月の輪通信 日々の想い
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剣道のK先生のこと。(8日の日記参照)
習字に行ったついでに、オニイとアプコを連れて剣道のK先生のおうちを訪ねてみた。
実は先週にも何度か、オニイと一緒にお訪ねしてみたのだけれど、お留守のようでお会いでき なかった。
ベランダのお洗濯ものをみあげて、
「あ、K先生の服だ。パジャマじゃないってことはご病気じゃなさそうね。」
「お布団も干してある。どこかへお出かけでもないようだ。」
と、ご不在の理由をいろいろ推理しながらすごすご帰宅。
なんとなくホントに先生が居なくなってしまったようで、ちょっとへこんでしまっていた。
今日、再び、思いを込めてオニイが玄関のチャイムを押したら、懐かしい声のお返事があっ た。
「あ、どうも」
細く開けた引き戸から顔を出されたK先生は、オニイの顔をみとめると、
「やあ、ちょっと待っとれや。」と再び引っ込んでしまわれた。
磨りガラスの引き戸越しに見えたT先生は、クレープのシャツ一に下半身はパンツ一丁。お昼 寝中だったのかな。
なんか可愛くて笑っちゃう。オニイの緊張もふーっと消えてしまった。
「先生のお姿が見えないので、オニイがとても気にしているものですから。」
再び出てこられた先生に、ご挨拶。
「お、わし、あの道場はやめたぞ。悪いな。」
なかば覚悟していたお答えだけど、シュンとして聞くオニイ。
どうも、ご病気やご多忙のせいではなくて、他の先生達との指導の方針の違いで、道場を引か れたと言うことらしい。
そういえば、他の先生方はいつもお世話になっている K先生の不在について、はっきりした説 明はなさらなかったし、「またツムジ曲げてはるんかな」とはぐらかしたりなさっていた。
は〜ん、そういうことかと疑問が氷解したが、それで先生がもう道場に来られないと判明するの はつらかった。
「お、大きゅうなったな。」
先生は一緒に連れていったアプコを見下ろして、笑われた。
ちょうどオニイがK先生のもとで剣道を習い始めた頃、私はアプコを懐妊した。
冬の夜の道場で、冷たい床に毛布を敷いて、毎回オニイの稽古を見学していた私の姿をK先 生はよく覚えて下さっていた。アプコが生まれ、体育館のはじっこでハイハイし始めた姿も、見 ていて下さっている。
「もう何歳になった?4才か?・・・ほう、もうすぐ5才。大きゅうなったなぁ。」
稽古でお会いするたび、「風邪、ひかすな」とふにゃふにゃと「普通のおじいちゃん」の表情で、 笑っていらっしゃった。
K先生との関係は、オニイの剣道の稽古だけではなくて、私にとっても長い年月を経たおつき あいだったんだなぁと、改めて思う。
「合同稽古には、まだまだいくからな。木曜の武道館の稽古にもいくからな。」
ちょっとへこんでしまったオニイにT先生は、別の道場での稽古日を教えてくださった。そして1 級の昇級審査についてのアドバイスを一つ、二つ。
「お前は左手に変な癖があるからなぁ。小さい時から一つもなおらん。」
あ、K先生のいつものお小言だ。
竹刀の握り方からマンツーマンで教えた直弟子の不出来に、自責を含んだ厳しいご指導。
やっぱり、まだまだ、この先生に教わっていたかったよなぁ。
「ま、とにかく、病気じゃなかったし、剣道もやめられたわけではないから、よかったよ。」
先生のお宅を辞したオニイが、ちょっと大人びた口調で締めくくった。
「先生達の間でもにもいろいろあるんだろうね。」
道場の先生方の間に、食い違いがあったと言うこと。コレまで気付かなかったものの、「そうい えば・・・」と思い当たることも多い。
そんな大人の世界の微妙な関係を垣間見て、オニイはまた少し大人になった。
「このことはゲン達にはあまり言わん方がいいかもしれんな」
幼い子達の理解を推し量って、ちょっと口をつぐんでおくことを決めたオニイ。その言い回しも、 なんとなくオトナっぽいじゃん!
子供らには何も告げずに、黙って道場をやめて引いてゆかれたK先生。
その古武士のような静かな引き際と、そこはかとなく可笑し味を含んだいかつい風貌。
「人物」だよなぁと、改めて思い直す。
オニイも私も、いい先生に巡りあえていたのだなぁ。
アプコを連れて、昼下がりのスーパー。
だらだらと蒸し暑くてぼーっとしてたから、スーパーのよく効いた冷房が気持ちよくて、必要以上 にのんびりとお買い物。
「アプコー、キュウリ探してー」
「ケチャップ、探してー」
と、ゆっくりお買い物ごっこ気分を楽しんでいた。
「こら!べたべた触ったらアカン!」
背後で、子どもを叱る女の人の大きな声。
アプコと二人びっくりして首をすくめそうになったけど、叱られていたのは、パック詰めのお魚を つんつん突っついている二人の3,4才くらいの男の子達だった。
「何遍言うたら、わかるの!ちゃんとついてきなさい。」
そうそう、このくらいの子ども達を連れても買い物って大変なのよね。何でも触っちゃうし、何か と欲しがるし、走るし、騒ぐ。
しかも、やんちゃな男の子ふたりじゃ大変だ。
我が家も今ではようやく連れ歩くのはアプコ一人になり、買い物もさほど苦にならなくなってきた けれど、幼い3人を連れ歩いていた頃は日常の買い物も本当に大仕事だった。
「おかあさん、がんばれー」
珍しく、人前でもしっかりと子ども達を叱るおかあさんの奮闘に、ちょっとエールを送りたい気分 になっていた。
・・・と思ってたんだけどね。
このおかあさん、いつまでもやたらとよく怒鳴る。
「そっちへ行っちゃダメ!まだわからんか!」
「それは買わない!置いてきなさい!」
「走っちゃダメって言ってるでしょ!」
とても地声の大きい人なのかもしれないけれど、ちょっとうるさい。
また、叱られる子どもも子ども。
おかあさんがどんなに大きな声で叱っても、二人が競い合うように、走る。触る。ケンカする。
おかあさんの大声も、彼らの頭上を空しく通過するだけで、ちっともアタマに入っていないよう だ。
昼下がりの静かなスーパーに母親のいらついた怒鳴り声がいつまでも続いた。
なんだろうなぁ。
子どもが商品を突っついても、騒いでも、走っても、人に迷惑をかけても、野放しで放っている 親もいっぱいいる。
見かねて注意した他人に喰ってかかる非常識な親だって結構いると聞く。
それに比べたら、この母親は、子ども達に「それはダメ!」とはっきり教え、人が見ているところ でも、怯まず大声で子どもを叱れる。
だからといって、いらだち紛れに叩いたり暴言を吐いたりしているわけでもない。
なのに、このいやーな感じ。
なんなんだろう。
「オカアチャン、みてみて。」
親子に気を取られている私の手をアプコがぎゅっとひっぱった。
さっき、男の子達がつついていたお魚やさんのパック。ラップされたトレーのうえで小振りのカ ニが、わずかにハサミを動かしているのだ。
「うわぁ、まだ生きてるね。」
きっと今の男の子達もこのカニを見つけて、突っついてみたくなっちゃったんだね。アプコもこ わごわラップ越しのカニをそっと突っついて、にっと笑った。
男の子達親子は、私たちのすぐ前でレジを済ませて、ずんずん帰っていった。
「飛び出したらダメ!危ないでしょ!」
最後の最後まで母親は、大きな声で子ども達の名を呼んだ。
レジのおばさんが、しょうがないねとばかり、私にちょっと肩をすくめて見せた。
あのおかあさん、ずーっと怒っていたけど、一度も子ども達を自分のそばに呼び寄せなかった な。
確かに子ども達の行動から目を離さず、一つ一つ、「だめ!」を連呼してはいたけれど、一度も 子ども達の目をみて叱らなかったし、自分の買い物の手を止めて子どものそばへ近づくことも しなかった。
遠く離れたところから大きな声で司令は出すけれど、結局子ども達の見ているもの、やってい ることに心を寄せることはしていなかったんだな。
だからこそ、子ども達もおかあさんの怒号をアタマの上で聞き流して、自分の興味あるもの、楽 しいことだけ追っかけていたのかもしれない。
いくら言葉を重ねても、声を大きくして叱っても、その心がきちんと子ども達に向かいあってい なければ、子どもの心には響かない。
「宿題しなさいよ」
「片づけ、済んだの?」
「ちゃんとやってるの?」
ただただ口癖のように毎日繰り返す子ども達への小言。
もはやそこに心なんてないよなぁ。
道理で、どの子もふんふんと軽ーく聞き流してくれるワケだ。
壊れたスピーカーのように、男の子達を叱り続けるおかあさんの顔は疲れた仮面のようで、怖 かった。
だめだめ、あんな顔してちゃ。
いくら叱っても子どもは離れていっちゃうよ。
帰宅して、ざぶざぶと顔を洗い、鏡にむかって、ニヤッと笑顔を作ってみた。
夏休みもようやく後半戦。
そろそろ追い込みだぞ。
早朝実家を出て、自宅に戻る。
通勤時間帯にかかるかと思ったが、大した渋滞もなく「ゴミ収集」に間に合う時間に、うちにつ いた。
夜には台風10号が近畿を直撃しそうだという。
金曜の夜は、男の子達の剣道の稽古。
帰省から戻ったばかりで、夜の稽古はちょっとしんどい。
早めの夕食を用意して送り迎えに奔走する母もお疲れ気味。
「警報出てるけど、お休みにならんかなぁ。」
親子共々、口には出さぬが、怠け心がちらちらと舌を出す。
夕方になっても雨も風もまだ出られないほどでもない。
「練習中止」の連絡網も回ってこない。
「やっぱりあるかなぁ。」
「先生が誰も来られてなかったらどうしよう?」
「こんな時こそ、出席してアピールする絶好の機会よね。」
「う〜ん、どうするかな。」
時間ぎりぎりまで迷って結局、GO!
ええい、雨よ、降らば降れ。
風よ、吹けば吹け。
少年剣士達を乗せ、オカアチャンの軽自動車がぶるぶる発進する。
やはり、どこの家でも同じ様な葛藤があったようで、子ども達の稽古の出席率は50%。
先生方も「稽古が終わる時間ぐらいまでは、台風も大丈夫でしょう」といつも通りの稽古が始ま った。
少数精鋭で、心なしかいつもより熱のこもった今日の稽古。
「やっぱり、稽古に出てよかったな。」
帰りの車中でオニイの一言。
ナントカ今日も怠け心にうち勝った子ども達に拍手。
そして、送迎の母にもね。
「やだな、さぼっちゃおっかな。」
って、フラフラと傾いてしまいそうなこと、いっぱいあるよな。
子どもだけじゃなく大人になってもいつまでも、自分のお尻に鞭打って、重い腰を上げなければ ならない事ってしょっちゅうある。
「ええい、やめた!」と投げ出して楽になることも出来るのだけれど、「それでもやっぱり・・・」と 誘惑にうち勝たねばならない時もある。
これから、何度も何度も、「さぼっちゃおっかな」という誘惑と戦うであろう子どもたちに、「やっ ぱり、さぼらなくてよかったよ。」という満足感を覚えさせておきたくて、意地のように踏ん張って 稽古に送り出す。
ホントは一番さぼりたいのは、雨の日の運転の苦手な母なんだけどね。
オニイが、剣道を始めたばかりの頃から、休むことなく稽古をつけて下さっていた先生が、ここ 数ヶ月、稽古をお休みしておられる。
鬼瓦のような風貌の大きなお声の老剣士。オニイは大好きなこの先生に竹刀の握り方や道場 での挨拶の仕方から、直々に指導していただいた。
少しお耳が遠く、時々話の通じない時もあるちょっと煙たい先生だが、誰よりも早く道場に現 れ、稽古前の掃除から子ども達と一緒になさる。
時々お酒臭いこともあるけれど、小さい子の頭をくしゃくしゃ撫でる笑顔は、なんとなくかわいら しい。
オニイはこの先生を通して、「強いオトコ」「なりたい大人」のイメージをふくらませてきた。
その先生がある日を境に、道場に姿をお見せにならなくなった。
持病が悪化なさったか、ご高齢で稽古がきつくなられたか・・・
もう道場には来られないらしいと言う噂だ。
老剣士の姿のないまま、いつものように道場の稽古は続く。
「K先生は、ホントにもう来られないんだろうか。」
稽古のたび、オニイの目がそこにはないK先生の姿を探す。
K先生にいつも指導していただいていた「型」も相棒のTくんと二人で自習。
今月末の昇級審査に向けて、しっかり稽古すべきなのだけれど、厳しいK先生の姿がないとい まいち気合いが入らない。
ほんとにねぇ。K先生、来ていただきたいよね。
防具なんかつけなくてもいい。
道場の真ん中で腕組みして、にらみを利かせていて下さるだけでいいのにね。
せめて、今度の昇級審査に通って晴れて一級になれたら、一緒に報告に行こうよね。
今年は、お盆より一足先にお里帰り。
6日早朝から子ども達を車に詰め込み、須磨の海で海水浴のあと、ビーチサンダルのまま加 古川の実家になだれ込む。
「ひいばあちゃんの初盆のお参り」と称して、いつも通りの夏のお騒がせ。
日頃、父と母が静かに暮らす家に、騒々しい4人の子らが、ざわざわと突風を送り込む。
3月にひいばあちゃんが亡くなって、介護という肩の荷を降ろして、父と母の生活はその軽や かさにようやくなじんできているようだった。
ひいばあちゃんが長年寝起きしていた部屋には新しいお仏壇。妙に広く感じられる。
そのすーっと風の通る感じが、父と母の二人の生活の変化を物語っているようで、ひいばあち ゃんの居ない実家に私自身、ようやく心慣れてきた気がする。
長い間一緒に暮らしていた家族が亡くなって、時間とともにその人の不在になじんでいく過程 は穏やかに流れる。
買い物の途中、「あ、これ、おばあちゃん、好きだったよね。」と手にするお菓子。
勝手口の横に置かれたままの散歩用の手押し車。
靴箱の奥に残されたままのリハビリシューズ。
少しづつ生活の場から姿を消していくひいばあちゃんの「生」の痕跡。
それでもときおり、ほのかな懐かしさを含んで心に浮かぶひいばあちゃんの面影。
人が生きて、命尽きて、そして誰かの心に「思い出」として再び存在し始めると言うことの静か な実感は、「生きる」ということの当たり前の結末として、今日の私の「生」に勇気を与えてくれる 気がする。
ふと気付くと、ひいばあちゃんのお仏壇の前に、子ども用のクッキーの小袋が一つ。
買ってもらったばかりのおやつのうちの一つをアプコがこっそりお供えしていたようだ。
お盆やお正月にしか顔を合わせることもなく、「奥のお部屋で静かに寝起きしていた人」くらい の認識しかないものかと思っていたけれど、幼いアプコの心にもひいばあちゃんの面影はちゃ んと根っこをおろしていたんだな。
広島の平和公園の折り鶴が焼かれたそうだ。TVのニュースを見ていたアユコが血相を変えて 教えに来た。
「また?以前にも何回かあったよね。」
よくある事ね、というような私の反応に憤慨するようにアユコが畳みかける。
「広島の千羽鶴やで!何でそんなことするんやろ!」
学校で十分な平和教育を受けているアユコにとって、平和への祈りを込めた鶴を気まぐれない たずらで焼いてしまう感覚が信じられなかったのだろう。
アユコの反応は正しい。
「これまでにもよくあることやね。」
と、聞き流してしまう感覚の方が麻痺しているのだ。
千羽鶴は焼けない。
誰かの千の想いが織り込まれた鶴には千枚の折り紙の重さだけではないプラスαの重みがあ り、火をつける手を一瞬惑わせる。
我が家の3階には、大きな紙袋に入れた千羽鶴が5つも6つも残っている。
「にしばあちゃん」は義父の産みの母に当たる人。この「にしばあちゃん」がとても手先の器用 な人で、几帳面に切りそろえた新聞広告の紙でいつも折り鶴を折っておられた。私たちの結婚 の時、子ども達の誕生の時、にしばあちゃんは、毎日折り貯めて木綿糸で綴った千羽鶴を贈っ て下さった。
事情あって、晩年、老人保健施設の住人となっていたが、朗らかで人当たりがよく、二言目に は「ありがとう」が口癖のにしばあちゃんは誰からも愛され、大事にされた。
「手先を使うことが好き」と折り紙を続けたにしばあちゃんは、身の回りの最小限の持ち物を残 し、誰かに迷惑をかけることもなく、こぢんまりと自分の生涯の後始末をつけてから旅立ってゆ かれた。
我が家の残るにしばあちゃんの千羽鶴。
何かの折りに、神社にでも奉納しようかといいつつ、もう何年も保存したままになっている。几 帳面に角をそろえて折られた何千羽もの鶴を見るとき、自分に定められた人生を静かに受け 入れて大らかに全うされたにしばあちゃんの見事さを思い出す。
一羽一羽の積み重ねが、数千羽の数となって、心に迫る。
それは平凡な当たり前の日常の繰り返しにも似て、一人の人生の圧倒的な重みに通ずる。
私も、一人で何千羽もの鶴を折ったことがある。4人目の子なるみが、生後すぐに見つかった 心臓の病気で入院していたときのことだ。
思いがけず我が子の命が危機にさらされたとき、私はうろたえ、泣き、ところ構わず歩き回っ た。周りの励ましやいたわりの言葉も耳に入らず、自分を失い、惚けたようになっていたと思 う。
最初のショックからしばらくして、「これじゃだめだ」と気付いたとき、私が手にしたのは小さな折 り紙だった。
小さな保育器に入れられ、ガラス越しに見守ることしかできない小さな娘のために私が出来た のは、ただただ祈りを込めて鶴を折ること。手元にいつも小さな巾着に入れた折り紙を持ち憑 かれたように鶴を折る母の鬼気迫る姿は、はた目にはさぞかし不気味に見えたに違いない。
それでも、余計な不安や不吉な想いに惑うことなく、ただただ「折る」ということに専念した数日 のあいだに、私は心の整理をつけ、娘の困難な「生」を正面から見つめる勇気をはぐんでいっ たような気がする。
落ち着いてから思い返してみると、病院という場所にはあちこちに折り鶴だのくす玉だの誰か の根気強い手作業の成果が飾られている。
不安な入院生活や重苦しい時間を食いつぶすばかりの付き添いの合間に、折り紙を手にする のは自然の流れで、病院の売店には千羽鶴用の小さなサイズの折り紙が必ずのように置いて ある。
「早く良くなりますように」
「痛みや苦痛がなくなりますように」
病人や家族の切なる想いを込めて作られた鶴は、圧倒的な重さを持っていつまでも残ってい る。
千羽鶴は焼けない。
火をつける手にためらいがあるのは、作った人の深い祈りに心が揺れるからだ。
「どんな人がどんな想いでこれを折ったのだろう。」
そんな当たり前の想像力の備わった人だからこそ、いたずらや憂さ晴らしに鶴を焼くことは出 来ないのだ。
広島の鶴を焼いた人に、折った人の祈りをくみ取る想像力が育まれていなかったことは悲し い。
そして、焼かれてしまった鶴について「よくあることよね」と聞き流してしまいそうになる私の感覚 の麻痺。
多感なアユコのまっすぐな憤慨が、母の無感覚に杭を打つ。
こんな事に慣れてしまってはいけない。
幼い子らを育む者として、誰かの愚に憤る感覚を鈍らせてしまってはいけないのだ。
私が娘のために折った千羽鶴は、小さな棺桶に入れて娘と一緒に見送った。
娘とともに鶴を焼いた時の痛みは時が過ぎても忘れることはない。
広島の鶴は焼かれても、そこに込められた祈りは忘れられることはない。
学に入って、美術部に入ったオニイ。
夏休みになって、初めて油絵に挑戦。
一週間通って、初めての油彩画を一枚、仕上げて帰ってきた。
「おかあさん!ちょっと油絵らしくなってきたよ」
夏休みに入って数日め、オニイが嬉しそうに報告してくれた。
「先生ってすごいよ、先生がちょっちょっと筆を入れてくれたら、僕の絵がダビンチみたいにな る!」
・・・・ダビンチに失礼でしょうが。
とりあえず生まれて初めての油彩画に心弾ませているオニイが微笑ましい。
「ありゃ、やっぱり!」
オニイの白い制服のポロに案の定油絵の具のシミ。
だからエプロンがいるよっていったのに。
実は最近、工房でのお手伝い用に、子ども達にエプロンをこしらえた。帆布を使って、それぞ れのサイズにあわせたシンプルなエプロン。胸にそれぞれの名前を小さく縫い込んでみた。
仕事場をうろちょろするとき、ただでさえかさの高い子ども達。お手伝いするときには「仕事中 です」を内外にアピールするために、ユニホームがわりに使う予定だった。普段は家での料理 のお手伝いや、学校での調理実習の時などにもちらほら利用している。
「オニイ、今度からあのエプロン、持っていきなよ。」
ふんふんと生返事しているオニイに、無理矢理エプロンを持たせてみた。
数日後、お洗濯に出されたオニイのエプロン。
何故か、裏側ばかりに油絵の具のよごれがついている。
「オニイ、裏表間違えて使ったでしょ。しょうがないなぁ・・・。」
確かに裏表があまり影響ないデザインだけど、とりあえず名前の縫い取りがある方が表なんだ けど・・・と言っておいたが、それからもずっと裏側の汚ればかりがふえていく。
「裏表、両方汚れるのもどうかと思って・・・」
オニイはしきりに言い訳するが、次第に母にも判ってきた。わざと裏返しに使っていたんじゃな い?
心優しいオニイは、「恥ずかしいから名前書かないでよ。」とは言えなくて、ついつい裏返しに使 ってしまったものらしい。
先日の小学校での「七輪陶芸」教室。
アユコとオニイは講師である父さんのアシスタントとして参加してくれた。
初めての陶芸体験にはしゃぐ同級生や後輩達を相手に、道具を配ったり機材を運んだりとしっ かり助手の職務を果たしてくれた。
「今日は講師の助手役です」と誇らしげにエプロンをつけて、駆け回るアユコに比べ、オニイは 卒業生ということもあってちょっと居心地わるそう。
とりあえず持参した絵の具つきのエプロンも、最初に少し使っただけでなんやかやと理由をつ けて外してしまった。
「炭で汚れるよ。エプロンは?」
母が意地悪く聞いても、オニイはへらへら笑うばかり。
ようやく、「兄弟でお揃い」とか「母の手作り」とかが、恥ずかしいお年頃になったのね。それで も、「恥ずかしいからヤダヨ」とは言えない小心者のオニイ。
なんかかわいいなぁ。
父さんの仕事着は、いつもジーンズにデニムのエプロン。
釉薬や土の汚れで、ガンガン洗濯を繰り返し、色あせ、すり切れ、くたびれていく。
いつも、土の付いたヘラをプイと拭う膝の部分は、そこだけ早く穴があく。
個展前など激務の続いたあとには、どろどろに汚れたエプロンの山。洗濯機がじゃりじゃり言 いそうな激しい汚れ。
ぶつぶつ文句を言いながら、私は父さんのエプロンの汚れがひどいとなんかうれしい。それは 父さんの仕事が今日も充実していた証だから。
オニイの白い帆布のエプロン。
それぞれの子どものサイズに合わせて作ったが、オニイのはもうほぼ父さんのと同じ大人サイ ズ。とりあえず、裏側は油絵の具のシミで彩られ始めた。
将来の展望の隅っこに、父さんの仕事をちらちらと意識し始めた12才のオニイ。
その白いエプロンはこれからどんな汚れを重ねていくのだろう。
ちょっと楽しみな母なのだ。
子供会の仕事で連日、会館通い。
地域の夏祭りに向け、子供らと御神輿をこしらえたり、村の祭りの寄り合いに参加したり・・・。
夏休み前半は、母のスケジュールが一番過密気味。
疲れた。
忙しい合間を縫ってアプコを若宮のプールへ連れていく。
このプールは私市の村が幼い子供らのために神社の一角に無料で開放してくれている小さな プール。保護者が一夏に一回ずつプール当番をして、運営している。
我が家の子ども達はみな、おむつが取れるのを待ちかねて、毎年ここのプールのお世話にな ってきた。
大きい子や大人は入れないお子さまプールなので、小さい子らものんびりと水と戯れることが 出来る。午前2時間、午後2時間。短時間だけの開放なのもおつきあいの母には有り難い。
「若宮へ行くぞ!」の号令のもと、水着に着替えた子供らをサウナと化した軽自動車に詰め込 んで、ぶんぶんと精勤にプールに通う。
それが我が家の夏の定番だった。
今年はオニイが中学にあがり、アユコやゲンも大きくなって小学校のプールに行くようになり、 村のプールに入るのは、アプコだけ。
さすがに母には「いくぞ!」という勢いはなくなってきたが、プールの楽しさが判りかけてきたば かりのアプコにとっては、若宮プールの青い水面のワクワクもこれからが本番。
「今日は若宮行く?」
「今日はプールあいてる?」
とにぎやかかなことだ。
「オカアチャン!オカアチャン!」
アプコが何度も母を呼ぶ。
去年までは背丈も小さくて、プールの縁をつかんだまま、一人では一歩もへりから離れられな い状態だったアプコ。
今年はなんとか一人で浮き輪に捕まってプールの真ん中まで行けるようになった。
嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねたり、水面を叩いて水しぶきをあげたり、一人で気散じに水と 戯れる。
「みてみて!オカアチャン!」
なんの拍子にか、水の中でアプコの足がプールの床面を離れた。
浮き輪にしがみついて、自分の体が水に漂う感覚を初めて自覚したアプコ。
興奮してバタバタ水を掻いたら、ふわりと体が前に進んだ。
「泳ぐ」ということを、生まれて初めて発見したアプコ。
その驚きの瞬間を、4人目にして初めて母も一緒に共有することが出来た。
誰が教えたというわけでもないのに、水中のアプコの足はすぐにバタ足になる。
プカプカ浮かぶ浮き輪の舟で、アプコは一人で旅に出る。
うっとりと水音に耳を傾け、何度も何度も母を呼び、すっかり魚の気分で水の誘惑を楽しむア プコ。
いいなぁ。
水と戯れる楽しさを子供らはこんな風に覚えて行くんだな。
思えばオニイたちを連れて、怒濤のようにプールに通っていたあのころ。
子ども達が危ない事をしないように、どこかで溺れたりしないようにと目を光らせるだけで精一 杯。子供らの喜びの表情や驚きの瞬間に気付く余裕もなく、プールが終わるとどどっとくたびれ 果てていた私。
アプコ一人を連れて歩くようになって初めて「子どもが魚になる」瞬間を味わう余裕が出来たと 言うことだろうか。
テレビで見る世界のベストスイマー達の計算し尽くされた美しい泳法。
限りなく魚に近づく美しいフォーム。
アプコの「浮き輪でプカプカ」とは、比べるまでもないけれど、「オカアチャン、わたし、泳げた よ!」と、何度も繰り返す得意げな顔は、表彰台のスイマーの勝利の笑顔。
今日、アプコが魚になった日。
| 2003年07月23日(水) |
サマー イン 私市小 |
子ども達の通う小学校。
昨年から夏休みの前半、先生方がいろいろ工夫を凝らして、子ども達に日頃経験できない遊 びや学習を経験させて下さるサマースクールが開かれている。
子供らは多彩なプログラムの中から、自分の好きなこと、興味のある講座を選んで受講する。
手話やパソコンをパソコンを使った葉書やうちわ作り、テニスやミニゴルフ、お菓子作りに竹細 工など、子供らの興味を引く講座がいっぱいだ。
アユコとゲンも、それぞれいくつかの講座を申し込んだ。
今年は、校長先生からのお声がかりで、父さんが子ども達に陶芸を教える講座を受け持つこと になった。
3年生から6年生までの子どもらを対象にした「土鈴づくり」
焼成の過程まで短時間で経験させてやりたいと、日頃使わない七輪を使って焼く方法を取るこ とになった。
前評判がたいそう良かったらしく、20人定員の予定が集まってきたのは80人近く。それも、ギ ャングエイジの3年生が半分近くを占める大所帯だ。
「大丈夫?」との不安をよそに、「やりましょう!」との校長先生の力強い一言で、全員を受け入 れて、開講することになった。
とりあえず集まってきた子ども達を二組に分け、先に高学年の子らと土鈴の形を作る。
一握りの粘土から、まず土鈴の中の玉を作り、それを新聞紙でくるんで、紙玉を作る。この紙 玉を芯にして、土鈴の形を作り、下半分に切れ目を入れ、ヒモを通す穴を開ける。
作業の工程は比較的簡単なので、3年生の子ども達にも作ることが出来るだろうと考えていた が、やはり1回に40人近い子達に充分目を届かせるために、たくさんの先生方にお手伝い頂 いた。
途中、ひび割れがひどくて穴のあいてしまったり、仕上げて運ぶ途中にうっかり取り落としてし まったりというハプニングもあったが、どうやら無事、全員の土鈴が仕上がった。
できあがった作品は天日で1週間十分に乾燥させ、来週、七輪を使って子供らとともに、焼成 する。
「おばちゃん、ごっつう、たのしみやわ。」
ニコニコと満足そうな子ども達。
さてさて、焼き上がりの成功を祈って、
次回(30日)に続く。
夏休みに入った。
小学生は学校のサマースクールやプール、中学生は部活、そして母は、来たる夏祭りに向け て子供会の仕事で忙しい。
入れ替わり立ち替わり、誰かが出掛けていき、誰かがお留守番。
そのスケジュール管理は結構大変。
今年もアユコが大きな紙に、夏休み中のカレンダーを書いて、一人一人の予定が別々に書き 込めるようにしてくれた。
お盆の頃までびっしりと埋まる予定表。
その合間に3食のご飯を作り、アプコのプールにつきあい、宿題のハッパをかける。うううっ、 先週終業式で夏休みに入ったばかりというのに、すでに母は息も絶え絶え・・・
さておき。
朝から、何かの拍子にふっと気がつくゴージャスなかおりがある。
カサブランカ。
今朝、我が家の庭から切ってきた物だ。
なんとなくベランダから庭を見下ろして「やっぱり草ひき、しなくっちゃなぁ。」なんてぼーっとして いたら、思い掛けないところに大輪の白いユリ。
数年前に、ちょっと高価な球根を購入し、気まぐれに植え込んだまま忘れていたものだ。
近くに植えてあった時計草が予想以上に茂って日照を奪ったため、たいした花は見られないで いたが、今年は邪魔な時計草を思いっきり刈り込んだので、ようやく本来の大輪の花を付けた のだろう。
そのまま庭の片隅で花を終えるのも可哀想と、二つ咲いた純白の花をどちらも摘み取り、一つ はおばあちゃんちへ、一つは我が家の居間に飾ってみた。
花首がとても重くてて、一輪ではとても扱いにくい。
口の細い花器にやっとの事で活けると、すぐに家の中にユリの甘やかなかおりが満ち始めた。
実のところ、私はカサブランカのような大輪系のユリが苦手である。
好きな物ばかりを無節操に植え込んだ我が家の庭は、「コボレダネでもよくふえる」式の小さな 草花と、お茶花用の山野草、そして、実益をかねたハーブが少し。なんの脈絡もなく、好き勝手 に散らばっている。
管理人以外は、どれが雑草でどれが植えてある花なんだか判別不能。
間違っても子ども達に「草ひき、やっといて」とは言えない状態だ。
当然、花屋さんの店頭で、特等席に置かれるようなユリやバラはなんとなくなく収まりが悪く、植 物自身も先住者に遠慮してかいまいち華やかさを発揮しないままに絶えてしまうことが多い。
そういうわけで、庭では居心地の悪そうなカサブランカを早々につみ取って部屋へ持ち込んで はみたのだけれど、乱雑に散らかった生活臭あふれる我が家の居間でも、華やかな花姿はど うも収まりが悪い。
似合わぬ高価なアクセサリーを身につけて歩くような体に沿わない落ち着かない感じがいつま でも残る。
その前を通るたび、見て見ぬ振りで視線を逸らす私をたしなめるように甘い香りが後ろから絡 みつく。
何とも自己主張の強い花だなぁと、半ば苦笑しつつ、やり過ごす。
夜、子供らが寝静まった暗いリビングに、涼やかなかおりが満ちる。
薄暗闇に守られたカサブランカは、昼間の高慢な表情を失い、静かにすっきりと背を伸ばして いる。
夏休み初日。
17日、11才になったアユコの二日遅れのバースデイパーティー。
アユコの誕生会は数年前から、友達4,5人を呼んで、自分たちでお昼ご飯を調理して楽しん でもらっている。
サンドイッチ大会、ホットケーキ大会と来て、今年はたこ焼き大会。
さすがに、大阪の少女達。
「たこ焼き、焼ける人!」と聞くと、みんなが「は〜い!」
これは頼もしい。
5年生ともなると、女の子達は家庭科の授業やおうちの手伝いで、そこそこ包丁も使えるように なっている。
「おばちゃん先生は、見てるだけ・・・。」
と、腕組みして女の子達のお料理を高見の見物。
慣れた手つきで、どんどんみじん切りをこなす子。
包丁を引くことが出来なくて、上から力任せの押し切りで、タコを刻もうとする子。
手よりお口の方が器用で、仲間を仕切るばかりの子。
それぞれの子どもの性格やおうちでの調理の経験などいろんな物が見えてくる。
昨年とほとんど同じメンバーなので、一年間での子ども達の成長ぶりもうかがえて面白い。
「たこ焼きの生地をながして、具を入れたら、すぐに触っちゃダメ。すこーし外側が焼けるまで 待ってね。」
そんなこと、常識よとばかり、少女らは一人一本づつ竹串を持ち、小さなたこ焼き器に群がっ てくるくると、たこ焼きを返していく。
定番のタコの他にコーンやちくわ、ウインナーなどの具も用意したので、女の子達はキャアキャ ア言いながらいろんな種類のたこ焼きをこしらえる。
やっぱり大阪の女の子達だなぁ。
ひとしきり、タコやきでお腹いっぱいになったらお友達が届けてくれたケーキの出番。
お約束の「ケーキふーっ」のあと、さあ、ケーキカット。
「私が切りたい!」と包丁を手にしたアユコ。
じゃあ、好きに切っていいよ。
「いくつに切ろう?」
友達と兄弟の分を入れて、9切れ。
おかあさんの分まで入れると10切れ。
「切りにくかったら、みんなでスプーンを持って、よーいどんで、丸ごと食べてもいいよ。」
おばちゃん先生が余計な茶々を入れる。
「先に上に乗ってる果物を全部よけてから切るといいよ。」と助言してくれる子もいて、きれいな デコレーションのフルーツを全部別のお皿に積み上げる。
あれこれみんなで盛り上がった後、アユコがエイヤッと包丁を入れた。
まず「Y」の字に切れ目を入れ、5等分を作ってから、きれいな10等分。
「わぁ、アユコ、すごい!」
見事な10等分に、皆の歓声があがった。
大人でも結構難しいのに、わが娘ながらあっぱれ。
我が家の子ども達は小さなころから、半分こに強い。
一つの物を兄弟で分け合う機会はしょっちゅうあるので、小さいアプコまで「分ける」事にはとて も敏感だ。
意地悪いオカアチャンは、3等分4等分などという簡単な分割ではつまらないと、
「4人に3種類のマックシェイク」とか、
「3人に5個の菓子パン」とか高度な課題を科してきた。
必ずしも「等分」ではなくて、「アプコは小さいから少な目」とか、「オニイの好物だから多い目」と か、微妙な調整が加わる。
「一個づつ取って、残りを○等分」とか、「替わりばんこに一口づつ食べて、ぐるぐるまわしてい く。」というような高等技術も習得した。
子ども達にとって「分ける」ということは、算数の知識以上に、人間関係や世渡りの知恵を学ぶ 大事な機会だなぁと思う。
「もうちょっとたくさん欲しいけど、妹に残してやろう。」
「僕はよく働いたから、みんなより多めにもらってもいいはずだ。」
兄弟のなかでの自分の位置を、心の中で微妙に推し量る大事な訓練になっているのだ。
アユコのケーキ10等分の妙技に喝采した女の子達はほとんど二人兄弟。
それほど複雑な分割は必要にならない。
「わ、すごい!」と最初にアユコの10等分を誉めたのは、同じく4人姉妹の2番目の女の子。
みんなが納得のいく分け方の難かしさをよく知っているんだな。
うんうん、兄弟が多いってイイコトだ。
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