこと。 最近、私自身も小さな陶のアクセサリーを拵えたりしているが、その装飾用に1センチ角くらいの小さなスタンプ印を使う。近頃はネットで簡単にオーダーのスタンプも作れるようになったが、これも本来は職人が自分でちまちまと印材を削って作ったものだろう。父さんも、いまだに時折、石膏や木、素焼きの陶材等を削って、小さな印を拵えてつかう事があるようだ。
うちの窯では現在義父の跡を継いだ義兄が8代目。 けれどもここで言う「先代さん」とは、七世松月である義父の事ではなく、ひいばあちゃんの旦那さんである六世さんのことだ。 50年余り前に、50代の若さで亡くなった先代さんのことをもちろん私も父さんも知らない。けれども義父やひいばあちゃんの話す逸話や、残された作品や書簡の数々をみると、謹厳な、しかし作陶以外にも諸芸に秀でた、優れた文人の面影が察せられる。
その昔、出入りの下駄屋さんの話によると、先代さんの履かれた下駄の歯は決して片減りすることがなく、いつも水平の線を保ったまま均一に磨り減っていたのだという。先代さんの実直で几帳面な人柄と、すぐれたバランス感覚を伝える話として、何度も義父から聞かされた逸話である。 父さんが見つけてきた「印花」にも、確かな技術の几帳面さと、その硬さを和らげるかすかなユーモア感覚が現れているようで楽しい。
それにしても、半世紀前の陶芸家は一体どんなところにこんなかわいらしいイラスト印のような印花を刻んだのだろうか。古い印花には確かに陶器の生地に使われたらしい土の汚れも残っているので、賀状や書簡に捺す印として造られたのではない事は確かだ。 並べて捺して、何かの縁飾りに使ったのだろうか。 作家の印と共に茶わんの裏などに印したのだろうか。 それとも、干支のお守り印として、戌年の人への贈答品にでも捺したのだろうか。 明治の人のデザイン感覚の面白さに、あれこれ思いをめぐらせて見る。
犬の印花と共に、父さんはもう一つ面白いものを見つけてきた。 小さな青い松ぼっくりの形の陶器の玉。 裏返すと、その裏には小さな画鋲が彫りこんで貼り付けられている。今で言うフックピンという奴だ。 松ぼっくりのデザインは、うちの窯では古来香合などに使われる伝統的な意匠で、「松月」という窯元の名にもちなんだなじみの形。 それをわざわざ小さな画鋲の飾りに刻んで、青釉(みどり)や飴釉を施しておそらくは窯の隅っこに並べて焼いたのだろう。 なんでもない画鋲に、手の込んだ陶器の飾りをつけ、見る人に「ほほう!」と言わせて楽しんだその遊びの感覚が、偉大なる先代さんの隠されたユーモアというか、子どものようないたずら心を思わせる。 そして半世紀以上たった今、その子孫である父さんや私に「ほほう!」と言わせて、笑わせてくれる。物づくりの人の確かな技の力というものを改めて感じて嬉しくなった。
土曜日に中学校、今日、小学校の運動会が終わった。 「二日連続運動会は参るわねぇ・・・。」なんて、お母さん友だちとしきりに言い交わしてはいたものの、うちの場合は今年から幼稚園生がいなくなってノルマが一つ減ったので楽チン楽チン。 それも2日連続で怒涛のように片付いてしまう。 今年は雨の心配もせず、両方とも晴れやかにすっきりと開催されてまずはめでたしめでたし。
初めての生徒会役員で、競技そのものより事前の準備に奔走して燃え尽きていたアユコ。 体格がいいばっかりに土台役ばかり当たる組体操に、文句も言わずニコニコと取り組むゲン。 入場のダンスがお気に入りで、家の中で何度も踊ってはじめての小学校での運動会を心待ちにしていたアプコ。 この数週間、一日中微妙にハイテンションな子ども達のペースに巻き込まれて、何となく家の中がざわざわと落ち着かなかった。 スポーツで人と競い合ったり、みんなと一緒に盛り上がったりする事が苦手なオニイだけが少々トーンダウンしていたようだが、これも斜に構えてクールな風を装うことを好むこのお年頃にはありがちなことか。 そうは言いながらも、アプコに「オニイちゃんにもダンスとかけっこ、見てもらいたいの」とせがまれて、不承不承小学校の運動会にも自転車で駆けつけてくれて、カメラ片手に撮影係を引き受けてくれた。 これはもう、兄というよりは親バカの心境。 甘えん坊姫のアプコにとっては、よきおにいちゃんだ。
さてさて、運動会体育祭が終わると、次は剣道の市内大会、中学校の文化部発表会、地域の秋祭り、来月初めの市の文化祭とこれまた怒涛のごとく大きな行事が続く。 それぞれが自分の活躍の場を見つけて爆走していく秋は忙しい。
父さん不在3日目。 アプコがしきりに「お父さん、いつ帰るの?」と聞く。甘えん坊のアプコがやっぱり最初に寂しくなってくるらしい。私もそろそろ、一人で食べる昼ごはんにも飽きたし、こまごまと父さんの指示が必要な事柄も溜まってきて、「早く帰ってこないかな」の気分になってくる。 甘えん坊の末娘、依存心の強い妻・・・。
TVで話題の新人議員が記者会見していた。 棚ボタ当選後の軽率な言動を謝罪して、今後の所信表明をおこなうという。 右も左もわからないという新人議員一人に大げさな事と思いつつワイドショーの画面を眺める。 普通の若者が振って沸いた当選で舞い上がってしまっているのもよくわかるし、寄ってたかってそんなにいじめてやりなさんなという気持ちと、こんな素人の若者を公費を使って国会議員に育てていかなければならないという歯がゆさと・・・。
新人議員は26歳。 いまどきの若者としては、印象も悪くない好青年。 「金さえあれば何でも手に入る」「選挙なんか一度もいったことがない」と公言しながら、立候補するIT社長さんなんかよりはよほど正直で誠実な若者といっていいだろう。 26歳の青年を見るときに、自分の26歳の頃のことを思い浮かべるよりも、我が家の子ども達が26歳になったときの姿を重ねてしまうのは、私も年をとったということだなぁ。 少なくとも子ども達が大きくなったとき、自分がどんな生き方をしたいのか、どんな役割を果たそうとしているのか、たとえ付け焼刃の知識ででも、自分の言葉で語れる青年に育ってくれたらなぁと思う。 そういう意味では、高校の生徒会選挙並みに安易に国会議員になってしまった青年のこれからを、周りがあんまり面白がってつぶしてしまって欲しくないなぁという気もする。
「全国会議員の中で自分が誇れるのは、これまでやってきたアルバイトの職種の豊富さだ」と、お詫び会見の中で口にしていた。さぞかし、いろんな職業を経験されたのだろう。若者ならではの経験と感覚を政治の場に生かして行かれるといいと思う。 ただ、ああそうかと思ったのは、そういう豊富な職業経験をもってしても、その役職にふさわしい自重した態度とか、慎重な発言とか、そういうものを習得してくることが出来るとは限らないのだなという事。 「自分らしくやっていく」 「ありのままの気持ちを話す。」 「自分のやりたいことをやる。」 という若者の特権のようなこの言葉は、大人の社会でいつでも通用するわけではない。自分の気持ちをまげて外目を繕ったり、正直な本音は胸のうちに収めたりという、回り道も必要だ。 もしかしたら、「フリーター」とか「ニート」という人たちは、そういうい妥協を嫌って自分の気持ちだけに正直で、大人の社会に足を踏み入れるのをためらう人たちなのかもしれない。 そういう意味では、先輩議員やマスコミにもみくちゃにされた彼が、それでも自分自身を見失わずに政治の世界を泳ぎ渡るすべを身につけていったなら、それはそれで足踏みをしている多くの若者達のための何かのエネルギーになるのではないだろうか。 苦し紛れに、そんな期待を寄せてみたりする。
昨夜遅くに、アプコの友だちのKちゃんのお母さんからのメール。 「お米のお買い上げはいかが〜?20キロ五千円になります。明日届きます。」 Kちゃん母の実家は農家。 時々「田舎から送ってきたよー」と山盛りいっぱいのジャガイモやお茄子をおすそ分けしていただく。 新米の季節を前に、去年からのお米が古くなる前に一掃処分したいのだという。去年もちょうどこの時期にたくさんのお米を格安で分けていただいた。 「いつもわるいねぇ、迷惑だったら断ってね」と気を使ってくれるKちゃん母に、「とんでもない、美味しいお米を格安で分けていただいて、大助かり!」と二つ返事のメールを返す。
Kちゃん母は実家から定期的にお米が届くので、めったに市販の米を買うことがないという。その代わり、里帰りの折などには、「送料代わり」と弟嫁さんに金一封渡してくるのでどっちが安くつくかわからないなんて、笑うけれど、なんだかちょっとうらやましい。 経済的なことは別として、毎日食卓に欠かせない白米という形で、遠く離れた故郷の土や水といつもつながっているというぬくもりが、なんかいいなぁと思う。 だから、今年のお米もKちゃん母の生まれ故郷に匂いをお相伴するような気持ちで分けていただく。 「同じ釜の飯」ではないけれど、おんなじ田んぼのお米のぬくもりがちょっと楽しい。
今朝早く、父さん、韓国出張。4泊5日。 大阪工芸協会の親善事業で、現地で展示会を開くのだという。 オープニングセレモニーでお抹茶のお接待をするからと、スーツケースに羽織袴と抹茶茶わん、お手前の道具を詰め込んで、大荷物で出かけていった。 日韓国交正常化40周年という事で、民間でも色々な交流事業が行われているようだ。たまたま父さんは、それに引っかかって、来月には引き続いて再び視察旅行の予定が入っている。こちらは春に竹島問題で一時中止になった隣市の交流事業の一環だ。 我が家にもかなり遅れてやってきた「韓流」というところか・・・。
ここ数日、父さんはさまざまな荷物の梱包と不在中の仕事の段取りで大忙しだった。最後の最後まで窯出しをし、こまごましたお手前の道具をそろえ、ここより気温の低い現地にあわせた衣類をかばんに詰める。 さあ、これで準備万端ととのったといいたいところだが、唯一後ろ髪引かれる思いを残していったものがある。 それは、月下美人の開花。 夜のほんの数時間しか咲かないという一日花。 去年、父さんが教室の人から大きな鉢植えで頂いてきた。 なかなか開花の兆しがなくてやきもきしていたのが、最近になってようやく小さなゴマ粒のようなつぼみをつけ、大きく膨らんできた。 そして、もう今日明日にも開花という所で、韓国行きの日を迎えてしまった。 「帰ってくるまでには、きっと咲き終わってるねぇ。」 ライオンの尻尾のような形に育ったつぼみを惜しそうに眺めて父さんは笑う。 「絶対、写真撮っておいて。」と、父さんはアユコに一眼レフの使い方を教えて、カメラアングルまで決めていった。
それがなんとまぁ、忘れてしまいましたよ。 私も、アユコも・・・。 昨夜はアユコとゲンが笛の稽古やら、父さんのいない「お子様ご飯」やら何となくせわしなくて、早くにベランダの雨戸も閉めてしまったので、ころっと忘れてしまいました。 あぁあ、あんなに楽しみにして待っていたのに、なんとまぁ、おバカなこと。
そういえば、先日は中秋の名月も見損ねた。 いつもなら、ささやかながらお月見ダンゴにススキの真似事ぐらいは忘れず用意していたというのに、今年に限ってはそれすら、ころっと忘れていた。 かねてから、四季のおりふしを忘れない生活をしたいと心がけていたいと思っていたのに、2度にわたるこの失態。 なんだか心に余裕のない生活をしているのかな。 反省反省。
工房の前の桜が落葉し始めた。 昨日、竹箒で掃き集めたばかりなのに、今朝はもう、赤く色づいた落ち葉がアスファルトの上にたくさん散っている。梢にはまだ青々した葉っぱもいっぱいついているのに、もう散っていくんだな。 また、毎日落ち葉掻きに追われる季節が来る。
アプコを迎えにあわてて玄関を出た。すぐ前をハイキング帰りのご夫婦が歩いておられた。ご主人のほうはは足がお悪いようで、杖を突いて右足を引きずっておられる。奥さんはその少し後ろを控えめに寄り添うように歩いていかれる。ご主人は手ぶらなのに、奥さんは赤いリュックに日傘、大きな水筒を肩から下げて、大荷物だ。 二人のすぐ後ろを歩き始めて、聞くともなく聞いていると、なんだかご主人の方が随分怒っているようで、ずんずん先を歩きながら、半歩後ろの奥さんに向かってコンコンとお説教している。奥さんの方が、「そうですかぁ?でもねぇ・・・」とおっとりと受け答えをしているのに対して、ご主人のほうはえらく高飛車な物言いで、三回に一回は最後に「バカ!」が入る。 「そんなわけないだろう、バカ!」 「くだらない、バカ!」 「うるさい、黙ってろ、バカ!」 いまどき珍しい亭主関白だなぁ。
私はちょっと急いでいたので、ご夫婦を追い越して先へ行きたかったのだけれど、このご主人、歩きながら時々、小学生のように自分の杖を振り回して道端の石ころをはじいたり、突き出た木の枝を振り払ったりなさるので、なかなかその横をすり抜けることができなかった。 そのうち、後ろを歩いている私に奥さんの方が気がついて、ご主人の服の袖をちょっと引いて、道の脇に避けてくださった。ついでに傍らの岩に腰掛けて、一休みする事になさったらしい。 肩から提げた水筒を下ろし、ご主人に先にコップのお茶を渡しながら、追い越して先へ行く私に、「すみませんねぇ」というように奥さんがちょっと会釈してくださった。
駅の近くまで大急ぎで降りて、いつもの角でアプコをしばらく待っていたら、上のほうから下って来る人がある。 随分早足だなぁと思ったら、さっきのご夫婦の奥さんの方が一人でずんずん、坂道を下ってくる。立っている私に、「どうも」というようにちらっと視線を移して、でも、少しもスピードを緩めることなく歩いていく。 あらら、大人しい奥さんもとうとうご主人の高飛車にキレちゃったのかなと、見ていたら、しばらくして先ほどのご主人がテコテコとせわしなく杖を突いて、奥さんの後を追うように歩いていく。随分慌てた様子だ。
大きな荷物は奥さんが全部持っていて、ご主人のほうは手ぶらの軽装だったから、もしかしたら、奥さんが怒って先に帰ってしまったら、ご主人は切符の一枚も買えないのかも知れない。 いつも半歩後ろを歩いていて、決して口答えをしない大人しい奥さんの突然の逆襲に、慌てふためいているご主人の様子が、まるで母親においていかれた小さい子どものようで、思わずくすっと笑ってしまった。
実を言うと午前中、私は父さんと買い物に出かけて、くだらないことで軽い言い争いをした。 待ち合わせの場所が違った、違ってないという程度のつまらない諍いで、すぐに解決はしたけれど、色々言い合っても結局の所、お互い心の中では「自分の方が正しかったのに・・・」と心底納得していないのはよくわかっている。 だから、大慌てで奥さんの後を追うご主人の醜態ににやりと笑って、奥さんの突然の逆襲に拍手を送りたくなった今日の私。 意地が悪いなぁと思いつつ、なんだかすっきり気分よくなって、口笛でも拭きたい気持ちになった。
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