月の輪通信 日々の想い
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2004年12月21日(火) 全力疾走

PTAの広報紙。印刷所から配達されたものを各クラスごと部数に分けて配布準備完了。ようやくホントにお役御免だ。よく頑張ったね、ワタシ。

午後、アプコの園バスを迎えに出る。
朝は徒歩で駅前まで歩いて行くが、帰りは買い物のついでなどがあったりして、いつもはたいてい車で迎えに行く事になっている。ところが今朝、アプコが「今日は歩いてお迎えに来て」という。
どうやら来春から、小学校の登下校で同じ道のりを一人で歩いて行く事を意識しての事らしい。
いつも母の手にぶら下がるようにして歩いていたアプコが、急に手を離して一人で歩きたがったり、横断歩道を一人で歩きたがったりするのも、一年生になった自分を見越しての事なんだなぁ。
ぴかぴかの一年生への憧れの気持ちで、うんと胸を膨らませているアプコの成長振りが可愛い。

園バスから降りてきたアプコとともに、ちょっとした雑用で少し遠回りで帰路に付く。アプコ、見慣れた坂道に来ると
「あ、この道、知ってるー! 坂道ってね、ぴゅーっと速く走れるからすきーっ」と本当にぴゅーっと短い急な坂道を全力疾走で駆け下りていく。
「アプコ、ストップ!ストップ!」とよぶ声も聞かずにどんどん走って角を曲がっていってしまう。
そこからは、長いダラダラ上り坂だというのに、少しもスピードを落とさずに駆けていく。運動不足の母にはもう追いかける気力もなくて、ずっと先を見え隠れしながら走っていくアプコの背中をやっと目で追う。
母の手を離れて、すっかり落葉して明るくなった山道を一人でどんどん駆けていく楽しさに、アプコの足は弾んでいる。ちょうど思いがけなくクサリをとかれた飼い犬が狂喜して駆け回るのと同じように、アプコのスピードは思いがけなく速い。
何度か母を振り返りながら走るアプコの姿が、終いにはカーブを越えて見えなくなって、私は追いかけるのをあきらめてとぼとぼと一人で歩いた。

来春からは、アプコもこの道をこうやって一人で走って下校するのだ。
オニイもアユコもゲンも、みんなそうやって登下校してきたのだ。
一年生の最初こそ、下校時間を見計らって迎えに出たりもするのだが、それこそいつまでも母のお迎えで下校するわけにも行かない。
帰りの道には、お友達のうちこそないものの、小さいときから顔なじみのおばあちゃんやおじさんおばさん達のお家がある。
季節によってはハイキングの団体さんなどもたくさん通っていて、昼間は結構人通りもある。
それでも、いつも手をつないで母と一緒に歩いてきたアプコがたった一人でこの道を登下校するのだと思うと、なんだかぐっと不安になる。
小学校では先日、全校児童にお揃いの防犯ベルの配布が決まった。奈良の痛ましい事件の後、近隣でもいくつか不審者の情報が流れたりして、地域の人のボランティアによるパトロールも始まったという。
憧れの赤いランドセルに胸膨らませて駆けていく小さな娘の手を、「行っておいで!」と晴れやかに離してやることが出来ない世情への不安にはやはり胸が痛む。

最後のカーブを曲がってもアプコの姿は見えなかった。
のろのろと遅い母に苛立って、はぁはぁと息を切らしたまま、うちまで走りとおしたのだろう。
玄関を開けると、駆け足のまま脱ぎ散らかしたアプコの通園靴。
階段の上から、「速かったでしょ!」とアプコの顔がのぞく。
「速すぎて、お母さん、とっても追いつけなかったよ。」と言ってみる。
本当は「誰かに連れて行かれちゃったら怖いから、一人で走って帰っちゃダメじゃない!」と小言の一つも言いたい所だけれど、得意げなアプコの笑顔を見ているとその得意げな声に水を注すのも憚られる。「世の中には悪い人がいっぱいいるんだよ」と人間不信をあおるのにも忍びない。
「せっかくアプコと歩いて帰ろうと思ったのに、お母さん一人で置いてきぼりでつまらな〜い。」とわざと拗ねたようにアプコをなじる振りをして、もやもやとした思いを晴らす。
「ごめんごめん、明日は一緒に歩こうね。」
すりすりと体を寄せてくるアプコの口調は、世話好きでしっかり者のアユコにそっくりだ。
アプコにはおいおい、自分の身を守る術を教えていくことにしよう。
そして、お姉ちゃん譲りの生真面目な賢さと、全力疾走の脚力と、お守り代わりの防犯ベルに期待して、祈りながらこの子の駆けて行く背中を見送るしかないのだろう。


2004年12月20日(月) サンタのお使い

朝、子ども達が出て行った後、大急ぎで家事を済ませて、今年2度目のサンタのお使いに出かける。

さすがに大きい子達はもうサンタの正体を知っているはずだけれども、我が家にはまだ幼いアプコがいるので、クリスマスのファンタジーはまだまだ形をとどめている。いつも空からやってくるサンタのために屋根裏収納の小窓を開け、この日ばかりはとさっさと寝間に入るアプコ。
「そろそろ、サンタさんに電話しとかないと、クリスマスに間に合わないよ」と今年のプレゼントのリクエストを聞きだし、「ありゃりゃ、ちゃんとお片づけしないとサンタさんが、いいものくれないかも・・・。」と脅し言葉を使う。毎年、12月の楽しい会話。
オニイやアユコも、「そんな高いもの、頼んでもダメだよ。」とアプコの欲張りをたしなめるときにも、「・・・って、サンタは言うと思うよ。」と用心深く付け加える。
「ホントはサンタはお父さんお母さんなんでしょ。」とは決して言葉にしないで、幼い頃父や母が苦心惨憺してはぐくんだクリスマスの演出の楽しさを末っ子アプコにも同じように味合わせてや牢と気遣ってくれるオニイ、オネエの優しさが嬉しい。

という訳で、今年のクリスマスのプレゼント。
オニイ、アユコはサンタの懐具合と買い物の手間を配慮して、早々に「僕は図書券」「あたしは『ハウル』の原作本」と手ごろなリクエストを申告してくれた。
問題はアプコとゲンだ。
コマーシャルを見ても新聞のチラシを見ても、次から次へと欲しいおもちゃが変わり、結局一本に絞れないアプコと、これといって格別欲しいものはないらしいゲン。
「おかあさん、何を頼んだらいいと思う?」
「クリスマスまで、あと○日かぁ・・・。」
と目が合えば、何かとクリスマスの話題につなげようとするゲンに、最初のうちは欲しいものを聞き出そうといちいち付き合ってはいたけれど、だんだんそれも面倒になってくる。
「欲しい欲しい」のアプコと違って、とりあえず「欲しいものゲット」の機会を逃したくなくて、無理やりあれこれカタログを物色しているゲンにだんだん腹も立ってくる。
「いっそ、今年は『サンタにお任せ』で行くかな・・・」とも言うのだが、横からオニイが、「じゃ、地球儀とか問題集とかそういうのが来ても文句言わないんだな。」と茶々を入れる。
そして、ついにはどこかのデパートのカタログの中から、今まで欲しがった事もないラジコンカーを指差して、「これでいいわ。」という始末。

「これいいわ」
には、さすがにカチンときた。
「あ、そう。でもね、その話題、もうお母さん飽きたわ。もう聞かないから。」
あ、しまったという顔をしてすごすごと引き下がるゲン。
それからは、ゲンが控えめに、「あのー、クリスマスなんだけど・・・」と切り出しても知らん振り。サンタの正体をホントはちゃんと知っているゲン、誰を怒らせたらまずいかもちゃんと判っているのだ。
事情を察したオニイ、オネエが「残念だったね。」とゲンをからかう。

みんな本当に小さな幼児だった頃、父さんと母さんはまだ自分の欲しいものがいえない子ども達にあれこれクリスマスのプレゼントを選ぶのは大変だった。
機関車トーマスの好きなゲンにプラレールのおもちゃを、戦隊物のヒーローに憧れるオニイには合体式のロボットを、夢見るお姫様のアユコにはおもちゃのピアノを・・・。
包みを開けて、思いがけないプレゼントにわぁっと歓声をあげる子どもらの笑顔が嬉しかった。
サンタクロースの正体がばれてからも、小さいアプコのためにあの嬉しさを残しておいてやりたいとは思うのだけれど、正直な所プレゼントを選ぶ親の気持ちも、手ごろなプレゼントをリクエストする子ども達の気持ちも、子どもらの成長に従って大きく変わってしまっている。
ちょうどそのハザマにいる中間子のゲンが、いみじくも今の我が家のクリスマスプレゼントに矛盾のわなに落ちた。
そろそろ今年あたり、屋根裏部屋のまどを開けて朝を待つクリスマスの習慣は終わりにするかなぁ。

今日、サンタのお使いに町へ出た私はアプコには希望通りのおもちゃと、ゲンには彼の希望ではない地味なプレゼントを用意した。
そして、毎年、決して選んだプレゼントに文句を言う事のない、亡くなった次女のためには、例年通り、ガラス細工のサンタやトナカイを買う。毎年一つ二つと買い揃えた儚いガラス細工は、もういくつになったのだろう。赤ちゃんのまま、成長する事のない娘に選ぶプレゼントは悲しい。
ぶうぶう文句を言いながらも、毎年成長していく子ども達にプレゼントを選ぶ喜びを忘れてしまっているのは母の方なのかもしれない。


2004年12月18日(土) 一生分のわがまま

午後、オニイと二人で1日遅れのバースデイケーキを買いに出かけた。
オニイの希望で今回はホールのケーキではなく、一人一個ずつのカットケーキ。お誕生日の華やかさにはかけるが、それぞれが好みのケーキを選ぶ楽しさもまた、良い。
オニイと二人で買い物に出かけるのは久しぶりのこと。帰りに「悪いけど、ちょっと寄ってくれる?」と請われて、オニイのなじみの古本屋、ゲームショップ等に立ち寄る。片田舎のこの町でのオニイの数少ない娯楽の場だ。
注意深く、母とは微妙に距離を置いて店に入るオニイ。
「オカンと一緒」がかっこ悪くて恥ずかしい年頃なのだ。それでもまだ、家族と一緒にバースデイケーキを「ふーっ」する習慣に付き合ってくれるだけ、まだまだお子さまということか。
行きの車の中で、「僕も14歳。父さん母さん達とケーキを囲む誕生日もあと何回くらいあるかなぁ。」なんて、ませた事を言うので、
「そだね、『誕生日は彼女と過ごすから』って、家族を置いて出かけて行っちゃう日も近いかもね。」とからかってみたら、それは、ないないとぶんぶん首を振っている。
やっぱり、まだまだかわいい。

「かあさん、いろいろつき合わせちゃって悪いんだけど、もう一軒、コンビニに寄ってくれる?」
何か目当てのものがあるらしい。しばし、店内をうろちょろしたあとで、「かあさん、50円貸して」という。始終金欠のオニイ、なんだかおねだりもしょぼいなぁ。やはり欲しいものは金315円也のトレーディングカード。
ま、誕生日だしいいかと菓子パンと一緒に精算すると、オニイ、ピョコリと頭を下げて「ありがとな、これ、一生分のわがままにする。」という。
「おいおい、一生分のわがままをたった300円のカードで使い切ってしまってええんかい?」とツッコミをいれると、う〜んとうなっている。

「たとえばさ、公立の学校落ちかたら私学へ行かせてとかさ、『自分探し』の旅に出ますとかさ、そういうわがままってこれからまだまだありうるよ。
『結婚します』と連れてきた彼女が、バツいち子持ちチョー年上でおまけに『ニホンゴ ワカリマシェ〜ン』とかさ。」
畳み掛けるように訊くと、オニイますますうなって考え込んでいる。
「う〜ん、そやな。ありうるな。」
・・・って、どれが?まじめに考え込むオニイに新たにツッコむのも怖い。
まだまだ、君の一生分のわがままはこれからだね。
「じゃあさ、母さんの一生分のわがままってなんだった?」
オニイ、しばらくして改めて訊く。
「そうねぇ、一浪までして4年制の大学に行かせて貰った事とか、そんなに苦労してなった教職をたった3年ほどであっさり辞めて結婚しちゃった事とか・・・」
そうだなぁ、私だって若い頃には、父や母には結構好きなことさせてもらったけれど、その割にはそれに見合うような立派な生き方はしていないよなぁ。
結婚してから後だって、「もう一人」「あともう一回だけ」と5回の妊娠出産を経て4人の子の母となる事が出来たのも、父さんが私のわがままを「しようがないなぁ」と心優しく受け入れてくれたからかもしれない。
我が家の子ども達がぐうたら放題の母の行き当たりばったりの育児に愚痴るでもなく、大きな非行にも走らずすんなりと育ってくれてくれているのも、もしかしたら彼らが私のわがままを「しょうがないなぁ」と不承不承受け入れてくれているからかもしれない。
人が自分のやりたいと思うことを押し通すという事は、他の誰かにとってはその人のわがままを「しようがないなぁ」と笑って見逃してもらっているという事なのかも知れないなぁと思う。

何だか自分で仕掛けた網に自分で引っかかるような、ばかげた思考がいつまでも付きまとう。
私がこれまで生きてきた中でずいぶん頑張って自分で勝ち取ったと思ってきた事柄の多くは、誰かが「しょうがないなぁ」とハラハラしながら受け入れてくださったたくさんのわがままの賜物でもある。
そして今、果たして私は、それに見合うだけの何かを「わがまま」の代償として誰かにお返しするだけの度量を持ち合わせているのだろうか。
子ども達の、夫の、そして他の誰かの「こんな事がしたい!」「こんな風に生きたい!」という強い想いを、「しょうがないなぁ、頑張ってやってみ」と笑って見守っている強さを持つ事が出来るのだろうか。

オニイ。
道しるべのない真っ白な地図の上を生きていく君の未来には、これから先「一生分のわがまま」を使う機会は無数に転がっているんだよ。
たった300円のカードのおねだりを「一生分」と表現する遠慮深い君にも、近い将来本物の「一生分のわがまま」を主張しなければならない日がやってくる。
そのときまで「一生分の」なんて言葉は大事にとっておきなよ。
母もその日が来るまでに、君のわがままを全力で支える度量と体力とそしてなけなしの財力を蓄えておく事にする。
14歳。
これからの君の「一生分のわがまま」が楽しみだ。


2004年12月16日(木) 個人懇談あれこれ

昨日のアユコ、ゲンの個人懇談に引き続いて、今日はオニイの三者懇談。
先生との和やかな世間話で笑うことの出来る懇談やら、けんか覚悟でひそかに拳を固めていく懇談やら。
毎年の恒例ながら、そこそこ母もくたびれる。

で、オニイの三者懇談。
約束の時間の少し前に教室前に付くと、まだ前の親子が懇談中の様子。
「早すぎたかねぇ。」とオニイと話していたら、教室の中から「うるさいわ!」と外まで聞こえてくる男の子の大きな声。
「なんか、長引きそうだねぇ。」と、オニイと顔を見合わせる。
果たして、私達の懇談はとても予定時間には始まりそうに無かった。
どうやら、懇談の主はちょっとだけ顔みしりのA君。
いかつい体格にも似合わず人懐っこく、ちょっと甘えたような物言いが可愛い子だなぁという印象を持っていたのだけれど、相手が自分の親だとああいう激しい物言いになったりもするんだな。
オニイの話ではAくん、最近、答案用紙にわざと見当違いの答えを書いて叱られたりしていたという。学校とか親とかいろんなものに突っかかったり、抗ったりしたくなったりするお年頃なのだろう。
予定時間30分ばかり過ぎて、ようやくA君親子が教室を出てきた。
にゅっと背の高いAくんとそれよりずっと小柄な人のよさそうなお父さん。
「お、悪いな」とオニイにでもなく私にでもなく、ニッと笑って手を上げるAくん。変に悪ぶった様子もなくて、どちらかといえばあどけない素直な笑顔。
なぁんだ、こんなに立派な体格になってもまだまだ子どもじゃん。中学生の男の子って、まだまだこういう宇佐なさが残っているもんなんだなぁ。
ちょっとホッとした思いで入れ替わりに教室へ入る。

最近の体調や生活態度、定期試験の成績、宿題や小テストの提出状況など、先生からいろいろと報告を受ける。
1学期よりずっと体調も落ち着いて、遅ればせながら試験勉強の習慣も身についてきたこのごろのオニイを、親としては結構頑張っている方だと思っていたし、先生からも「ま、この調子で来学期に期待」という感じ。
それこそ「うるさい、黙れ」と声を荒げるような事もなく、穏やかな懇談内容。予定された15分の間に、長期欠席している友達の話や先日の校外学習のことまでニコニコと雑談して、退席してきた。

突拍子もない非行に走るわけでもなく、反抗して声を荒げるわけでもなく、親や先生の言葉にはい、はいと素直と頷き、悪い所を指摘されるとしゅんと項垂れる。机上に置かれた定期試験の成績の一覧を、恥じ入るようにぺらりと裏返す。
なんだかなぁ。
こんなもんかなぁ。
直前に聞いたA君の怒声のせいか、今日は妙にオニイの素直ないい子ぶりや自信なげなうな垂れぶりが気にかかる。
日頃の言動や振る舞いから、今のオニイがこの年齢ならではの矛盾や葛藤をたくさん抱えているだろうという事はよくわかる。大人を批判したり世の中の矛盾に憤ったり、そういうわらわらと燃える強い感情が多分オニイの中にも芽生え始めているに違いない。
けれどもその感情は弟や妹達への小言とか、ちょっと斜に構えたような皮肉な口調で発散するくらいで、激しく大人にぶつけるというような事はない。まだまだA君のようになや先生に対する気まぐれな怒声やたわいない反抗の形で表和してもいい年頃なのにと、少々物足りなく思ったりする。

生真面目で心優しい息子を持って、「物足りない」というとバチが当たるかもしれないけれど、どこかでオニイが自分の感情を激しく大人達にぶつけ、強い自己主張をする日のことを期待している自分に気付く。
よくも悪くも、子ども達はなかなか親の希望する通りには育っていかない。
ないものねだりは親の身勝手と銘じつつ、オニイとともに校門を出る。
母と並んで歩くのを恥じて、さっさと数メートル先を早足で帰っていくオニイのひょろりと伸びた華奢な背中を追いかけて歩く。
しっかり一人で歩け、オニイ。
明日は君の14歳の誕生日だね。


2004年12月13日(月) 夢はつながる?

アプコ、幼稚園の生活発表会。
「絶対絶対、みにきてね。」といいながら、「何に出るかは、内緒よ」と嬉しそうに待っていた本番の日。
我が家で最後の発表会ということで、年末仕事に追われる父さんも仕事を中断して駆けつけた。
先生方の苦心の作の可愛いお衣装を身につけて、ピョンピョンと楽しげに踊るアプコ。
最後まで緊張して表情の硬かった昨年と違い、終始ニコニコと笑って演じる様子に父さんと二人、思わず頬が緩む。
忙しい年末仕事のさなか、楽しい思いをさせてもらった。

「ねぇねぇ、おかあさん、空と空はつながっているし、道と道はつながっているけど、夢はつながらないよねぇ。おんなじ夢は見ないもんね。」
そういえばこの間、アプコがまた禅問答のような質問をした。
演目の最後は、年長クラスの合奏と合唱。年長さんの合唱には、いつも結構難しい「泣かせる」曲が用意されるのだが、今年は「君と僕のラララ」という曲が選ばれた。アプコはこの曲が痛く気に入ったらしく、家でもしょっちゅう調子っぱずれの鼻歌で歌っていたりする。
はじめ、その質問の意味がちっとも意味が分からなかったんだけれど、どうもこの歌の歌詞の事を言っていたらしい。

「夢っていうのはね、夜、寝てるときに見る夢だけじゃなくてね、『大きくなったらこんな人になりたいなぁ』とか『こんな事やって見たいなぁ』とか思い浮かべる事も夢っていうんだよ。」
噛み砕いた言葉で説明すると、アプコ、初めて聞くような「へぇー」という表情。おしゃべりも得意になって、毎日ひっきりなしに新しい言葉を覚えてくるアプコだけれど、結構はっきりした意味や使い方が判らないまま、聞き流したり類推したりしている言葉がある。大人からすれば当然知っているものとして使っている言葉が、意外と子どもにとっては未知の言葉なのだなぁと驚いた。
「この歌、なんか、いいねん」
園でお友達と何度も何度も練習し、鼻歌にまで出てくるようになったこの曲を、アプコはとても好きだという。
「夢」という言葉ももう一つの意味を知らなくても、アプコにはこの歌に流れる暖かい気持ちや希望の想いがなんとなく伝わっているのだろう。
友達と声を合わせて歌った歌を通して、「夢」という言葉を獲得するアプコを幸せに思う。

幼稚園の玄関脇には出入りの業者さんたちが宣伝のために並べた色とりどりのランドセル。
「この色のがいいの。赤いのにしてね。」と何度も念を押すアプコに、
「あらそうなの?おかあさんは黄色か青のがいいと思って探してるんだけど・・・。」とわざと意地悪を言ってからかってみる。
「あかん、あかん。黄色のなんてないよ。青は男の子色だし・・・」と切り返すアプコは大真面目。
うそだよ、うそだよ。
お母さんだって、アプコが真新しい赤いランドセルを背負って学校へ行く日をずっと夢見ていたんだよ。アプコが生まれるずっと前からね。
アプコの夢とお母さんの夢、ちゃんとつながっているんだね。


2004年12月08日(水) 無駄に謝る

PTAの広報紙の仕事がほぼ一段落。
案の定、原稿提出から校正、写真のチェック、印刷代交渉と最後の最後までバタバタと駆けずり回ったが、今日、ようやく最終稿を印刷所へ持ち込み。
後はゲラチェックが通れば、本印刷、配布の運びとなる。
まずはめでたしめでたし。

印刷所の帰り、晴れ晴れとした気分でいつもと違うスーパーに寄った。
「お買い得品」の山の中に、とてもきれいなイチゴが格安値段で並んでいたので、きっとアプコが喜ぶなと2パック、カゴに入れる。いつもなら、冬のイチゴなんてめったに買わないのに、やっぱり大仕事を終えて、気持ちが緩んでいるのだなと確かに自覚する。
夜を徹してのパソコン仕事や、昼食時間も惜しんでの編集作業。
ここ10日ほどは、広報紙のことが四六時中頭から抜けなくて、家事もずいぶん手抜き気味。買い物にも十分心を掛ける事が出来なかったので、冷蔵庫の食材も少々品薄だ。今夜こそはちゃんとした晩御飯を作るぞと野菜や魚を次々とカゴに入れていく。
レジの列に並んで長いレシートとともにジャラジャラとつり銭を受け取ろうとした時、レジの人の手からぱらりと数枚の硬貨がこぼれ落ちた。
「あ、ごめん」
とっさにこぼれ出た謝罪の言葉。
「いえ」
と、レジの人。
硬貨を取り落としたのはレジの人で、私は受け取る手すら出していないので、別に私が謝る理由はかけらも無いのに、なんで先に「ごめん」の言葉が出てしまったのだろう。反射的にかえってきた「いえ」の返事も考えてみれば変だ。「すみません」をいうのは、取り落とした彼女のほうだ。
なんだか「ごめん」を一回分、損した気分。
かといって、改めて正すほどの事でもないので、なにごともなくつり銭を受け取ってレジを出た。

ほんの些細な一こまだけれど、後からつらつら考えてみると、近頃私は何度も無駄に謝ってきたような気がする。
広報の仕事が押し迫ってきて、原稿の編集や校正をめぐって、「お手数かけて悪いけど、書き直してくださる?」「せっかくやってくれたのにごめんね。なおさせてね。」と各委員さんたちとのメールのやり取りが続いた。
「悪いけどアプコの迎えに間に合わないんだ。行ってくれる?」「急な用件が出来て買い物が出来なかったよ。ばんごはん、ショボくてごめんね。」と家族に言い訳する事も多かった。
「こうして欲しい」と面と向かって言う代わりに、「悪いけど・・・」「ごめんね・・・」を枕詞にして、やわらかくお願いしているつもりになっている自分に気付いてちょっとイヤになる。
その言葉の裏側には、「こんなに頑張っている私」とか「こんなに回りに気遣っている私」の意識があるようで、当然相手が「イエス」といってくれることを期待しているような気持ち悪さがある。
そこには、「ごめんね」の言葉が持つ本来の謝罪の気持ちや心遣いの気持ちが見えなくなっていたのではないだろうか。

たとえば「すみません」という言葉を、本来の謝罪の意味ではなく、「ちょっと、○○さん」というような呼びかけの意味で使うことがある。
時には「ごめんなさい」や「ありがとう」の代わりに使うこともある。
相手の名前や行為、自分の気持ち等に直接的に触れることなく思いを伝える便利な言葉としての「すみません」という語を使う。その曖昧さがなんとなくイヤになって、「すみません」という言葉を避けた事があった。
嬉しかったときには「ありがとう」と、申し訳ないと思ったら「ごめんなさい」と、はっきりと気持ちを表す言葉を選んで使うようにしたいと思ったのだ。
それなのに今、忙しさに甘え、人間関係のトラブルを慎重に避けるためだけに、必要以上に乱発して「いい人」になった気になって使う「ごめんね・・・」「悪いけど・・・」という枕詞のイヤラシさはどうだ。
自分では触れてすらいない硬貨の散乱に何のためらいも無く、習慣のようにとりあえず「ごめんね」という言葉を使っておく安直さが、ますます鼻について自分がいやになる。
本当に「ごめんね」といわなければならなくなった時、使い古されてぺらぺらになった「ごめんね」に本当に心を表す深い意味をこめる事が出来るだろうか。
大量生産でばら撒かれた「ごめんね」の中から、本当に心を込めた真実の「ごめんね」を誰かに見つけてもらうことは出来るだろうか。
そして何よりも、本当に「ごめんね」といわなければならないタイミングを、私自身が見失ったり取りそこなったりする事は無いだろうか。

「無駄に謝る」という変なフレーズが頭に浮かぶ。
それは時には円滑な人間関係を維持するために必要不可欠な処世術でもあるのだけれど、無意識のうちに「とりあえず謝っておく」という安直な逃げ道を選ぶ愚鈍さがイヤだ。
自戒を込めて、改めて心に決める。
意味の無い「ごめん」を乱用しない。
伝えるべき気持ちは、曖昧に濁さない言葉で述べる。
「ごめんね」に甘えない。

園バスから降りてきたアプコがプンプン怒る。
「今日、お弁当にお箸が入ってなかったよ!」
わぁ、ごめん、ごめん。
これはほんとにホントの「ごめん」
お買い得イチゴで御勘弁を・・・。


2004年12月05日(日) 誇り高き男

父さん、年末仕事が立込んできて家へも香合の仕事を持ち帰ってくるようになった。
コタツに入って背中を丸めて、細かい仕上げの仕事を続ける父さんにアプコが甘えてしなだれかかり、ちょっかいを出す。
「こら、アプコ、父さんは大事な仕事中や。邪魔したらあかんで。」
説教ジジイのオニイがアプコを叱る。
「人間にとって仕事っちゅうもんはな、『誇り』っていうかなぁ、人生の『目標』っちゅうかなぁ・・・・」
なんだか難しい言葉をいっぱい引っ張り出して、大真面目に説教を垂れはじめる。
「へぇ、オニイ。君にとっては仕事が人生の究極の目標なの?」
オニイのまじめをからかって、母、さっそく、ちゃちゃを入れる。
「うん。そうちゃうのん?このあいだ、『しごと館』の人がそう言ってたで。」
「ふうん、そんなもんかなぁ。」

先日、オニイは校外学習で「わたしのしごと館」という施設に出かけ、簡単な職場体験実習をさせてもらってきた。オニイが参加した漆塗りなどの伝統工芸の他にも、精密機械の組み立てやTV番組の制作現場など多種多様な職業のさわりの部分を体験させてもらう事の出来る人気の施設だという。
フリーターやNEETと呼ばれる若者が増え、働くという事に対する意欲を小中学生の頃から職業教育として経験させておきたいという試みなのだろう。
近頃の職業教育は誠に至れり付くせりだなぁと感嘆するばかり。
オニイ、事前の職業適性検査では「芸術家向き」と判定されて、ひそかに心地よくなってかえってきたらしい。
多分そこでのレクチャーの中で、「人間にとって、働くという事は大事な事だ。」「自分でそれを誇りと思えるような職業を見つけなさい」というようなことをいわれてきたのだろう。生真面目なオニイは、真正面から受け取って感化されてかえってきたようだ。

「父さんにとって作品を作るということは、大事なことやろ。だから、仕事中はふざけたり、べたべたくっついたりしたら、あかんねんで。」
オニイ、今度はアプコにもわかるようにかんたんな言葉でアプコを諭しはじめる。その口調がなんとも真面目で、誰かさんの口調にそっくりなものだから、母もますます面白がって、更にツッコミをいれる。
「でもなぁ、オニイ。父さんは仕事も好きだけど、アプコとへらへら戯れるのも好きなんとちゃう?なぁ、おとうさん?」
父さん、母の意地悪を察してへらへら笑っている。
「仕事も大事だけどさ、家族だって大事じゃないのさ。君は仕事と家族とどっちを優先するの?」
オニイも母が面白がってわざと混乱させようとしているのに気付いて、ムキになってくる。
「だってさ、男にとって仕事ってのはさ、だってさ・・・」
男にとって・・・だってさ。

「仕事か家庭か」はさておいて、中2になったオニイの中になんだか生真面目な職業観が育ちつつあるという事が頼もしく思えた。
父さんの仕事の大変さも、働くという事の大切さもしっかり理解してくれるようのなってきたのだということが、父さんも母さんもホントはとっても嬉しいんだ。
そのこともきっと君は気付いているんだよね。


2004年12月04日(土) 焚き火の魅力

急遽、予定変更で朝から行うことになった焼き芋大会。
子ども14人、大人4人が三々五々集まってきて工房周りやお茶室の落ち葉かき。
かき集めた落ち葉を子ども達がえっさほっさと運んで大きな落ち葉の山を作る。傍らでは女の子達が洗ったお芋を新聞紙で包み、びしゃっと水に漬けてアルミホイルで包む。
火をつける前に、小学生の男の子達が出来上がった落ち葉の山にダイビングし、頭の先まで葉っぱにもぐりこんでひとしきり遊ぶ。

皆を集めて、落ち葉に点火。去年は全員にマッチで火をつけさせてみたが、今年は100円ライターでの点火をやらせてみた。
家庭の中で実際に火を扱う事が少なくなり、中学生のオニイたちですら慣れた手つきで一発点火と言うわけには行かなくて、父さんがライターの持ち方からレクチャーして、何度も火を点けさせてみる。
さすがにお父さんが愛煙家という女の子だけは何のためらいもなく点火する事が出来て、面白かった。

焚き火が始まってからは、小学生の男の子達は火の番を大人に任せて、裏山に登ったり、地べたの上に車座になってカードゲームをしたり、おやつを食べたり・・・。
残った中学生と女の子達は、「鍋奉行」ならぬ「焚き火奉行」の大人たちの指導の下、ああでもないこうでもないと突付いたり扇いだり、落ち葉を足したりして、焼き芋の火加減を見る。
子ども達のお付き合いと言いながら、大人たちにとっても年に一度の火遊びは楽しい。
毎年毎年、効率よくこんがりと芋を焼く手順を研究しながら火の番をするのだけれど、翌年集まったときには前回の研究成果はあまり生かされていなくて、「来年こそは・・・」と課題を残すのも面白い。
ちょこちょこと手慰みに焚き火の世話を焼きながら、おしゃべりに花を咲かせる穏やかな時間。
山の緑が最後に運んでくれる冬の楽しみ。
ありがたく味わう。

天気予報の言うとおり、ポツリポツリと最初の雨粒が落ちてきた頃、ホクホクのお芋でおなかいっぱいになった子ども達はめでたく散会。
洋服にしみこんだ煙の匂いと新聞紙に包んだ焼き芋をお土産にそれぞれのうちへとかえっていく。
後に残ったのは、ほんの小さな一山の灰。
あんなにたくさんの落ち葉を燃やしたというのに、結局いつも後に残るのはあっけないほど少量の灰の山。
夜、雨足が強くなった。
みんなできれいに掃き清めた歩道や庭にまたひとしきり木の葉が降る。
山の営みは休まず続き、本格的な冬への歩みをとどめる事はない。


2004年12月03日(金) ざわざわ

気がかりな事をいくつも同時に抱えていて、心がざわざわ騒ぐ。
PTAのこと、広報紙の仕上がりのこと。
父さんの忙しい年末仕事の事。
やりたいのに滞っている家事のこと。
家族の健康の事。エトセトラエトセトラ・・・・。
一つ心が揺れ始めるとそれに連動して、気がかりや難儀な事が次々と頭に浮かぶ。
ざわざわは、勝手に自己増殖を繰り返すらしい。
そして目下のところ差し迫っているのは、明日の焼き芋大会。
子ども達がそれぞれの友達を呼んで、工房の庭の落ち葉をかき集め、焚き火で焼き芋をする。
天気予報は午後から雨。
当初、午後から集まってはじめるつもりだったが、急遽午前中に予定を変更。降り出すまえにちゃっちゃとはじめないと、いったん落ち葉が雨にぬれてしまうと厄介だ。
あちこちに予定変更の連絡を入れる。
あとはテルテル坊主に願をかけるのみ。
ざわざわ、ざわざわ・・・。

エンドレスで続く忙しさや、いつも心のどこかに引っかかっている気がかり、やらなくてはならないのに放置してある案件。
そんなものがいくつもいくつも重なってくると、時々ざわざわ心が騒いで苦しくなってくる事がある。
「次々にやらなければならない仕事があるってことは幸せな事よ。」
いつも、忙しさを愚痴る父さんをそういって慰めるけれど、ほんとに参ってくるとそういうポジティブな考え方を支えきれなくなって、凹んでしまいそうになる。
「あれもこれも投げ出して、いっそ無人島へでも逃げ出したい。」
私の場合、しょうもない愚痴の合間に「無人島」と言う言葉が出ると要注意らしい。「無人島」の赤ランプが点灯すると、いかんいかんと気持ちの切り替えをはかる。

とりあえず、今夜はテルテル坊主の効果に期待して、ふて寝を決め込む。
そして明日雨が降る前に、山積みの落ち葉と一緒に、ぱーっと騒いでもやもやざわざわも燃やしてしまおうと思う。
明日天気になぁれ。


2004年11月30日(火) 気楽な身分

ストーブの前に寝そべって鼻歌を歌いながらお絵かきをしているアプコに、期末試験2日目のオニイがぼやく。
「気楽でいいよなぁ、アプコは。毎日、好きなことをして、遊ぶのが仕事なんだから・・・」
なんだかおっさんくさい物言いだなぁ。

「それをいうならね。」
忙しく夕餉の支度をしながら、ちょっとオニイをからかってみる。
「毎日、誰かが稼いでくれたお金で学校へ行って、誰かが作ってくれたご飯を食べて、自分のための勉強をして大きくなるのが仕事の君だって、十分気楽な身分じゃないの?」
オニイ、「やられたぁ」とへらへら笑っている。
若いって事はね、自分のために、時間が使えるって事。
試験勉強をするのも、剣道の稽古に行くのも、いろんな経験をするのも、みんな自分のための時間じゃないの。
そして君達の前には、まだまだたくさんのまっさらな道がある。

ついでにもうちょっと、踏み込んで考えてみる。
毎日忙しい忙しいと走り回っている私達。
老いの道の先輩達に言わせれば、
「毎日、自分の足で行きたいところへ出かけ、自分の耳で誰かの言葉を聞くことが出来、自分の歯で食べたいものを食べる事が出来る。誰かのために忙しく走り回る事も出来るあんたこそ、いいご身分だねぇ。」
と言われるのかもしれないなぁ。
子ども達の送り迎えやPTA,工房の手伝いや家事の繰り返し。
なんだか嫌んなっちゃう事もあるけれど、それだけ走り回れるだけの体力と誰かに頼りされてるお仕事と「もうちょっとがんばろう!」と自分に気合をかける気力がまだまだ私にはいっぱいあるということ。
そして、こんなおばさんになっても、まだ私には先の見えない白紙の画用紙の持ち合わせが何枚もある。

明日からは12月。
PTAの仕事も最後の追い込み。
工房の仕事もしっかり年末体制だ。
もう一息、もう一息。


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