月の輪通信 日々の想い
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先週から大騒ぎしていたアユコの「いたずらメール事件」が一段落した。 友達のメールのパスワードを盗み出し、その子の名をかたって偽のラブレターを書き、そのやり取りの内容を公開して嫌がらせをするという、犯罪まがいの要素を含んだいやな事件だった。 担任の先生から校長、教頭、相手の5人の男の子達の親たちまで交えての抗議、話し合い、謝罪・・・。 クラスでのほかのいじめ問題から、家庭での子供のパソコンの使い方の管理まで、色々な要素を含んだ今回の問題は、だんだん判らなくなってくる子供達の日常を親や教師がどこまで把握していかなくてはならないのかという基本的な問いに戻って、ため息を生む。 結局のところ、「自分ちの子は自分で守らなければ」という結論に達せざるを得ないことがむなしく悔しい。 5人のうちの主謀者格の男の子は10人の大人に囲まれて数時間に渡って問い詰められても、ついに涙の一粒も見せず、どこか冷え切った目でしぶしぶ謝罪の言葉を述べた。多分、彼の心には大人たちの危機感は伝わっていない。 彼の父親にも、息子の心の闇は感じられていない。 それでも、「二度とするなよ、ちゃんと見てるぞ」と念を押すよりほかにすべはない。
弱いものいじめを許せない、自分の理屈を絶対に曲げたくない。 生真面目なアユコのまっすぐな正義感が5人の卑劣ないたずらの標的になった。アユコは傷つき、怒り、泣き叫んで、一人で戦いを続けた。 「男の子達にはっきりものをいえるのは私だけだから。」と、心無いいじめの盾になって踏ん張っていたらしい。 繊細で、傷つきやすい女の子と思っていたアユコが、そんな激しい、強い使命感を持っていたということが母である私にも驚きだった。 「お母さん、本気で怒ってきた。けんかしてきてやる。」 激しい怒りをあらわにして、学校へたびたび出かけていく母の姿を見て、とりあえずアユコは自分のために怒り狂ってくれる親や先生達がいるということで、心の傷をすこしずつ癒してくれているように思う。 強い子に育ってくれたと思う。 アユコの賢さに親も先生達も救われたと思う。 不甲斐ないことだけれど。
卒業式に出席した午後、アユコは久しぶりに仲良しのAちゃんをうちに呼んで、クラスのお楽しみ会の賞品を作る作業をしていた。 本来アユコが、「私が用意するわ。」と引き受けてきて、一人で作業を進めていた賞品作り。 「アユコ一人でやらないで、友達に『手伝って』と声を掛けて、一緒にやったほうが楽しいんじゃないの。」 と私が提案して、アユコはAちゃんを呼んでくることに決めた。 「アユコは何でもできるから、賞品作りも一人でささっと片付けちゃえばいいと思うけど、『一緒にやろうよ』と誰かに声をかけることで、仲間ができるよ。 『一人でこんなに用意してくれて、ありがとう』といわれるのも嬉しいけれど、二人でやって『Aちゃんが一緒にやってくれたよ』といえば、Aちゃんも嬉しくなれるよ。 一人で戦えるアユコは強いけれど、強いアユコだからこそ誰かを仲間にして戦うことを学ぼうよ。」
クラスの子達がいじめの現場を目撃しても何もいえないと悔しがっていたアユコ。 一人で盾になってがんばっていたようだけれど、たった一人の抗戦ではきっとまた今度のような無理がでる。 「今度からね、『いじめちゃ駄目!』というときには、近くにいる友達に『ねえ、そう思うでしょ、○○ちゃん』と声を掛けてごらん。 自分では『いじめちゃ駄目』と言えない子でも『そうだそうだ』とはいえるかもしれないよ。 そうしたら、アユコの味方が一人増える。一緒に戦う仲間が増えるということだよ。」 一人で折れそうになるまで頑張ってしまう生真面目に、母は新たに厳しい課題を与える。 「あ、そうか。わかったよ。」 明るい笑顔で、母の提案の意味を一度で呑み込むアユコは賢い。 わが子が優しく強く、そして賢く育ってくれたことに、改めて頭を下げる。 子供の思いがけない成長に親のほうが勇気付けられる。 「子育ては宝」と改めて思う。
アプコは朝ごはんを食べるのがとても遅い。 席に着くのも皆より遅くなることが多いので、あわただしい朝はアプコが最初の一口を食べる頃にはオニイ達は「ごちそーさん!」と席を立つ。 それでもアプコは慌てない。 鼻歌を歌い、念入りにふりかけを選び、おもむろに自分でお茶をいれてから、静々とお姫様のように朝食を召し上がる。
「おかあさん、おかあさん。あれ、見て!」 「なぁに。早く食べなさいよ。」 「あのね、お外のあの大きい木、見えるでしょ。」 アプコが窓の向こうの山の雑木を指差す。 珍しい鳥でもいるのかな。 「どれよ。」 「あの三角みたいな大きな木。あそこにびゅ〜んと伸びた枝があるでしょ。 「うんうん」 「あの枝の先の、今、小鳥が飛んでいったあのはっぱの下の地面にね。」 「どこどこ。」 「あの、ちょっと白くなってるところよ。」 「ふむふむ」 「あのね、あそこにね、『の』の形の枝が落ちてる。」 「はぁー・・・・。早くご飯食べてね。」
「あ、お母さんみてみて!」 こんどアプコが指差したのは自分の取り皿の中。 変なものでも入っていたかと覗き込むと、いかなごの釘煮が2本。 「ほら、『り』の形。」 「はいはい。」 「この形なんかの形に似てるよね。あ。羽だ。鳥の羽の形だよ。何の鳥か判る?」 「わかんないよ!(そろそろ怒りモード)」 「ほら、鶴だよ、鶴。くちばしが細くて、足が長くて・・・」 「鶴なら知ってるから説明しなくて良いよ。早くご飯食べて。」 「あ、お母さん、さけぱっぱ(ふりかけのなまえ)の反対って何か知ってる?」 「知ってるから、ももういいよ。ふりかけご飯食べちゃいな。」 「でも面白いよ。 『ぱっぱけさ』だよ。 ぱっ・ぱ・け・さ。うわぁ、おかしい!(本人バカ受け)」 「こらぁ!さっさと食べなさい!!」
幼稚園のお友達とのお手紙交換で急速にひらがなの読み書きを覚えたアプコ。 文字を読むのがとりあえず楽しい。 看板の文字、車のナンバーの文字、先生の連絡帳の文字。 知ってる字をとにかく片端から声に出して読んで見る。 粒チョコを文字の形に並べる。 おうどんで「の」の字を作って、一人で受けまくる。 お絵かき帳にもたくさんの鏡文字交じりの説明文が書いてある。 アプコの頭の中には、たくさんのひらがなが渦巻いている。 「文字」というものの意味を始めて発見した幼児の感性のみずみずしさ。 人が文字を学ぶということのはじめの一歩は、本来こんなにも嬉しさに満ちた楽しい遊びから始まるのだな。
小中学生になって、漢字テストのまえにいやいや漢字ドリルを埋めるようになる前に、どの子にもこんな嬉しい文字との出会いがあったのだろうか。 新しいことを知る。 初めて得た知識を自分で活用する。 「見てみて!」と誰かに自分の発見を披露する。 そんな基本的な「学ぶ喜び」をたっぷり味わってから、大きくなってもらいたい。
・・・といいつつ、アプコの朝食は半時間たっても、まだほとんど手がつけられていない。 「さっさと、食べてくれ!」 アプコの取り皿の上に、新しいいかなごの文字。 「へ」 ・・・へ、じゃないよ、まったく。
朝、お寝坊して大慌てご飯だったので、朝ごはんのメニューは「ぽっかり卵」とお味噌汁。 ゲンは、甘辛いしょうゆ味のおだしでぽっかりと煮た「ぽっかり卵」がちょっと苦手。 朝の忙しい時間には卵のお鉢を気乗りしない様子でつんつんつつき、時間切れになるとこれ幸いと黄身だけぽつんと残して逃げる。 今日もまた、あわただしさにまぎれて、ごまかして席を立とうとしているので、すんでのところで呼び戻した。 「ちょっと待て。黄身まで、しっかり食べていきなさい。」 ばれたかと、しぶしぶ戻ってくるゲン。
「誰かに喰われて、誰かの血や肉になろうと思って生まれてきた命じゃないんだから、こんな残し方をしたら卵に申し訳ない。」 私が、忙しついでに説教をしたら、横からオニイが、 「その言い方、うまいな。 僕も大きくなったら子供にそういって叱ろう。」 と茶々を入れた。 「真似させてやっても良いけど、そのときまでちゃんと覚えておきなよ。 まだまだ先の話だよ。」 といったら、 「そやな。もし、忘れてたら、そのときはお母さん、思い出させてな。」 「え〜っ、あんたがこどもの親になっても、まだお母さんがあんたの忘れ物を思い出させてあげるの?とんでもない、まっぴらよ。」 「ありゃりゃ、そうでした。」 分が悪くなったオニイもこそこそと逃げ出す。 食卓の上には、空っぽになった卵のお鉢。 しっかり食べたら、行ってらっしゃい。
こんな日常の何気ない会話の中から、子供達は親の価値観や生き方のかけらを学ぶ。 そして、いつか自分が親になったとき、思わず知らず同じ言葉で子供を叱る。 私の親としての毎日の言動が、未来の子供達の言葉になる。 しっかり考えて、ちゃんと「おかあさん」しなくちゃなぁ。 まだまだ大変だなぁ。
アプコといつものように園バスへの道を下っていた。 春めいた日差しが気持ちよくて、足元にくっきりとまとわりつく影をお互いに踏みあいっこしながら駆け下りる。 小さいアプコともつれるように絡み合って走るのは楽しくて、年甲斐もなくきゃあきゃあ言いながらアプコの影を追った。 後ろから車の近づく気配がしたので、アプコの手を引き寄せ、道の端による。 後ろから来たのはご近所のNさんのご主人の車。 すれ違うときにゆっくりとスピードを落とし、窓を開けてNさんがにこにこ顔を出した。 「楽しそうやねぇ。」 しまった。 誰も見ていないと思っていたのに、珍しくはじけた私のふざけっぷりをNさんに目撃されてしまった。 ひゃっ、恥ずかし・・・と思ったけれど、バイバイと手を振って再びスピードを上げていったNさんの表情はとても優しくて、アプコと私が遊ぶ様を微笑ましく見守ってくださっていたことがよくわかる。 自分ではそのとき気づいていない、母であることを喜んでいる私をNさんはほんの通りすがりの一こまの中で感じ取って、私にほめてくださったのではないかと思われた。
昨日、私の実家へひいばあちゃんの法事に出かけて、日ごろお会いすることのない親戚の人たちと久しぶりにお会いした。 どの人も、私が4人の子供達を何とかここまで育ててきて、倦む事もなく子育てを続けていることをそれぞれにほめてくださった。 アユコがお客様へのお茶出しを進んで自信を持ってつとめたこと。 アプコが自分より小さい従姉妹のAちゃんと仲良くおとなしく遊べること。子供達の小さな行為の一つ一つを「よく、ここまで育てたね。」と人生の先輩達にほめていただくということは、これからまだまだ続く長い子育ての日常に嬉しい花の冠をいただくことだ。 大事に育てた子供達のことを、誰かにほめていただく、これまでの労をねぎらっていただくのは嬉しい。 もうひとがんばりしなければと思う。 「ええカッコさせてくれてありがとね。」 子供達にも感謝、感謝。 誰かが私の子育てをどこかで見守ってくださっている。 それを知ることは明日の育児の力となる。
私の子育ては果たして周りからよく評価されているだろうか。 そんな気持ちを常に持ちつつ子供と接することは、とてもしんどいことだろう。 でも、思いがけない場面で思いがけない人から、「楽しそうだね。」「よくがんばって育てているね。」と声を掛けてもらうということはとてもとても嬉しいことだ。 そんな場面を見つけたときには、私も声に出してその人をほめよう。 「がんばってるね。」 「いい子に育ったね。」 それはきっと誰かの明日の力になるはずだ。 誰かからいただいた嬉しいお褒めの一言を、今度は私が誰かにお返ししたい。 自分のことでめいっぱいの私にできるささやかな子育て支援。 このくらいならできるかもしれない。
女の子2人を連れて実家のひいばあちゃんの一周忌に出かけた。 大きな荷物を抱えて帰宅の電車を降りると、迎えに来てくれた父さんの車の中にほのかなカレーの匂い。 「帰りが遅くなるかもしれないから、夜は男の子軍団でカレーを作ってね。ご飯も忘れず炊いておいてよ。」と材料を買い揃えて言い残しておいた。 奮闘の様がうかがわれますな。 よしよしと、期待十分でうちに入る。
男の子カレーは絶品だった。 頼んでおいた洗濯物も、とりあえず物干しにはぶら下げて、夕方には取り込んでおいてくれた模様。 汚れ放題で投げ出されたざるやおなべ、丸めてしわくちゃのまま生乾きで取り込まれたトランクスを考慮しても、男達の家事能力はそこそこ及第点といえるだろう。 外から帰って、暖かい夕餉の香りがするということだけでも、主婦の日常には嬉しい楽しい出来事なのだということを、父さんと子供達に伝えておきたいと思う。
「あれ?コタツ、どうしたの?」 居間においてあるいつもの長方形のコタツが壁際に立てかけられ、新婚時代に父さんと使っていた小さな正方形のコタツが置いてある。 「こわれたみたいやねん。ちっとも暖かくならないねん」 以前からコードの接触が悪かったりサーモスタットが不調だったりして、あやしかったコタツではある。 冷蔵庫、洗濯機、電子レンジと来て我が家の家電買い替えラッシュも終盤かと思われてきた今、この春も間近というこの時期にコタツが昇天されるとは予想外だった。 「ま、しょうがないね、」と90センチ角の小さなコタツに6人がごそごそと足を入れる。 法事のお下がりのお菓子でもいただこうと、机の上に広げると子供らがわっと顔を寄せる。 「うわぁ、人口密度めちゃくちゃ高いわぁ!」 いつもと違う家族の距離感が驚きだった。 コタツが小さくなったというだけで、誰かと誰かの息遣いの触れ合う距離感が違う。 なんだかちょっと嬉しくて、いつもより余計に暖かかった。
家が狭くて、子供達に自分だけの空間を与えることができない。 小学生(中学生)になったら、子供がひとりになれる空間を確保してやりたい。 家の空間を考えるとき、必ず話題となるこの言葉。 確かに、子供達は大きくなると誰かに邪魔されない自分のスペース、一人で閉じこもってしまえる個室のドアを欲しがる。 それはそれで当たり前のこと。 大人だって、ひとりになれる書斎が欲しい、趣味を楽しめる個室が欲しい。 家族の中で自分が個になれるスペースはいつも家族の憧れだ。 けれども今日の小さなコタツのように、いやおうなく家族が寄り添える空間、いやでも誰かのため息や空腹のおなかの音を捉えることのできる空間を求めることはめったにない。 でも、特に子育て中のうちには時にはこんなおしくら饅頭のような窮屈な憩いって必要だったのだなと気がつく。
子育てが一段落したので働きに出て、妻でも母でもない自分を生きられる場所を確保したい。 父さん母さんに干渉されない、プライベートな空間に閉じこもりたい。 大人不在の時間の長い友達のうちがうらやましい。 大人も子供も自分が「個」「孤」になれる時間を切望する。
でも、家族というのはそれだけではないのだ。 プライベートな部分にずかずか踏み込んで、間違いを正す言葉。 互いのプライドをかなぐり捨てて、自分の激しい想いや訴えを吐き出す時間。 誰かの息遣いに自分の呼吸を合わせてみられる密着した距離感。 一見うっとおしく感じるような密着感が、まだまだ家族には必要なのだ。 子供が身の回りにいることの幸せの一つは、このうっとおしくも暖かい異常な密着感にもあるのだということを、改めてもう一度考えてみたいと思う。
| 2004年03月12日(金) |
「子供が好き」という幻想 |
先日、話題にした大家族のドラマ。 「なんで子供をいっぱい産んだの」 の答えは思ったとおり「子どもが好きだから」だった。 「自分の子だもだけでなく、よその子でも、一生懸命な子供の姿を見ていると嬉しくなっちゃう、とにかく子供が好きだから・・・」 子沢山の肝っ玉母さんは、うるうると輝く瞳で高らかに宣言する。 「やっぱり子供が好きだから・・・」
「私は4児の母」というと、「きっと子供がすきなのね。」と帰ってくる。 確かにわが子はいとしい。 大事に大事に育ててやりたいと思う。 どの子にも等しくいっぱいの愛情を注いでやりたいと思う。 でも、それはあくまでもわが子への愛。 よその子までがわが子同様大好きだとはとても言えない。 少なくとも最近の私には、そんなことは言えない。 子沢山の母は子供好きというのは、大きな誤解だと思う。 私に関しては、そんな幻想は抱いてもらいたくない。 そう思う。
アユコのクラスでとてもとてもいやな事件があった。 メールを使って、大人顔負けの卑劣な手段で特定の子をだまして、辱める。 そのテクニックも巧妙で、立派な犯罪のレベルだと思う。 その被害者の立場に、正義感のアユコが立たされた。 担任の先生や同じく被害にあった子のお母さんとともに、ここ数日その事実確認に追われていた。 子供のいたずらといいながら、私は相手の子供達やわが子の卑劣な行為に気づくことのできなかった親達を許すことができそうにない。 「子供のやったことですから、しょうがないですね。もう二度とやらないでね。」と丸く収めることは多分できないと思う。 私は相手の子供達を激しく憎む。 思春期の繊細な少女の心を踏みにじった子供達を前に「やっぱり私は子供が好き」とは、とてもとてもいえないのだ。
何があってもわが子を守ってやりたいと思う。 心も体も全部大事に守ってやりたいと思う。 だからアユコのガラスのハートを傷つける子供をかわいいとは思えない。 いくら子沢山だからといって、今日のドラマのようによその子のいたずらをわが子同様に親身に叱ってやったり、「一人くらい増えても平気よ。」とよその子を簡単に預かってやるようなことは私はしない。 子沢山の母なら誰でも寛大な心を持つ肝っ玉母さんに違いないという幻想は、持たないでもらいたい。
「子供が好き」というだけで、あんなふうに明るい子育てができるというのは幻想だと思う。 いつも明るく、子供達に優しく、気持ちにムラがなく、いつも最大限の愛で子供達を包む。自分の子も他人の子もみんな等しく健やかに成長することを祈る。 そんな理想的な母の姿を、自分にも他人にも期待したくない。
いつになく激しい気持ちが次々にあふれて留まることがない。 その心のままに、わが子を守るために戦いたいと思う。 傷ついてしまったアユコの心を癒すためには、母が自分のために捨て身で戦っている姿を見せるよりないと思う。
私の日記を見て、「子供が好き」と胸を張っていえる母親になりたいと感じてくださった方がある。 申し訳ない。 今の私は「そうね、そうなるといいね。」とは言えない。 まとわりつく子供をまどろっこしいと思うことも、わが子に危害を加える子供に憎しみを抱く気持ちも、どちらも厳しくもおろかな母の激情の一つなのだ。 そんな激しい想いなしに、母は本当に心からわが子を大事に守り抜くことはできないような気がする。
「やっぱり子供が好きだから・・・」 予想していた答えではあるけれど、しらけきった思いでドラマを見た。 私はおろかな母親かもしれない。
朝、小学生組が一番に玄関を飛び出して行った。 少し遅れて、家を出る自転車通学のオニイ、 「母さん、傘、いるかなぁ。」 「小学生組には、『いらないんじゃない』といっちゃったけど、なんか曇ってるね。」 「どれどれ。」とオニイがそばにあった朝刊の天気予報をささっと読んだ。 「あ、母さん、あかんわ。昼からずーっと雨マークや。」
しょうがないなぁ、傘もって追いかけるか。 傘がいらないと言った手前、傘なしってのもかわいそうで、こんなときは車でびゅ〜んと追いかけるのがいつもパターン。 と、思っていたら、 「じゃ、僕がもっていくわ。」 思いがけず、オニイが申し出てくれた。 「自転車だから、すぐ、追いつくと思うよ。」 「なんで?」 小学生時代のオニイに、何度も慌てて忘れ物を届けに車を走らせた記憶も新しい。そのオニイにゲンやアユコの傘を持って追いかけてもらうことは、ちょっと思いつかなかったので、ちょっと間の抜けた返事をしてしまった。 「いやぁ、別に、わざわざ車出すこともないし・・・」 当然のように答えるオニイが妙に頼もしくてとてもとても嬉しくなった。
「3本も傘もって、大丈夫?」 「大丈夫。大丈夫。」 自転車の乗り方がへたくそで、中学入学当初はずいぶんはらはらした自転車通学。 一年たって、足腰もずいぶん頑丈になり、おんぼろママチャリを飛ばす姿もさまになってきた。 自分の分の傘をサドルの後ろにぐいと差し込み、弟妹二人分の傘を手に軽快に坂道を下っていく。
アニキだなぁ。 かっこいいなぁ。 急に背丈が伸び、少しづつ声変わりが始まり、鼻の下のうぶ毛が急に濃くなり始めた。 少年らしく、自分の周囲のことをあまり母には語りたがらなくなったオニイは、私の知らないところで優しく強く成長している。 こうして男になっていくんだなぁ。 びゅうんと自転車を飛ばして、若い小鳥のように飛び立っていく中学生の背中がまぶしくて嬉しい朝だった。
「おかあさん、歩いてたら靴ン中にでっかい石が入ってきたよ。」 ゲンが帰ってくるなり、報告してきた。 なに言ってるの、この子は・・・と、ゲンの運動靴を見たら、靴底に十円玉大の大穴が開いている。 「ありゃぁ、見事に穴あいたねぇ。」 靴の中にはもともと厚めの中敷が入っているので、本人も穴が開くまで靴が磨り減っていることに気づかなかったらしい。 確かに毎日山道を元気に登下校する腕白盛りのゲン、靴の減りも早かろう。 でも、いまどき一足のくつを穴があくまで履きつぶす子供ってなぁ。 早めに気づいてやれなかった母のうっかりぶりにも反省。 なんだかちょっとかわいそうになっちゃって、「よっしゃ、さらっぴんの靴を買おう!」とゲンをつれて買い物に出た。
スーパーの靴売り場で最初に物色するのは「1000円均一」のワゴンの靴。 これが我が家の(特に男の子達)の定番になっている。 サイズやデザインが合えばお買い得。 なければ少しづつ値段のランクを上げる。 母が何も言わずとも、お安い方から気に入った靴を探すゲンは賢い。 2件の靴屋を行ったりきたりして、そこそこ気に入った靴を選んで、お支払い。 そんな安物の運動靴でも、おニューの靴のワクワクできるゲンは「子沢山」の子の資格十分。「かわいそう」なんて言わないで。 いっぱい歩いたね、いっぱい走ったね。 穴があくまで一足の靴を大事にはけて、よかったね。 そういってほめてやれるのが、今の幸せ。
ところで、同じ靴売り場でローラーつきシューズというのが安売りになっていた。田舎のスーパーでもワゴンセールになっているところを見ると、流行もそろそろ下火なのか。 スーパーとかで時々妙な動き方をする小学生を見かけて、「あ、あれね。」と思っていたけれど、それにしても、セールになっているとはいえ、結構お高いのね。 田舎の小さな町のゆえ、あのシューズで滑らかに滑れる場所といえば数件ある小さなスーパーのフロアか公共施設のささやかな廊下くらい。 そのスーパーでさえ、「危険防止のため、ローラーシューズでの滑走はご遠慮ください。」と書いてある。 いったいどこで遊ぶためのあのお値段なのだろう。 別にスーパーでぶつかられたとか、事故の現場に行き会ったというわけでもないので、私が怒ることでもないんだけど、「ご遠慮ください」という場所でしか使えない高価なおもちゃを買い与える親の心境ってどういうものなんだろう。
仮に「ローラーシューズを買って」といわれても、 「高いから駄目!」と、即答できる我が家はしあわせである。 子供がどうしても欲しいとねだるとき、買える余裕があるのに「我慢しなさい。」と納得させるのは、心情的にも難しい。 子供に大人顔負けの高価な衣類を買い与える。 子供が辟易するほどたくさんのお稽古事にお金をかける。 子供が少なければできてしまうかもしれない親の自己満足を、「そんなもの4人分も買えないわよ」と言い訳してきっぱりと避けることができるのは、 子沢山の幸せの一つだと私は思う。
一足1000円の靴でいい。 たくさん歩いて、たくさん走って、たくさんの人やたくさんのものに出会って欲しい。 元気のゲンちゃんの靴は22センチ。 母さんの靴のサイズを越すのもあと、ひとサイズかふたサイズ。 母さんが出会わなかったもの、経験しなかったことをたくさん見つけてくるといい。
昼間のドラマで、また子沢山の家族のドラマが始まっている。 どたばたとにぎやかで、ほのぼのおかしくて、決して嫌いではないのだけれど、毎回気になることがある。 それは歴代のシリーズでは必ずのように、子供達が子沢山であることを友達からからかわれたり、「何でこんなにいっぱい生んだのよ。」と親に絡んだりするエピソードが出てくることだ。
うちは子沢山といってもたった4人の子供達。 「ちょっと多目」の範疇だと自認しているが、それでもやっぱり世間的には子沢山といわれているらしい。 「兄弟がおおくて、にぎやかで良いですね。」 「たくさん育てて偉いわね。」 とほめてくださる方もあれば、「頑張ったな。」とか「百発百中」とか性的な意味を含んで冗談のネタにする人もいる。 よそンちのことはほっといてよと薄ら笑いで切り抜ける。 うちには4人の子供が必要だったの。 「うっかりできちゃった」子は一人もいないの。 それがなにか?と胸を張る。 お父ちゃんお母ちゃんは強くなった。
最近気になるのは、子育て世代の大人ではなく、結婚前の若い子や子供達から「何でそんなにいっぱい生んだん?」と問われるようになったこと。 先日アプコのお友達のKちゃんのお母さんが教えてくれた。 Kちゃんのお姉ちゃん達は高校生。何年もの年齢差で「出来ちゃった」Kちゃんの存在が最初は受け入れがたかったそうだ。 ちょうど性的な知識も増え、多感な盛りにお母さんが出産。 久しぶりの育児に翻弄されるお母さんの姿を見て、「子育てってなんだか大変そう」という印象が強かったのだろう。 「アプコちゃんのお母さんはなんであんなにいっぱい生んだんだろう。」 言外に「物好きな・・・」というニュアンスを含んだ正直なつぶやき。 「結婚も子育ても興味な〜い」と言い切ってしまえる若さが痛いけれど、「で、なんて答えたの?」と問われて、口ごもるKちゃんママもどこかで「物好きな・・・」って思っているのかもしれないなぁとちょっとへこむ。
友達から、「おまえんちのかあさん、何でいっぱい生んだんだよ。」と問われたとき、オニイやアユコはなんて答えているのだろう。 若い世代の子供達に「子育てはしんどい」「たくさん生むのは物好き。」がこんなに浸透している現代。 「子供なんか要らない。」「子沢山はかっこわるい」が主流になっても無理はないと思う。 確かに経済的にはしんどい。 物質的にも、精神的にも子供達に我慢させること、あきらめさせることは多いかもしれない。 「子育て支援」といいながら、ただ子供の数が多いというだけでは大して公の手助けがあるとは言いがたい。 何でわざわざそんな損の多い選択をするのか。 子供達の問いはそのまま世間の大人たちの問いでもある。
一昔前なら子沢山は「甲斐性」だった。 子供が生まれるということは一族が長く豊かに栄えるということの象徴だった。 子供をたくさん生める女はそれだけでできた母ちゃんとして胸を張れた。 子供達が未来の労働力として当たり前に期待され、幼いうちから家事を手伝い家業を学んだ。 家族の単位が小さくなり、仕事と家庭が別のものとして扱われるようになってから、子沢山はどんどん「物好き」として追いやられていくようになったのかも知れない。
妻として母としての私より、女として人間としての私を大切にするのが、正しい生き方として奉り上げるようになって、子育てにすべてをささげる女はおろかな罪悪のように言われることも多い。 でも、それで女は、妻は、母は本当に人間として豊かにあつかわれるようになったのだろうか。 「なんで子供うむの?」 そんな若い人たちの素朴な問いに、面と向かって即答できない現代は、本当に恵まれた時代なのだろうか。
なぜ、私が4児の母を選んだのか。 そのお話はまた今度。
玄関を出たら、ちょうどお隣のお風呂場の窓のところから、若い男の人の鼻歌が聞こえた。 お隣のお兄ちゃん、お風呂場のお掃除でもしてるのかな。 いまどきの若者らしく、道で出会ってもひょいと形だけアタマを下げて行き過ぎる無愛想なおにいちゃんだけれど、今朝はご機嫌なんだな。 なんだかこっちまでご機嫌よくなっちゃって、くすっと笑ってしまった。
幼い子供達とすごしていると、日々の生活の中で歌を歌うことが多くなる。 カラオケは大の苦手。 決して麗しい美声でもなく、音程もどこか怪しい歌だけれど、子供達は母の歌を楽しいおしゃべりのように愛してくれる。 子供達自身も、気分よく落書きをしているとき、 初めてのお手伝いでワクワクしているとき、 そしてお天気のよいあぜ道をピョコピョコとスキップするとき、 いつとも知れずでたらめな鼻歌がこぼれ出て、聴いているものを笑わせてくれる。 小さい子供達の生活は歌に満ちている。
結婚前、私は養護学校で数年間、講師の仕事をしたことがある。 「中等部」といいながら、新米講師の主なお仕事は幼児レベルの子供達の食事や排泄の世話、肢体不自由の子達の介助、激しいパニックを起こす自閉症 の子達との戦いだった。 見るもの聴くこと初めてのことばかり。 発語のない赤ちゃんのような中学生を相手に何を話していいのかすら見当もつかない。 とりあえず先輩の先生方を真似、機械のように押し寄せる雑用を一つ一つ片付ける。実際、それだけで精一杯。 うちに帰ると即座にバタンキューの日々だった。
少し仕事になれて、日常の介助や授業の手伝いがようやく板についてきたころ、私はぽっかり穴に落ちた。 今思えば「育児ノイローゼ」のようなものだったのだろうか。 子供達の成長は気が遠くなるほどゆっくりだ。 昨日「できたね!」と喜んだことが、今日はもう元に戻っている。 同じ失敗を何度も何度も繰り返して屈託がない。 靴を履かせる、ぬれたパンツを替える、こぼしたミルクを片付ける。 初めて担当したSちゃんは言葉を話すことができない。 毎日一緒にすごしているのに、彼女の言いたいことや喜怒哀楽がいまいち理解できない。 イライラに任せて子供達を気まぐれに叱ってしまう。 「何やってるんだろう、私・・・」 ちょうど5月病の季節だった。
「そんなときはとりあえず歌を歌いなさい。」 いつも同じチームで子供達と接していた年配の先生が教えてくださった。 自分のイライラを子供達にぶつけてしまいそうなとき、 何を話して良いかわからなくなってしまったとき、 自分の心が子供達から離れたがっているとき、 とりあえず手当たり次第に歌を歌う。 子供の好きな童謡でもいい。うろ覚えの英語の歌でもいい。 耳について離れないコマーシャルソングでもいいから歌って御覧なさい。 「歌いながら怒っている人はいないでしょ。」 当時、もう定年間近だった穏やかなO先生はニコニコ笑いながら、私の肩をたたいた。。
不思議なことに、私がイライラしたりモヤモヤしたりしていると、その気持ちは必ず子供達に伝染する。 心も体も疲れ果てて、ついつい毒のある言葉を子供達に吐いてしまいそうになったとき、私は試しに「ぞうさん」の歌を歌ってみた。 馬鹿馬鹿しいほどのんびりした単純な歌。 でも効果はてきめんだった。 そばにいた子供達がいつの間にか一緒になって歌ってくれた。 「何を思っているのいるのか理解できない」と感じていたSちゃんが、私に体を摺り寄せてひゃあひゃあと声を上げた。 そして、きんきんと苛立っていた私の気持ちもいつか穏やかにほぐれていった。 歌の力はすごい。 O先生の下さったアドバイスは、その後の教師生活や私自身の子育ての日々に欠くことのできない金の言葉となった。
今でも幼いアプコと歩くとき、二人で一緒にたくさんの歌を歌う。 園で習ったうろ覚えの歌をアプコは楽しそうに私に教えてくれる。 お日様のもとで人目も気にせず声を出して歌を歌うことができるのは、 幼い子供と手をつないで歩く今だけのこと。 調子はずれはご愛嬌。 歌詞のわからないところは適当に作詞して歌ってしまう。 歌にあわせて自然にスキップになってしまうアプコは、まだまだ歌の魔力の術のうち。 外目には、「歌の好きな陽気なお母さん」 でもその内面には、とどめようのないイライラやグダグダが封印されているかもしれない。 ご注意を。
最近、「日々の子育てが辛い、子供にイライラをぶつけてしまう」というメッセージをいただいた。 「わかる、わかる」とうなづいて差し上げるのは簡単なことだ。 でも「こんな風になさい」と具体的なアドバイスを差し上げるのは難しい。 私自身がまだまだイライラ、ウジウジの真っ最中だから。 「とりあえず歌を歌って御覧なさい」 私がO先生からいただいた金の言葉をあなたにもお伝えする。 だまされたと思って、大きな声で歌って御覧なさい。 あなたが吐きそうになった毒の言葉は、穏やかなメロディーに変わるかもしれない。 育児は長い長い登山のようなもの。 しんどいときもあっていいよ。 鼻歌歌って、切り抜けようよ。 きっと明日はいいことあるから。
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