月の輪通信 日々の想い
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2004年11月12日(金) 雨靴

昨夜から、雨。

雨降りだから早めに子ども達をださなくっちゃと気合を入れて起こす。
階下から2階の子ども部屋に向けて、オニイから順に大きな声で子どもらの名を呼ぶ。
不機嫌そうなくぐもったオニイの返事。
寝ぼけてテンションの低いアユコの返事。
一番寝起きがよくて、朝から元気なゲンの返事。
そしてアプコはたいてい返事をしない。
何度も何度もアプコの名前を呼んで、そのうち見かねたオニイだかアユコだかがしぶしぶ代返する。
「アプコー!今日は雨降りだよー!はやく起きろー!」
「雨降り」という呪文は効果テキメン。
ふにゃーとふやけた返事をして、起き出したアプコの小さな足音がする。
「雨降ってるー?」
アプコはこの間から雨降りの朝を待ちかねていたのだ。

先月、アプコに新しい長靴を買った。
ピンクと薄紫の可愛いパステルカラーの長靴。
小さい子の通園通学には長靴は必需品だが、成長に従いどんどんサイズが変わる。ないと困るが、ごくごくたまにしか使わないので、誰かのお下がりを頂いて事を足らせる事が多い。だからうちには、よちよち歩きの14.0サイズから、「長靴なんてカッコ悪〜い」と言い出す21.0あたりまでのサイズはほとんどどなたかのお古で各サイズ取り揃えておいてある。
ところがどうしたことか、今のアプコのジャストサイズ、女の子用の18.0の長靴だけが見当たらない。多分、小柄なアユコはちょうどこのくらいのサイズの時、既に長靴をはかないお年頃になっていたのだろう。
ということで、アプコにとってははじめての新しい長靴購入となったのだ。

アプコはまだまだ長靴が大好き。
新しい長靴が履きたくて何日も逆さテルテル坊主を拵えて、新しい長靴を眺めて過ごしていたのだ。
いつもならズルをして、車でビューンと送っていく登園の道を、今日はレインコートと傘の2重装備でテクテク歩く。
「おかあさ〜ん、水溜りに入っても平気だよ〜ん!」とわざわざ大きな水溜りを選んで歩くアプコ。
「あ〜ん、水溜りを歩くのはいいけどバシャバシャやって、しぶきを上げないでよ!」
隣を歩く母さんはたまらない。
ピンクの長靴、ピンクのレインコート。
「ああ、傘もピンクにすればよかったよ。」
とオネェのお古の赤い傘を廻す。
たった雨靴一足で、うっとおしい雨の朝を、こんなに晴れ晴れと楽しげに過ごせるアプコは可愛い。

カポカポと鳴る長靴の音が嬉しくて、ことさらに跳んだり跳ねたりする幼いこの子も、来春には重いランドセルを背負って、生真面目に唇を結んで登校するようになるだろうか。
その時になっても、今の楽しい気持ちをそのまんまこのピンクの長靴が思い出させてくれるといいなぁ。
母も楽しい雨の朝を一緒に過ごす事が出来て嬉しかった。
ピンクの長靴、ホントにお買い得だ。


2004年11月11日(木) 人生を問う?

今日は変な日だ。

夕食の支度をしていたら、ぼそぼそとやってきたゲンが声を潜めて訊く。
「おかあさんはお父さんのどんなところが好き?」
はぁ?なにをいきなり・・・と思ったけれど、珍しくしつこく食い下がるので、
「優しいトコ。家族思いなトコ。働き者なトコ。いい作品が作れるトコ。かっこいいトコ。それからね、お母さんのことを好きだといってくれるトコ。こんなもんでどう?」
と早口でまくし立てた。
「ふうん。」
とさほど面白くもないという顔で、訊くだけ訊いていってしまおうとするので、
「なんだいなんだい。急に変な質問をして、一生懸命答えてやったのに返事は『ふうん』だけ?
なんかちょっとコメントしていきなさいよ。だいたい、何でそんなこと急に今頃訊くの?」
「べつに・・・・。ただ、なんでかなぁと思って。」
「それだけ?・・・ははぁん、わかった、ゲン、恋をしてるな?誰か好きな女の子、いるの?」
とからかってみたら、意外や意外。
「いないこともないけど・・・。」
と妙に真剣な答えが返ってきて、意表を付かれた。
女の子なんて、すぐ泣くし昆虫は怖がるし煩いし、興味ないぜぃ!というスタンスを崩した事のなかったゲン。
ほほう、そろそろ色気づいてきたかい?

・・・・で、しばらくしたら、おずおずと近づいてきたオニイが訊いた。
「な、おかあさんの生きがいって何?」
はぁ、なにをいきなり・・・再び。
「かわいい子ども達の成長よ」と即答したら、
「ぼく、まじめに訊いてるんだけど・・・」とむっとしたようなオニイの答え。
「なによ、それ。お母さんだって大真面目に答えてるよ。子育てが生きがいではいけませんか?」
「だ、ダメって事ないけどさ・・・」
とオニイの反応も、いまいち切れが悪い。
なんだかまた、想うことがあるのだろうなぁ。
「なんなの、なんなの、青年!またなんか悩み事ですか?」
「いやぁ、べつに」
と早々に話を切り上げるところを見ると、まだまだ母には打ち明けたくないのだなぁ。

一日に2度も子どもから、人生を問われて、母も少々もの思う。
あたしってば、何のために生きてんの?
あたしの人生、これでいいの?
そんな事を思う暇なく、毎日、お洗濯を干し、キャベツを刻み、掃除機をかける。その一つ一つの意味をいちいち問う事はしないけれど、別の人生を選べばよかったとか今の生活を放り出して飛び立ってみたいとか、そういう後悔や衝動には縁がない。
41歳。ぬるい湯につかったようなゆるゆると穏やかな今の生活が私には大事。それで、いい。

子ども達が突然、突拍子もない問いを投げるのは、決まって何かに迷って道を失いそうな時か、自分自身の高ぶる気持ちを母に聞いてもらいたいときだ。そしてその時、彼らが求めている答えは母の中途半端な人生観ではなく、彼自身の迷いや衝動を導き暖めてくれる言葉なのだ。
でもその答えは母の口から簡単に投げて与える事の出来ない、彼自身の答え。自分で迷って導き出すしかしょうがない事なんだ。
だからこそ、彼らの問いには少しのユーモアを交えて、できるだけポジティブな答えを選んでやりたいといつも思う。
「おかあさんはどう思うの?」と問われた時、私が与えられるのは正しい模範解答ではなく、応用できるかどうかも怪しい例題の解き方のヒントに過ぎないのだ。

オニイ、「なんかまた、調子悪いわ。」と体調不良の予感。
きっとまた新たな悩みがあるのだろう。
ポツリポツリとにきびの出始めた少年の顔には、青春の苦い戦いの始まりの色が浮かぶ。
頑張れよ、オニイ。
頑張って、明るく迷え。


2004年11月09日(火) 茶色いご飯

TVで「食育」に関する番組を見た。
全国の小学校の給食を試食して歩いているという研究者が、学校給食を通じて見られる子ども達の食の好みの変化について述べておられた。
両親の共働きや外食産業の普及で、子ども達は食べなれたハンバーグやから揚げの味を好み、酢の物や煮物など伝統的な家庭のお惣菜メニューを敬遠しがちだという。
子どものハンバーグ好きも、酢の物嫌いも今に始まった事ではないとも思うが、都会の小学校と田舎の小さな小学校の給食風景を取材して、その食生活の違いを述べておられたのは面白かった。

都会の小学校は生徒数も多い大所帯。
取材の日のメニューはハンバーグだった。
嬉しげにパクパク食べる子ども達に混じって、子どもたちに人気のはずのハンバーグすらお箸でつついて食べようとしない子がいる。好きなメニューでも家庭と調理法が違うと食べられない子もいるのだそうだ。
子どもらの嫌いなお惣菜メニューの日は大量の残飯が出るのだという。
給食室の中は衛生上の理由で、関係者以外立ち入り不可。
大量の食材が一度にワッと調理されているのをガラス越しに撮影していた。春巻きなどの出来合いの半調理品のメニューも利用されていて、人気が高いのだそうだ。
かたや生徒数100人あまりの田舎の小学校。
近所のおじいさんが地元で取れた無農薬の野菜を軽トラックで運びこんでくる。二人の調理員さんが具材を手で混ぜてきのこご飯を作っていた。
田舎の子達は家庭でも煮物や酢の物など、昔ながらの惣菜を食べなれているので、そういうメニューでも比較的残飯も少ないという。
給食のおばさんたちはいつも必ず子どもたちと一緒に給食を食べ、子ども達の好みや食べっぷりを絶えずリサーチしているという。

取材当日のメニュー選択といい、給食室の取材の仕方の違いといい、いかにも作られた比較という感じがして、ちょっとあざとい気もしたが、子ども達の食の好みが家庭で日常食べている物の中から作られていくということには納得がいった。
子ども達は確かに食べなれた味のものを好むし、レトルトや冷凍食品など日本全国共通のお味のメニューは口当たりもよく人気がある。核家族が増え、お子様中心の食卓に、お手軽便利な出来合いメニューがのぼる事も多くなった。
でも、そのことが未来の日本人の食生活の形を大きく変えていくことにつながっていくのだということに改めて気付かされ、愕然とする。

番組に触発された訳でもないけれど、純和食のお惣菜メニュー。
アジの塩焼きに、水菜の煮びたし、豚汁に高野豆腐。
こういうメニューを子ども達はいつも「茶色いご飯」という。
ボリュームのあるファミレスメニューのように「わ、おいしそう!」と飛びつく事はないけれど、年齢を重ねるに連れて自分からお箸をすすめてよく食べるようになってきた。小さい頃から野菜嫌いで偏食の多いオニイでさえ、ずいぶん食のレパートリーが増え、茶色いご飯の時にも「お子様向け」の一皿を追加する必要がなくなってきた。
子ども達に人気のメニューとか、お手軽簡単食べやすい食材に流れるばかりでなく、どこかで我が家の食卓のルールを長年維持していくという事が大事なのだなぁと思う。

6尾の小ぶりなアジは特売にひかれて買い込んだもの。
丸ごとパック詰めされたアジをさばくのが面倒でぐずぐずしていたら、アユコが「私がやる!」と手を上げてくれた。エラとぜいごをとって、ハラワタを抜いてきれいに洗う。最初に1尾手本を見せたら、残りの5匹はきれいにさばいてくれた。
食卓に上った塩焼きを「今日はアユコがさばいてくれたよ。」とすすめると、ほかの子ども達も妙に神妙な顔をして、いつもより慎重に小骨の多い部分の身まできれいにより分けて食べてくれた。
調理する人の心意気というものは、そのまま食卓に着く人の食欲にも通じるのだという事を実感する。
近頃、お料理に目覚めて、「レトルトじゃないほうのミートスパゲッティーが食べたいよ」なんて生意気な指定をするようになったアユコの言動に触発されて、また今日も「食べる」という事に対する主婦の手綱をぎゅっと引き締められた思いがする。

今日もまた勉強させていただきました。


2004年11月08日(月) 幼い子を抱く

阿倍野近鉄で、うちの窯の展覧会、会期中。
参観の代休のゲンとアユコを連れて、出かける。
昔から、うちの窯の展覧会が近くで開かれるときには、必ず全員そろって出かけていたのだが、今年はいろいろな予定が入って、土曜日にオニイ、アプコ、月曜日にゲンとアユコの分散型で会場に入ることになった。

子ども達が幼い頃には、静かな展覧会場に場違いな子ども達を連れていくのは本当に疲労困憊の大仕事だった。ベビーカーだの抱っこ紐だのを駆使して、子どもらがぐずったり走り回ったりしないように目を光らせて、退屈しのぎに同じデパート内のおもちゃ売り場や本屋を何時間も徘徊したりして、なんとかかんとか時間をつぶす。
それでも子ども達に父さんやおじいちゃん達の仕事の一端を見ておいて貰いたいと、できるだけ展覧会場には顔を出スようにしていた。
子どもらも大きくなって、会場で大声を出したり走り回ったりする心配もなくなり、「どの作品が好き?」程度の感想も聞けるようになり、ずいぶん楽になってきたなぁと実感する。

今日は会場に義妹のTちゃんが、娘のYちゃんを連れてきてくれた。
子ども達がいとこのYちゃんに会うのはずいぶん久しぶり。身近に赤ちゃんを見ることすら少なくなったので、こわごわほっぺをつついてみたり、「抱っこしてみたらだめかなぁ」と手を出してみたり・・・。
差し出されたポケットティッシュの袋をパタンと落としてキャッと笑う様子が可愛くて、ゲンは何度も何度も根気よく袋を拾う。
「かわいいなぁ」と何度も繰り返すので、「うちももう一人、赤ちゃん要る?」と訊いたら、速攻で「要らん!」とかえってきた。アユコも「30分くらいなら、預かってもいいけど・・・」と、笑う。
なんだいなんだい。子育ての終わったおばさんみたいなコメントだねぇ。
ちょうどお客様の途切れた父さんがやってきて、「これはこれは・・・」とYちゃんを抱いたけど、「父さん、もう一人、どう?」と訊くと、やっぱり「とんでもない、勘弁して。」と、即答。
ふむふむ、4人兄弟の育児は、そんなに大変でしたか。

それはともかく、Yちゃんのような小さな赤ちゃんを連れて、展覧会場のような気の張るところへ出かけるのは大変だなぁと改めて思う。
Tちゃんも、ベビーカーにいろいろ気晴らしのおもちゃをくっつけ、マグマグやふわふわせんべいを携帯し、ぐずったり泣いたりしないように絶えず気を配りながら、それでもにこにことやさしいお母さんの顔をしている。
若いなぁ。現役ママというのはこんなにいろいろ気を使いながらも、楽しげに赤ちゃんとの外出を楽しむパワーがある。
私だって、昔は就園前のちびっ子たちを3人引き連れて電車に乗る事も平気だったけれど、子ども達がある程度育った今、ずぼらになれたおばさんの体力ではとても無理。アユコの言うとおり、30分が限界かもしれない。
ぐずり始めたYちゃんをヒョイと抱えて揺らす若いTちゃんの目には、それでも「Yちゃんのお母さん」の貫禄も出てきて、いいお母さんになってるんだなぁと微笑ましい。

帰りの電車の中でも、ベビーカーに子どもを乗せたお母さんを見かけた。
Yちゃんと遊んで、小さい赤ちゃんの面白さに目覚めたゲンがやけに熱心にその赤ちゃんを眺めている。外出からの帰りで、どうやらオネムらしい赤ちゃんは、ぐずぐず泣いてお母さんを困らせる。お母さんが小さなおもちゃやハンカチを持たせると、ブンと投げては拾わせて遊ぶ。
「Yちゃんといっしょやね。」
ゲンには赤ちゃんの一見無意味なその遊びが、面白いらしい。
「あんただって、小さいときには飽きるほどやったよ。」
と笑う。オニイもアユコもゲンもアプコも、みんなああいう時期を越えて大きくなったんだ。

何度も何度も我が子がやみくもに投げた物を拾っては渡す。
そんな一見無意味なことを毎日毎日繰り返す。
幼い子どもを育てるというのは、そういう作業の繰り返し。
子ども達が少し大きくなった今だっておんなじ。
子ども達が投げるボールの行方をハラハラしながらそっと見てる。
失敗したら、よそ向いてる振りをしながら新しいボールを拾ってやる。
そんな風にして子育ての日々は積み上げられていくのだなぁ。

小さいYちゃんを抱いたときの、暖かく柔らかな重みの感覚がいつまでも手の中に残って、なんだかとても幸せだった。


2004年11月06日(土) 母も小学生

小学校。
朝2時間の授業参観のあと、PTAのメインイベントの一つが無事行われた。
役員さんたちが長い時間をかけてこつこつと準備を重ねてきた大きな行事が、滞りなく楽しく終了して、まずは何よりである。
私も今日は、朝からあちこちのお手伝いに走り回り、最後には有志のメンバーで活動している和太鼓の演奏披露にも参加させていただいて、忙しくも楽しい一日を過ごさせていただいた。

子ども達がこの小学校にお世話になって、ずいぶんな年数になる。
PTAの大役も頂いたりして、お母さん友達や顔なじみの先生方も増えた。「やぁ」と挨拶を交わしたり、「ねぇねぇ、聞いた?」とおしゃべりしたりする人たちが、ずいぶん増えたなぁと行事のたびに思う。
外で働く訳でもなく工房や家庭内で過ごす事の多い専業主婦の私にとって、子ども達を通じてお付き合いさせていただく小学校での友人や先生方との交遊は、貴重な存在である。
「大役が当たって参った。」「また、Pの用事で出勤よ。」なんて愚痴をいったりしながらも、役員仲間のお母さんたちや顔見知りの先生方と話をしたり、「おばちゃ〜ん!」と寄ってきてくれる子ども達に手を振って応えたりすることが結構楽しくなってきている自分に気付く。
学校は毎日通学している子どもらにとってだけではなく、時折訪れるだけの母にとっても、いろんな人と出会ったり、新しい事を経験したり、たくさんの生活のヒントを与えていただいたりする学びの場なのだなぁと思う。

去年から、アユコの担任の先生の指導で始まったお母さんたちの和太鼓の稽古。
今日、全校児童の前で披露の晴れ舞台の機会を頂いた。
母という立場も忘れ、学生のクラブ活動のようなにぎやかさで行う楽しい練習。ドンドンとおなかに響く和太鼓の音。普段の生活では決して味わう事のない気持ちのよい緊張感。
「今日は太鼓の稽古があるよ!」という日には、さっさと面倒な家事をやっつけ、少々のストレスも心地よい汗と共にさっぱりと洗い流して、楽しい時間を過ごさせていただく。
来春、和太鼓のメンバーの多くは子ども達が卒業して、小学校とは縁が切れる。「子どもらが卒業しても、太鼓だけはOBで参加したいわ。」の声が上がる。
学校というところは在学する子ども達だけではなく、その母達にとっても大事なコミュニティーの一つであったりもするのだなと思う。

来春、アユコが小学校卒業、アプコが入学。
母は小学9年生になる。
有難い事に、この小学校とのお付き合いは我が家にはあと6年もある。


2004年11月04日(木) 蛙、食べる?

大阪の三越がなくなるというニュースが、少し前に流れた。
古くから、うちの窯では、東京と大阪、二つの三越で一年交代で大きな展示会を務めさせていただいてきた。
共に閉鎖になる枚方三越も、その昔、開店に当たって義父がいろいろとお手伝いして道筋をつけたというご縁の深い百貨店である。
数年後の新店舗開店見通しがあるとは言うものの、あの古めかしい造りの古風な百貨店が全く姿を消してしまうのにはさびしさを感じる。

実を言うと私と夫は「お見合い結婚」である。
十数年前、初めて二人を引き合わせていただいたのが、実はこの大阪三越だった。
ちょうど開かれていた恒例の展示会の会期に合わせて、上階の「特別食堂」に見合いの席が持たれ、お仲人や二人の両親と共に松花堂弁当をいただきながらのご対面だった。
震災後、店舗の規模は半減し、特別食堂もなくなってしまったが、「あとは若いお二人におまかせして・・・」の後で、改めてはじめましての会話を交わした小さなティールームは、今もまだおっとりと健在のようだ。
それもまた来春には、なくなってしまうのかと思うと、なんともいえないさびしい気持ちになる。

新進の作家として独自の世界を作り上げつつあったその人と教職3年目で仕事が面白くて仕方のない生意気盛りの私。年齢も10も離れて、共通の話題をほとんどない二人が面と向かって、どんな話をしたのだろう。
ちょうどサンルームになっていた明るいティールームの白いテーブルクロスの模様を指でたどったりしながら見上げた人はニコニコと穏やかに笑っていたけれど、初対面の男性と二人で何を話していいのか分からずに、あたふたと話題を探していたのを思い出す。
そのときの話題の詳細はほとんど忘れてしまったけれど、たった一つ、いまだに「あれは変だったよね。」と父さんと笑い話にしている話題がある。
「蛙、食べた事ありますか?」
私がいきなり切り出した突飛な問いに、真正直に答えを探すその人の慌てぶりが好印象で、ふっと肩の力が抜けた気がした。

私がそんな妙な質問を切り出したのには、その数年前、友達といった中国へのパック旅行の一幕があった。二組に分かれて円卓を囲んだ昼食の席にあたらしい一皿が加わったとき、同席した人たちが悲鳴とも歓声とも付かない声を上げた。
お皿いっぱいに盛り上げられた食用蛙の炒め物。
皿の中を気味悪そうに遠巻きに見るご婦人達。そんな中で、私が同席したテーブルでは「珍しいものはとにかく食べてみなくっちゃ」とリードしてくださる男性がいて、皆は恐る恐るてんこ盛りの中から「平泳ぎの足」を少しづつ取り皿にとった。初めて食べた蛙は意外にも鶏肉にも似た淡白なお味で、さっきまで気味悪がっていた同席者達も次々にお替りをして、あっという間にお皿は空になった。
一方、もう一つの円卓では、「気持ちが悪い」と料理に手をつけられない方がいて、ほかのお皿はみんなきれいに空になっているのに、最後までてんこ盛りの「平泳ぎ」のお皿には手をつけられなかった。
同席者の好みしだいで、新しい食材との出会いを心から楽しめるかどうかが、大きく違ってくるという事を痛感した出来事だった。

人生の伴侶を選ぶにあたって、新しい物と向かい合ったとき、その状況を面白がって一緒に楽しむ事ができる鷹揚さを持ち合わせた人を選びたい。
その頃の私の生意気な判断基準だった。
「特別、変わった食材を求めようとは思わないけれど、きっと僕も食べると思いますね。」と共感してくれたその人は、第一関門通過だなと感じられた。
梅田に出て、古書街をぶらぶらして、なんだか自動車を作る男性が主人公のちっともロマンティックではないアメリカ映画を見て、お茶を飲んで帰った。ちっともお見合いらしくない、普通のデートコースのような半日だった。
「夕食もとらずに帰ってくるなんて、きっと断りの電話が入るに違いないわ。」と母やお仲人さんは話していたけれど、そのときの私はちっともそれでおしまいという風には思えなかった。
結果として、その人は今、私の伴侶となった。

あれから15年余り。
私と父さんはいまだに一緒に蛙料理の一皿を食する機会には恵まれていない。けれども実生活の中では、山盛りの蛙料理のようなビックリの一皿にも似た経験を何度も何度も出会わせて頂いた。
「それもまたおもしろいね。」と一緒に笑うことの出来る人でよかった。
文字通り泥まみれで新しい仕事に取り組んでいく父さんと日々成長していく子どもらに囲まれて、我が家の歴史もまた新しいページを加えていく。
11月4日。
結婚記念日。
外出先の父さんから珍しくメールが入った。
「ありがとう」
いいえ、こちらこそ。


2004年11月01日(月) 傘の顛末

今日もはっきりしない天気。
ベランダに干したバスタオルも、なかなかすっきりと乾かない。
生乾きの洗濯物が部屋のあちこちにたまってうっとおしい。
アプコはこの間雨で流れた遠足のリベンジ。
延期のために、行き先が梅小路の機関車見物から海遊館に変更になったので、大喜びで出かけていった。

昼過ぎ、小学校の保健室から電話。
ゲンが遊びの時間に、運動場の雲梯から転落して、頬と腰に怪我をしたという。
最近、ゲンは雲梯にぶら下がって遊ぶのではなく、はしご渡りのように雲梯の上を歩けるようになったと得意げに話していた。今日も多分、それをやっていて転落したのだろう。
保健の先生は心配して電話してくださったようだが、どうやら打ち身だけで済んでいるようだし、本人も授業が終わったら歩いて帰れるといっているらしいので、迎えには行かないことにする。
怖がりで慎重派の我が家の子ども達には、遊具遊び中の事故で怪我なんてめったに起こらない。たまにこういう事故があるのはゲンと決まっている。
痛い目をしたゲンには悪いが、「やっぱりゲンだねぇ。」とニヤニヤしてしまう。
思いがけないところで、思いがけない災難を拾ってくる。
これこそ、野生児ゲンのゲンたる由縁。
帰宅したゲンは大きな腰に大きなシップを貼っていただいて、大仰に痛がってみたり、平気そうな顔をしてみたり。
「男の子だなぁ」となんとなく楽しい。

ところで昨日のオニイの傘の顛末。
休日の間、学校に放置したままになっている2本の新しい傘。
今日は雨も降っていないし、きっとまたもって帰ってこないよといっていたら、はたして、けろっと忘れて帰ってきた。
「あれだけ言ってもやっぱり懲りてないんだよねぇ。」
「多分明日も忘れると思うなぁ。」
と皮肉たっぷりに、オニイをからかう。
「ごめん、明日は絶対!」
と繰り返すオニイ。
それじゃあということで、オニイに賭けを提案する。
明日、オニイが2本の傘を忘れずに持ち帰ったら、父と母から150円ずつ、昨日の傘代としてオニイにやる。
もしも忘れたら、来月の小遣いから300円、オニイが父母に支払う。
「おう、よっしゃー!」
と承知したオニイ。

昨日の出費の救済策として賭けを提案した親心、ちゃんと汲んでおくれよ。


2004年10月30日(土) 雨の日に傘を買う

父さんが昼から出かけるというので、傘を用意した。
ふと見ると、この間、オニイに貸した父さんの予備の傘がない。
あ、オニイ、またやったな。
そろそろ説教時だとオニイを呼ぶ。

オニイはよく傘を壊す。
雨の日でも傘を差して自転車通学するのだが、もともと自転車の乗り方のうまくないので片手運転の傘は壊れやすいのかもしれない。
また帰りに雨が降っていないと、ついつい学校に傘を置きっぱなしにしてなくしてくることもある。
ここ1,2週間で、新しい傘を2本壊し、予備のビニール傘を無くした。そして今日は借りていった父さんの予備の傘と私が補充用に買ってきたばかりの傘を2本とも学校へ置いてきたという。
ホームセンターの安売り傘だから壊れやすいのかもしれない。
自転車でたたんだ長傘を持って帰るのが面倒な事もよくわかる。
それでも駅の置き傘って訳じゃないんだから、次から次から使い捨てのように当たり前に家にあるかさを持っていかれてもたまらない。
父さんの傘や学校で借りてきた傘など、自分のではない傘の扱いもぞんざいで自分の用が済んだら返却を面倒がる。
傘が足りなくなるたびに「しょうがないねぇ」と傘を買いに出かけるのにも、いい加減、頭にきた。

「これからは、雨が降ったら徒歩通学にしなさい。
すぐに返さないのなら、人の傘を安易に借りるな。
予備に買ってある傘も勝手に持ち出すな。
自分の傘はこれから自分の小遣いで、自分で買って来なさい。」
癇癪に任せてコンコンとオニイを叱る。
何か反論がありそうな顔つきで、それでもいちいち頷いて聞いているオニイ。
「この休日の間は、雨が降っても君は傘なし!家にある傘は使わせない」
意地悪く念押しして、父さんを駅へ送るために車を出した。

父さんを駅で下ろして、戻ってくる途中、雨の中を自転車で降りてくるオニイとすれ違った。
「どこへ行くのよ!」
助手席の窓からオニイを呼ぶ。
「傘、買いに行ってくる。」
「馬鹿!」
言い捨てて車を出す。
うちに帰ると、まもなく追いかけるようにオニイが戻ってきた。
「自分で自分の傘買いに行くのが何で『馬鹿』なんだよう!」
あ、オニイ、怒ってる。
いつも従順なオニイの目に、珍しく反抗の炎。
「ふん、傘もないのに雨降りにびしょぬれでわざわざ自転車で傘買いに出かけていくのは『馬鹿』じゃないの!」
即座に切り返されて、言葉の出ないオニイ。
むっとして2階へあがる。

「行ってくる」
再び降りてきたオニイが持ってきたのは薄いビニールのレインコート。
意地でも傘を買いにいくつもりらしい。
フンフン、面白いと放っておいたら、アユコに
「安い傘ってどこに売ってるか知ってる?」
なんて、こっそり聞いているのが聞こえた。
一ヶ月1.000円の小遣いから傘代まで捻出するのはきっと痛いに違いない。
それでもふたたび雨の中へ出て行こうとするオニイの強情に、私のほうはさっきの怒りも霧消して、面白がってそのまま送り出した。

しばらくして、オニイ、ホームセンターの安売り傘を一本買って帰ってきた。
雨の中、レインコートで自転車を走らせているうちに、雨降りに傘を買いに行く馬鹿馬鹿しさに自分でも気付いたか、照れくさそうに笑っている。
「さすが、おかあさんやな。ホームセンターの傘は思ってたよりずっと安かったわ。」
さらりと負けを認めて、くにゃっと意地を折り曲げたオニイは偉い。
こういうあっさりとした負け方ができるのは、父さん譲りの柔軟さだ。
「じゃ、これからその傘大事にしなさいよ。ちゃんと名前書いてね。」
と念押しする母のほうが少々くどい。
外を見ると、曇り空が少し明るくなって、雨はやんでいるようだ。


2004年10月29日(金) 絵手紙

この間、ゲンが学校で絵手紙を習ってきた。
地域の方に来ていただいて、指導していただいたものだという。
はがきの用紙に絵筆をさらさらと走らせて、色づいた柿の実に「元気ですか」の文字。
ゲンはその貰ってきたはがきを加古川のおじいちゃんおばあちゃんに出したいという。
「おじいちゃん、この絵、なんていうかなぁ」といいつつ、書き加えるメッセージをと考え込んでいた。

「・・・ね、このはがき送ったら、おじいちゃん、なんか僕にも送ってくれるかなぁ。」
どうやら、ゲンには何か下心がある様子。
先月、アプコが幼稚園から送った敬老の日の葉書には、おじいちゃんおばあちゃんから段ボール箱いっぱいのチョコレートが届いた。
アプコの無邪気な喜び様をゲンはクールにお兄さんぶって見ていたのだけれど、実はかなりうらやましかったに違いない。
「さぁねぇ。それで、君は何を送ってもらいたいの?」
答えは聞いてみなくてもなんとなく分かる。
大好物のメロンだよね?
「じゃあね、ストレートに『メロンください』じゃ芸がないよ。何とかおじいちゃんおばあちゃんが『よし、メロンを送ってやろう』と思えるような文章をかんがえてみ。」
「ふうん、それもそやな。」
ゲン、ますます頭を抱える。

「これはちょっとまずいかなぁ。」
としばらくしてゲンが持ってきた絵手紙の文面。
「ぼくはメロンが好きです。
かきも好きですが、メロンがすきです。」

ゲンの精一杯のユーモアが可笑しくて笑いをかみ殺して切手を渡す。
「いいよいいよ。おじいちゃん達はなんていうかな。」
ゲンにも、露骨なおねだりにはまだ少々の戸惑いがあって、宛名や住所を書き込んだ後でもなかなか投函できなかったりしている。
アユコや母が「だしちゃえ、だしちゃえ」と思いっきりけしかけて、やっとの事でポストに入れた。
「ゲンが面白い葉書を送ったよ。」
実家の母に電話して、予告しておく。

ゲンは買い物のついでに、果物屋の店先を何気なくちらちらと偵察していたりする。
ちょうどメロンの最盛期は過ぎ、箱入りのマスクメロンには高額の値札が付いている。ゲンが時々食べる比較的安価なアムスメロンやハネデューメロンの姿はあまり見かけない。
「わ、おかあさん、あの葉書、ちょっとまずかったかな」
と少々気弱になるゲン。
その様子がおかしくて「さぁねぇ」とはぐらかして笑っておく。

「おい、ゲンちゃんからの葉書はついたけどな。」
子ども達のいない時間に実家の父からの電話。
「ゲンちゃんの意図するところは、よくわかったけどな。」
父の口ぶりはすでに可笑しそうに笑っている。
「果物屋へ行ってみたら、結構値段もはるようやな。
ま、そのうち、送ってやってもいいけど、ちょっとゲンをからかってみようかなぁと思ってな。」
父はすでにゲンへの返事の手紙を書いたらしい。
「ふふん、人生はなかなか思ったようには進まないって事も教えておくということで・・・」
父の言葉にいつものいたずらっぽいユーモアの匂いが混じった。

翌日父から届いたのは、文面いっぱいに描かれたかぼちゃの絵手紙。
「はがき、ありがとう。
メロンとかきがすきですか。
かぼちゃはどうですか。」
「うわ、やられた!」
文面を見たゲン、へらへらと力が抜ける。
高価なメロンの小包ではなくて、おじいちゃんの見事なかぼちゃの絵手紙が届いた事で、ホッとしたような、ちょっぴりがっかりなような・・・。
「やっぱり、加古川のおじいちゃんは手ごわかったねぇ。」
ゲンの困った顔がおかしくて、父の絵手紙をみんなで囲む。
「さぁ、どうする?降参する?」
「う〜ん、どうしようかなぁ。」
ゲン、改めてリベンジの一手にでるか、それともあっさりと白旗を揚げるか、頭を抱えて考え中のようだ。

人なつっこくて甘え上手なゲンは時々思いがけないやり方でおねだりをする。実家の父も、ほかの兄弟達にはないゲンの思い切ったおねだりを面白がってみてくれているに違いない。時にはそれをユーモアたっぷりのやり方ではぐらかして、ゲンの反応を笑ってみている。
父の絵手紙のかぼちゃも、紙面のど真ん中にどっしりと座ってアハハと笑っているようだ。


2004年10月27日(水) ぬくもり

朝の登園の道がそろそろ肌寒くなって、気が付いたら息が白かったりする。
今年は金木犀の開花が台風襲来に重なり、ほとんど甘い香りに気付くことなく、玄関先ではもう石蕗の黄色い花が咲き始めた。
小学校入学を意識して、「手をつながずに一人で歩く!」といっていたアプコが、また最近母の手に甘えるようにぶら下がって歩くようになった。
「だってあったかいんだもん。」
手袋をするほどでもない、でもなんとなく指先が薄ら寒くてたよりない。
そんな気持ちに正直に、アプコの小さな手が私の手の中に滑り込んでくる。
あろうことか、今日は4年生のゲンまでが「さむさむー」と首を縮めてアプコと反対側の手をつなごうとする。
こういう甘えんぼを照れもせず、いきなり実行に移せる事が兄姉と妹に挟まれた中間子の世渡りの知恵なのだろう。

「おかあさん、ゲンの一番あったかいトコ知ってる?」
なかなかゲンのように甘えんぼの出来ないアユコが横から割り込む。
「あのね、ゲンの背中とランドセルの間!」
私とアユコが同時に左右からゲンの背中のランドセルの隙間に手を入れる。
ついさっきまで走ってきた少年の体温は思いがけなく暖かく、やわらかく私の手を包む。
きゃっと笑って逃げ出すゲンの背中を目で追いながら、子ども達の体温が今すぐ手の届くところにある幸せを思う。

あちこち遊び回る夏が終わって、いろいろな行事に忙しい秋がすぎると、子ども達は母の手元に帰ってくる。毎年、毎年、そんな気がする。
お互いの暖かい体温が恋しくなって、あるいは台所で燃やす大きなガスストーブの暖を求めて、なんとなく子ども達がひとところに集まって、うじゃうじゃと身を寄せ合っている時間が増える。
さすがに中二になったオニイはカッコをつけて、そんなうじゃうじゃを避けたいそぶりを見せるけれど、それでも私にはまだ寄ってきてくれる幼い子らがいる。
外の風の音を聞きながら、暖かい台所で子どもらのマグカップにホットミルクを注ぎ分ける。そんな季節がまたやってくるのだ。

かの被災地では、もう、雪が降るのだそうだ。
冷たい瓦礫のしたから奇跡的に助かった坊やの冷え切った体はもう温かくなっただろうか。


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