月の輪通信 日々の想い
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| 2003年11月21日(金) |
大きくなったら、なんになる |
昨日のこと。
珍しくゲンと二人で、車を走らせていたら、「大きくなったら、何になる?」という話になった。
「僕は、ものを作る人になりたい。」
幼い頃から、父さんのような陶芸家になりたいとたびたび宣言しているゲンの事だから、驚き はしなかったけれど、
「ものを作るといってもいろんな職業があるよ。おいしいラーメンを作る人もいるし、かっこいい 飛行機を設計する人もいる。大工さんもいいし、洋服を作る人もいるね。」
とはぐらかしてみた。
「う〜ん、とにかくね、サラリーマンって言うのがいやなんだ。」
「サラリーマンってどんな仕事かしってるの?」
「・・・・」
「じゃ、君の持ってるサラリーマンのイメージってどんなの?」
「毎日電車で会社へ行ってて、かえりにお酒飲んで、課長とか部長とかの愚痴を言って・・・・」
はは〜ん、そっか。
ゲンはサラリーマンの生活を身近に見たこと、ないものね。テレビで見るサラリーマンのおじさ ん達は確かにこのごろくたびれている。
窯元という家に嫁いで、最初にオニイを産んだとき、じいちゃんばあちゃんひいばあちゃんの喜 ぶ様にはおどろいた。
そのとき、家には男の内孫はいなかったし、親類も多い方ではなかったから、家業を次代に継 ぐ希望の星の誕生だったのだ。
「お手柄やった、よくぞ産んでくれた。」と産褥の私の手をとって涙ぐむひいばあちゃんの姿を見 て、
「あかん、早く次の子を産まないと、この子は皆の期待でつぶれてしまう。」
と感じたのを思い出す。
おかげさまにて、順調に次々に子どもを授かり、気がつけば4人兄弟。
「4人もいれば誰か一人くらい、窯の仕事を継いでくれるだろう。」
と、のんびりかまえて、周りにもそう公言する事が出来るようになった。
確かに、代々続く家業を営んでいると、じじばばや親よりも周囲の人の方が「跡継ぎ問題」を口 にしたがる。
「この子が○代目さんをつぐのかな。」
「さすがに陶芸家のこどもだね、××が上手だね。」
出来ることなら、そういうことはあまり意識させないで、育ててやりたいとは思っているが、外野 はそうは思ってくれない。
だからせめて、親だけでもと、小さい頃からいろんな人の働く現場をみせて、「陶芸家」以外の 選択肢をみせて置いてやりたいと思ってきた。
オニイの方は、さすがに長男であることを意識して「陶芸家」も選択肢の一つに入れているらし いが、他にもやりたいことがありそうだ。
対して、ゲンの方は幼いときからよく、「とうさんと同じ仕事がしたい。」と漏らしたりしている。
さあ、どっちが陶芸の仕事には向いているのだろう。
もちろん、女流の窯元という選択も可能だし、父さんとおじちゃん(義兄)のように二人以上が 窯の仕事を一緒にやるという可能性もある。
もしかして4人とも陶芸の仕事はいやだと言ったら、それも仕方のないこと。
とりあえず出来ることなら、何かのプレッシャーや押しつけでなく、この仕事を本当に好きな子 どもが、気持ちよく継いでいってくれますように。
「僕な、小さいときは、陶芸家かゴミの収集のおじさんになりたかってん。」
話の最後にゲンが付け加えた。
「そだね、ゴミのおじさん、てきぱきと仕事をこなしてかっこいいもんね。」
と答えて、はっとした。
こんな会話、小さい時にもしたことあるよな。
幼い子ども達に身近な職業教育とでも言うようにゴミの収集の作業を離れたところから立ち止 まってじーっと見ていたことがある。
「ゴミのおじさん、かっこいいよね。」
自分の仕事を淡々とこなしていく人の姿はかっこいい、そんなつもりで言ったのだけれど、ゲン の中にはしっかり残っていたのだな。
「子どもには自由に職業を選ばせてやりたい。」
常々そう思って子育てをしてきたつもりだけれど、「こんな職業についてほしい」と思う気持ち は、知らぬ間に子ども達の職業観を作り上げているのだなと思う。
「物を作る人になりたい」というのも、
「サラリーマンはやだな。」というのも、
「陶芸のしごとがしたい」というのも、
ゲンの敏感なアンテナが、親の「こんな仕事をして欲しい」という電波を受け取って作り上げた ものなのだろう。
「世の中にはいろんな仕事があるよ。自分の本当に好きな仕事をみつけなよ。」
と言いながら、
「誰も継いでくれなかったら困るわね。」
と思う親心。
きっと子ども達には読まれているに違いない。
母の苦心の職業教育も、所詮底が浅い。
「仕事を継いでいく」という家の子育ての難しさを改めて感じた、ゲンとの会話だった。
子ども達の小学校の5年生が工房の見学にやってくる。
子ども達がやってくるのは9時過ぎ。
アプコの園バスの時間が9時半だ。
かち合っちゃったよ、どうしようと思っていたら、「喉がしんどいからお休みしたい」と言うアプコ。
ありゃりゃ、おやすみかい・・・と思っていたら、今度は風邪気味のオニイが、「しんどい、休もう かな。」
いつもなら、「何を言う、行って来い」と無理にも登校させる所だが、「ラッキー!子守要員確 保!」とばかり、二人まとめて休ませてしまった。
これって、どうよ?
毎年5年生対象に、父さんが指導に行っている陶芸教室。
今年はちょうど家のアユコの学年と言うこともあり、制作の前に工房の方の見学にも来ていた だくことになった。
3クラス80名あまりの5年生が、狭い工房の中を交代で見学して回る。
義兄や義父も巻き込んでの大がかりな見学ツアーとなった。
茶道も、お抹茶の味も知らない子ども達に、うちのやきものの概要や簡単な茶道の話をし、工 房内に展示してある作品を見てもらい、作業場を説明して回る。そして最後に、お茶室の見 学。
普段展示会などに出している高価なお茶道具や制作途中の作品等も、そのままの状態で子ど も達の手の届く所で見てもらった。
子ども達は、値札のゼロの数を数えたり、おそるおそる手を伸ばしたり・・・。
付き添いの先生達の方が、「触るな!壊すな!」と戦々恐々としておられるのが可笑しかった、
「うわぁ、一、十、百、千、万。ひゃくごじゅうまん!」
子ども達の為にと、この朝、展示台に置いてもらった亀の食籠。
窯元の名の由来となった代表作。
子ども達は、すぐ手元に置いてある美しい緑の作品と値札を繰り返し、見比べる。
「おばちゃん、ほんまに買う人おるのん?」
と、正直にきく子もいる。
「これ!なんということを!」
と、そばにいらした先生が恐縮しておられる。
「おるよ。買う人がいてくれはるから、おばちゃん達はご飯がたべられるのよ。」
と、冗談めかして言う。
お茶道具の値段は、確かに日常の金銭感覚とは大きくかけ離れたところもあって、大人のお 客様でも似たような疑問を口にされる方もある。
一塊の土塊から、人の手が作り出した作品が、高価で大切なお道具として扱われるために は、伝統の技術や、作家や職人の日々の営みの積み重ねが要る。
その事を、高価な値札のついた美しいお茶道具の一つ一つから、子ども達が少しでも感じ取っ てくれるといいなと思う。
来週、この子ども達は、一人ずつ粘土の塊を前にして、生まれて始めての抹茶茶わん作りに 取り組む。
世界に二つとない自分だけのお茶碗は、高価な展示台の上の作品にも匹敵する大事なお茶 碗になることだろう。
年末の干支作品の仕事が本格的に始まって、父さんが家の中にまで夜なべ仕事を持ち込む 時期になってきた。
昼間は工房の方にも来客があったり、電話がかかってきたりして、なかなか仕事だけに集中で きなかったりするので、うちへ帰ってからの残業も増えるのだ。
いま、私の背後で父さんが背中を丸めて取り組んでいるのは、猿の香合。
緑の衣装を付けて、和太鼓を打つちょっと愛らしいお猿さん。
父さん自身がデザインしたのだけれど、ちょっと手の込んだ部分があって、たくさんの数をこし らえるとなると、成形や施釉の手間が思った以上にかかるらしい。
何個かまとめて窯に入れるため、予定している窯詰めの時間に合わせて、その日のノルマ分 の成形や施釉をこなしていく必要があり、父さんはモノに憑かれたように小さな土塊に集中して いく。
そこにあるのは、課された仕事をこなしていく職人の勤勉さだけでなく、嬉々として砂と戯れる 幼児達の熱中に近い執着でもあって、「ああ、この人はこの仕事が本当に好きなんだろうな ぁ。」と感じる事もある。
睡眠時間を削り、腰痛や少々の風邪ひきをやり過ごしながら、仕事に追われる父さん。
寝ても覚めても、土と向き合う仕事に倦むこともなく、今日もまたロクロの前に座る。
何時間も、何日も、何年も・・・。
本来仕事というものは、そんな風に毎日毎日繰り返すものだけれど、その一日の仕事を幼児 の遊びのように味わい尽くしてこなしていく姿は、やはり「好きなことを仕事にしている人」の強 さなのだろうか。
例えば、一生手作業で、亀の子たわしだけをこしらえている老練の職人さん。
毎年毎年土を耕し、稲を育て、収穫するお百姓さん。
繰り返し繰り返し巡ってくる仕事を淡々とこなして、生涯を終える人たちがいる。
その穏やかで静かな営みに私は強くあこがれる。
誰かに高く評価されるとか、先生とか師匠とか誰かに祀り上げてもらうとか、そんなこととは無 縁でありながら、日々の仕事に嬉々として専念できる。
そんな仕事のあり方は、現代ではあまり喜ばれはしないようだけれど、けれども私たちの生活 の多くの部分はそんな淡々とした手作業の成果に支えられている。
「相手の仕事の内容が毎日目に見える職業の人と結婚したい。」
若き日の私の、生涯の伴侶を選ぶ条件の一つだった。
今、背中を丸め、埃まみれで、メガネをかけたり外したりしながら、夜なべ仕事に奔走している 父さん。
まさしく「理想の伴侶」だったのだなぁと思いつつ・・・。
晩秋の夜明け前は、思いの外、冷え込む。
無理を重ねての夜なべ仕事で、途中リタイアがないように・・・。
肌寒い朝の空気に人恋しくて、少しおのろけモードの妻なのでした。
地域の清掃ボランティアハイキングに参加。市内のあちこちにあるハイキングコースを、住民 が自治会単位でぞろぞろとゴミ拾いをしながら歩く。
いつも季候の良いこの時期に行われていて、我が家はここ数年毎年参加している。
3年前はアプコはおんぶ紐で担がれて、参加した。
2年前はベビーカーで、そして去年は途中アユコにおんぶしてもらったりしながらも、アプコも自 力でゴールした。
今年は、アプコも皆と一緒におしゃべりしながら、おんぶもなしでゴールイン。
帰りにアスレチックで遊んで帰る余力もあって、「体力がついたなぁ。」と感心する。
一方、日頃運動不足のオカアチャンはというと、アスレチックに向かう急な斜面に来ると、膝が がくがく。
「年齢とともに衰える」と言うことの残酷さを実感。
いかんいかん、「明るい老後」のために、もっと足腰を鍛えて置かなくては・・・。
今回のハイキングでは、ゴールで食べるおでんの他にもう一つお楽しみがあった。
「ドングリ銀行」
子ども達が自分で拾ったドングリを、「ドングリ銀行」に預けて、翌年その預金額に応じて、植樹 用の苗木をプレゼントしてもらえるという緑化運動のイベントなのだそうだ。ゴール地点には、 そのドングリ銀行の臨時窓口が出来るというので、アユコとゲンは一月も前から箱いっぱいの ドングリを集めて、楽しみにしていた。
たかがドングリとはいえ、ずっしり重いドングリ荷物をゲンがリュックに詰めこんで、歩いた。
「わ、ホントの通帳みたい!」
家から持ってきたドングリを窓口へ持っていくと、子ども達はかわいらしい「ドングリ通帳」をもら ってきた。
仕様は、銀行の通帳そっくりに出来ていて、預け入れの欄には「300ドングリ」と記入されては んこまで押してある。
持ってきたドングリを半分づつ、二人分の通帳にいれてもらったアユコとゲンは、いま預けたば かりなのに、「もっと貯金してくる!」と、その場でドングリ拾いを始めた。
見ると、他の子ども連れ家族もあちこちでドングリ集めを始めている。
「ドングリ銀行」臨時窓口は長蛇の列の大盛況だった。
秋になるとたいがい、小さい子供らのポケットからはドングリが出てくる。
帽子つきドングリや枝付きドングリ、ふとっちょのクヌギのドングリなどは、中でも貴重品で、道 ばたに転がっているのを見かけると、手にとって眺めてみないではいられないようだ。
「ドングリの背比べ」というけれど、実際には小さなものから大きなものまで、形も大きさも様々 で、ひとつ拾い上げると、もう一つとつぎつぎに拾いあげる事になってしまう。
たくさん拾ってからといって、焼いて食べられると言う訳でもない。
コマを作っても、やしろべーを作っても、穴をあけて糸を通しても、それほどたくさん要るもので もない。
なのになぜ子どもはドングリを拾うのだろう。
子どもばかりではない。
大人だって、拾い始めると結構熱中して、ポケットの宝物を増やしてしまう。
つやつやした輝きととろんとした丸み。
手に心地よい重さ、形の面白さ。
「集めたい」という欲求を、妖しく引き出す自然の造形。
「みんな守銭奴みたいやね。」
にわかに始まった、熱心なドングリ拾いを見て誰かがいった。
「これがぜ〜んぶお金だったらね・・・。」
「大儲けだねぇ。」
本当は一銭の勝ちもないドングリも、ドングリ銀行のドングリ貨幣と言われると、集める熱意も ちょっと違う。
大きな袋一杯のドングリを掲げて、
「大金持ちやぁ!」
と歓声を揚げる中学生もいて、面白い。
「あんたなぁ、それ、全部苗木に交換したら、どこへ植えるつもり?」
と女の子に指摘されて、ぐぅとへこんでしまったのでおかしかった。
「そや、学校にうえて、休み時間に水やりすればええわ。」
あとで、ぼそぼそと独り言の様につぶやく男の子。
やさしいなぁ。
ドングリ銀行。
緑化運動の意識付けとしては大成功かもしれない。
結局、アユコとゲンは、2冊の通帳にそれぞれ600ドングリづつの貯金を記帳してもらってき た。
春には、一人3本づつの苗木を払い戻して下さる計算だ。
それこそ、どこへ植えようか。
我が家の周りは、すでに立派な雑木林。
ところで、今の時期、子供らが拾ってくるドングリの半分以上は、しっぽ付き。
柔らかな落ち葉や腐葉土の上に落ち着いて、これから土にしっかり根を下ろそうかというドング リ達を、にわかゴールドラッシュに魅せられた子ども達がざわざわと揺り起こす。
子ども達に拾われたドングリ達は、心なしか迷惑そうな顔色。
ま、それはそれ。
楽しい秋の収穫だった。
久しぶりに京都までドライブ。
岸田劉生の展覧会を見て、近くでやっていたクラフト洋品のフェアに立ち寄り、錦市場をぶらぶ ら。
親も子も、それぞれに楽しんで帰宅。
それにしても都会は空気が悪い。
田舎者家族は、ひと気に当てられて、少々お疲れ。
・・・と、言うことで居間でぐだぐだしていたら、
ぷぅとひかえめなおならの音。
「だれ?」
オニイ?違う違う。
父さん?いいや、違う。
アユコ?ううん、違うよ。
かあさんも違うよ。
ゲンはいないし、やっぱりアプコでしょ。
「ちがうもん!」
鼻をくんくんしてみたものの、結局、犯人は分からずじまい。
「あ、そうだ。今さっき、ぷぅした人にチョコレートあげよう。
ぷぅした人は『ハイ』!」
アプコが小さく、「ハイ」
おずおず、手まで挙げて、うー、かわいい!
いつも寝起きの悪いアユコだが、今朝はまた格別機嫌が悪い。
なんだか、ぐずぐずしていて、らちがあかないので、
「今日は学校いっぺん、さぼってみる?あ、そうか、給食、カレーだからさぼるわけにはいかん ね。」
と言ってみたら、アユコの目から大粒の涙がぽろぽろとこぼれた。
あらら、ホントにおさぼりしたい心境だったらしい。
昨日、自習時間に友達と一悶着あったらしい。
ケンカというほどではないけれど、何かいやなことを言われたようで、なんとなくいやな気分を 引きずっているようだ。
「いいよ、別に休んでも・・・。
アンタはいつも、いっぱいいっぱい頑張りすぎるから、たまには、さぼってみてもええよ。」
ぶんぶんと首を振るアユコ。
優等生だからね、さぼるなんていうわけないよね。
それを知っていて、ズル休みを勧めるオカアサンこそ、ずるいというもんだ。
結局、アユコはぐいと顔を上げ、自分で涙を拭って登校していった。
そうだろうと思ったよ。
アンタは決して逃げない。
つぶれるまで逃げない。
その息詰まるようなまじめさに風穴をあけてやろうと、母は時々、逃げ道のドアを大きく開いて 待っているのだけれど・・・。
そんなこんなでバタバタしていて、今朝もアプコの髪を結うのを忘れた。
小さな三つ編みを二つ作り、その日の気分で小さな飾りを着ける。毎朝決まった習慣なのに、 昨日に続き、二日も忘れた。
「大急ぎでやろうか?」
と、聞いたら、
「いいよ、髪の毛、くくってない方がかわいいよって、Y君が言うから・・・。」
「わぁー、そうなの。じゃ、くくらない方がいいね。」
Yくんは、年少組の時からのクラスメート。
以前は、「Yくんは、○○ちゃんが好きだから、アタシとは遊ばないの」と言っていたのに、どう やらYくん、最近フリーになったらしい。
「アプコはY君のこと、好きなの?」
と聞いてみたら、のらりくらりと話題を逸らして答えてくれなかった。
ちくしょう、むちゃくちゃかわいいぜ、幼稚園児の恋。
寒い。
おまけに雨。
傘を差して、自転車をすっ飛ばして登校するオニイ。
長靴で水たまりを選んで歩くゲン。
体裁を気にして、決して長靴は履こうとしないアユコ。
そして、お車登園を拒否して、レインコートを着たがるアプコ。
・・・・誰か一人でも、母の勧める雨支度に従ってくれない?
台所のガスストーブを出した。
寒さ対策ではない。
このところの雨続きで洗濯物が全然乾かないのだ。
土曜日に洗濯したオニイの剣道着もまだ湿ったまま部屋干しになっている。バスタオルもパリ ッと乾く暇がないので、うっとおしい。体操服だの制服のセーターだの、一晩で乾いてもらわな いと困るものが次々現れる。
本来なら12月の声を聞くまでは暖房器具には頼らないでやせ我慢するのが我が家の家訓な のだが、ことしは随分掟破りだ。
毎年、台所に置く大型のガスストーブは、結婚の時、神戸の叔母から御祝いにと頂いたもの。
一台で、キッチンとダイニングが一度にほんのり暖まる強力タイプ。
ちょっとしたやかんやお鍋もかけておけるので、お湯を沸かしたり、夕食の汁物の保温に使っ たりと大活躍してくれる。
凍えるように寒い朝には、どこよりも先にこのストーブに火を入れる。
2階から降りてきた子ども達が先を争ってストーブの前を陣取り、ストーブガードの前についた てのように並ぶ。
我が家の暖房の主役はこのガスストーブと居間に拡げるコタツ。
今年はさすがに子ども部屋にホットカーペットを敷いてみたが、基本的には2階にはほとんど 火の気がない。
だから寒くなってくると、子ども達は居間か台所に群れて来る。
「ぬくもりを求めて集まってくる」という感じが心地よい。
新婚の家庭に大型ストーブを贈ってくれた叔父叔母は、十年あまり先の家族の集うぬくもりの 場まで一緒に贈ってくれた事になる。
実は同じ型のストーブが実家の台所にも置いてある。
両親が新婚家庭のストーブの便利さに惹かれて、購入したものだ。
今年、祖母を見送って二人家族になった台所でも、同じストーブのぬくもりに父母が集う。
子ども達がそれぞれ巣立って、父が定年を迎えて、家族の形が変わっていく実家でもガスの火 の柔らかな暖かさが、夫婦の冬を包むのだろうか。
今年も、台所のストーブに入れ替わり立ち替わりやってきて、ふざけあい、おしゃべりをし、暖 かいミルクを飲む子ども達。
この子等が自分の部屋にコーヒーを持ち込んで散っていき、子どもだけの世界に閉じこもって いく日も近いだろう。
そして、いつかまた、夫婦二人で一つのストーブぬくもりを分け合う日がやってくる。
お互いに、健やかに穏やかに、その日が迎えられますように。
一年ぶりにストーブに点火する。
わずかなほこりの焦げる匂いが消えると、肌寒い部屋に暖かい空気が満ちてくる。
とりあえず、生乾きの洗濯物を順々に拡げてみる。
一番乾きにくい子ども達のジーンズ。
随分、丈が長くなった。
帰宅した子供らに、この秋始めてのホットミルク。
懐かしいぬくもりが、確かに今、この家にある。
「おかあさん、このごろなんかアユコが変や・・・。妙にテンションが高い。」
オニイがそっとささやく。
ふむふむ、オニイ、あんたもそう思う?
確かにこのごろ、アユコの声のトーンが微妙に高く、時々「ねじがはずれたか?」と思うような、 興奮振りをみせる。
いわゆる、「ハイになってる」ってやつだ。
うちの中でアプコと走り回ったり、ゲンとふざけ合ったりするときにも、わぁーっと盛り上がった り、ひょいと一人で踊ってみたり・・・。
冷静沈着なちいママ、アユコにはついぞ見られなかったはじけぶりだ。
「おなかすいたよ、なんかない?このごろすごくお腹がすくねん。」
いつもお茶碗に盛ったご飯をひかえめに減らしに来るるアユコが、近頃びっくりするほど間食し たり、「○○が食べたい!」と食品庫をのぞき込んだりしている。
「いいよいいよ、アンタはたくさん食べて、どんどん太ってね。」
母と違ってスリムなアユコは少し太った方がいいくらいだ。
昨日、珍しく、アユコとオニイがケンカをした。
二人で仲良く夕食のオムライスを作り始めていたのだが、なんだかオニイのやり方がアユコの 気に沿わなかったようだ。
アユコの料理の腕に一目置いているオニイは、少々文句を言われてもめげずにタマネギかな んかを刻んでいたのだが、終いにはアユコが切れた。
「お兄ちゃんはあっちへいって!」
すごすごと引き下がってきたオニイは、タマネギ対策にと両の鼻腔にティッシュを詰め込んで、 おまぬけな姿。
「アユコが一人でするってさ。」
ここで、アユコに喰ってかからないところがオニイの平和主義の偉いところ。(父さんそっく り・・・)
そして、情け容赦ないアユコの癇癪は、どこかの誰かさんにそっくりだ。
しゃあないな、と母が重い腰を上げる。
「もう、いい。あとはおかあさんがやる。アユコもどこかへ行きなさい。」
「いや!私が作る!」
「ケンカしながら作ったオムライスなんて食べたくない!」
すでに、泣き顔になっているアユコと台所でしばし押し問答。
「ちょっと、お料理が出来るようになったからといって、いい気になるな。
アユコだって、オニイがいてくれなきゃ、出来ないこと一杯あるんじゃないの?」
そのうち、冷蔵庫の前で、本当に押しのけあいっこをしてアユコを退場させてしまった。
しっかり優等生に育ったアユコを力づくで叱ったのは始めての事だった。
思い掛けない叱責にちょっと面食らったアユコは、それでも意地のようにお皿を出したり、私の 手元を先回りして、ケチャップだの卵だのを取り出そうとする。
意地悪い母は、ことごとく無視して、他の子達に用事を頼む。
母娘の意地と、オニイの困惑のうちにできあがったオムライスは、寝ぼけた味でちっともおいし いと思えなかった。
アユコの心と体がまた大きく変化しようとしている。
運動会、秋祭りでの奮迅の活躍振り。
自分にかけられた役割や信頼への責任。
そして思春期の女の子の体の変化。
次々に訪れるプレッシャーに、押しつぶされそうになりながら必死で踏ん張ってきたここ数ヶ月 のアユコ。
最近になってようやくその重圧から解放され、少しずつ心のつっかえ棒が柔らかく解け始めて いるような気がする。
一見「退行」にもみえる度を超えた興奮や、癇癪も、どこか成長の一山を超えた気持ちのほこ ろびの証と思うと微笑ましい。
「このごろ、なんかアユコが変。」
おっとり長男のオニイが、アユコを気遣う。
「ほんとにねぇ、気持ち悪いくらいハイだよね。でも大丈夫。そういう時期もあんのよ。」
・・・・女の子の気持ちって、デリケートなのよ。
朝、子ども達を起こしにいく。
アプコとくすぐりっこして抱っこして頬ずりをする。
まだまだ、自分も甘えんぼしたいゲンが横から乱入してくる。
きゃぁきゃぁ大騒ぎしていると、ほっそりした別の手が騒ぎに加わった。
アユコだ。
いつも、アプコとスリスリしていると、お姉さんの顔をしてアプコを奪いに来るアユコ。
今日は、アプコを抱きしめる母の席ではなく、母に抱きしめられるアプコの席を求めている。
そんな素直な甘えんぼが出来ていることを本人はちっとも気付いていない。
大人半分。
子ども半分。
そんな中途半端なお年頃のアユコは、母にとっては、まだまだ「抱っこ」「スリスリ」の対象なの だ。
「縄をなう」の「なう」は「綯う」という字を使うそうだ。
漢字変換機能というヤツは実に賢い。
ひとつ、リコウになった。
小学校の休日参観&PTA行事。
アプコを連れて出かける。
今年は小学生が二人なので、授業も行事の方も結構余裕を持って見ることが出来て、面白か った。
・・・で、アユコの授業は、自分たちで育てて収穫を終えた稲の藁で、縄をなうという。
田植えの頃から地域の長老格のおじいさん達が子ども達の技術指導に来て下さっていて、今 日もそのおじいさん達が先生役。
日に焼けた作業着に、しっかり親指の分かれた足袋のような靴下。
地域のあちこちで普通に見かける農作業の服装が、指導者役として小学生達の中に混じる と、いかにも風雪の耐えた農耕の民という感じで威厳を含んで見えるのは面白い。
実は私自身、「縄をなう」作業を実際に見るのは初めてなのだけれど、さすがにプロの技はす ごい。
少量の藁束をとり、大まかに三つに分けて、その一本一本に撚りをかけながらひねり合わせる ように、縄にしていく。
縄のはじっこを器用に足袋型靴下に引っかけて、節くれ立った大きな手の平をすりあわせる と、その手元からしっかりと組み上がった藁縄が滑り出てくる。
子ども達も、一本に二人がかりで縄作りに挑戦するのだけれど、3分の1の一束によりをかけ ることすらおぼつかなくて、縄どころか「ねじった藁束」のまま、にっちもさっちも行かなくなってし まう子もいる。
子ども達に混じって、一緒に作業をしている先生達ですら、「とりあえず縄」の状態に仕上げる のがようやくだ。
そばで見ていると子ども達の悪戦苦闘ぶりがもどかしくて、「ちょっとやらせて・・・」と手を出して みたくもなるのだけれど、私がやってみたところでさほどうまく出来そうにもない。
その間にも、指導役のおじいさんたちは黙々と縄をない、次々に仕上げていく。
「うまくできない・・・」と指導を受けに来た子ども達も、鮮やかな手つきで藁を扱うおじいさんの 手元を食い入るように見つめるばかり。
「すごいなぁ」とプロの技に魅せられているのがよく判る。
一昔前ならば、藁束から縄をなう作業は農家の庭先ではごくごく普通に行われた事なのだろ う。
もしかしたら、子ども達ですら、親たちの農作業の合間に習い覚えて、習熟していた作業なの かもしれない。
老練の農夫達のごつい手には、当たり前の作業として身に付いた縄綯いの技術がある。
ホームセンターや百均ショップで丈夫なビニール紐やロープを手軽に求められる今、縄綯いの 技術は注連縄作りか子ども達の農業体験ぐらいにしか出番はなくなってしまったのかもしれな い。
それでも、藁縄を使った事のない子ども達すら、感嘆しながら見入ってしまう日常の技の見事 さ。
育てた稲の藁の一筋まで、生活の中に生かして使う長老達の深い知恵を魅せていただいた気 がする。
ところで、今日、指導に来られたおじいさん達のうちの一人は、先日の秋祭りで先導役をつと めた「天狗さん」だった。
重い衣装と面を着け、高下駄を履いて数キロの巡行を、二日に渡って歩き通す。
見るからにご高齢なのに、恐ろしい体力の持ち主だ。
さすがに「天狗さん」役は今年で引退なさるという噂だけれど、黙々と縄をなうその正確な技術 は、長く農作業をコツコツとこなしてきた農耕の民の頑固なねばり強さを感じることが出来る。
・・・せめて皆に説明するときくらいは、ちゃんと入れ歯を入れてしゃべって欲しいというのが、参 観の母達のささやかな冗談のタネにはなったのだけれど・・・。
気持ちのいい秋空の朝。
アプコとバス停まで歩く。坂道にあんなに散らばっていたドングリ達もここ数日の雨風で路肩に 掃き寄せられ、変わりに赤く色づいた柿や桜の木の葉が舞い始めた。
アプコは中でも特別目についた木の葉を何枚も拾っては、私のポケットにコレクションしていく。
「今度はこの葉っぱをしっぽー焼きにしてよ。」
以前に何度か、七宝焼の色見本として柿の葉をひろって教室に持っていったことを覚えている のだな。
自然が作り出した微妙な色彩の重なりを、絵画とか写真とか、何かの形に残しておきたいとい う気持ちはこんな幼い子どもにもちゃんと芽生えているようで、面白い。
今日もたくさん落ち葉を拾った。
「オカアサン、じぶんの影、踏める?」
いきなりアプコが、言う。
「アタシ踏めるよ。」
歩きながら大きな一歩を踏み出して、自分の影のお腹の部分を踏む。
「オカアサン、踏める?」
「さあ、どうかな」
私も大きく一歩踏み出そうとして考えた。
「なぁんだ、簡単じゃん。」
私は足をちょっと交差して、右足で左足の影を踏んだ。
「あ、ずる〜い!」
アプコがぷっとふくれる。
「ちゃんとお腹のトコ、踏んでよ。」
「う〜ん、おかあさんの影はアプコのより長いからむずかしいなぁ。座ってみようか。」
しゃがんでみると影は短くなるが、それでも「大きく一歩」が踏み出せないので、お腹の影は踏 めそうにない。
「わかった、アタシ、自分の頭の影、踏めそうな気がする。」
アプコは、自分も小さくしゃがんで、頭の影に向かって足を延ばす。
何度やっても、足が着地したときには影はさらに前方へ逃げてしまって、捕らえることが出来な い。
ついには蛙跳びのようにピョンピョン跳ねていく事になってしまって、笑ってしまう。
「踏めないねぇ・・・」
「むずかしいねぇ・・・」
自分の影を踏むのは諦めて、私の影を踏むことにしたアプコ。
二つの影が重なり合いながら、坂道をどんどん下って行く。
バス停に近づいて、すっかり影踏みのことを忘れていたら、アプコが急に声を上げた。
「あ、わかった!」
そして、近所のブロック塀にいきなり飛び蹴り。
「ほら踏めた!」
ブロック塀に小さな足跡。
確かに、アプコの頭の影の上。
「わぁ。すごいこと思いついたね。」
得意そうなアプコの顔。
なんだかとっても満足げ。
賢くなったなぁ・・・。
ふわふわと捉えどころのない影を踏む。
しゃがんでみたり、跳ねてみたり・・・。
我が身の影でありながら、
追えば離れる。
離れればついてくる。
忘れた頃にブロック塀をキック!
・・・・これって、人生の極意かもしれない。
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