月の輪通信 日々の想い
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先々週の日曜日、冷蔵庫が壊れた。冷凍は稼動しているものの、冷蔵はまったくだめ。修理にきてもらったら、基盤の一部が壊れて、霜がいっぱいついていたのが、原因とか。修理費13.000円也。 PTAの用事で慌てて出かけようとしたら、車のエンジンがかからなかった。 プスンプスンと間の抜けた音がする。バッテリーらしい。その前にほんの数十分、スモールランプを点けっぱなしにしていたのが原因らしい。愛車のトッポは年代物なので、バッテリーの容量も少なくなっているのだろう。とぼとぼと歩いて出かけた。 そして、PCが壊れた。ある日突然起動しなくなった。 連日、うちのPC顧問の義兄にきてもらって、ついには初期化、再インストールを試みるが、まだまだ復帰不可能。知らないうちに紛れ込んだウイルスの仕業だろうか。ノートンもしっかり入れて更新していたし、ウインドウズも常に最新だったはずなのに・・。 応急手段として、お蔵入りしていた、古いノートパソコンをつないでもらってメールとネットは何とか再開したが、何せ、骨董品の95である。おまけにモニター画面の真ん中に帯状に何も表示されない部分がある。マウスがないので、なれない操作にいらいらする。速度もめちゃくちゃ遅い。 いつになったらmyPCは復活するのだろう。そもそも、復活するのだろうか。
壊れ物続きで、気分もへこむ。 階段の電球がきれたぐらいでは驚かなくなった。 きっと、私の背後に何か悪い霊でも憑いているのだろう。 父さんもお茶会前、展覧会前に、要らぬ用事が増えていらいらする。 オニイの体調もいまいちで、まだまだ、遅刻や早退が続き、なんとなくうっとおしい。 月曜日、雨で流れたアプコの遠足、「昼から降水確率60パーセント」の中、本日強行。傘をさしてのお弁当、雨の合間を縫っての乗り物は、涙が出るほど楽しかった。 昨日、お茶会準備の買い物に出る件で、父さんと微妙な言い争い。結果、月に2回の七宝焼きの教室に行き損ねた。次回もPTAの用事で行けないというのに・・・。ぷんぷん起こっていたら、父さんが甘い甘い大福とおやつ用の菓子パンをおごってくれた。よしよし・・・。
昨日、ゲンが悔し涙で歯をぎりぎり食いしばりながら帰ってきた。 友達とのふざけあいっこが昂じて、傘で突かれたという。見ると、上の歯茎に小さな傷を作っている。傷は些細なものだったが、傘で顔面を突かれたというのは穏当ではない。少しでも外れて歯にあたっていなかったら、喉を突かれていたかもと思うと、冷や汗が出る。 とりあえず、相手の子どものうちに電話するが、あちらではそれほど危機感は感じておられない様子。子どもには直接「ごめんなさい」を言わせておられたが、微妙な温度差に、いらいらが増す。 ま、大事にいたらなかったのが儲け物。 凹み続きの母はこれしきのことではめげないぞ。
ところで、びっくりしたのはゲンの怪我よりその後の一言。 「あのな、あんまり腹が立つから、僕、自分の傘にあたって壊しちゃってん。」 どれどれ、どうせ、300円の安物の傘だ、母さんが直してやろうと見てみたら、なんとゲンの雨傘は、分解バラバラ。柄も捻じ曲げて、3つくらいに分断されている。もはや傘の形態をとどめていない。 「う、うそ。これ、ゲンが自分でやったの?」 どこに、そんな馬鹿力が・・・? いつもニコニコ穏やかなゲンの内に秘めた怒りのエネルギーの膨大さ。その激しさのままに、相手に「やり返す」とか「仕返しをする」方に力を向けなくて、本当によかった。きっと傘一本ではすまないおお事になっていただろう。多分そのことはゲン自身、自覚していて、やり場のない怒りを物にあたることで発散しているのだろう。 「物にあたるのは、よくない。ちゃんと言葉で相手に抗議しなさい」と諭すのは簡単だが、やり切れぬ怒りのエネルギーの捨て場所をゲンなりに考えているのだと思うと、叱りかたも慎重になる。
「あのなぁ、ゲン。君の悔しい気持ちはよく分かる。 その気持ちをぶつけるのに「相手にやり返す」ではなくて、「傘を壊す」事に置き換えたのはちょっとだけ偉い。 でもなぁ、ゲン、この傘、ちょっとかわいそうやんか。 どこかの誰かがこしらえてくれた傘じゃないの。 物を作る人になりたいという君が、誰かの作ったものをこんな風に八つ当たりで壊すのはよくないよ。」 少し怒りの熱がさめたゲンに静かに諭す。 うるうると濡れたまつげのままでうなづくゲンはまだまだ幼い。 本当は傘ではなく、私がこの子の怒りを真正面で受け止めてやらなくてはならなかったのだ。 トラブル続きで、イライラと日常の家事をやっつけ、愚痴を言い、子供たちを急き立てていたここ数日の私。 本当に傘をへし折ってしまいたい気持ちだったのは、私自身だったのかもしれない。
それにしても、ゲンがへし折った傘は面白いほど、バラバラだった。 良くぞここまで破壊したなと、笑ってしまう。 3分割されて、見る影もなく捻じ曲げられた傘のありさまは、日ごろめったに物を壊すことのない他の子供たちにとっても、「衝撃の映像」だったようだ。 「この、エネルギーをどこか、他に生かせんか?」 呆れ顔のオニイが、つぶやいた。 本当にねぇ、こんな風に物にあたって爆発することができたら、あんたも楽になるだろうにねぇ・・・。 本当に世の中はうまく行かない。
朝、子ども達を送り出してゴミだし。 昨日の豪雨でびしょぬれの傘や運動靴を干して、洗濯を終える。 今日のPTAの委員会の資料をそろえ、父さんと本日の日程を確認後、小学校へ。 今日は第2回広報委員会、授業参観、学級懇談、PTA総会、帰宅後大急ぎで夕食をとり、剣道送迎。 広報委員長初出動、怒涛の一日。
重い資料をドンと抱え、小学校の階段を忙しく登ったり降りたり。 あちこちで役員さんや委員会の委員さんたち、先生方と細かい連絡事項を伝え合ったり、交渉したり。 まだまだその一つ一つは初めてのことばかりで、ごくごく初歩的な瑣末なことなのでだけれど、それでも「ああ、始まってるじゃん」という実感が湧く。 ああでもないこうでもない、こんなことは出来そうにないと、いじいじと考えていたことも、始まってしまえばジェットコースターの如く否応無しにことは運ぶ。 気がつけば、いつもよりちょっとトーンの高い声で、一日中誰かとしゃべっていたような、少々ハイになっている自分がいる。夜になると心なしかのどの調子がおかしい。 専業主婦の日常にはなかった終日のおしゃべりとこれでもかと続く階段の上り下り。 いつもは面倒だなぁと思う剣道の送迎が、なじみの心休まるドライブに思えて、ああ、今日はいろいろ初体験でくたびれたんだなとようやく気づくことが出来た。
とてもとてもゆっくりだけれど、少しづつ自分が背負った身に合わぬ衣装を受け入れつつある私。 「だめだぁ、くたびれたよぉ」と帰り着いた我が家には、学校でのハイテンションのかけらを振りまく母をちょっと遠巻きに迎える子どもらがいる。 この子らが見てるんだなぁ。 身の丈に合わぬ大役を何とかかんとか受け入れる母。 「大丈夫、なんとかなるよ」と、勢いをつけて飛び込む母。 一年かけて、穏やかな専業主婦生活だけでは見せられなかった、いつもと違う母の背中を子ども達に感じてもらいたい。 「この子等がみている」と思うことが、不器用な母の後押しをしてくれるような気がする。 ありがたいと思う。
この春から、幼稚園バスの時間がとても早くなって、7時35分には小学生のアユコやゲンと一緒にアプコも大急ぎで坂を駆け下りていくのが日課になった。 とりあえず朝ごはんをかきこみ、ばたばたと運動靴を突っかけて家を出る。 「早く追いついておいでよ!」 と我先に走り出す。 別に小学生組はさほど急がなくてもいい時間なのだけれど、アプコはバスの発車時間に遅れるわけにはいかないので、タッタカタッタカ早足で歩く。 私が早足だと、当然アプコは駆け足。 それでも、ゲンやアユコと一緒に登園できるのが嬉しくて、アプコの足も自然と速くなる。 去年は20分近くかかって下っていた道を、15分ちょっとで今は歩く。 しっかり歩けるようになったのだなぁ。 来年はアプコも一年生、ゲンと二人でこの道を登校していく事になっているのだ。
アプコはいつも私といるときは手をつないで歩く。 実を言うと私はウォーキングもかねて、両手をぶんぶん振りながらガンガン歩いてみたいのだけれど、私の片方の手はいつもいつもアプコの手につながれている。 「ちょっと待ってよ、手ぇつないでよぉ。」 アプコの甘えた声が背中から追ってくる。 「早くしないとバス行っちゃうよ。」 「でも、靴に石がはいっちゃったよぅ」 「う〜ん、早く早く。」 リレーのバトンタッチの如く背後で手をひらひらさせながら歩みを緩めない母。テコテコと追ってくる幼い足音がまだまだかわいくて、ぎゅっと握る手も小さくてあたたかい。
ここ数日、私の空いた方の手にすっと滑り込んでくるのは、ゲンの手。 ゲンは今年で4年生。 「お母さんとお手手つないで」なんてとうに卒業したはずなのに、朝のどたばたにまぎれてこっそりとつながる少年の手。 兄弟で唯一大柄なゲンの手は大きくて、もう「つないでやる」というよりはこちらが「つないでもらっている」というようなしっかりと握り甲斐のある感触に、つなぐたびごとに「あっ」と思う。 もう幼児の頼りなげな甘えるような柔らかさはない。 ごつごつと一人立ちした男の手の強さもない。 恥じらいと甘えと、そしてきっぱりと自分を主張する少年のエネルギーが、手の平のあたたかさを通じて母の胸を衝く。
「ね、なんでこのごろ手ぇつないでくれるの?」 と訊いたら、 「いいやんいいやん」と笑って答えなかった。 もしかしたら、近頃とみに心悩ます事の多い、少々凹み気味の母へのゲンのひそやかなエールだろうか。 「まさかね」と思いつつ、無意識にそういう心遣いを行動に移せるゲンの類稀なる特殊能力のすごさを私は確かに知っている。 「うれしいな、あと何年くらいゲンが手を繋いでくれるかな。」 ふざけて繋いだ手をぶんぶん振りながら、足早に坂を下る。
今、手を繋いでもらっているのは確かに私の方だ。 ゲンの手の暖かさに甘えながら、今日も一日が始まる。
PTA。お仕事本格始動の前に、副委員長に選ばれた(くじを引いた)人と我が家で集まり打ち合わせ。 若いOさんは、第一子が入学したかと思ったらいきなり副委員長の役を引き当てたという、私以上に不運な人。自営業でフルタイム働いていて、おまけに1歳の赤ちゃんもいるという。なんでこんな人にまで大役を引かせるのか。 「平等なくじ引き」というけれど、これって本当に平等なのかしらん。 でも当人も私同様、自分のくじ運の悪さを笑い飛ばして、前向きに仕事をしてくれそうな雰囲気なので、「とりあえず一年間よろしくね、来年の3月には笑おうね。」と握手。
先日の運営委員会の報告。 連絡網、委員会日程表、アンケート用紙など、この間からこつこつと作っておいた資料の原稿をチェック。 今後の活動方針やこまごました雑用など、限られた時間内に伝えておかなくてはならない内容がすでに山積み。 おまけにOさんは委員会の仕事内容はおろか、小学校での行事のことや我が子の担任以外の先生方の名前も職員室の場所すらも知らない。 とりあえず滔滔と私がしゃべる内容をせっせとメモしてうなづくOさん。 うわ、まだまだ先は長いぞ。
「名簿一つ、こしらえるのもあたしには大変なのよ。」 四苦八苦してこしらえた書類の原稿を手にOさんに愚痴る。 実際、PC歴数年というものの私は、Excel、Wordの基礎すらきちんと学んだことがない。簡単な表ぐらいなら我流でこしらえたこともあるが、やたらと時間がかかる。実際、これまではそれほど必要も感じなかったからそれでよかったのだけれど。
「あ、これだったらExcel使えば簡単にできますよ。」 そこまで、「はい、はい」とおとなしくうなずいていたOさんが、にっこりした。 「あ、パソコン、使えるの?」 「う〜ん、出来るというほどではないけど、Excelぐらいなら・・・」 よしよし、それではとさっそく我が家のPCを起動。あっという間に日程表の枠組みをこしらえてくれた。 「わ、そ、そんなことができるの?へぇ、Excelって偉いねぇ。」 知ってる人にとっては、多分、基礎の基礎の操作のはずだが、私にとっては目からウロコ。 「ふ〜ん、すごいね、かっこいいよ、Oさん。いいよいいよ、あとは自分でやってみるから。」 新しい技術を覚えてなんだかとっても嬉しくなっちゃう私。ちゃんと習得したら今後のお仕事にもきっとしっかり使えそう。 「これをメールで送ったら、お互いに書類の作成の途中で連絡取りやすいしねぇ。」 とはしゃいでいたら、 「あのー、うち、仕事場のPCなのでネットにはつながってないんです。それでもメールできます?」 あ、それは無理かも・・・・ excelやWordは出来てもPCのメールはよく判らないという。もちろん添付ファイルの送り方も・・・・。 PCなんて素人さんにとっては所詮こんなもの。 自分がふだんしょっちゅう扱っているものについては判るけど、専門外のことはちんぷんかんぷん。必要に迫られたときにガリガリ勉強して新しい使い方を覚えていくんだなぁ
「ようし、判ったよ。あなた、これから私にExcelの使い方を教えて頂戴。せっかく大役を引き当てたんだから、一年かけてExcel覚えるわ。一年間で何か儲け物もなくっちゃね。よかったら、私もメールやネットのこと、わかる限りで教えるよ。」 ちょっとうっとうしい思いで始動した委員長役だけれど、思いがけないところでちょっとした副産物がありそうだ。 Oさんも、先輩の話にはいはいとうなづくばかりでなく、自分の得意分野で おばさんに手ほどきできることを喜んでくれているみたい。 そのこともちょっと「儲けたな。」と思ったりして・・・ 「よしよし、なんかいけそうだよ。ちょっと面白くなってきたよ。来年3月には一緒に笑おうね。」 帰り際にもう一度Oさんと握手。 まず手始めに若い、Excelができる友だちが出来た。 思わぬ儲け物になるはずだ
昨日、午後から毎年恒例のバーベキュー大会。 もともと父さんが独身時代、近くのいちご狩りに友人達が集まったのをはじまりに20年以上も続いた我が家の年中行事である。 友達の友達が加わり、友達の配偶者や子ども達が加わり、そして我が家の子ども達の友達やその家族が加わり、最大時には40人あまりの人が一堂に会したこともある。近くのレクリエーション施設のロッジを借りるようになってからは、宿泊可の大宴会に姿を変え、子ども達が合宿のノリでごちゃごちゃと雑魚寝して大騒ぎしたこともある。 いろんな職種の大人達、いろんな学校いろんな年齢の子ども達がわさわさと集まってきて同じ時間を一緒に楽しむ。 参加者は毎年次々に変遷したが、そのたびに楽しい出会いや発見があった。
昨年あたりから、子ども達の日程の調整や父さんの仕事の関係で少しずつ開催が難しくなってきた。 参加してくれる子ども達も、習い事の日程や試験や部活動などで「今年はちょっと・・・」と不参加が増えた。 「もう、来年こそはやめにしよう」といいつつ、とりあえずロッジを予約してあるからと、なんとかかんとか続けてきたが、今年はちょっと息切れした。 あまり積極的に召集をかけなかったら、今回の参加者は我が家を含めて、3家族とアユコの友達一組。それでも14人のこじんまりしたバーベキュー大会を開くことになった。
宝塚から子ども達の忙しい日程の合間を縫って参加してくれたのは、養護学校勤務時代の同僚だったHさんとその子ども達。 Hさんは今も養護学校で勤務を続けており、ご主人が長年の単身赴任中なのにも関わらず、3人の子ども達の育児にもパワフルに取り組んでいる。 バーベキュー大会には、これまでにも何度か参加してくれていて、子供同士もすっかりおなじみさん同士。川遊びしたり、ロッジでトランプをしたり、一年ぶりのあったとは思えぬ仲良しぶり。少人数ながら子どもだけの楽しい時間を過ごしてくれた。 そして私は久しぶりにHさんと長いおしゃべり。 仕事のこと、家族のこと、共通の友人のこと。 たのしかった。 「来年もまた来たいわぁ。無理かしらんねぇ。」 翌朝早く、子どもの野球の試合に間に合うようにとワゴン車でびゅんと帰っていくHさん。 すごいなぁ、フットワーク、いいよなぁ。 パワフルな日常と、その日常を時々びゅんと切り抜ける行動力。 年に一度、こういう人のこういう疾風に再会するのっていいよなぁ。
「来年、どうする?」 今年こそ、「これで最後にしよう」と話し合っていたバーベキュー大会。 終わってみると、今年もやっぱり未練たっぷりで考え込んでいる。
PTA,初めての運営委員会に出席。 「どうしよう、くじ、引いちゃったよ。」という、「相憐れむ」同志たちがぞろぞろと顔を合わせる。「右も左も判らなくて・・・」という人も多い。 「私だけではない」という安心感で、少し気が晴れる。
次回の集まりまでに、やっておかなくてはならない仕事に、自分の委員会の連絡網を作る仕事がある。 14人の委員の自宅の住所と電話番号は聞いてあるので、単に原稿を作るだけの単純な作業なのだけれど。 さて、学校やサークルで、当たり前に使われるこの連絡網、実際に機能し始めると結構不便が多い。 生活が多様化し、携帯電話が普及するようになって、自宅の電話にかけてもつながらないことが多い。 昼間には、自宅に電話してもまず相手は捕まらない 小さな子どものいる家庭でも結構夜遅くまで不在であったり、子どもだけでお留守番しているおうちがあったり。 留守電という便利な機能もあるが、仮にそこで用件は伝えられるにしても、次の人に連絡をまわしてもらうことまでは期待できないので、結局一人で2軒3軒、次の人にまで電話しなくてはならない羽目になる。 なんか不公平だなと腑に落ちない。
先日、配られた剣道の父母会の新しい連絡網は、数珠繋ぎ連絡をまわす「伝言ゲーム」形式をやめて、数件のリーダーの家からそれぞれ4,5人ずつまとめて連絡をつけるグループ形式に替わっていた。 これまでも留守宅が多くて、結局一人で何軒か電話していたので、先頭の人の実際の負担はあまり変わりないが、最初から「5軒、伝えてね」と決められている方が精神衛生上はいいようである。 とりあえず留守電にでも用件を入れておけば連絡係の責任は果たせるし、「なんで、私が3軒も掛けてるのよ!」とイライラすることもない。
そして我が委員会の連絡網。 とりあえず、自宅の固定電話の番号のみでオーソドックスな数珠繋ぎ方式を採用することにする。 中には携帯電話の番号でまわしたらとか、メールの方が便利かも・・・という声も上がっているが、人数分プリントして配るものだけに「個人情報流出」という障りもあって、一律OKと言うのも乱暴な気がする。 他の委員会の長の人に聞いたら、 「メアドや携帯ナンバーは一応、長の方には提出してもらうが、連絡網への記入は当事者同士のやり取りで訊きあってもらう。」 との事。 私自身、携帯電話は持たないので「携帯ナンバーを公表する」ということがどういう意味があることなのかよく判らないのだけれど、PCのメアドは知られたくない人もいるしなぁ。
もともと連絡網というのは、どの家庭にもいつでも誰か(おそらくは主婦)がいて、次の人に連絡をつけるという「お互いさま」の役割を果たすことが出来るという、昔の「普通の家庭」を前提に作られた制度なんだなぁとつくづく思う。 「夕飯時なら主婦はうちにいるだろう」とか「休日だから、ご主人がご在宅だろう」とか、漠然と「当たり前」と思い込んでいることも、それぞれの家庭の事情によって、必ずしも常識とはいえなくなっている。 携帯電話とかメールとか、「個人」に連絡を取る方法は急速に普及しているが、「家庭」という単位で集団に属する意識はどんどん薄くなってしまっているのだなぁ。 「うちには留守電があるから、そこに用件を入れといてくれればOKよ。」 という人は、自分が「次の人に連絡をまわす」という役割を他の人に振り当ててしまっていることに無感覚になっている。
一方で、「お友達になろうよ」の代わりに「メールアドレス教えて」という言葉で友達を作る。 くだらない日常の雑事の報告のメールでさえ、途絶えたら一人ぼっちにされているような錯覚を起こす。 どこかから流出した個人のメールアドレスが、お金で売買される。 「個」の情報がこれほど重要視され、もてはやされる中で、「家庭の中での私」「集団の中での我が家」の役割はあまり重く感じられなくなってきているような危機感がある。
奇しくも、PTAの集まりでは「学校と家庭の連絡を密にして」とか、「保護者同士のコミュニケーションを重視して」と言う言葉が、たびたび使われる。 確かに子育ての間には、近所のお母さんとの無駄話や先生達への愚痴、地域の口コミ情報が貴重な情報源となることがとても多い。 家庭同士がいつでも連絡が取り合える環境、思っていることははっきり言い合える学校との関係の必要性を痛感することも多くなった。 個人情報の重要性、「個」と「集団」のあり方、そして社会の中でも家庭の役割まで、グダグダと考えるうちに、わが委員会の連絡網は結局オーソドックスな旧来の数珠繋ぎ方式となった。 それなら無駄なことは考えずに最初からチャッチャと作っておけばよいものを・・・。 こういう要領の悪さが、私の「リーダー不適格」の根拠でもある
連休最終日。 お出かけ続きで家事がたまり、どよんとした朝を迎えた。 とりあえずお寝坊の男の子達をたたき起こし、剣道の朝稽古に送っていく。 家を出る直前になって、ゲンが竹刀の不備をちゃんと処理していなかった事がわかり、一発目のお目玉を喰らう。 GWということで、出席している子どもも少なめ。 オニイも、今日は後半の大人の稽古まで残るというので、ゲンはオニイの稽古が終わる頃に一緒に迎えることにする。 行きの車中で、今日は資源ごみの回収日であったことに気づき、子ども達を下ろしてから慌てて取って返したが、やはり収集車の到着には間に合わなかった。 「ゴミ出しを忘れる」のと「好天気にお布団が干せない」のは、些細なことだけれど、主婦失格というような苦い自己嫌悪を運んでくる。 ああ、今朝は出だし失敗。
ガツガツ空腹を訴えるワンコにドックフードをやろうとしていると、父さんが、 「剣道の迎え、みんなで出かけてビデオ屋へ行くから」 という。 予定外だなぁ、とちょっとうっとうしく感じた。 今日はたまった家事を片付けて、庭仕事や気がかりな内職仕事に取り掛かるつもりだった。 休み中、かけらも勉強していない子ども達にもそろそろはっぱをかけなければ・・・。 昼時にみんなで出かけたら、どこかで外食という羽目にもなりかねない。 数日前に買って食べる機会を失っている食パンを昼食にするつもりだったのに・・・ そんなばかばかしいことがいっぱい集まって、父さんの提案に「行こう行こう!」と賛成する気持ちになれなかった。そんな気持ちが表情にでたのか、父さんのご機嫌も悪くなった。 「せっかく子どもの日だから、子ども達にサービスしてやろうと思ったのに・・・」 子どもの日って・・・連休中、加古川へも行ったし、京都へも遊びに行ったじゃない。アユコとアプコは昨日もお出かけしていたし、男の子達は留守番で一日中PC、ゲームやり放題だったはず。 もうお子様サービスは十分よ。 それより、ホントは遊びに行きたいのは父さんじゃないの?
ホントにくだらない口争いだった。 なんだかなぁ。 ぷいと仕事場に戻っていった父さんが、しばらくして再び帰ってきた。 お互いに自分が考えていたことを、冷静に言い合う。 休みの最終日にもっとたっぷり遊ばせてやりたいと考える父さんと明日からの毎日に備えて気持ちを学校モードに切り替えてやりたい私。 その微妙なずれに、お互いが自分自身がやりたいと思っていることの違いが重なり、衝突する。 長いお休みの終わりに、夫婦に時々やってくる小さな嵐。 またやっちゃったなぁ。 本当にくだらない。
子どもの頃、実家の父は連休の最終日の夜、大概ご機嫌が悪かった。 一日楽しく遊んで、大河ドラマやらおバカなバラエティー番組を見ながら夕食を食べて・・・そんな時間にたいてい嵐が起こる。 お漬物の塩味が足りないとか、お皿を扱う音がガチャガチャうるさいとか、呼ばれた子どもの返事の仕方がまずいとか、些細な事を発端に父の延々と続くお説教が始まる。 時にはそれは夜中まで続き、子ども達が解放されたあとでも、夫婦の寝室からは、父の低い話し声が続いていたこともある。こんこんと続く父の雄弁に母はいつもしゅんとうなだれて頷いていた。 あとから考えると、なんであんなに叱られたかなぁと思う時もあって、母に不満を言うこともあったけれど、母は、笑って、 「あれはお父さんが、自分自身のお休みの気分を振り払って、明日からのお仕事に向けて、気持ちを切り替えるという意味もあるのよ。」 と舌を出した。 仕事のことをまったく家庭には持ち込まなかった父にとって、連休中のリラックスした気分を翌日からの仕事に混じらせないようにするためには、家族のゆるゆるしたお休み気分をチェックして叱ることが必要だったのかもしれない。 それにしてもかなわんなぁと、お休み最終日の夜はなんとなく憂鬱なものだった。
自営業の夫と結婚して、「毎日がお仕事」「毎日がお休み」というような家族の生活に入って、連休最後の日の憂鬱からは解放されたはずだった。 なのに、今度はなんとなくカリカリと連休最終日にイラつく自分がいる。 いやだなぁ。
結局、父さんが折れてくれてビデオ屋行きは延期になった。 私は疾風のような勢いで洗濯物を干し、掃除機をかけ、懸案の庭仕事を片付ける。男の子達を迎えに行き、帰りにスーパーでサラダとハムを買い、買い置きの食パンで昼食を済ませることにする。 「実はね、父さんが今日はビデオ屋へ連れてってやろうかって言ってくれてたんだけどね・・・」 帰りの車の中で、オニイに言いかけたら、 「わかってるって。さすがに今日は遊んでたらまずいなって、僕も思ってた。」 と、物分りのよい返事が返ってきた。 ううう、こいつには夫婦の行動パターンがすっかり読まれておるなぁ。 きっと「こんなあほな喧嘩は、オレはやらぬ」と考えているに違いない。 そして、きっと歴史は繰り返す。 連休最終日にイライラと、お説教するオニイの姿が目に浮かぶ。 13歳の現在ですらあれだけ説教魔のオニイのことだ。 さぞかしパワフルな頑固ジジイになることだろう。 ああ、くだらない。 本当にいやんなっちゃう。
ゴールデンウィーク、真っ只中。 例によって一家で車に乗り込み、加古川のおじいちゃんおばあちゃんのところへなだれ込む。 格別何をするというでもなくて、父さんはおじいちゃんと延々仕事のお話をして、子ども達はそれぞれに買い物に出たり、庭で砂遊びをしたり・・・。 私は母と久しぶりに庭に出て、新しく造り替えたガレージや花壇、家庭菜園の様子を見たりして、のんびりと過ごした。
「田舎へ帰る」というけれど私の実家は新興住宅地にあり、スーパーも大型店舗も病院も我が家と比べ物にならないほど近くにたくさんあり、正真正銘田舎者の我が家の子ども達はおじいちゃんおばあちゃんの自転車を借りて、あちこちうろついて、都会の生活を楽しんでいる。 ちょうど、実家の裏に大型のドラッグストアが最近開店し、裏口を出るとものの1分でティッシュやちょっとした食品が買える。 「あかあさん!ここだったら、一人でちょこちょこっと行って、お買い物ができるねぇ!」アユコがお昼のレトルトカレーを買出しに行って、感激して帰ってきた。 「ホントにねぇ。でも、うちだって徒歩1分でハイキングコースよ。めったにない環境なんだから・・・」 ・・・て、誰もうらやましくないか・・・。 うちの近所に、このあたりの大型店舗を一軒か2軒、もらって帰りたいといつも思う。
私達の到着から1日遅れで、下の弟夫婦がようやく2ヶ月になったユキちゃんを連れてやってきた。 私は赤ちゃんが生まれてすぐ、病院で「はじめまして」は済んでいるのだけれど、父さんや子ども達は初めてのご対面。 大柄な弟にひょいと抱きかかえられてやってきた赤ちゃんは、本当に小さくて子ども達がわぁっと寄ってくる。 身の回りに小さな赤ちゃんを見る機会が減って、アプコなんかはちゃんと物心ついてからは初めて見る赤ちゃん。 「おかあさん、手、ちっちゃいねぇ。」 こそこそっと戻ってきては私の耳許でアプコが囁く。 アユコもどきどきしながら赤ちゃんを抱かせてもらって、しげしげと赤ちゃんの各パーツを「観察」して、微笑む。 ゲンはどこやらのTVで見た裏ワザを試したいといって、ぐずり始めたユキちゃんの耳元でスーパーのレジ袋をガシャガシャ言わせて、本当に泣き止むかどうかの実験を始める。 ふと気がつくと、ベッドメリーが回転する赤ちゃんのお布団の周りにアユコ、ゲン、アプコがおんなじ格好で腹這いになり、頬杖をついて赤ちゃんの寝顔を眺めていたりする。 「なんだか大騒ぎやなぁ。」 一緒になって周りに寄っていくのがちょっと恥ずかしいお年頃のオニイも含めて、思いがけなく小さくかわいい新しい従姉妹の到来が子ども達に新鮮な驚きと興奮を運んできた。 「新しい命」の持つエネルギーは、ちょっと前まで同じような赤ちゃんだった子ども達にも嬉しい感動を持ってくる。
「なんだかしょっちゅう指しゃぶりをするんですけど、ミルクがたりてないのかしら。」 「とっても長い時間寝てることがあって、こんなにミルクの時間があいちゃっていいのかしら。」 新米ママのTちゃんが赤ちゃんの世話の合間にポツリポツリと、「育児相談」。 その時代を通り過ぎた者から見ると、何のことはない健康な赤ちゃんの成長の一過程であることも、初めてのママにとっては心配事であったり、悩みの種であったり・・・。 ああ、私も始めての子育ての頃には、こんな風にいちいち判らない事だらけで赤ちゃんと向き合っていたのだなぁと思い出す。 おっぱいオムツねんね、おっぱいオムツねんねの毎日。 甘酸っぱい乳の匂いに四六時中包まれていた懐かしい日々を振り返る。
「ユキちゃん、かわいいね。」 アプコが何度も戻ってきては私の耳に囁いていく。 「ユキちゃんのおへそ見ちゃった。かわいい。」 「ユキちゃん、げっぷしたよ。ぐふーって」 末っ子姫のアプコにとって、赤ちゃんは子犬か電池入りのお人形のように興味津々の珍しい生き物。 そして、自分の母や姉が自分より小さい子を抱っこしたり、あやしたりして、ちやほやしている状況もアプコにとっては初体験。 はじめは一緒になってちやほやしていたものの、途中から「あたしが一番じゃないなんて、ちょっと許せないわ」という、お姫様根性も垣間見えるようになって来た。 「ユキちゃん、かわいいから2,3日借りて帰ろうか」 と聴いてみたら、「いや」と即答。 理由を聞いたら、「赤ちゃんはすぐ泣くし、しょっちゅう抱っこせなあかんで。」 はい、そのとおり。 ご安心ください。母にももう一から赤ちゃんを育てるエネルギーはございません。そうでなくても手のかかるお子さん達が4人もいるからね。
「片手で抱っこして片手でご飯。あんな時代も長かったよなぁ。」 帰りの車の中で、父さんも感慨しきり。 「すっかり堪能しちゃったねぇ。子育ての大変な時代をいくつも乗り越えてきたんだねぇ。今だって、まだまだ結構大変だけど・・・。」 オニイの初めて育児で不安な赤ちゃん時代。 心臓病を心配したアユコのガラス細工に触れるような赤ちゃん時代。 おおらかに乳を飲み、丸々と太っていったゲンの赤ちゃん時代。 そして、なるちゃんの死をこえて、家族みんなで迎えたアプコの赤ちゃん時代。 小さい命が運んでくれたたくさんの驚きや感動。 その結果として、今のガチャガチャうるさい、手のかかる子どもらがいる。
生まれたての小さいユキちゃんの握りこぶしが、何を握っているのか見るのを忘れた。 新生児のこぶしの中には綿ほこりだか手垢だか、なんだか得たいの知れないものがにぎられていることがある。 小さい子ども達がぐっと握り締めて離さない大事なもの。 そんなものの存在を何時までも忘れない親でありたいと、昔思ったことがある。
連休中日の今日、小学校は春の遠足。 毎年恒例で、低、中、高学年に分かれて、学校の近くの山に登る。 学校からの徒歩圏内で3通りもハイキングコースを選べる小学校って、やっぱり田舎の学校? でも地域の山にたびたび登って、親しい小道や秘密の岩穴をみつけることのできる子ども時代って、恵まれているなぁと思う。 我が家の前の道を、1,2年生、3,4年生が次々に並んで通り過ぎていく。 玄関先に顔を出してその列を見送っていると、 「あ、ゲンのおかあちゃんや!」と指差す子。 顔なじみの先生達に「行ってらっしゃい」とご挨拶。 遠足のワクワクする気持ちのおすそ分けを頂いて、今日は盛大にお布団を干した。
ところで、遠足のおやつは150円まで。 消費税分はどう計算するんだったか知らないが、とりあえず内税表示になったら買い物がしやすくなったとゲンが喜ぶ。 消費税ったって、あんたが買うのはいつも税のかからない小さな駄菓子屋さん。あんまり影響ないじゃないの。 ・・・という訳で、先日、アユコとゲンを車で少し離れた駄菓子屋へ連れて行く。 「車で駄菓子屋」って言うのも変な話だけれど、我が家の近くにはコンビニはあってもいわゆる子ども相手の駄菓子屋と言うものがない。硬貨を握り締めて、好みの駄菓子を選ぶ楽しさを味わうためには、母の車に乗り込んで遠くの駄菓子屋に流れ込むよりしょうがないのだ。
「今回は絶対買うもの決めてあるねん。」 ゲンは今回のおやつ選びには妙に力が入っていた。 「いつ連れてってくれるの?」とか「どこで買うの?」とか、ことあるごとに聞いてきてうるさい、うるさい。 やっとのことで、出かけた駄菓子屋でゲンが早速かごに詰め込んだのは、いろいろの味の15本の「うまい棒」 「げげ、本気で、それ遠足に持っていくの?」 「そんなにいっぺんに食べたら、のど渇くし、気持悪くなるよ。」 アユコと二人で何度か言ったけど、やっぱりゲンはかごの中身を替えようとしなかった。 変な奴。 どうやら、うまい棒15本が食べたいわけではなく、「遠足に山盛りうまい棒を持ってくるボク」への周りのリアクションが気になって仕方がないらしい。 「僕のお菓子見たら、みんななんていうかなぁ」と何度も何度も訊きに来るので、 「『あほやなぁ』8割、『ええなぁ』2割」 と答えておいた。
「やあ、おもしろかったよ。」 意気揚々と山を下ってきたゲンは、途中で遠足の列を抜けて自宅に途中下車。いったん学校まで帰る道のりを省くために、先生方が毎年うちの子たちの途中下車を認めてくださっている。 「で、うまい棒15本はどうなった?のど渇いたでしょう。」 尋ねると、ニヤニヤと笑ってリュックを開けるゲン。 「いやぁ、いろんな友達に交換してもらったから結構色々食べられたよ。 見てみて、これなんか、うまい棒2本と交換してもらっちゃった。ラッキー!」 おいおい、うまい棒で商売してくるなよ! さすがは「第3の道を行く男」 思いがけない利用法に笑ってしまった。
突飛な行動やいきなり踏み込んだ質問で周りを驚かせ、その反応を見て周りが自分をどんな風に見ているかを試す。 4人兄弟の中間の子らしいゲンの行動。 「あほやなぁ」といわれるなら、それも楽しい。 「ええなあ」といわれるなら、それも嬉しい。 おおらかなゲンの遊びの精神が、母にも楽しい。 どんな大人に育っていくのかなぁ。 「予測不能」がゲンの魅力。 健やかに羽ばたいてくれますように・・・
| 2004年04月29日(木) |
勉強させていただきました。 |
父さん、久しぶりの休日。 剣道の朝稽古を終えた男の子達をぶんと車に拾って、京都へ遠出。 以前から券を用意して予定していた絵画展に出かける。 有名な印象派の大作が展示されるというので、混雑は覚悟していたが、果たしてざわざわと続く人いきれで、まずオニイがギブアップ。 我が家の子ども達は山歩きは得意だけれど、都会の人ごみにはめっぽう弱いのだ。小一時間もすると、たいてい誰かが「頭痛い」とか「気持ち悪い」とか言い出す始末。 はいはい、おっしゃるとおり、正真正銘の田舎もんです。
モネの「睡蓮」は想像していたよりずっと大きなものだった。 たくさんの色の重なりが、離れて見ると深い複雑な色合いになって、涼やかな水辺の風を感じさせてくれる。 「とりあえずね、いっぱいの人ごみの中で、大きな睡蓮の絵を見た事だけ覚えておきなさいね。」 ちょっとミーハーっぽくて恥ずかしいけれど、幼い子ども達にとってはそれでいいと思う。 幼い頃にピカソを見たとか、延々並んで月の石を見たとか、そういう本物を間近に見たという経験は幼い心に新しい引き出しを一つ作ることだと思っている。 今はその引き出しが空っぽでもいい。 子ども達が大きくなって、どこかの画集やレプリカのポストカードで「睡蓮」を見たとき、「そういえば、これ見たことあるんだなぁ」と心惹かれるものがあったなら、からっぽの引き出しはそれだけの意味がある。
問題が一応解決して、体調もかなりよくなったオニイ。 おにぎりと途中のお肉屋さんで買ったコロッケ、フライの手抜き弁当をがつがつと食べる。 一応トイレの場所は目で確認しながらも、復活したオニイの食欲を嬉しく眺める。やはり子ども達はモリモリたくさん食べてくれてこそ、頼もしいとつくづく思う。 今回のことで、人の体と心は密接にリンクしているのだということを痛切に感じた。 私自身は、ストレスやプレッシャーが直接体調に現れるという経験があまりないのだけれど、アユコの自家中毒といい、オニイの過敏性腸症候群といい、心に由来する体の病気というのは意外に身近なところであっけなく始まるものなのだなぁ。そして、気持ちが落ち着けばそれに連動して症状も軽くなるという心と体のメカニズムの不思議。 げぼげぼ、ピーピーの続く本人達にとってはとても辛いことだけれど、子どものデリケートな感情のゆれに鈍感な母にとっては、子ども達の悩みや苦悩が突然の体調不良によってダイレクトに伝わってくるということは、ある意味ラッキーなことなのかもしれないと思う。 「このげぼげぼはいつもと違う」 「このピーピーには何か意味があるのかしら。」 そう感じたとき、私は改めて子ども達の心を覗く。 そこからが親子の問題解決の始まりになる。
今回、オニイの不調に最初に気づいたのはアユコだった。 新学期開始直後、「なんだかこのごろ、お兄ちゃん、イライラしてる。やたらとトイレが長いし、ゲンやアプコにしょっちゅう説教しているし・・・」と何気ない会話の中で訴えてきてくれた。 自分自身が事あるごとに、自家中毒や偏頭痛に悩まされてきたアユコならではの観察眼であったと思う。 頭では分かっているものの、心と体が連動するということが実感として感じられない母には、なかなかたどりつけない気づきであっただろう。 そして、オニイがたどたどしく問題解決の道を探す様子を間近に見ることで、アユコもまた、自分自身の心と体の扱い方を少しずつ学んでくれたことと思う。 「兄弟が多いと、子ども達同士で互いに多くのことを学びあう。」というけれど、大雑把で子どもの心のデリケートな部分を見落としがちな母にとっては「互いに学びあう」ということのありがたさがよく判った。 そして母もまた、子ども達の言動によって多くのことを学ばせていただける。 「また一つ、勉強させていただきました。」 オニイの晴れやかな食欲に、母はまた密かに頭を下げる。
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