月の輪通信 日々の想い
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2004年01月29日(木) お茶わんの宇宙

本日、娘の通う小学校の陶芸教室本焼きの日。
小学校のすぐ近くにある市の施設の陶芸窯に、窯番で行ったり来たり。
夕方、6時頃最後の窯の火を落とす。
後はじっくり冷めるのを待ち、月曜の朝、子ども達と一緒に窯出しの予定。


  私小5年生の皆さんへ

夕方の6時頃、本焼きの窯の火を落としました。
たくさんのお父さんお母さん達が、寒いなか、窯の番に来て下さり、
大事に見守って下さるなかで、皆さんの作品は最後の仕上げの工程を終えることが出来ました。
11月末の工房の見学から始まって、成形2日、素焼き1日、釉薬かけ1日、そして今日の本焼きが1日。
冬休みをはさんで、一月あまり。
お抹茶茶碗を作るというのは、本当に長い時間のかかる作業だということが、
きっと実感してもらえたことと思います。

一個の茶わんの中には、宇宙がある。
あるお茶人さんがおっしゃるのを聞いたことがあります。
手の中に収まる小さなお茶わんの中に広大な宇宙。
皆さんの作ったお茶わんの中にはどんな宇宙が存在するのでしょうか。
皆さんが苦心して作った形。
手を真っ赤にして掛けた釉薬の色。
そして、1200度の高温の炎が生み出す飴色の輝き。
一個の茶わんに込められた皆さんの想い。
それがきっと広大な「宇宙」の入り口ですね。

でも、皆さんの茶わんに込められているのは、それだけではないですよ。
授業の予定を組み、ご準備下さった先生方。
寒いなか窯の番をして下さったお父さんお母さん。
窯の調子を気にしてしょっちゅう覗いてくださったレクレーション施設の職員さん。
「できあがった作品を手にして、喜ぶ子ども達の顔が見たい。」
と、暖かく見守って下さったたくさんの人達。
きっと窯の中の作品には、そんな人たちの思いも伝わっているに違いありません。

それから、もっともっと。
皆さんが使った粘土、釉薬。
ろくろやカンナ、カッキリ等の道具類。
1200度の高温に耐える大きな陶芸窯。
みんなみんなどこかの誰かが作って下さった物。
長い歴史のなかで改良されてきた釉薬。
古くから伝えられ、受け継がれてきた陶芸の技法。
いろいろな人の研究の成果や、地道な作業の繰り返しから生まれた技術もまた、皆さんのお茶わんには確かに注がれています。

できあがったお茶わんで、お抹茶を点てる。
美味しいお茶を飲んでいただきたい。
そんな心を込めてお客様の前に出される一碗のお茶には、
「この人のために」という暖かいもてなしの気持ちが込められます。
この気持ちもまた、一個のお茶わんがもつ「宇宙」のひとかけらです。

「壊さないように注意して!しっかり持って!落とさないようにね。」
作業の間中、先生方が何度もみんなにおっしゃいましたね。
皆さんが作った一個のお茶わん。
それは確かに皆さん自身の物ですが、本当はその中には皆さん以外のたくさん人の技や想いが一杯詰まっているのです。
だから一個のお茶わんを大事に扱う。
それが「伝統を学ぶ」と言うことの第一歩なのだと思います。

月曜日の窯だし、楽しみですね。
世界でたった一つのあなただけの宇宙。
大事に大事に、使って下さい。


2004年01月28日(水) 買い物の癖

アプコの幼稚園の参観。
今日は幼稚園全体で大がかりな買い物ごっこ。
各クラス一店ずつお店を作り、画用紙や色紙で作った商品を紙のお金で商う。
この園では古くから毎年恒例の行事で、当日は保護者の自由参観。

今年のアプコのクラスは「屋台やさん」
アプコの大好きなたこ焼きやお好み焼き、焼きそば、たこせんを売る。
色画用紙で子ども達がこしらえた商品はなかなかリアルな造りで、ユーモラス。
ポリ袋でこしらえたドレスや、卵パックやプリンパックで作ったお菓子やアイスクリーム、紙製のおもちゃやゲームセンターまであって、とても楽しい。
何日も前から、この日を楽しみに準備に参加してきたアプコ、
「おかあさん、絶対見に来てよ。」
と大興奮で園バスに乗った。

私が買い物ごっこを参観するのは実に9回目。
幼いオニイの後について、4歳児の気ままなお買い物につきあったのは遙か10年前のこと。
毎年恒例の園行事にはいい加減飽き飽きしてきた古株保護者の私だけれど、この買い物参観にはちょっと楽しみな部分がある。
それは、この行事での買い物ぶりが、それから先の子ども達の買い物の癖というのかな、欲しい物の手に入れ方のパターンをかなり正確に予言してくれるから。

5枚の紙のお金を持ち、時間内に自分の好きなお店をまわり、欲しい物を買って帰ってくる。
それだけの事なんだけれど、その買い物の仕方は本当にバラエティ豊か。
迷いに迷って時間内にお金を使い切れない子。
最初のお店でお金を全部使ってしまって、あとで悔しがる子。
事前にリサーチして、目的の買い物をさっさと済ませ、涼しい顔の子。
おっとりしてる子が案外てきぱきと欲しい物を確実にゲットしていたり、「お金、落としたぁ!」とベソを掻く子がいたり・・・。
子ども達のその後をリサーチしてみると、そんなバラエティ豊かな買い物の癖は子ども達が小学校に上がる頃になっても、なんとなくその片鱗が残っている。

安全確実なアユコ。
どこか危なっかしく、目が離せないオニイ。
欲しい物はさっさと手に入れ、こだわりのないゲン。
そして、あれこれ迷いながらも確実に欲しい物だけを手に入れるアプコ。
日頃の生活そのものの買い物の癖。
もしかしたら、これって、一生ついて回る個性なのかもしれない。
おもしろいなぁ。
おんなじように育てて、おんなじ物をあたえて育ててきたつもりの4人の子ども達。
買い物一つをとっても、こんなに違う。
だからこそ、かわいい。
だからこそ、子育ては面白い。

今年、アプコが買った物はポリ袋のドレス、キティちゃんのお面、プリンカップのけん玉、ストローの腕輪、そして卵パックの三色だんご。
買い物の終わった教室の隅で、女の子達が集まってプリンやお煎餅でティータイムしてる。
ピンクのアイスをぺろぺろしているうっとりした笑顔。
5歳児にとっては紙製のアイスもきっと冷たくて甘いんだな。
なんだかとってもかわいくて、
心のシャッターを何度も何度も押した。


2004年01月27日(火) 家電の寿命

結婚十年を過ぎると、電化製品が次々壊れ始めると言う。
家電の耐用年数がそのくらいに設定されているのか、本当に十年目当たりから電化製品が次々に昇天していく。
数年前の洗濯機に始まり、掃除機、冷蔵庫、コーヒーメーカー・・・・と来て、遂に最終段階。
オーブンレンジの番が来たようだ。

まず、庫内のライトがつかなくなり、生もの解凍ボタンが効かなくなり、オーブン機能が使えなくなり、ついには軽いお皿だとレンジも使えなくなり、うやうやしく2重にお皿を重ねてチンするようになっていた。
冷やご飯の温め、アプコのお弁当の冷凍食品、夕食の下ごしらえ、夜中に飲むホットミルクと、朝から晩までかなりの頻度で利用する電子レンジ。
我が家最古参の家電として、ぎりぎりまで頑張ってくれたけれど、作動中に庫内の隅っこにちらちら火花らしい物が見え始めるようになり、涙の引退と言うことになった。

新しいレンジが届いて、さっそく扉を開ける。
何と、ターンテーブルがない。
長方形の大きなグラタン皿も温め直しに使えるわと選んで買った物だけど、
な〜んだか物足りない。
つるっとした庫内が素っ気なくて、「ここにお皿置いてもいいの?」とちょっととまどう。
スイッチを押しても、当然、お皿はでんと居座ったままで、回らない。
「レンジで、チンして・・・」と言うのもすでに死語になって久しいが、「レンジ、まわして・・・」とも言えなくなってしまったのだなぁ。

「新しいオーブンレンジ、御祝いに何、作る?」
アユコは数日前から新しいレンジの到着を楽しみに待っていた。
「うちはオーブンが壊れてるからね。」
とケーキやクッキー、パンなどのお菓子作りを敬遠してきた我が家。
お料理好きのアユコは、きっと新しいオーブンレンジの使い方に夢中になるだろう。
「とりあえず、大判のピザを買ってきたよ。」
これまでは小さなトースターで焼いていた市販のピザ。
今度は切らずにまるまる一枚焼ける筈。
ついでにピザカッターも買っちゃおうかな。

ところで、おニューのレンジのかわりに引き取っていただいた我が家のレンジ。
結婚前、父さんと二人、わざわざ遠くの家電店まで出かけて買いそろえてきた花嫁道具の最後の一点になる。
子ども達の離乳食やら、夜遅く帰ってくる父さんの夕食の温め直しとか、家族の歴史をいつも温めてきてくれた愛着の家電。
新しいレンジが入ってきた箱に無造作に入れられて、運ばれていくのを見送りながら、ほんの少し感傷的になった。

結婚十年目からの家電総入れ替え。
新婚家庭に子ども達が生まれ、家族の形が大きく変化する10年の年月。
炊飯器は一升炊きに変わり、冷蔵庫、洗濯機の容量はぐんと大型に買い換えた。
子ども達が夜食やおやつを自分で温めるようになり、母は家事の手抜きの技を極め始めた。
家電製品の更新に伴い、主婦の家事のやり方や家族の役割分担が大きく変化していく区切りの時期に重なっているのかもしれない。

そういえば「家族の関係が壊れ始めると、家電製品がつぎつぎダメになる。」という話も聞いたことがある。
我が家では幸い家族崩壊の危機はないとは思うけれど、それでも家中のあちこちで、立て続けに電球が切れる事がある。
トイレの電球、お風呂の電球、玄関の外灯、台所の蛍光灯。
ありゃりゃ、大変!と父さんが慌てて替えてくれるけれど、何故だか、一つ切れると数日後には別の場所で電球が切れる。
家族の誰かが体調を崩している時、重たい懸案事項がどよ〜んと心の隅に引っかかっている時、決まってどこかの電球が切れる。
なんでかなぁ。
家族の誰かから、強い強い負ののエネルギーが放出されているのかもしれないなぁといつも思う。
クルクルと新しい電球を装着し「あ、明るい。」と見上げるとき、「元気だそ・・・」と誰かがささやく。
家電の寿命には、そんな不思議なタイミングがある。

「さて、新しいレンジで何作ろう。」
久しぶりにお料理の本を眺めて、新しいメニューを探す。
いつもの家事にほんの少し新鮮な風が通る。
なんだか嬉しくて、あったかい。


2004年01月24日(土) 愛していると言ってくれ

朝、唐突にオニイが聞いた。
「おかあさん、何か宝物、持ってる?」
「子ども」って即答してから、意地悪くきいてみた。
「・・・って、答えたら、嬉しい?」
「うん、まあな。宝石とか言われたら虚しいモンな。」

「あほらし・・・」と一蹴されるかと思ったら、
オニイの答はあまりにも直球だったので、拍子抜けしてしまった。
母の「愛してる」を真正面で受け止めて「嬉しい」と言えるオニイはまだまだ幼い。
だから母はまだまだ幸せである。

そもそも、なんで
「おかあさんの宝物は?」
なんて聞いたのだろう。
ようやく母の視線を見下ろすようになった13才のオニイ。
まだまだ「愛してる」が要りますか。
子どもだねぇ。


2004年01月23日(金) 働くおじさん

寒い。
家の中にいても冷蔵庫の中みたい。
山の谷あいにある我が家は日照時間が短く、風が強い。
コタツから出られない、ストーブから離れられない、家のなかでもコートが脱げない。
いったい何、この寒さは?

朝、子ども達が起きてくる時間が確実に遅くなる。
うううっ、寒いよ、やだな、外へ出るの・・・。
風の強い日陰の道を毎日駆け下って登校する子ども達。
「アユコ、重ね履きのパンツ、履いていきな。オニイ、手袋持ったか?ゲン、今日こそは上着着ていってな。アプコ、今日はタイツ履く?」
いつも薄着の子ども達に一枚でも余分に着せようとする母。
「やだな、今日、運動場での体育だ。」
「僕だって、体育館の体育!日が当たらないから体育館の方が寒いんだよ。」
「アタシ、毎日マラソンがあるよ。寒いんだよ。」
それぞれが今日の寒さ自慢。
はいはい、判った。みんな頑張ってるね。

「うわっ!お湯が出ない。」
外付けの給湯器の配管が凍ったらしい。
おろおろ騒いでいたら、父さんがやかんにお湯を沸かし、外の給湯器の管を温めてお湯が出るようにしてくれた。
ありがとね。
寒いから外へ出るの、いやだなと思ってたら、父さんがさっさとやってくれて、なんかとっても嬉しかった。

「うわっ!ロッキーさんの水ががちがちに凍ってる。」
外の犬小屋で冬を越す我が家の愛犬ロッキーくん、さぞかし夜は寒かろう。
「犬って、えらいモンだなぁ。人間だったら凍死しちゃうよな。」
しっぽを振って散歩をねだるロッキーさんにドッグフード大盛りのおまけ。
せいぜい腹一杯にしてこの寒さを乗り切ってくれ。

数日前から我が家の周辺の水道管の工事をやっている。
うちの前の道は細い一本道で迂回路もないので、大きな工事をするたび、車両通行止めになる。
それでも近所の人たちにとって、この道は一本きりの生命線。
車を止められると、たちまち陸の孤島になってしまう。
だから「車が通れない」と言われると過剰なほどに権利を主張する。
「緊急車両が入れなかったらどうする。」「年寄りの送り迎えはどうする。」「宅急便は?生協は?デイサービスの車は?」
それで、今回の工事では、民家と離れたところでは、車の往来の少ない夜間に大部分の工事を行うそうだ。
冷たい川風の吹く真っ暗な山道での夜間工事。
山火事が怖いので安易にたき火をするわけにもいかない工事現場で、どんなお人がどんな顔をして、工事に取り組んでおられるのだろう。
夜、耳を澄ますと遠くで聞こえる工事の音。
きっと寒いだろうなぁ、手も足も冷え切ってしまうんだろうなぁ。
熱いお茶の一杯でも入れて上げたくなってしまう。

「寒いから幼稚園お休みしたい。」
むくむくとおさぼり心がのぞきき始めたアプコに、工事のおじさんの話をする。
「あ、ゴミのおじさんもきたよ。寒いのに今日も元気にゴミ持っていってくれて良かった。ゴミのおじさんも頑張ってるねぇ。」
私が今コタツのなかでめくっている朝刊も、真っ暗な山道をバイクで配達してくれる人がいる。
みんな偉いなぁ。
「さぁ、アプコ、暖かくなるお薬あげる。」
アプコの口に昨日買ったばかりのいちご味ミルキーの一粒を入れる。
「今日も頑張って歩こうかね、それとも車にする?」
「・・・歩いていく。」
アプコも偉いなぁ。
寒さのなか、働くおじさん達の頑張りをちゃんと感じることが出来るようになったんだな。
いちごミルキーの甘さに勇気百倍。
北風の中を走り出すアプコの背中は、ほんのちょっとだけ大きくなった。

偉い、偉い。
みんなも偉い。
オカアチャンも頑張るぞ!
山盛りの洗濯物を抱えて、ベランダへ上がる。
谷筋にある我が家のベランダは、吹きっさらしで格別寒いんだ。
凍える指で全部の洗濯物を干し終わって、最初に干したタオルを見たら、
凍ってるじゃん!
この寒さって、どうよ?


2004年01月21日(水) 母に似る

寒い朝。
アプコと二人、転がるように園バスへの道を駆け下りる。
「オカアサン、なんで走るの?」
「ごめん、ごめん。寒いからついつい早足になっちゃって・・・」
と、速度を落とすが、しばらくすると今度はアプコが駆け足。
「アプコ、なんで、はしるの?」
「だって、寒いんだモン!」

日溜まりで立ち止まって膝をつき、ずり落ちたアプコのハイソックスを引っ張り上げ、上着の前ファスナーをぐっと上げてやり、手袋の手を両手で包んで温める。
「寒いね、アプコ。もうちょっと頑張ろうね。」
と赤いほっぺのアプコの顔を見上げたとき、あっと、思った。
今の私、おかあさんに似てる。

鮮やかによみがえった子どもの頃の記憶。
デジャヴって言うのともちょっと違う。
私の頭に浮かんだのは幼い頃の私の想い出ではなくて、今の私があの日の母とおんなじ目線、おんなじ手つき、おんなじ表情をしてるんだなって言うこと。

私がアプコと同じ年の頃、母は、五つ違いの弟を出産。
長い一人っ子生活からいきなりお姉さんになった私に、赤ちゃんを抱く母は少し遠く見えた。
うちには同居のおばあちゃんもいて、寂しい想いをしたという記憶もないのだけれど、幼い日の思い出の中の私はいつも「お姉ちゃんになった私」
一人っ子時代の甘えんぼしている私の記憶は何故だかほとんど残っていないのだ。
家族のなかでは、名前を呼ばれるより「お姉ちゃん」と呼ばれることが多かった子供時代。
それでもあの頃、こんな冷たい北風の中、立ち止まった母が私の手を両手で包み、こんなふうに温めてくれた事がきっとあったのだなと突然、思い至り、うれしくなる。

おみそ汁を碗につぐとき、洗濯物をパタパタ取り込むとき、
「あ、今の私、おかあさんに似てる。」
たびたび感じるようになった。
どちらかというと、性格も外見も私は父親似。
体型だって母は今の私よりずっとスリムで、毎日ちゃんとお化粧してた。
編み物やお料理が上手でにこやかで、密かに「自慢の母」だった。
「アタシはおかあさんには似ていない」とずーっと思ってきたけれど、
気がついてみれば、母とおんなじ専業主婦。
子ども達を叱る時に使う言葉。
傷ついた子どものなぐさめ方。
挫折を乗り越えるときの気持ちの切り替え方。
「ああ、今の私はおかあさんに似ている。」
そう思うたび湧いてくる暖かな勇気。
良き母に育てて頂いた。
感謝の想いを愛する4人の子ども達に等しく分ける。

「もしもし、別に用事はないんだけどね。」
母の声が聞きたくて、時折実家に電話する。
子ども達の近況を報告し、庭の花の様子を聞き、時には「晩ご飯何にするの?」と夕餉の献立の相談をする。
たわいもない会話で終わる電話。
それで、いい。
あの家にいつも変わらぬ母が居る。
それだけのことで、元気になる。

アプコを叱るアユコの声。
洗濯物を畳んでくれるアユコの手。
この子もいつか母になり、
「あ、今の私、母さんに似てる」
とふっと気付く日が来るのだろうか。
そのとき思い浮かぶ私の姿が、
あの日の母のように優しく暖かい母でありますように・・・。
遠い未来の子ども達を思いながら、
今日は暖かいミルクを沸かした。


2004年01月20日(火) かかりのしごと

ゲンのクラスの担任の先生は、教師一年生のお姉さん先生。
だいじょぶかなぁ・・・なんて、思っていたら、これがなかなか「当たり」の先生。
毎日、せっせと学級通信を出し、子ども達とのボール遊びに子ども以上にヒートアップし、独特のユーモアでギャングエイジの子供らをぐっと引きつける。
若い先生って、ベテラン先生とは違う面白さがあるよな、と思う。

このクラスの係り活動。
子供らがみんなのために必要と思う係を作って、全員が一人一役受け持つことになっている。
「かさ係」「黒板係」「体育係」っていう例のあれだけど、なんかユニークなのが混じっている。
2学期。
「ケンカとめ係」
よっぽどしょっちゅうケンカがあるのかな。
確かに、争いごとが始まると必ず出てくる仲裁係がいると便利かもしれないけど、それより、見かけたアンタが止めたらどうよ。
・・・とつっこんでいたら、やっぱり子ども達もそう思っていたらしく、3学期には廃止になった。

ちなみに、2学期の「ケンカとめ係」は別に筋骨隆々でもないふつーの子がやってたそうだ。

で、かわって登場したのが「折り紙拾い係」
去年の秋から、どうやらうちのゲンが流行らせたらしい紙飛行機ブーム。
徳用折り紙の大束をガンガン消費して作り出す紙飛行機、当然、飛ばしたらとばしっぱなし。
たちまち、教室は紙屑の山。
「なんとかせんかい」の声が挙がっていたらしい。
それこそ、「飛行機作った本人が拾えばどうよ。」とツッコミを入れたいところだけれど、その辺の学習能力は3年生にはまだまだ期待できないらしい。

「当然、ゲンは折り紙拾い係よね。」
ときいたら、
「違う、ぼくは落とし物係!」
え?それって、いっぱい落とし物をする係ですか?

学級通信に載せられた「3学期のかかりのしごと」を読んで、ひとしきり笑ってしまった。
いいなぁ、この先生のにじみ出るようなユーモア感覚。
「仲良し係」とか、「ゴミ係」とか、見慣れた係の名前を子供らに提案することもなく、子供らの言葉通りに「ケンカとめ係」「折り紙拾い係」を採用する鷹揚さ。
「気がついた人がやったほうがいいんじゃないの?」とオトナの論理で誘導してしまわないで、にこにこわらって子供らの活動を見守る余裕。
これってきっと、この先生自身が、こういうゆったりした先生や両親の暖かい見守りのなかで育っていらしたんだろうなぁ、と思う。
「子どもの目線に立って・・・」と言われるけれど、オトナになってしまった教師や親が、子どもの心を共感するためには、豊かな想像力と結果を急がない心の余裕が必要。
こどもって、こんなに面白いんだなぁ。
こんな事を考えてるんだなぁ。
「母」の目線で子供らを見ることに何の疑問も待たない私に、子どもの心を持った若いお姉さん先生から発信される「子どものこころ」通信。
くすくす笑ったり、ふむふむと感心したり、随分楽しく読ませてもらった。
若いっていいなぁ・・・。


2004年01月19日(月) Xファイル

朝から父さんがまた何か捜し物をしているらしい。
あちこちの引き出しをひっくり返したり、ファイルやノートをパラパラめくったり・・・。
また探してるなとは思いつつ、あわただしい朝のこと。
とりあえず、先に出ていく子ども達ができあがるまでは見ない振り。

父さんが探しているのは、何枚かの書類。
うちの食品庫にマグネットでとめておいたのを、コピーしようと工房まで持っていき、ちょっと仕事している間にその書類が行方不明。
「確かに持って出たんだけど・・・。」
何度も何度も、家と工房の間を行き来したりして、行方不明の書類を探している。
しゃあないなぁ・・・と一緒に探す。
玄関まわり、工房の荷造り場、窯場、事務所のコピーまわり。
父さんのたどった道筋を一緒に一つ一つ確認して回る。
「ひょっとして、窯詰めの時に窯のなかにおとしたかも・・・」
そんな馬鹿なと思いつつ、窯の奥までのぞき込んでもやっぱり無い。
「いいよ、諦めた。格好悪いけど、もう一回もらってくれば済むことだから・・・」といいながら、
やっぱり目と手はあたりを見回して書類を探している。

実を言うと、父さんは忘れ物、落とし物の名人。
手帖、鍵、書類、カメラのパーツ。
身の回りのちょっとしたものが見あたらなくて、あちこち家捜しするのはしょっちゅうの事。
最近では携帯電話も行方不明になって、遂に出てこないまま新しくした。
「絶対、ここに入れた筈なんだ。ちょっと○○してる間に見あたらなくなって・・・」
いつも困惑した父さんのセリフは同じ。
ホントはよく判ってるんだ。
父さんがなくしものをするのは大概、頭のなかが当面の重要課題でいっぱいになっているとき。
やらなければならない仕事のこと、新しい作品のこと、家族の事。
何かにとっても心を砕いているとき、父さんの頭から身の回りの些細な事がすっかり抜け落ちて、失敗をする。

「ま、ま、おちついて・・・。頭を切り換えよう。でないともっと大きな失敗するよ。」
「それにしてもおかしいよ。なくなるはずはないんだよ。」
いつまでも首を傾げる父さん。
「きっと、第三者の何らかの力が加わっているにちがいない。誰かが持っていったとか・・・。でなきゃ、考えられない。」
お、第三者の陰謀ですか。
「Xファイルみたいにさ、きっと誰かが闇に葬っててさ・・・」
あはは、そこまでいいますか。

若かりし頃、「お嬢さんを下さい」をやるために初めて私の実家を訪れたとき、
父さんは最寄り駅の電話ボックスに手帖を忘れた。
仕事のスケジュールや、あちこちの連絡先、作品のアイディアなどをこまごまと書き込んだ大事な手帖。
慌てて探しに行ったけど、すでに見あたらなくて、なんだかショボンとしてしまった。
あの時の父さんもきっと頭のなかは、一世一代の「お嬢さんを下さい」でいっぱいだったんだな。
父さんのなくしもの癖を初めて知ったあの日から十数年。
二人で捜し物した回数も数え切れないほど。
そのたんびに二人でおろおろし、ため息をつき、諦める。
確かにね、いつも手元にあるはずのものが見つからなくて、探し疲れてイライラするとき、「誰かの陰謀かも・・・」って思っちゃう事がある。
「なんで、ちゃんとしまっておかなかったんだろ。」って、ほんの数分前の自分に腹が立っちゃう事もある。
でもね、なくした物を探す時間は、何かに一生懸命でまわりが見えなくなりそうな父さんの大事な小休止。
だから一緒に探してあげる。
「しゃあないなぁ・・・」と愚痴りながら、父さんと二人、一つの物を探す。
きっと、年をとってもね。

忘れた頃になって、
「あった、あった!」と父さんが帰ってきた。
仕事場の桟板(作品などを並べて運ぶための細い板)の上にぽんとおいて、さらにその上に別の桟板を重ねて移動させてしまっていたらしい。
ははぁ、Xファイルは父さん自身だったって訳ね。
所詮、捜し物なんてそんな物。
「みつかってよかったね。」
なんだかすっきりして、トクした気分。
馬鹿だなぁ。


2004年01月17日(土) こんにちは赤ちゃん

2月に初めての赤ちゃんを迎える弟夫婦が、お下がりベビーカーを引き取りにきてくれた。
病院で立ち会い出産の講習を夫婦で受けた帰りだという。
「一緒にひーひーふーってやるの?」
と聞いたら、「かもね。」と弟はお茶を濁す。
初々しいねぇ、パパの恥じらい。

ベビーカーに、赤ちゃんを寝かす籠、アプコのお古の子供服。
しばらく屋根裏にしまい込んであったベビー用品。
嫌と言うほど使い込んだものを引き取ってもらうのは気が引けるのだけれど、
元気で大きく育った子供らのエネルギーを、ピカピカの赤ちゃんにも分けて上げたい、そんな気持ちで送り出す。
「使う期間は短いのに、買うと結構高いからね。」
小姑のお節介にいちいちうなずいて笑ってくれるTちゃん。
悪いね、怖いお義姉さんの居ないところで、愚痴いいながら処分してくれてもいいからね。

「で、布おむつはいる?紙おむつがラクチンだけど、経済的には布も助かるよ。」
まだまだ、赤ちゃんとの生活に実感がわかないTちゃん。
布おむつも少しは用意したけど、どうなるか判らない。
「あかちゃんって、一日の何回くらい、おむつを替えるんでしょう?」
あはは、そうだね、そこんとこからわかんないんだよね。
初めて母になると言うことは、海図も持たずに大海原に旅立つ小舟のようなもの。
怒濤の海を10年も漂い続けた老水夫は、処女航海の新米ママのとまどいをようやく少し思い出した。

一日にバケツいっぱいの布おむつ。
ががっと洗濯機であらって、しっかり脱水し、パタパタ拡げて干し上げる。
どうだ、うちにはこんなに手の掛かる赤ん坊がいるんだぞっと胸を張って日なたに干す。
お日様をいっぱい吸った布おむつは、ぱりっと乾いて、畳んで積み上げるとふんわりと嵩高い。
ぴぴっと端っこを揃えてたたんだ布おむつをたっぷりおむつ入れに補充すると、「さあ、明日もしっかり『ママ』するぞ」
と妙な闘志が湧いてくる。
ただただ眠い、しんどい、忙しいの毎日だったけど、充実していたなぁ、あの時代。

その頃の戦友、段ボール箱いっぱいの布おむつ。
なかなか処分することが出来なくて、今でも半分はリビングの端っこに置いておいて、
「ぎゃー、こぼした!」とか、「げ、こんなトコ汚したのはだれ?!」の時の応急処置用に愛用している。
何度も何度も洗濯を重ねて柔らかく、洗いやすく乾きやすい。
最後のおむつ生活者が卒業しても、まだまだ我が家で活躍している布おむつ。
こんなに親しく手になじみ、暖かい想いのこもった布の存在をなんだかちょっと嬉しく思う。
長い育児生活の果てに、母の手元に残ったのはこんな宝物。

「育児」という知らないことだらけの海にこぎ出そうとしているTちゃん。
大丈夫。
きっと赤ちゃんとの生活は楽しいよ。
たくさんのおむつも夜中の授乳も、過ぎてしまえば輝く勲章。
なにより、毎日確実に成長していく、頼もしい子供らがいる。

先日からのオニイの喉の変調。
もしかしたら声変わり?
おっさん声の息子に「かあさん」と呼ばれる日も近い。
うう、あんなにかわいい産声だったのに・・・


2004年01月15日(木) 昼デート

今週になって子ども達の給食やお弁当が始まり、また、父さんと二人のランチタイム。
歩いて1分の工房で働く父さんは、昼時になるとパタパタと土まみれのエプロンをはたいて帰ってくる。
うどん、焼きそば、丼もの。
あまりかわりばえのしない昼ご飯を父さんと二人で食べる。
父さんと私はほぼ毎日、三食一緒。

アプコのお友達のKちゃんのお父さんは、最近単身赴任先から帰ってこられた。
年の離れた末っ子Kちゃんは、毎日お父さんがおうちに帰ってくるのがとっても嬉しい。
そして、Kちゃんのお母さんは、「旦那が帰ってくると、早寝ができん、たばこ臭い、朝から作る弁当が4個になった!」とちょっと愚痴モード。
「うちなんか、毎日昼ご飯食べに帰ってくるよ。」
「うわ、きっちり三食つくるのか・・・。それもかなわんなぁ。」

確かになぁ。
仕事と家庭が密着していて、なかなか外へ出る機会の少ない父さんも、「おうちの日々」が続くとだんだん煮詰まってくる。
・・・と言うわけで、父さんと私は時々、外でランチする。
銀行や郵便局の用事を済ませ、夕食の買い物につきあってもらい、ファミレスとかファーストフード店とかでお手軽ランチ。
月の何度かの昼デート。
「そろそろいくか」
同じ家庭の空気を毎日一緒に吸って過ごす夫婦は、煮詰まって深呼吸したくなるタイミングも妙に一致してくる。

本日は、お仕事の都合でおうちご飯。
それでもなんだかモヤモヤするので、割引クーポン券を持って、ドーナッツ屋へ。
テイクアウトでおみやげも買って、店内で父さんとコーヒーを飲む。
「こういうときに限って、大概誰かに会っちゃうんだよな。」
小さな田舎の町の事。
夫婦で昼間っからブラブラしていると、子どものお友達のお母さんだとか父さんの教室の生徒さんとか、なんだか必ず人に会う。
「あらら、今日は夫婦お揃いで・・・」
と言われるけれど、しょうがないんだよ。
うちは夫婦で仕事仲間も茶飲み友達も師弟関係もかねている。

ドーナツ屋のカウンターで、誰かが入れてくれたコーヒーを飲む。
これ、重要。
自分でお湯を沸かさなくて、カップも洗わずに飲めるコーヒー。
食卓につく夫と給仕する妻ではなく、友達のように一緒にコーヒーを飲み、たわいないおしゃべりをする時間。
ともすれば、だらだらと「いつも一緒」に倦んでしまいそうな日常を、父さんは安いファーストフード店のコーヒーで上手にリフレッシュしてくれる。
ありがたい。

あ、ポイントカード、あと400円分で、お皿がもらえる。
ねえねえとうさん、月末までにもう一回、お茶しようよ。
たちまちけちん坊主婦に舞い戻る私。
アプコのお迎えの時間を気にして、昼デートを終わる。
さあ、もうひとガンバリ。
子ども達がかえってくるぞ。


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